少女と合同講習とやっぱりな相棒 前編
日常な短編集になります。
普段とは違う、ゆるい雰囲気を楽しんで頂ければありがたいです。
・世界観補完を目的とした技術解説と、人物掘り下げのサイドストーリーが主になります
・ストーリー上は読み飛ばしても問題有りません
〇サクラダ警備 格納庫
人戦機が立ち並ぶ格納庫の一角に言い争う声が響く。今日も喧騒の中心は無愛想な少年と、にぎやかな少女だった。
少年側は、拒絶感の塊のような容姿をしている。切れ長の三白眼にシャープなあごと鼻筋、逆巻く刺々しい髪が近づきがたい雰囲気を放っていた。
「再度の説明を求む」
少年側はソウだった。鋭い視線は丸目丸顔丸い額の少女へ注がれていた。
「なんで自分のキャーンな説明が通じないんっスか!?」
少女側はリコだった。見るから正反対の二人が言い争うのは、サクラダ警備の日常となっている。リコの抗議にソウが応じる様子はない。ソウの三白眼にも怖気づかず、リコがクリっとした丸目に力を入れた。
「仕方ないからもう一度言うっス! シドウ一式だとこれ以上ギッシュギシュに改造したくても、ガキググってなってるから無理っス!」
「アオイ」
ソウが視線を向ける先にいるのは気弱そうな少女だった。垂れ気味の丸目は疲れに雲っている。
「えー。またぁ?」
アオイが少しうんざりした様子で口を開いた。
「シドウ一式だと性能を上げる改造をしたくても、色々と干渉するから無理……ってこと?」
「さすが、アオイさんっス! ギュンギュンっス!」
リコが親愛を込めて親指を上げた。大袈裟な賛同に、苦みを含んだ笑いを返す。翻訳を依頼したソウは、用事が済んだとばかりに興味を無くした。
「理解した。ではオレはリンゴジュースを買いに行く」
それだけ言って、ソウが踵を返す。ろくな礼も言わずに去るソウの姿が扉の向こうに消えた頃、アオイがガクリと肩を落とした。
「はぁ……。なんかソウの相手って疲れるなぁ……」
「どうしたんスか? いつも以上にハニューってしてるっスけど」
リコが頭の後ろの手を組んで、他人事のようにこちらを眺める。気苦労の原因はリコにもあるのだが、それをグッと飲み込んだ。
代わりに口から飛び出してきたのは、これまでのドタバタに対する気苦労だった。
「ずぅぅぅっとソウとやってきたけど、いぃぃぃっつも無愛想だし、気遣いもないし」
「今更どうしたんスか。それなりに長い間シュビっとしてきたじゃないっスか」
リコの言うとおり、ソウとバディを組んでからそれなりに長い時間がたった。
だが、いまだにソウへの全容理解には程遠い。いつも、いつまでも我が道を行くソウに、少し疲れてきたというのが本音だった。
溜息をついて、リコをちらりと見る。
「他の会社だったら、もうちょっと普通の人がいたのかなーなんて」
「うーん……。他の会社の人たちも見てきたっスけど、どうっスかね」
リコと初めて会ったのは、入社してからしばらくの頃だった。その時は、他の会社へ出向していたと言っていた気がする。
「出向している時に、他の武装警備員も見たってこと?」
「そうっス。で、ソウさんはだいぶシュビな方っス」
「ソウがちゃんとしている方だなんて、信じられないなー」
人生であれほどマイペースな人間と付き合う羽目になった経験はない。もはや別の生き物と思った方が良いのではないかと思うほどだ。
顎に指を添えて、うーんと唸っているとリコのツルリとした額が目に入る。額の下に視線を向ければ、すまし顔をしたリコが見えた。
「ずっと一緒にいると、悪い所がギュギューンってなるのが人間の習性っス」
「そうなのかな?」
「それにアオイさんとソウさんって、何だかんだギュンギュンな感じっスよ」
「確かに転職する前に比べたらやりやすいのはあるけど……。そこまでかなぁ」
今までは、気弱な態度を理由に侮られる事が多かった。見下してくるもの、取るに足らないと無視をするもの、色々だ。
