第三十話 小隊長と後輩たちと双刀の戦士
〇廃棄都市 地下坑道 使途不明巨大空間
地下深くの大空間。
にわかに波立つ水面に、無数の赤が反射している。意思を感じさせぬ暗い灯りは、攻性獣の瞳だった。幽鬼のように暗い瞳とは対象的に、極太の六脚は力強く水面を打つ。
暴力の群れは、こちらに向けて迫ってきた。
「こ、攻性獣!?」
アオイの叫びが耳に入る。シノブは、小隊長として気合を込めた。
「アオイ! ソウ! 逸れるなよ!」
「了解」
「わかりました!」
アオイ機とソウ機が銃を構え、発砲する。パニックにはなっていない、と安堵して、意識をタケチへ。
(ヤツはどうしてやがる!?)
タケチの乗るシドウ八式も、押し寄せた大群にサブマシンガンを浴びせていた。
「こっちを襲う暇はねえな」
片腕のせいで随分と緩慢な動きであるが、三機で背中を合わせる事ができた。
「このまま離れるなよ!」
背中合わせで、銃を撃つ。
三百六十度に並ぶ赤い瞳はそれでも怯まない。銃口を左右に揺らしながら、近づく敵から撃破する。頭の中の半ば機械化された部分に照準を任せ、エレベーターの方を向く。
タケチ機が、攻性獣の群れに囲まれているのが見えた。
「よし! お前ら! エレベーターの方へ行くぞ!」
サーバルⅨをすり足で移動させる。アオイ機とソウ機も付いてきた。背中を合わせながら、少しずつエレベーターへ迫る。
攻性獣の大半が死骸に変わり、動体の密度も疎らになってきた。
「よし! 今のうちにエレベーターへ――」
そう言って、眼の前の攻性獣を撃ち殺したときだ。ぐらりと倒れる攻性獣の脇から、タケチ機が踏み込んできた。
「甘いな」
「クソ!? この速さ!?」
咄嗟に機体を退かせる。だが、右腕を無くしたせいで挙動は遅い。
「おっせえ! よけ――」
「死に体だな」
タケチがそれだけ呟いて、水しぶきと共に踏み込んだ。蓄えられた勢いと共に、ナックルガードの正拳突きが迫る。
(避けらんねえ!)
防御の暇すらない。真正面からの衝撃が、装甲を突き抜け全身を襲う。
「がはぅ!」
宙を舞う感覚。
このままではまずいと経験が警告する。身体を丸めるイメージを機体へ送った直後に着地の衝撃が襲う。
「ぐう!」
視界が回ると同時に、機体のあちこちを叩く音が聞こえた。耳を打つ衝撃音に混じって、タケチの称賛が聞こえる。
「ほう。受け身とは見事」
機体を転がしたことで、衝撃は和らいだ。しかし、その分だけタケチ機との距離は遠いた。
ぐらぐらと揺れる視界の遠くの方で、シドウ八式と一式が対峙していた。
「残ったのは子どもか。戦闘不能にはさせてもらおう」
「先ほどの続きか」
「ソウ……!」
「アオイ。下がってろ」
ゆっくりとサーバルⅨが立ち上がろうとするが、バランスが悪く転んでしまった。舌打ちをついていると、タケチの声が地下坑道に響く。
「子どもとは言え、腕は認めよう。今度は手加減なしだ」
次の瞬間、タケチ機が水しぶきだけを残して消えた。
「な!?」
影は既にソウ機の眼前に迫る。手には刀が収まっていた。
「いつ抜いた!?」
そう呟いた刹那、振りおろしの一閃がソウ機の腕を掠めた。刀傷が装甲に刻まれる。
(くそ! 二人とも近接に巻き込まれるのはヤバい!)
