先輩と曹長とVRな銃撃戦 前編
〇??? 市街地 地下駐車場
多数の乗用車が並ぶ閉鎖空間は、薄暗い地下駐車場だった。
二つの人影がそろって無骨なオフロードカーに隠れた。
二つの影の片方は、しなやかな体つきの背の高い女性だった。アサルトライフルを携え、ミリタリーユニフォームに銃や弾倉の入るボディーアーマーを着た、戦闘員スタイルである。
女性がボンネットの陰から猫耳付きの顔を上げ、あたりを見回す。
「敵は……うお!?」
弾丸が空気を切り裂き、頭上を抜ける。眼前のボンネットに火花が散って、慌てて顔を下げた。
「あっぶねぇ……!」
閃光が駐車場を照らし、発砲音とガラスの破砕音が幾重にも木霊した。死の気配が濃厚に漂う戦場において、長身の女性は怯まずに機をうかがう。そして後ろを向いて呟いた。
「どうします?」
女性が振り返った先に、ウェーブがかった鳶色の髪をした中年男性がいた。金の刺繍が入った厳つい眼帯を付けており、歴戦の猛者が放つ迫力を振りまいている。男性もミリタリーユニフォームの上からボディーアーマーを着ており、見るからに猛者という趣だった。
眼帯の男性が、弾幕が薄くなった瞬間に吠えた。
「突撃する! 援護を!」
「ちょ、待ってください!」
猫耳の女性が慌てて、車の影から身を乗り出し、銃弾を垂れ流す。
「いまのうちに!」
「了解」
男性が瞬時に照準を合わせ発砲する。次々と敵が倒れ伏していく。
「クリア!」
「え!? もうですか!?」
「早く! 拠点制圧に入る! リロードも行う! その間に牽制を!」
「分かりました!」
女性の後ろで弾倉交換を終えた眼帯の中年が叫ぶ。
「制圧完了まで、残り十秒!」
「了解! こっちは、あと二秒で弾切れです!」
「二、一、交代!」
阿吽の呼吸で、男女二人がくるりと位置を入れ替える。いかつい男性は鳶色の髪を揺らしながら、敵の頭部を次々と撃ち抜いた。
「制圧!」
猫耳の女性が疲れ切った表情で息を吐いた。
「ふぅ……。ようやく一息――」
「急いで次の拠点へ!」
眼帯の男性が走り出した。その挙動に微塵の疲労も見られない。苦い顔をしながら、猫耳の女性が後を追った。
「待ってください! チィチィさん!」
「時間が無いわ! シノブちゃん!」
疲労が見られないのは当然だ。全てはゲームで、猫耳の女性はシノブの、眼帯の男性はチサトのアバターだった。
シノブとチサトのアバターが、階段を一段とばしに駆け上がる。戦闘用ブーツがタンタンと小気味の良く階段を叩く。
「くそ。どうしてこんな事に……」
シノブがため息まじりにボヤく。駆け上がった先に広がったのは、母星キシェルの街並みだった。赤レンガの町並みに、抜けるような青空が映えていた。
「はぁ……。いくらチィチィさんのお願いだからって、休日までドンパチかよ……」
せっかくの休日を、仮象とはいえ戦場で過ごさないといけないのか。シノブは後悔と共に、事の発端を振り返った。
〇レジャーバース
抜けるような青空めがけ、剣先のような岩壁が隆々とそびえ立つ。麓に広がる牧草地の緑は鮮やかで、巨大な湖の青は深い。青の湖の畔には、木製のロッジが立ち並ぶ。テラスに腰掛ける老婆に、猫耳を付けた長身の女性が話しかけた。
「で、チィチィさん。お願いってなんです?」
猫耳の女性はシノブ、老婆はチサトのアバターだった。老婆に扮したチサトが虚空を操作する。
「実はね、このイベントに参加して欲しいの」
半透明のディスプレイが現れた。ゲームタイトルらしき文字と軍服に身を包んだ男性が銃を撃っているポスターだった。
「なんです? これ? なんかオッサンが銃をぶっ放していますけど」
「そのままよ。大浸食前のキシェルを舞台にした戦争ゲーム」
「うへぇ。好きですね」
「まあね」
「なんで得意気なんです?」
シノブが胸を張る老婆を呆れ気味に見ていた。
「どうしてアタシなんかに? チィチィさん、強いらしいから仲間なんていっぱいいるんじゃないですか?」
「なぜか私が本気を出すと、みんなにフレンド解除されちゃうの」