ソウがそういった態度を取る事はない。やや威圧を感じるが、それはトモエを除く誰に対しても同じだった。
「まぁ、確かに変に上から来るってことはないけどさ」
同等の存在として扱ってもらえる希少な存在の一人がソウだった。確かにやりやすいとは思うが、リコが賞賛するほどのものかと思い悩む。
腕を組んで頭を捻っていると、後ろから落ち着いた女性の声が響いた。
「アオイ。ソウはどこにいった?」
振り返ればサクラダ警備社長のトモエがいた。
凛々しい口元の美しさに、痛々しい目元の傷跡。傷の過去を隠すように無機質なバイザー型視覚デバイスがキラリと照明を反射した。
「あ、トモエさん。ソウはジュースを買いに行っただけだから、すぐに戻ると思います」
「なるほど……と、戻って来たか」
トモエが振り返った先には、ソウがジュース缶を片手に歩いている。視線をソウから、トモエが持つタブレット型情報端末へ移す。
「トモエさん。ところで、どうしたんですか?」
「お前たちに武装警備員協会から案内が来ているぞ」
「案内? なんの……ですか?」
「合同研修、だそうだ」
トモエがタブレット型情報端末を操作すると、アオイたちの携帯型情報端末に通知が入った。
新人武装警備員合同研修会と書いてあるメールを開くと、細かな情報が載っていた。それらを読み込み始めると、リコがすぐに声を上げた。
「つまり、グニュングニュンな人が増えてるから、みんなで勉強してススンにするって事っすか」
随分と読むのが早いなと思っていると、隣からソウの声がする。
「アオイ」
「いい加減な人が増えているから、みんなで勉強してまともにするって事」
「感謝する」
咄嗟に答えてしまう自分の習性が悔しい。気弱な自分にため息をついていると、トモエが顔を上げた。
「シノブが謹慎中だから任務は断っている所だ。早めの回に申し込んでおくぞ」
「はい。分かりました」
「了解」
シノブは前回任務で持ち場を離れて、アオイとソウの救助を敢行した。
人としては美徳だが、顧客への信頼を第一とする武装警備員としては褒められたものではない。トモエはそう判断し、指示からの意図的な逸脱として処分した。
その事を思い出して、まじまじと開催案内を見る。
「どこでやるんですか?」
「座学講習の方はソーシャルバース上でやるぞ」
ソーシャルバースとは公共性の高い仮想空間だ。
会社を営む者や公共サービスもソーシャルバース上で設定されているものも多い。ドーム都市内では土地が不足しているための、苦肉の策だった。
実名性が問われるため、本人のアバター以外は使用禁止の仮想空間だ。
「座学と言う事は実技も?」
「そうだ。そっちは各人戦機をオンラインでつないで演習を行う」
「了解。効率的な殲滅を目指します」
ソウの回答を聞いてトモエが溜息をつく。
「ソウ。いいか。アオイの言う事をよく聞けよ?」
「理由は?」
「効率的な役割分担と言うやつだ」
「了解。高効率ならそちらを採用します」
元からトモエに対して従順と言うのもあるが、さらりとソウを納得させる言い回しに思わず感嘆の息が漏れる。
(トモエさん。扱い方、うまいなぁ)
部下の手綱をとる様を憧憬の眼差しで見上げていると、トモエの顔がこちらを向いた。
「規定点数に達しない場合は、再履修もあるようだ。真面目に受けるんだぞ」
「了解。アオイと協力して効率的な殲滅を目指します」
「ソウ。もう一度言うが、アオイと良く相談しろ」
分かっているのか、分かっていないのか、イマイチ良く分からない相棒との研修に一抹の不安を覚える。
「他の会社の友達、できるといいな」
ナナミの顔を思い浮かべる。あんな友達がもっといれば。そんな事を期待していると、丸い額が視界に入った。
「ジュジュンと頑張ってきてほしいっス」
気苦労の一部を作っているリコへ少しイラっとしたが、言い出せない自分に心の中で溜息をついた。
