少女と合同講習とやっぱりな相棒 後編
日常な短編集になります。
普段とは違う、ゆるい雰囲気を楽しんで頂ければありがたいです。
・世界観補完を目的とした技術解説と、人物掘り下げのサイドストーリーが主になります
・ストーリー上は読み飛ばしても問題有りません
〇実技演習用空間 仮想樹海
仮象の戦場で、一体の人戦機が突撃を敢行している。
勝気なツリ目にサディスティックな輝きが爛々と灯る女性が、通信ウィンドウに映っている。操縦士名欄には、意外な名前が載っていた。
「フタミさん!? うそ! でも名前の表示は確かに!?」
フタミと言えば、普段は前髪を降ろしてボソボソとしゃべる印象しかない。まかり間違っても、女王様めいた煽りはしないはずだった。
ポカンと口を開けていると、三白眼の瞳が通信ウィンドウ越しにこちらを伺う。
「アオイ。どうした?」
「ボク、ちょっとびっくりしちゃって」
「後を追わないのか?」
「いや。行った方がいいと思う。先に拠点を確保するべきだよ」
「では行動を開始する」
メインモニターにはフタミ機の後ろ姿が、通信ウィンドウ越しには蔑むように歪んだツリ目が見えた。
「あははぁ! 無防備なお尻を晒したままなんて、欲しがりさんなのかしらぁ!?」
そういって、フタミが逃げ惑う敵機に向けて銃口を向けた。
「望みどおりにブチ込んであげるわぁ!」
高笑いを上げながら発砲するフタミ機を見て、開いた口が塞がらなかった。
「……乗っている間だけ気が強くなる人かな?」
もう考えるのはやめて、とにかく課題に集中する。マップに映る侵攻先と自機の輝点が徐々に近づいてきた。
「ソウ! フタミさんが敵を引き付けているから、今のうちに守りやすい所に!」
「分かった。廃棄都市戦の要領だな」
「うん。ボクが牽制する。もし、敵が出てきたら奇襲をお願いするかも」
「了解」
白の床と灰色の巨大な四角が立ち並ぶ殺風景な景色を駆け抜ける。角を二回、三回と急旋回し、一面の白い床の中で一か所だけ赤く染まった円を発見する。
「ソウ! たぶんあそこ!」
「分かった。周辺の障害物を確保する」
そういって、赤い円を囲むビルめいた灰色の四角に身を隠す。相手の侵攻方向を考慮して、すぐに隠れられるように灰色の四角に背面をつけた。
「拠点周辺確保! 防衛に移ります!」
そういっている間に、直方体群の根元に敵機たちが見える。
「やっぱりこのルート!」
次々と表示される赤い四角に対して、青い弾道予測線を向ける。トリガーを絞ると、赤い光を曳いて仮象の弾丸が飛翔する。
「当てなくていいから……揺らすように……」
照準を散らすようにと意識すると、右と左に光が波打つ。相手機たちが近くの灰色の四角に身を隠した。
「支援するので、皆さん物陰に!」
そうしているうちに、敵を仕留めたフタミ機が傍を通りすぎる。
「アオイさぁん! 助かったわぁ!」
「ひぃい! どういたしまして!」
「さっきといい、すごぉく気が利くのねぇ!」
「それよりも確保をお願いします!」
ギラギラとした瞳が怖くて悲鳴が出てしまったが、今はそれどころではないと自分に言い聞かせる。画面端のリアビューを見れば、フタミが灰色の四角に半身を隠した。その他にも次々と味方が配置する。
「味方が来てくれたけど、敵も……!」
拠点自体は確保したが、集まるのは敵のほうが早かった。次々と加勢する敵機の圧力で、サギノの機体が沈黙する。
「一機やられた! このままじゃ押し切られるぞ!」
どうしようかと思っていると、通信ウィンドウにイシタカの顔が映る。何をやっているんだと言わんばかりに、横柄に鼻を鳴らした。
「もっとタイムパフォーマンスを意識したエイムを――」
「ごちゃごちゃうるせえぞ!」
ソウと喧嘩していた大柄の若者の一喝。それでイシタカが黙った。
(うわぁ……。怒鳴る気持ちは分かるけど、うわぁ……)
居たたまれない気持ちでやり取りを眺めていると、切れ長の三白眼が通信ウィンドウに映る。
「アオイ。どうすればいい」
「横道。あそこから迂回できるはず」
「了解。廃棄都市のように叩きだせばいいんだな」
「うん。そうすれば、みんなで集中射撃できる」
すぐさまソウ機が横道へ駆け込む。持ち場を離れたと思った、大柄な若者が怒鳴り声をあげた。
「あの野郎! 逃げやがった!?」
「違います! ソウならやってくれます! もう少し待っててください!」
その間も続く敵の猛攻。
視界の端に映る人戦機型のアイコンが、緑から赤に変わっていく。残装甲減少を告げる表示だった。味方からの通信にも焦りが混じる。