「何やらかしたんです?」
そこからチサトの武勇伝が始まった。
曰く、一人で突撃して敵陣地を制圧した。
曰く、一人で突撃して、敵戦車を奪取して敵陣に突っ込んだ。
曰く、飛行場に単独で潜入して敵戦闘機を奪い取り、敵陣地を襲った。
全てが単独での突撃だった。生き生きと語るチサトに、シノブの呆れが濃くなっていく。
「要するに、はっちゃけたと」
「全力を尽くしただけよ。そしたら誰もいなくなっちゃったの」
「ハイスペック人間って大変ですね」
チサトは紛れもなく優秀な人間だ。
優秀な人間が多いイナビシの中でも、学習能力が図抜けていると評判だった。恵まれた知能と趣味への情熱との相乗効果が、とてつもない戦績を生み出している。
もはや、誰もついていけない程に。
「戦ってくれる相棒が必要なの。今度のイベントの賞品、絶対に欲しいから」
「相棒になれるのは嬉しいんですけど、素人のアタシでいいんですか? ゲームに関しちゃ、初めてですよ」
「大丈夫よ。細かい所はボタンで操作だけど、大雑把な所は思考読み取りだから」
「じゃあ人戦機と変わらない?」
人戦機は基本的には思考読取式だ。そして、火器発砲などのタイムラグを嫌う操作などは、コックピット内のトリガーを始めとした直接操作が多い。老婆の説明とほぼ同じだ。しかし老婆は、指を顎に当てて、んー、と唸った。
「人戦機よりは手での操作が多いかな。人戦機並に動作を読み取れる装置って、ゲーム向けにしては高いから」
「あー、安い分だけ脳みその読み取り精度が落ちて……ってことですか」
「そうそう。高いゲーム機はプレイ人口が少ないし、私としても手入力が多い方が良いかな」
「チィチィさん、運動音痴――」
「言わないでちょうだい」
チサトの制止に、シノブが苦笑いを浮かべる。
人戦機は思考を読み取る。その際に、運動イメージがしっかりしていればしているほど、読み取り精度が高くなり、的確に機体を操作できる。
一方で、運動イメージがぼんやりしているほど操縦は下手だ。そして、イメージがぼんやりしている人間の大半は、運動が苦手な部類に属する。チサトもその中のひとりだった。
よくコケる。物を投げても、距離も方向も合っていない。それがチサトだった。
(チィチィさん、本当にそういうのダメだったからなぁ)
シノブがふと何かに気づいたように目を見開き、ポンと手のひらを打った。
「そう言えば、今度の新人とチィチィさんって似てるかも」
「あー。資源採取戦で見た気弱そうな子かな?」
「そいつです。チィチィさんほどの戦術眼じゃないですけどね。その分、運動音痴ももうちょっとマシですけど」
「もー、もうちょっと優しくしてよー。気にしてるんだから」
「すみません」
現実よりも随分と大人な雰囲気をまとったシノブが、頭を掻いて笑いながら誤魔化す。
「で、操作するとなると結構難しそうですけど、大丈夫ですかね?」
「すぐに慣れるから大丈夫よ。少なくとも、人戦機を扱えるなら問題ないわ」
「だといいんですけどねぇ……」
ちょっとだけなら付き合ってもいいか。それが過ちの元だった。
〇拠点制圧
厳つい中年男性とシノブが地下駐車場からの階段を駆け登り、赤レンガの市街地を抜けた先には、大公園が広がっていた。
「いくわよ! シノブちゃん!」
「待ってくださいって!」
眼帯の猛者に扮したチサトへ、生け垣から飛び出した敵が銃口を向ける。
「甘い!」
這うような横跳びと発砲。敵が、生け垣の中へ倒れていった。
「制圧完了」
「はっや」
シノブが目を剥く。チサトが、生身とは随分と違う厳しい顔をニヤリと歪めた。
「これくらい当然よ」
「人戦機のときと、全然違う……。それにしても照準を合わせづらいですね」
「シノブちゃん、銃の扱いは慣れてるんじゃないの? このゲームも、人戦機と同じで、集中すれば照準がそっちを向くし」
「でも、補正が効いてない感じというか。なんか、ビタッと吸い付く感じがしなくて」
「あー、このゲームは照準補正がないからね」
