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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード2 坑道探索編
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第二十九話 小隊長と傷の男と語られる大志

〇廃棄都市 地下坑道


 地下坑道にしては場違いに大きい空間は、薄暗かった。人戦機のひざ下まで浸かる水面に、三対一、計四つの巨人の影。


 孤独に佇むシドウ八式から芯の強い、圧を伴う声が発せられた。


「話をしよう」


 予想外の、あまりにも都合の良い提案に、思わずシノブの眉尻が上がる。


「……何?」

「いったん銃を下げろ」


 罠か本気か。耳を澄ますが伏兵はいない。そしてゴンドラとタケチ機の両方を見る。どちらにせよ、選択肢は無かった。


「下げろ。動くな。アタシが応じる」


 機体を一歩前へ。そして、手元を見ると映像が消え、歳の割に小さな自分の手と仮想スイッチが見えた。スイッチの一つを押して、外部スピーカーを入れる。


「何の用だ」

「その声は……。いや、いまはいい。こちらが望むのは交渉だ」


 話がうますぎる。


 スラムで何度も痛い目に遭った経験が警告を鳴らす。だが、画面端に映る弟妹のような二人の顔が目に入った。


(この二人を無事に返さないと……。今度こそは……)


 スラム街の光景が脳裏によぎる。背後に立つ二つの人影に、ソウとアオイの面影が混じった。


「……交渉と言うからには、アタシらにも旨い話なんだろうな?」

「もちろんだ。このリフトを使わせてやる」


 何かある。


 そう思って、再び手元を見みる。外部スピーカーのオフ、そして至近距離限定通信のオン。考える前に手が勝手に動くほど繰り返した動作だった。


 通信ウィンドウに映ったアオイとソウに語り掛ける。


「ソウ、アオイ。適当に話に乗る。ここから出ちまえばこっちのもんだ」

「わ、分かりました」

「話を合わせるが、真に受けんじゃねーぞ」


 再び声の行く先を切り替える。


「条件は? タダで使わせてくれるって訳じゃねえだろ?」

「お前の声。スラムで襲われていた二人組の小さい方か。たしかシノブだったか」


 スラムでタケチと会った時に、アオイを連れていた事を思い出す。


「小せえ……は余計だよ。歳は上だ。アタシが小隊長で窓口だ」


 今まではずっと下っ端だった。小隊長という響きが未だにしっくりこないものの、いったんそれを脇に置く。


「で、この前はありがとうな。今回も助けてくれるとありがてえんだが」

「助けるかどうかはお前たちの、いや……」


 そう言ってタケチの乗るシドウ八式がサーバル(ナイン)を指した。


「お前の心構え次第だな」

「アタシの?」

「我々は、フソウを改めるために働いている。この国は過ちに満ちている。なぜだと思う?」

「いきなり国だぁ? 何言ってやがる」


 急に大きくなった話についていけなかった。子供のころから生きるのに精いっぱい。自分の手の届く範囲ですら、後悔に(まみ)れての毎日だった。


 沈黙を続けていると、タケチが答える。


「過ちを見つめ、改めないからこんな国になってしまった」


 自分も世を恨んだ回数は分からないほど多い。今度も沈黙を続けざるを得なかった。


「さて、お前はどちらだ? 過ちを改められるのか? 否か?」

「……失敗ならいっぱいあるさ。数えきれないほど、この手に抱えきれない程な」


 生き延びるため、みんなを思って。それで裏目に出て、裏切られた。


 そんな記憶はいくらでもあった。


「だからこそ、アタシは失敗から目を逸らしたりは――」


 決意と力を声に込めてようとした時、タケチがそれを断ち切った。


「嘘だな」


 有無を言わせぬ迫力。タケチは言葉を続ける。


「私はお前のような欺瞞(ぎまん)に満ちた人間が度し難い」

欺瞞(ぎまん)? 度し難い? なんでそうなる?」

「同じ苦しみを経て、なぜ国を撃たぬ、なぜ元を断たぬ」

「同じ苦しみ……だと? 」


 タケチとの共通点にまるで、心当たりはなかった。


「私は妹を飢えさせてしまった。スラムの大人たちから食べ物を、守り切れなかった。だから、同じだ」


 その言葉に息を呑む。動揺が声に乗らない様に、精一杯の力を籠める。


「……へ。アタシの何を――」

「聞いた。調べた。隠し通せると思うな」


 思わず肩に力が入った。


(こいつ、どこまで……!?)


 交渉に割かなければならない意識が、弟妹の事ばかりに注がれてしまう。何も言えない間にも、タケチは話を進めていった。


「続けよう。だから私は(あがな)い続ける。過ちと正せるのは子どもたちと、欺瞞(ぎまん)に逃げない極僅かの大人だけだ。未来を救うために、それ以外は殺す」


 狂っている。


 世を恨んだ事もある自分だって、そこまでの結論には至らなかった。


「子どもから奪う大人(ゴミ)どもを殺す。直接的であっても、間接的であっても。個人であっても、組織であっても――」


 増強された聴覚が、タケチが息を吸う音を拾う。


「国であってもだ」


 超人の域までに達した聴覚が、気迫と覚悟を十全に伝えてくる。


(こいつ……、この声の調子……、本気で)