「おい! やっぱりアイツ、やられたくないから逃げたんじゃ――」
その叫びは、唐突な轟音に阻まれた。
硬く、重いもの同士がぶつかり合う衝撃音。ソウとバディを組んでから、耳慣れた音だ。
見れば、ソウ機が敵に飛び蹴りを食らわせている。惚れ惚れするような美しいフォームに勢いを乗せて、敵を吹き飛ばしていた。
「今です! 一斉に!」
障害物からたたき出された敵機に目掛け、味方が一斉に銃火を浴びせる。フタミの嗜虐に満ちた高笑いがヘッドホンから聞こえてきた。
「あははぁ! なぶり放題なんて、なんて気持ちいいのかしらぁ! あはぁ! あはははぁ!」
人はここまで変わるものなのだろうかと思うが、それよりも目の前の状況が優先だと気持ちを無理矢理に切り替える。飛び出したソウが攻撃されないように、物陰から銃構える敵機たちに牽制を浴びせた。
「ソウ! 次のやつをこっちに!」
「了解」
再び横道に消えるソウ機。しばらくして、またしても敵機が飛び出してきた。
「フタミさん! 次の敵もお願いします!」
「うふふぅ! お仕置きが欲しい悪い子がこっちにもいるなんてぇ!」
ソウ機に視線を戻せば、ショルダータックルの姿勢から銃を構え直す所だった。その背後に別の敵機が迫る。
「ソウ! 危ない!」
ソウ機はすぐさま踵を返し、一足で敵機の懐に飛び込んだ。
そして、敵機が宙を舞う。
ソウ機が敵機の足を刈ったと分かったのは一呼吸後。それほどの早業だった。
「か、格闘戦!? なんて精度で!?」
「しかも、打撃も投げも全部使える!?」
「アイツ、でかい口をたたくだけはあるな……!」
桁外れの体技に、味方からもどよめきが起きた。対戦開始前に罵詈雑言を浴びせていたソウ班のメンバーからは、いまや畏敬の念があふれている。
それを懐かしさと共に聞いていた。
(分かるなー。ボクもびっくりしたし)
その後の銃撃戦で敵班が更に数を減らした頃、制限時間となった。宙を飛ぶ銃弾が静止して、アナウンスが流れる。
「では、次は対攻性獣のシミュレーションに移ります。二班一組だったのを、四班一組にします。皆さんで協力してくださいね」
まずまずの戦績を挙げられた事に安堵していると、視界が切り替わった。苦難に満ちた合同研修はまだまだ続く事を予感しつつ、呼吸を整える。
〇実技演習用空間 仮想樹海
半透明ゴーグルモニターには、教習担当の中年男性オペレーターが映っている。
「――以上が依頼事項です。兵装を選択してください」
今からの演習に関する、事務的な説明が終わった。
アオイが、ひとまずはと相棒へ通信を入れると、三白眼の瞳がミニウィンドウに表示された。
「今回は兵装を選択するんだな」
「何を選ぶかも見ているんじゃない?」
「ありえるな。評価項目になっているという事か」
通常ならば所属する会社から指示されるだろうが、自分でも考えられた方が良いという考えでもあるのだろうかと思う。思考にソウの平静な声が割り込んできた。
「防衛戦か。周囲から不規則に攻性獣が襲来する状況だな」
「ヒノミヤさんとミズシロさんの防衛に近いね。となるとあの時と同じように」
「突撃兵装だな」
「そうだね。突撃兵装準備」
指示に合わせて突撃兵装が背面に現れる。周りを見回すと、またもや白と灰色の無機質な光景だった。
「ここも灰色の四角ばっかりだね」
「だが、四角柱の間隔や太さは黒曜樹海に近いな」
地形を観察していると、林立する灰色の四角の向こうに赤い光点の群れ。攻性獣が現れた事を知り、意識を戦闘に切り替える。
どこから対応しようかと考えていると、イシタカが通信に入ってきた。
「タイムパフォーマンスを重視したスコアアップを意識するなら突撃をするべきだね」
この任務の目的は防衛であるから、スコアアップのために突撃するのは悪手だ。余裕を持たせるために、防衛地点から離れた場所で遊撃するなら話は分かる。
だが、イシタカにその気配はない。
「え? いや、これの目的って違うんじゃあ……」
つい口から出た疑問に対して、イシタカはあからさまに不快な表情をした。
「これはお互いのパフォーマンスを証明する場。ディスアグリーならばエビデンスを見せてもらおうじゃないか」
相変わらず何を言っているのか分からず、回答が口の中で詰まる。
「え、あの、その――」
そうしている間に、通信ウィンドウからざわめきが聞こえてきた。
「おい、どうするんだよ。突撃するんじゃねえのか」
「さっきのスコアもヤバいから、ここで見返さないともっとヤバいぜ」