人戦機には照準補正機能がある。多少照準がズレていても、カメラが攻性獣や敵人戦機を認識すれば、補正を掛ける。
人戦機の計算リソースが潤沢ならば、敵の動きを予測したアクティブ補正機能も追加できる。銃器の扱いに慣れていない者でも、武装警備員になれる理由の一つだった。
「近距離のときにはロックオンも追加してるんで、なおさらですね」
「シノブちゃん、近距離のアタッカーだもんね。ロックオンがないと、あっという間に振り切られるんじゃない?」
「まぁ、そうなんですけど。でも、しばらく入院してたぶん、落ちてる感じ」
「勘を戻さないとね。ゲームとかで」
シノブは答えなかった。
「それにしても、シノブちゃん、流石ね。勘が落ちてるっていっても、このゲームのトップ層くらいの命中率だったと思うよ?」
「大半はチィチィさんがやっちゃいましたけど……。よくぴょんぴょん跳ねながら当てますね」
シノブが、そういえば、とつぶやいた。
「チィチィさんのジャンプ、なんかアタシのと違わないですか?」
チサトのジャンプはやたらと低く、素早く横へ飛び出るようだった。
「このゲーム、ジャンプはボタンを押すだけですよね?」
「そうね」
「じゃあ、なんでジャンプの仕方が変わるんです?」
「コツがあるの」
「へー。どんな? なにすればできるんです?」
「ダッシュをキャンセルするようにしゃがみを入れた後に、二フレーム以内にジャンプを入力して着地に先行するようにしゃがみをもう一回入れればできるわ」
さも当然のように言い放たれた呪文が、シノブの左耳から右耳へ抜けていく。
「は?」
「シノブちゃん、耳悪くなったの?」
「いや、内容がぶっ飛びすぎてて、聞き取れなかっただけです」
しょうがないなぁ、と可愛らしい文句を言いながら、鳶色の髪を揺らして厳つい中年軍人が腕を組む。
「もう一回いうね。ダッシュをキャンセルするようにしゃがみを入れた後に、二フレーム以内にジャンプを入力して着地に先行するよう――」
「なんか、チィチィさんだけ別ゲーやってません?」
チサトが少し肩をすくめて、シノブの横にならんだ。
「こうやったらできるから、真似してみて」
チサトのジャンプに続いて、シノブもタイミングを計りながら銃床にあるボタンを操作する。だが、タイミングがシビアなのかチサトのようには動けない。
十回ほど試してみたが、どれもダメだった。
「ムッズ。こんなの戦闘中にできませんよ」
「五十時間くらい練習すればできるわ。プラスして百時間くらいやればスッとできるようになると思う」
「それ、完全に廃人じゃないですか」
やれやれと肩をすくめるシノブ。
「チィチィさんについて行ける人間がいなくなった理由が分かった気がします」
「何が悪かったのかしら……」
「別に悪くはないんですけどねぇ……。チィチィさん、何事も全力ですからね」
チサトのハイスペックさを持って全力を投入すれば、ついていけるものは居なくなる。本来は羨むべき所なのだろう。しかし、中年軍人がシュンと落ち込む悲哀を目にすると、とても羨望など湧いてこなかった。
若干の同情を込めてチサトを見ていると、シノブの視界にメッセージが映る。
「なんか通知来ました?」
「戦績発表ね」
なるほどと思った瞬間に、名前の一覧と獲得ポイントがならんだランキングが表示された。その一番上には、セントリー曹長と書かれている。二位以下を大きく引き離しての圧倒的な戦績だった。
「チィチィさん、ぶっちぎりの一位じゃないですか」
「それでも二位と二倍差じゃないわ。今日はちょっと調子が悪いみたい」
「うへぇ」
チサトの口調には、微塵の自慢も混じっていない。間違いなく本気で言っていることが分かる。シノブの呆れをよそに、チサトが虚空をタッチしていた。
「じゃあ、次のマッチングね。申請をしておいたから、今度も同じチームよ」
「はーい」
そうして、二人は光に包まれて消える。その後には、銃撃で随分と傷ついた噴水と、静かに流れる水音が残った。