焦りが声に乗った。
「アオイ! 下がれ!」
「シノブさん!? でも、攻性獣が!?」
「そこら辺のコンテナとかに紛れろ! お前まで近距離戦に巻き込まれるのはまずい!」
ソウ機が飛び退き、着地際にアサルトライフルを撃った。タケチがシドウ型特有の大型肩部装甲で銃弾を防ぐ。
その間に、アオイ機が奥へ隠れた。自分を置いて動き続ける状況に、焦りだけが募っていく。
「くそ! 早く立たねえと!」
まごつくサーバルⅨから随分と遠いところで、横薙ぎの一閃がソウ機を襲う。腰部装甲と弾倉が宙を舞う。
「ソウの弾薬が!?」
しかし、視線を下ろせば、ソウ機がタケチ機へ踏み込んでいた。正面にはタケチのシドウ八式。刀を持つ手は振り抜かれており、もう片腕は遊んでいるように見えた。つまり隙だらけだった。
「ガラ空き――」
呟きと共に、ソウが踏み込む。
「く!?」
だが、急制動と共にシドウ一式が上体を反らせた。紙一重を抜ける横一閃の煌めき。
「二刀だと!? どんだけの操縦技量なんだ!?」
ようやっと、タケチ機が刀を抜いた事を知る。タケチの不敵な声に、重圧がこもる。
「言ったろう。あの程度で本気と思われては困る、と」
縦横無尽の双剣がソウ機を襲う。右と左、返す刀、更に返す刀と、双腕から次々と繰り出される斬撃が、空間を細切れにしていく。
その僅かな隙間に機体を滑り込ませ、ソウは何とか斬撃を躱している。
その間も、自機は立つことすらできない。苛立ちが声に濃く混じった。
「くそが!」
ギャリと不快な擦過音は、噛み締めすぎた歯が軋む音だった。
「立て! サーバル!」
だが、視界の映像はふらつくばかり。動かない右腕が、依然として動作を不安定化させていた。
とうとう、二人の攻防に二体の攻性獣が乱入してきた。
「くそ! 攻性獣まで! ソウ!」
ソウとタケチ。それぞれに攻性獣が一体ずつ突撃する。どうしようかと思った時に聞こえたのは、今まで障害物に紛れていたであろうアオイの声だった。
「援護するよ!」
銃撃がソウ機に迫る攻性獣を砕いた。対して、タケチはシドウ八式に迫る攻性獣を相手取らなければならない。
それが数瞬の好機を生んだ。
「今だ!」
ソウがアサルトライフルをタケチ機に向けた。しかし、タケチ機はいまだに攻性獣を向いたままだ。アサルトライフルの弾丸がタケチ機に襲い掛かる。
「がら空きだ!」
ソウの容赦ない銃撃が続く。このまま決着に、と思った時に、唸るようなタケチの気合が響く。
「むん!」
その一声と共に、軽甲蟻の頭部へ強烈な回し蹴り。巨体がソウ機の方へ吹き飛ばされた。
「しまった!?」
蹴り飛ばされた攻性獣の巨体が、盾になった。吹き飛んだ攻性獣の影に隠れて、タケチ機が距離を詰める。双刀が冷たく光った。
「ソウ! 気をつけろ! 来るぞ!」
代わりに戦ってやりたい。
その思いとは裏腹にサーバルⅨはまだ立てなかった。視線を八式がいた所に戻せば、既に姿はない。
「どこいった!?」
視界の上の端に、影。
「跳んだ!?」
攻性獣も軽々と飛び越す、規格外の跳躍力だった。自分の声に気づいたのか、ソウ機がタケチ機を仰ぎ見る。
「上から来たか!?」
その場から飛び退くソウ機。ほぼ同時にタケチ機が着水した。鈍く光る縦一閃が、飛び散る水滴を切り裂く。
ソウ機に視線を戻すと、目立った損傷はない。
「避けたか!?」
だが、すぐに切り下した刀とは別の横一閃。ソウ機が上体を反らし、辛うじて避けた。再び格闘戦が始まる。
そこへ、巨大な乱入者が追加された。建設業者防衛戦で見た、分厚い甲殻を持つ巨躯だった。
「重甲蟻!?」
戦車に跳ね飛ばされたように、ソウ機とタケチ機が吹き飛ぶ。
「ソウ!?」
アオイ機が、吹き飛ぶ方向にいた。轟音と共に衝突。
「ぐぅ!」
衝撃で軽機関銃とアサルトライフルが弾き飛ばされる。アオイの悲鳴のような声が耳についた。
「しまった! 銃が!?」
水しぶきと共に、アオイ機とソウ機が水面へ叩き付けられる。倒れ伏したソウ機の傍らに、宙を舞っていたタケチの刀が突き刺さった。
「そちらへ飛んだか」
声の方を見れば、タケチ機が一本の刀で重甲蟻を切り伏せていた。タケチ機が部屋全体を見渡す。
「攻性獣は、これで終わりか」
いつの間にか、赤い瞳は消えていた。代わりにタケチ機の冷たい視覚センサーが、アオイ機とソウ機を見つめていた。ダメージを受けたためか、二機はその場から動かない。ソウ機が刀を杖代わりにして、辛うじてといった風に身を起こした。
「刀を杖代わりに使うとは不躾な……。まぁ、いい」
タケチ機がソウ機の脚部を見る。
「それよりも、脚部をやられたようだな」
ソウ機の脚部はあからさまに動きが悪い。タケチ機がソウとアオイの元へにじり寄る。
「動くな。コックピットは外してやる」
タケチ機が刀を振りかぶる。直後、二機の間に影が躍り出た。
「お前……」
タケチの戸惑いに満ちた声を受け止めたのは、両腕を広げたアオイ機だった。
「タケチさん。あなた、贖ってなんかいないですよ」
「……なに?」
タケチの返答に威圧が籠る。しかし、アオイは言葉を続けた。
「あなたが襲った作業員さんたちだって誰かの親です。結局は悲しい子どもを増やしているだけ」
タケチ機の動きがピクリと止まる。
「だとしても――」
タケチが応じると共に、アオイ機が横に退いた。入れ替わるようにソウ機がタケチの懐へ入る。踏み込みの鋭さに、タケチの驚嘆が響く。
「何!?」
タケチ機が跳び退く。掠めるように、ソウ機の切り上げ一閃。
(ソウ!? アイツ、機体をやっちまったんじゃねのか!?)
