表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード2 坑道探索編
79/137

第三十話 小隊長と後輩たちと双刀の戦士

〇廃棄都市 地下坑道 使途不明巨大空間


 地下深くの大空間。


 にわかに波立つ水面に、無数の赤が反射している。意思を感じさせぬ暗い灯りは、攻性獣(こうせいじゅう)の瞳だった。幽鬼のように暗い瞳とは対象的に、極太の六脚は力強く水面を打つ。


 暴力の群れは、こちらに向けて迫ってきた。


「こ、攻性獣(こうせいじゅう)!?」


 アオイの叫びが耳に入る。シノブは、小隊長として気合を込めた。


「アオイ! ソウ! 逸れるなよ!」

「了解」

「わかりました!」


 アオイ機とソウ機が銃を構え、発砲する。パニックにはなっていない、と安堵して、意識をタケチへ。


(ヤツはどうしてやがる!?)


 タケチの乗るシドウ八式も、押し寄せた大群にサブマシンガンを浴びせていた。


「こっちを襲う暇はねえな」


 片腕のせいで随分と緩慢(かんまん)な動きであるが、三機で背中を合わせる事ができた。


「このまま離れるなよ!」


 背中合わせで、銃を撃つ。


 三百六十度に並ぶ赤い瞳はそれでも怯まない。銃口を左右に揺らしながら、近づく敵から撃破する。頭の中の半ば機械化された部分に照準を任せ、エレベーターの方を向く。


 タケチ機が、攻性獣の群れに囲まれているのが見えた。


「よし! お前ら! エレベーターの方へ行くぞ!」


 サーバル(ナイン)をすり足で移動させる。アオイ機とソウ機も付いてきた。背中を合わせながら、少しずつエレベーターへ迫る。


 攻性獣(こうせいじゅう)の大半が死骸に変わり、動体の密度も(まば)らになってきた。


「よし! 今のうちにエレベーターへ――」


 そう言って、眼の前の攻性獣を撃ち殺したときだ。ぐらりと倒れる攻性獣の脇から、タケチ機が踏み込んできた。


「甘いな」

「クソ!? この速さ!?」


 咄嗟(とっさ)機体(サーバル)を退かせる。だが、右腕を無くしたせいで挙動は遅い。


「おっせえ! よけ――」

「死に体だな」


 タケチがそれだけ呟いて、水しぶきと共に踏み込んだ。蓄えられた勢いと共に、ナックルガードの正拳突きが迫る。


(避けらんねえ!)


 防御の暇すらない。真正面からの衝撃が、装甲を突き抜け全身を襲う。


「がはぅ!」


 宙を舞う感覚。


 このままではまずいと経験が警告する。身体を丸めるイメージを機体へ送った直後に着地の衝撃が襲う。


「ぐう!」


 視界が回ると同時に、機体のあちこちを叩く音が聞こえた。耳を打つ衝撃音に混じって、タケチの称賛が聞こえる。


「ほう。受け身とは見事」


 機体を転がしたことで、衝撃は和らいだ。しかし、その分だけタケチ機との距離は遠いた。


 ぐらぐらと揺れる視界の遠くの方で、シドウ八式と一式が対峙していた。


「残ったのは子どもか。戦闘不能にはさせてもらおう」

「先ほどの続きか」

「ソウ……!」

「アオイ。下がってろ」


 ゆっくりとサーバル(ナイン)が立ち上がろうとするが、バランスが悪く転んでしまった。舌打ちをついていると、タケチの声が地下坑道に響く。


「子どもとは言え、腕は認めよう。今度は手加減なしだ」


 次の瞬間、タケチ機が水しぶきだけを残して消えた。


「な!?」


 影は既にソウ機の眼前に迫る。手には刀が収まっていた。


「いつ抜いた!?」


 そう呟いた刹那、振りおろしの一閃がソウ機の腕を掠めた。刀傷が装甲に刻まれる。


(くそ! 二人とも近接に巻き込まれるのはヤバい!)


 焦りが声に乗った。


「アオイ! 下がれ!」

「シノブさん!? でも、攻性獣(こうせいじゅう)が!?」

「そこら辺のコンテナとかに紛れろ! お前まで近距離戦に巻き込まれるのはまずい!」


 ソウ機が飛び退き、着地際にアサルトライフルを撃った。タケチがシドウ型特有の大型肩部装甲で銃弾を防ぐ。


 その間に、アオイ機が奥へ隠れた。自分を置いて動き続ける状況に、焦りだけが募っていく。


「くそ! 早く立たねえと!」


 まごつくサーバル(ナイン)から随分と遠いところで、横薙ぎの一閃がソウ機を襲う。腰部装甲と弾倉(マガジン)が宙を舞う。


「ソウの弾薬が!?」


 しかし、視線を下ろせば、ソウ機がタケチ機へ踏み込んでいた。正面にはタケチのシドウ八式。刀を持つ手は振り抜かれており、もう片腕は遊んでいるように見えた。つまり隙だらけだった。