〇ソーシャルバース 仮想講習室
シンプルな白の壁と天井で囲まれた空間に、ソファーや観葉植物がところどころ置いてある。そこはソーシャルバース上に設営された武装警備員協会の仮想講習室だった。
データの作り込みに金はかかっていない様子で、物理的な制約のない仮想空間であっても簡素な作りだった。
作業服に身を包んだ人々が、どこか落ち着かない様子で談話していた。その中に、空色の作業服に身を包んだアオイとソウがいた。
アオイはキョロキョロと周りを見回して、冷や汗を流していた。
「き、緊張する……! どんな人と一緒になるんだろう!?」
その様子を、冷ややかな三白眼が眺めている。
「理由が不明だ。何を警戒する必要がある?」
「いつものソウだね……」
「変化点は特にないからな」
相棒はいつもこうだと、呆れ気味の視線を送る。
「合同研修って、ボクにとっては結構なイベントなんだけど」
「いつもの訓練を大人数でやるだけだ」
「それが緊張するんだって」
そこへアナウンスが流れてくる。
「では、グループ分けをします。受講番号とテーブル班の組み合わせを表示するので自分のグループの席にすわってください」
奥の白い空間に、白い簡素な四人掛けのテーブルが出現した。加えて、各人の目の前に半透明の表示モニターも現れる。そこには受講番号と班分け一覧が表示されていた。
「ボクは四十五班か」
「オレは五十二班だ」
「四掛けのテーブルで一班だから、かなりの人数だよね」
「需要が伸びていると聞いたからな。人戦機も品薄になるのも論理的に妥当だ」
未だに使い古しているシドウ一式を思い出していると、周りの新人武装警備員たちが移動を開始した。
「じゃあ、ボク行くからね。いつもみたいにトラブルは起こさないでね」
「了解」
ソウは足早に去っていく。本当に大丈夫だろうかと思うが、まずは自分が合格するのが第一と気合を入れる。
「適宜グループディスカッションを挟みますので活発な交流をお願いします」
そんなアナウンスが右耳から左耳に抜ける。
こう来たらあぁしよう、あぁ来たらこうしよう。シミュレーションを頭の中で繰り広げているうちに、自分の班のテーブルに到着した。
まずは挨拶と、頭を下げる。
「よ、よろしくおねがいします!」
「よろしくおねがいします……。っておや?」
何だろうと思って疑問の声の主を見ると、やたらとニヤけた胡散臭い雰囲気の中年男性がいた。
(どこかで見たような……)
記憶を探るが、戦場で遭ったようには思えないならば、どこだっただろうかと首を捻る。
(あ! 確か、セールスにきた人だ!)
サクラダ警備の格納庫で遭遇した怪しいセールスマンと目の前の中年男性の顔が一致する。
「あなたは詐欺の人……じゃなかった、前に武器を売りに来た」
武器を商っていると言って、格納庫に来た客を思い出す。途中から割り込んできたリコの武器解説に一緒に参加して、武器の知識が無い事を平然と暴露していた胡散臭いセールスマンと同じ顔だ。
シドウ一式では扱えない武器を売りつけて去っていった事から、誠実な商売人ではないはずだ。たまたま高値で転売できたから良かったものの、もしそうでなかったら詐欺行為ではないか。
そう思っていると、元セールスマンが不思議そうな顔でこちらを見返してきた。
「いえ。サギノで合っていますよ」
「え? 詐欺の人って認めちゃうんですか?」
「はい。サギノです。そういえばお名刺を渡していませんでしたね。サギノ=ヒトシと申します」
サギノが送ったと思われるデジタル名刺が、視界に表示された。確かにサギノ=ヒトシと書いてある。
「名前を申し上げた記憶はなかったのですが、思い違いでしたか。下の名前まで憶えて頂いて光栄です」
「モチロン デストモー」
引きつった笑いを繕いながら、生身の体の高鳴る鼓動と流れる冷や汗を感じた。
(危ない……! そういう名前だったんだ……!)