「僕たちは僕たちのコンセンサスがある。後からフォローしに来るなら一緒に戦ってあげても構わないよ」
先ほど敵チームとなっていたメンバーの何人かが、イシタカに賛同しようとしている。 残りに残りの十人前後は態度を決めかねているように、周りを伺っていた。
上手く言えない自分に悔しさが込み上げかけた時、フタミが声を上げる。
「私はアオイさんの言う事を聞きたいわぁ」
思わぬ助け舟に、思わず声を上げた。
「フタミさん? どうして」
「さっきの戦いも、アオイさんは周りをよく見ていたわぁ。証拠というなら、さっきのアオイさんじゃないかしらぁ」
その一言に、イシタカを除く味方チームだった者たちが頷いた。
「アオイさん。意見を聞かせてもらえないからぁ?」
「今回の目的は防衛で、攻性獣の討伐じゃありません」
「つまりは、突撃して防衛をおろそかにすべきではない、という事かしらぁ?」
「そういう事になります」
「それでも突撃兵装なのは意味があるのよねぇ?」
「はい。陣形を素早く変えるための突撃兵装です。機動、という考え方です」
理由を話している間に、イシタカと賛同者が既に突撃を敢行しようと場を離れていた。 受講生の間に、再度どよめきが起こる。
「アイツらはどうする。今から説得するか?」
「仲間同士を大切にしましょうって言われてるから、放っておくのはまずいんじゃないか?」
他社メンバーたちのどよめきを割って、フタミが再び声を上げる。
「アオイさん」
「はい」
「あなたの考えを聞かせて頂戴?」
「……見捨てましょう」
「放置プレイが好きなようには見えないけど……。訳を聞かせて?」
どうして放置プレイなどと言う言葉が出てくるか分からないが、理由を述べる。
「武装警備員協会からすれば、一番大事なのはお客さんです。信用がなくなってお客さんが来なくなるのが一番まずいです。仲間で協力するのも、お客さんの期待に応えるためです」
「今日習った心構えにも、優先順序があるって事ね?」
「そうです」
この場に残ったは十人とちょっと。半分が納得したようだったが、残り半分は未だに態度を決めかねていた。
「どうするんだよ」
「俺は……分からねえ。おい、ソウだったか。お前はどうするんだよ」
休憩時間にソウと喧嘩をしていた大柄の男が尋ねた。ソウの片眉がわずかに跳ねる。
「なぜオレに聞く?」
「一番すげえからだよ。お前と一緒の方がやられねえからな」
讃辞に顔色一つ変えず、ソウがすぐさま答えた。
「アオイと一緒にいる。防衛だな」
ソウと口論していた大柄の若者が眉を潜めた。
「即決だな。迷ったりしねえのな」
「頼りにしているからな」
「そんなにか」
「そうだ」
別格の技術を持つ操縦士の断言に、残り半分も納得した。各機が迎撃の準備を進める時、ソウへ限定通信を入れる。
「ソウ。ありがと」
「感謝の対象が不明だ」
「ボクの味方してくれたこと」
「事実を話しただけだ。それに、一緒にいると誓っただろう?」
「そうだったね」
目の前にバーチャルの攻性獣の群れが迫る。再履修を免れるための最後の苦闘が、今始まった。
〇ソーシャルバース 交流会
白い壁と天井のシンプルな空間に、沢山の武装警備員がたむろしている。
その中にある広めのソファーに、アオイが再び項垂れながら座っていた。
「はぁぁぁ。疲れたぁ」
半日程度の実習だったが、ソウ以上の曲者揃いに揉まれて疲労感がべっとりとこびりついていた。拠点防衛演習ではゴタゴタが続いた。それでも何とか守りきり、無事に講習は終了した。
「ボクなりに頑張れたかな」
ソウとフタミの加勢もあって、他人の前でも意見を言い切れた。ウラシェに来る前の事を考えたら、自分の中では相当に凄いのではないかと思う。
ヨシ、と小さく拳を握っていると若い男の声が耳を打つ。
「お前、すげえじゃねえか」
見れば大柄な男がソウの肩に手をのせて、親しげに話していた。
最初はあれだけ険悪な雰囲気だったのに、それを技量で認めさせる相棒。誇らしさと寂しさが胸に込み上げた。
「まぁ、褒められるのはソウか。いつもどおりだし、仕方ない――」
贅沢を言っても仕方ない。そう自分に言い聞かせようとしていると、前髪を垂らした伏し目がちの女性が目の前にやってきた。
「アオ……一緒……うれ」
「あ、フタミさん。ワタシも一緒でうれしかったです」
「さっき……凄……」
「え? そんなことは無いですよ」
「わた……知って……あな……お陰」
実習を無事に乗り切れたのは自分のお陰。意外な言葉に少し眉が上がった。
(ちゃんと見てくれた人、いたんだ)
暖かくてほんのちょっと熱い気持ちが、喉を駆け上る。