「ガラ空き――」


 呟きと共に、ソウが踏み込む。


「く!?」


 だが、急制動と共にシドウ一式が上体を反らせた。紙一重を抜ける横一閃の煌めき。


「二刀だと!? どんだけの操縦技量なんだ!?」


 ようやっと、タケチ機が刀を抜いた事を知る。タケチの不敵な声に、重圧がこもる。


「言ったろう。あの程度で本気と思われては困る、と」


 縦横無尽の双剣がソウ機を襲う。右と左、返す刀、更に返す刀と、双腕から次々と繰り出される斬撃が、空間を細切れにしていく。


 その僅かな隙間に機体を滑り込ませ、ソウは何とか斬撃を(かわ)している。


 その間も、自機(サーバル)は立つことすらできない。苛立ちが声に濃く混じった。


「くそが!」


 ギャリと不快な擦過音は、噛み締めすぎた歯が軋む音だった。


「立て! サーバル!」


 だが、視界の映像はふらつくばかり。動かない右腕が、依然として動作を不安定化させていた。


 とうとう、二人の攻防に二体の攻性獣が乱入してきた。


「くそ! 攻性獣まで! ソウ!」


 ソウとタケチ。それぞれに攻性獣が一体ずつ突撃する。どうしようかと思った時に聞こえたのは、今まで障害物に紛れていたであろうアオイの声だった。


「援護するよ!」


 銃撃がソウ機に迫る攻性獣を砕いた。対して、タケチはシドウ八式に迫る攻性獣を相手取らなければならない。


 それが数瞬の好機を生んだ。


「今だ!」


 ソウがアサルトライフルをタケチ機に向けた。しかし、タケチ機はいまだに攻性獣(こうせいじゅう)を向いたままだ。アサルトライフルの弾丸がタケチ機に襲い掛かる。


「がら空きだ!」


 ソウの容赦ない銃撃が続く。このまま決着に、と思った時に、唸るようなタケチの気合が響く。


「むん!」


 その一声と共に、軽甲蟻(けいこうあり)の頭部へ強烈な回し蹴り。巨体がソウ機の方へ吹き飛ばされた。


「しまった!?」


 蹴り飛ばされた攻性獣(こうせいじゅう)の巨体が、盾になった。吹き飛んだ攻性獣(こうせいじゅう)の影に隠れて、タケチ機(八式)が距離を詰める。双刀が冷たく光った。


「ソウ! 気をつけろ! 来るぞ!」


 代わりに戦ってやりたい。


 その思いとは裏腹にサーバル(ナイン)はまだ立てなかった。視線を八式がいた所に戻せば、既に姿はない。


「どこいった!?」


 視界の上の端に、影。


「跳んだ!?」


 攻性獣も軽々と飛び越す、規格外の跳躍力だった。自分の声に気づいたのか、ソウ機がタケチ機を仰ぎ見る。


「上から来たか!?」


 その場から飛び退くソウ機。ほぼ同時にタケチ機が着水した。鈍く光る縦一閃が、飛び散る水滴を切り裂く。


 ソウ機に視線を戻すと、目立った損傷はない。


「避けたか!?」


 だが、すぐに切り下した刀とは別の横一閃。ソウ機が上体を反らし、辛うじて避けた。再び格闘戦が始まる。


 そこへ、巨大な乱入者が追加された。建設業者防衛戦で見た、分厚い甲殻を持つ巨躯だった。


重甲蟻(じゅうこうあり)!?」


 戦車に跳ね飛ばされたように、ソウ機とタケチ機が吹き飛ぶ。


「ソウ!?」


 アオイ機が、吹き飛ぶ方向にいた。轟音と共に衝突。


「ぐぅ!」


 衝撃で軽機関銃とアサルトライフルが弾き飛ばされる。アオイの悲鳴のような声が耳についた。


「しまった! 銃が!?」


 水しぶきと共に、アオイ機とソウ機が水面へ叩き付けられる。倒れ伏したソウ機の(かたわ)らに、宙を舞っていたタケチの刀が突き刺さった。


「そちらへ飛んだか」


 声の方を見れば、タケチ機が一本の刀で重甲蟻(じゅうこうあり)を切り伏せていた。タケチ機が部屋全体を見渡す。


「攻性獣は、これで終わりか」


 いつの間にか、赤い瞳は消えていた。代わりにタケチ機の冷たい視覚センサーが、アオイ機とソウ機を見つめていた。ダメージを受けたためか、二機はその場から動かない。ソウ機が刀を杖代わりにして、辛うじてといった風に身を起こした。