ヘッドマウントディスプレイは生身の表情を読み取って再現してしまう。咄嗟に誤魔化せた自分を褒めてあげたかった。
一息ついて落ち着いた頃に、疑問が湧く。
「でも、どうしてここに?」
「リコさんに人戦機について色々と教えてもらってから武装警備員を目指そうと思いまして。セントリー曹長の軍事チャンネルなどで勉強して、武装警備員になりました」
「セントリー曹長……?」
セントリー曹長が何の事かは分からないが、それでも他業種へ飛び込む度胸は感心した。堂々とリコの解説を聞いていたことからも、相当に思い切りの良い人物なのだろう。
ある意味で凄い人物だと思っていると、サギノが頭を下げる。
「今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします……。あ、次の人が」
二人で話し込んでいる間に、別の参加者が座っていた。随分と洒落込んだ髪型をした若い男性だった。
仰け反りながら、見下すような視線と共に口を開く。
「挨拶はアジャイルに済ませた方がウィンウィンだと思うんだけどね」
「え? なんて言いました?」
「……全く、これだからタイムパフォーマンスを意識しない人間は」
リコとはまた違う系統の単語に困惑が隠せない。パフォーマンスなどと言う単語から、いつも効率効率とうるさい相棒を思い出す。
(な、なんかソウみたいな事を言い出したぞ)
だが、対等な視線のソウとは違い、目の前の相手から見下されている事はなんとなく分かった。
「と、とにかく、よろしくお願いします」
「よろしく。僕はイシタカだ。期待はしていないが、君とのシナジーがある事を祈るよ」
「はぁ」
期待はしていないという言葉に、サクラダ警備に入る前の事を思い出す。
(うわぁ……。こういう上からくる感じ、久しぶりだなぁ……)
思えば、サクラダ警備の社員からはそう言った扱いを受けた事が無い。今までの人生から考えればかなりの幸運だとしみじみ感じ入っていると、ボソボソとした声が耳に入る。
「あ……、その……。ふ……み……」
いつの間にか視界の端にいたのは、前髪で目が隠れがちな女性だった。
(うわ!? いつの間に……!)
思わず驚きが口から飛び出そうになったが、堪える事ができた。
女性はアオイの五つか六つ上くらいに見える。伏し目がちで、人見知りな印象を与える。
「フタミさんですね。よろしくお願いします」
「よ……ろ……」
ボソボソとした声でよく聞き取れない。だが、聞こえないとはっきり言う事も出来ない。初対面であればなおさらだった。
断片的に聞こえる声と状況から、元の文章を推測する。
(た、たぶん「よろしく」っていっているはず……!)
リコから褒められた推測能力を信じて、頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「よ……わか……」
「はい。いつもよく聞き取り役に回っているので」
「わ……なん……」
「そんな事ないです。グイっと来られるよりは、安心して話せますよ」
「あり……。あな……いい……」
「こちらこそ、ありがとうございます――」
やり取りを続けていると、イシタカと言っていた横柄な青年がポカンと口を開けてこちらを見ていた。
「キミ、すごいな」
「ぅえ?」
何の事だろうと思っていると、アナウンスが入る。
「では、講習を始めます」
その後に、各人の前に現れたモニターに資料が映し出された。
イラストや写真と共に、武装警備員は信頼第一、依頼主を裏切らない、雇い主を裏切らない、仲間を裏切らない、全力で頑張るなどと言ったキーワードが映されていた。
裏切るのは確かにまずいとガトリングガンの輝きを思い出していると、イシタカが話しかけてきた。
「全くレベルの低い講習でうんざりだよ。結果にコミットするなんて初歩以前だ。キミ……なんだったか」
「アサソラです」
「そうだった。キミもそう思うだろう?」
「ア、ハイ。ソウデスネー」
面倒くさいなぁ、と思いながらもはっきりと拒絶を示せない自分にまたしてもため息をついた。
(無事に済むといいんだけどなー)
そう思うと同時に、切れ長の三白眼が脳裏に浮かぶ。
きっと何かある。嫌な予感と共に合同研修は続く。
中編へ続きます。
面白い!と思っていただけたら☆といいねをよろしくお願いします!