「……ありがとうございます」
思わず立ち上がって、頭を下げた。
「あと、実習の時に話を聞いてくれたことも。そう言えば、人戦機に乗っている時と全然違いますね」
「はず……。実は……」
フタミが過去を語りだす。
元々は重度の人見知りだったが、やむにやまれぬ事情があって武装警備員になった。当然、気性の荒い武装警備員たちに揉まれて、上手く行かない日々が続く。そこで出会った先輩に、人戦機に乗っている時だけは別人になれるよう自己暗示をかけてみたらどうか、と言われたらしい。
気弱な所、それでも変わった所。意外な共通点を語り合いながら、連絡先を交換した。
「また……一緒」
「はい。また一緒になったらよろしくお願いします」
互いに頭を下げて立ち去ろうとした時、フタミがボソリと呟く。
「あな……たち……いい……コンビ」
「ソウとワタシがですか?」
リコやシノブにも言われた事を思い出していると、フタミが小さく手を振って離れた。手を振り返していると、平静な声が背後から聞こえた。
「アオイ」
「ソウ。どうしたの?」
「十秒後に結果が出るぞ」
「もうか。再履修にならないといいんだけど」
きっちり十秒後に、各人の目の前に仮想コンソールが表示された。歯抜けの番号一覧を見ながら、指をなぞって自分の番号を探す。
「結構落ちてるね……。ボクの申し込み番号は……あ! あった!」
「オレもあったな」
周りの武装警備員たちから、嘆きや安堵の声が上がる。その中で、やけに張った横柄な声が聞こえた。
「全く。あんなレベルの低い講習なのに落第者がここまで多いとは……。やはり意識を高く持たないとな」
声の主はイシタカだった。
肩をすくませ、やれやれと頭を振っている。嘆きの声を上げていた若手武装警備員たちが、一斉にイシタカを睨んだ。
イシタカは周囲の視線を物ともせずに、白い天井を見上げて拳を握る。
「決めた。僕はこの業界を啓蒙するエバンジェリストになる。きっとこの業界の意識を変えてみせる」
また訳の分からない事を言っているなぁと思っていると、イシタカがこちらを向いて近づいてきた。
「君たちは、それなりにシナジーを発揮するアライアンスじゃないか」
「あ、ありがとうございます……?」
たぶん褒められていると判断し、とりあえずの礼を言っておく。そこで、アナウンスが鳴り響いた。
「再履修対象は、もう一度ディスカッションから始めます。移動を開始してください」
「では、僕は行くよ」
「うぇ!?」
思わず生身の体が椅子から転げ落ちる。バーチャルでは直立しているが、ログアウトすれば酷い体勢になっているだろう。
「いてて……」
臀部の痛みを堪えつつ、思わず呆れが口から飛び出た。
「落ちてたのにあんなに偉そうだなんて……!? なんてメンタル……!」
「アオイ、ログアウトするぞ」
「う、うん。ログアウト」
世の中には色々な人間がいる事を文字通り痛感しつつ、アオイの視界が暗転した。
〇サクラダ警備
ヘッドマウントディスプレイを取ると、格納庫が見えた。予想どおり座っていた椅子から転げ落ちている。
「うう。お尻が……」
薄い尻を擦っていると、ソウが目の前に手を差し出していた。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
手を取って立ち上がる。
二人でやっていこうと約束した日もソウの手を取った事を思い出していると、リコが格納庫に入ってきた。
「アオイさん。なんかグガシャーンな音が聞こえたんスけど」
「うん。ちょっと驚いて」
「驚いたから大きな音……?」
「そこは色々あって……」
「ならシュイーンにしとくっス。そういえば研修はどうなったんスか? ギュンギュンっスか?」
「うん。二人とも合格したよ。そういえば――」
話し込む横を、ソウが通り過ぎていく。
「では、オレはリンゴジュースを買いに行く」
それだけ言って、ソウはスタスタと格納庫を去っていった。
出ていくソウを見送って、ふと研修開始前のドタバタを思い出す。ソウ以外と組んでいたらどうなったか、という話だ。
アオイがおもむろに口を開く。
「リコちゃん」
「なんスか?」
「やっぱりソウが相棒でよかったよ」
「でしょ?」
リコのドヤっと言わんばかりのニヤけ顔が少し腹立たしかったが、よく見ていたんだなと感心する。
リンゴジュースを買って帰ってきたら、改めてソウに感謝を述べようと思うアオイだった。
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