「刀を杖代わりに使うとは不躾(ぶしつけ)な……。まぁ、いい」


 タケチ機がソウ機の脚部を見る。


「それよりも、脚部をやられたようだな」


 ソウ機の脚部はあからさまに動きが悪い。タケチ機がソウとアオイの元へにじり寄る。


「動くな。コックピットは外してやる」


 タケチ機が刀を振りかぶる。直後、二機の間に影が躍り出た。


「お前……」


 タケチの戸惑いに満ちた声を受け止めたのは、両腕を広げたアオイ機だった。


「タケチさん。あなた、(あがな)ってなんかいないですよ」

「……なに?」


 タケチの返答に威圧が籠る。しかし、アオイは言葉を続けた。


「あなたが襲った作業員さんたちだって誰かの親です。結局は悲しい子どもを増やしているだけ」


 タケチ機の動きがピクリと止まる。


「だとしても――」


 タケチが応じると共に、アオイ機が横に退いた。入れ替わるようにソウ機がタケチの懐へ入る。踏み込みの鋭さに、タケチの驚嘆が響く。


「何!?」


 タケチ機が跳び退く。掠めるように、ソウ機の切り上げ一閃。


(ソウ!? アイツ、機体をやっちまったんじゃねのか!?)


 キン、という甲高い金属音と共に、タケチ機の片腕と折れた刀が宙を舞った。鮮やかな斬撃に呆気に取られていると、ソウの声。


「仕留めきれなかった! 刀も破損!」

「でもやったよ!」

「擬態がここまで効果的とは!」

「シノブさん直伝だからね!」


 アオイとスラムで襲われた時を思い出す。スラムで生き抜くために身に着けた、泥臭い戦い方だった。


(二人とも、アタシの事を……)


 背中を見られている。


 身震いの後、背骨に芯が入ったように感じた。


(アタシが、もっとしっかりしねえと!)


 その自覚が焦りを抑え込む。戦闘服からの圧に神経をとがらせ、力点を見極めながら意識を送る。


(ここだ!)


 サーバル(ナイン)が応え、水面についていた膝を浮かせた。そのまま、片腕で挟み込むようにアサルトライフルを構える。


「アタシがけん制する! このまま、一気に片付けるぞ」

「了解」


 トリガーを絞るとアサルトライフルが銃火を吐いた。ふらつくシドウ八式がサブマシンガンを構えようとする。死角からソウ機が駆け、飛んだ。


「ガラ空きだ!」


 惚れ惚れする様な美しいソウの跳び蹴りだった。


 それを突き立てられたシドウ八式が、壁際へ吹っ飛ぶ。ろくに受け身も取れずに壁に叩き付けられた。


「よくやった!」


 この隙にと、銃を向けようとする。ふらつく青い弾道予測線をようやっと合わせきり、コックピット内のトリガーを絞ろうとした時だった。


「仕方ない……か」


 タケチの覚悟の籠った低音が暗闇から響く。


「体内拡張知能、起動」


 隻腕のタケチ機が苦も無く自然に立ち上がった。自機の失った片腕と見比べて、思わず感嘆の声が洩れる。


「なんつー、制御精度……」


 シドウ八式は幽鬼のごとく刀を構え――


 ――消えた。


 水しぶきだけが舞い残る。


「な!?」


 慌ててあたりを見回すが機影はない。散逸するコンテナの陰に隠れたのかとあたりを見回すと、怨念じみた苦悶の声が部屋中から反響する。


「おぉぉ……」


 芯の通ったタケチの声とは全く異なる、(ひず)みと恨みを孕んだ慟哭(どうこく)のようだった。背中に冷たい怖気(おぞけ)が走る。


 背後からアオイの震えた声が聞こえた。


「ソウ。これ……。ヨウコさんと一緒……」

「確かに、奴の急変と類似している」


 何の事かと聞こうと思った時に、背後から水を切る音が迫る。


「うしろ――」


 言い切る間もなく、轟音と共にアオイ機が横を吹き飛び、前方に着水した。


「何!?」


 ようやっと振り返ると、シドウ八式が蹴り上げた脚を戻していた。片腕がないにもかかわらず、動きは俊敏、流れは精緻。


 異次元の制御精度に呆気に取られた。


 タケチ機は瞬時に膝を戻し、また消えた。次の瞬間にはソウ機の目前へ。更なる衝撃音が坑道に轟く。


「が!?」


 ソウ機が操縦士の苦悶と共に水平に吹き飛んだ。サーバル(ナイン)横から後ろへ抜ける。着水後も、二回、三回と転がった。


 ソウ機を追う視線をシドウ八式に戻せば、横蹴りの構えを見せている。最初から隻腕だったような、美しさすら感じる業前だった。


「なんだよ……。あ、ありえねぇだろ……。あんなの」


 片腕を切り落とした時に灯ったかすかな希望は、返す刀で切り落とされた。


「なんで……。どうして、こんなやつと」


 異常事態に愕然(がくぜん)としていると、タケチの八式がゆらりとこちらを向いた。


「積み上げて、積み上げて……積み上げる。それが俺の闘争……」


 片腕を無くした機械仕掛けの鬼武者がそこにいる。亡霊の如き怨念が、シノブの全身に絡みついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
タケチさんはすっごく強い!強いんだけど、華麗なセゴエさんとはまた全然違うタイプの強さで、カッコいいというより恐ろしいタイプの強さですね。 もうずーーーーーとこの作品を読んでいて(特にエピソード2になっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