キン、という甲高い金属音と共に、タケチ機の片腕と折れた刀が宙を舞った。鮮やかな斬撃に呆気に取られていると、ソウの声。
「仕留めきれなかった! 刀も破損!」
「でもやったよ!」
「擬態がここまで効果的とは!」
「シノブさん直伝だからね!」
アオイとスラムで襲われた時を思い出す。スラムで生き抜くために身に着けた、泥臭い戦い方だった。
(二人とも、アタシの事を……)
背中を見られている。
身震いの後、背骨に芯が入ったように感じた。
(アタシが、もっとしっかりしねえと!)
その自覚が焦りを抑え込む。戦闘服からの圧に神経をとがらせ、力点を見極めながら意識を送る。
(ここだ!)
サーバルⅨが応え、水面についていた膝を浮かせた。そのまま、片腕で挟み込むようにアサルトライフルを構える。
「アタシがけん制する! このまま、一気に片付けるぞ」
「了解」
トリガーを絞るとアサルトライフルが銃火を吐いた。ふらつくシドウ八式がサブマシンガンを構えようとする。死角からソウ機が駆け、飛んだ。
「ガラ空きだ!」
惚れ惚れする様な美しいソウの跳び蹴りだった。
それを突き立てられたシドウ八式が、壁際へ吹っ飛ぶ。ろくに受け身も取れずに壁に叩き付けられた。
「よくやった!」
この隙にと、銃を向けようとする。ふらつく青い弾道予測線をようやっと合わせきり、コックピット内のトリガーを絞ろうとした時だった。
「仕方ない……か」
タケチの覚悟の籠った低音が暗闇から響く。
「体内拡張知能、起動」
隻腕のタケチ機が苦も無く自然に立ち上がった。自機の失った片腕と見比べて、思わず感嘆の声が洩れる。
「なんつー、制御精度……」
シドウ八式は幽鬼のごとく刀を構え――
――消えた。
水しぶきだけが舞い残る。
「な!?」
慌ててあたりを見回すが機影はない。散逸するコンテナの陰に隠れたのかとあたりを見回すと、怨念じみた苦悶の声が部屋中から反響する。
「おぉぉ……」
芯の通ったタケチの声とは全く異なる、歪みと恨みを孕んだ慟哭のようだった。背中に冷たい怖気が走る。
背後からアオイの震えた声が聞こえた。
「ソウ。これ……。ヨウコさんと一緒……」
「確かに、奴の急変と類似している」
何の事かと聞こうと思った時に、背後から水を切る音が迫る。
「うしろ――」
言い切る間もなく、轟音と共にアオイ機が横を吹き飛び、前方に着水した。
「何!?」
ようやっと振り返ると、シドウ八式が蹴り上げた脚を戻していた。片腕がないにもかかわらず、動きは俊敏、流れは精緻。
異次元の制御精度に呆気に取られた。
タケチ機は瞬時に膝を戻し、また消えた。次の瞬間にはソウ機の目前へ。更なる衝撃音が坑道に轟く。
「が!?」
ソウ機が操縦士の苦悶と共に水平に吹き飛んだ。サーバルⅨ横から後ろへ抜ける。着水後も、二回、三回と転がった。
ソウ機を追う視線をシドウ八式に戻せば、横蹴りの構えを見せている。最初から隻腕だったような、美しさすら感じる業前だった。
「なんだよ……。あ、ありえねぇだろ……。あんなの」
片腕を切り落とした時に灯ったかすかな希望は、返す刀で切り落とされた。
「なんで……。どうして、こんなやつと」
異常事態に愕然としていると、タケチの八式がゆらりとこちらを向いた。
「積み上げて、積み上げて……積み上げる。それが俺の闘争……」
片腕を無くした機械仕掛けの鬼武者がそこにいる。亡霊の如き怨念が、シノブの全身に絡みついた。