 まともに考えれば、ただの誇大妄想だ。しかし、確固たる覚悟が言葉の芯を貫いている。


 ただのチンピラではない。(まと)う凄みで、肌がぶるりと震える。


「元凶を断つ。それこそが、過ちへの(あがな)いに至る唯一の道。だと言うのに……」


 タケチの声が吐き捨てるものへと変わった。


「貴様がやっているのは金稼ぎに子どもを巻き込んでいるだけだ」


 気圧されて、息を呑む。


 だが、弟妹(ていまい)のような後輩たちの前で怯むわけにはいかないと、自らに言い聞かせる。


「何言ってやがる。アタシには小隊長としてこいつらを――」

「違うな。お前は在りし日の家族の代わりを囲っているだけだ」

「……そ、そんな事は」

「言ったはずだ。聞いたと」


 バレている。


 視線が通信ウィンドウへ移った。戸惑いを浮かべた垂れ気味の丸目と、切れ長の三白眼が映っている。弟妹代わりの二人から注がれる視線が、急に怖くなった。


欺瞞(ぎまん)。我々のように元を正さない。(かえり)みず、仮初(かりそめ)弟妹(ていまい)を囲うばかり」


 言うな。言うな。


 その言葉ばかりが頭で渦巻き、口からは出て行かない。タケチの声に(あざけ)りが濃くなる。


「貴様も爆死させるべき側の人間か。十年前から続けているが、一向に貴様の様なゴミが減らない……。嘆かわしい」


 戸惑いの中にあって、十年前と言う言葉だけが頭に残った。両親のいなくなった年だった。


「あ? 十年前……だと?」

「そうだが?」


 ふむ、と一呼吸置いて、タケチが言葉を紡ぐ。


「言っていなかったな。私はこの国に蔓延(はびこ)大人(ゴミ)を駆逐するために、(あがない)いを続けている。安寧を(うた)いながら国をゴミにしている為政者(ゴミ)どもへ、カネに釣られた大人(ゴミ)どもに爆弾を括りつけ、ぶつけている」


 十年前。カネ。爆死。


 頭の中で言葉が繋がってく。そして無意識が浮かびあげたのは、希望に満ちた両親の顔だった。


「カネに釣られた……。爆弾……」


 次に浮かんだのは両親の死を伝えに来たスラムの大人たちだった。それは、両親が自爆テロの片棒を担がされたと聞いた日の記憶だ。


「お前だったのか……!」


 氷よりも冷たい液体と煮えたぎる湯よりも熱い液体。その二つを同時に注がれたように、身体の全ての毛が逆立つ。


(こいつが居なければ、今だってパパやママが居た!)


 両親がいなくなったのは、パパやママと呼ぶのが少し恥ずかしくなった時だった。


(こいつが居なければ、泥をすするような日々は無かった!)


 吐き捨てるほど浮浪児がいる貧困国フソウで、逃げ場はスラム以外に無かった。


(こいつが居なければ、砂を噛む様な日々は無かった!)


 何を食べても味がしない。そんな今を送る必要は無かった。


 頭の中で、何かがブツリと切れる音がする。


「お前が……。お前がぁぁ!」


 操縦士の怒りを読み取って、機体が殴り――


「な!?」


 かかれなかった。駆け寄る途中で、サーバル(ナイン)の膝がガクンと落ちる。


「くぅ!?」


 大きくバランスを崩し、前のめりになる。水面に突っ込みそうになるギリギリで、サーバル(ナイン)が踏みとどまった。


 水面越しの自機が見えた。だらりと下がる骨格むき出しの右腕に視線が移る。


(……バカか! また繰り返すのか!)


 右腕の損傷は私情を優先した結末だった。シノブが奥歯を噛む。


(アタシが殴りかかってどうなる……! 共倒れじゃねえか!?)


 生存を考えれば交渉を続けるべき。だが、すぐには事実を呑み込めない。


(でも! なんで! パパとママの仇に!?)


 どうして耐え忍ばなければならないのか。

 どうして思い通りにできないのか。


 ポロポロと零れる涙が口元に伝い落ちる。


(なんで!?)


 噛み締めすぎた口に、何か生暖かいものが溢れる。味はしない。鉄の臭いからすると、恐らくは血なのだろう。


 いつもは芯のあるタケチの声が、軽蔑の混じった物に変わる。


「やるのか? ならばエレベーターの操作盤を破壊するが?」


 伝い落ちた涙が口に掛かった。


(なんで? 決まってる……)


 目を見開き、至近距離限定通信で繋がったミニウィンドウを見る。濡れる視界には、ソウとアオイの顔が映っていた。


(アタシは! 今度こそは! 生かして返さないと!)


 口元に伝う涙も、口の中の血も飲み干した。そして、手で顔を覆い不敵な笑みを貼り付ける。


「何を勘違いしてやがる。続けるぞ」


 声の震えは抑えられた。タケチの返答に僅かな驚きが乗る。


「……ほう。では、誓え。貴様の過ちを認めろ。そして(あがな)え。そうすれば、エレベーターを先に使わせてやってもいい」


 ぐつぐつと腹のそこで煮えたぎるものはある。しかし、無理矢理に噛み締めた。


「……ああ。認めるよ」


 再び目を開く。


「アタシは――」


 そう言って機体ごと頭を下げようと思った時だった。増強された聴覚だからこそはっきりと分かる何か低い音。


「……なんだ?」


 それが徐々に近づいてくる。この星において警戒すべき存在を思い出す。


「この振動! 横坑注意!」


 叫んだと同時にソウ機とアオイ機が構えた。


 片腕が無い分だけ手間取っている間に、赤い瞳が横坑の暗闇に灯る。自分たちが通ってきた道と、タケチ機の傍と、他にもある複数の横坑。全方位から大群がやってきた。


「攻性獣!? 戦闘態勢!」


 弾もエネルギーも残りわずか。だが、直ぐ側にある出口は、どこまでも遠い。


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― 新着の感想 ―
出口はもう目の前なのに!!(; ゜Д゜) シノブさんから見てタケチさんは親の仇だから、分かり合うのは無理だ……。 シノブさんにとってアオイちゃんとソウくんが「守るべき人」ではなく、「信頼できる仲間」…
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