第二十四話:少女と廃棄都市と死角に潜む者たち
〇廃棄都市 大通り
曇天の空を更にくすませた、灰色の街並みが広がる。両側八車線分はある大通りの真ん中を、長い縦隊を組んだトレーラーが抜けていく。脇を守る人戦機
は早歩き。隊全体が忙しない。
サクラダ警備のトレーラーと随伴する二機のシドウ一式が、隊列に混じっていた。暗闇のコックピットで、アオイが不安げに二つの瞳を左右に揺らす。
「左……、右」
アオイがゴクリとつばを飲む。
「前に資源採取戦があったから、なんか怖いな。バッと人戦機が出てきそう」
「これは資源採取戦ではない。人戦機の襲撃は非現実的想定だ。攻性獣なら音波探査で発見できる確率が高い」
ソウの声は、いつもどおりに冷淡だった。微塵の共感もない。
「理屈ではそうなんだけど……。なんとなく怖い感じ、分からない?」
「理解不能だ」
「ソウらしいね……」
いつもの相棒にため息をつく。
「……まぁ、確かに心配し過ぎてもって感じかな」
「索敵に集中するべきだ。シノブさんが非稼働だからな」
「サーバルの腕。まだ直らないんだね」
トレーラーに乗ったサーバルⅨをチラリと見る。右腕は、装甲も筋肉状駆動機構も取り外されて、生物様構造合金製の骨格がむき出しになっていた。
「部品、間に合わなかったんだ」
「今回の移動警護、サクラダ警備はオレたちだけだな」
人戦機の制御ソフトは五体満足である事が前提だ。どこかの機能を欠損した場合、動作が不安定になる。そのため、無理に動かして損傷を拡大するよりは、休止状態にする方が良いとの判断だった。
「シノブさんがいないと不安だな」
トレーラーの上で横たわるサーバルⅨを見て、溜息を吐く。
(いつの間に、こんなに頼るようになったんだろう)
隊長としても、それ以外にも。ずっと甘えてきた安心感に今更気づく。同時に、今はシノブ抜きという力みが体力を奪っていることにも。
無意識に締め続けてきた首を、左右に振る。
「身体が重いなぁ。そろそろ休憩時間だけど」
「エネルギー残量もまずいな。処理済みの再活性可能電解燃料液と交換が迫っている」
「ソウの方も?」
ソウ機を振り返ろうとした瞬間、がらんどうのビルの中に、少し動く物が見えた。
「なんだろ? あれってまるで……?」
「アオイ、どうした」
「いや。見間違いだと思う」
さっき指摘されたことが、頭の中で響いた。
(人影っぽいような気がしたけど……。ソウの言うとおり、人戦機が来るはずもないし……。ボク、シノブさんがいないからって、怖がり過ぎなのかな)
頼り過ぎと思っていても、無意識にシノブがいるトレーラーを見てしまった。
「あれ? 止まる?」
トレーラーが徐々に速度を落とす
「アオイ、ソウ。一旦停止。先頭哨戒が予定ルートに大規模障害物を見つけた。いま、迂回ルートを探している」
「わかりました。ちょうど、休みたいと思っていたところでした」
「エネルギー補給は無理だが、身体は休めておけ。いつ出発するかわからん」
ふう、と一息を付く。そして、無意識に見てしまったのは、トレーラーの中のシノブの顔だった。
◯廃棄都市 サクラダ警備トレーラー
数人が座れるトレーラー車内。そこにはトモエとシノブが座っていた。トモエはタブレット端末を操作しながら、事務仕事を進めていた。シノブは、呆けたように外を見ている。普段の快活な様子とは代わり、瞳の奥には罪悪感を伺わせる暗さが滲む。
ややこわばった無表情が、はっと締まった。
「ん?」
「シノブ。どうした?」
「いや。なんか聞こえた気が。金属っぽい音が」
「どこから?」
「廃ビルの中です。とは言っても、あくまで気がしたってだけです。流石に、車内から向こうまでだと」
「外に出るか?」
「いえ、そこまでじゃあ……。ドーム都市内なら窓を開けられるんですけど」
「ウラシェだとご法度だからな。防疫洗浄も面倒だ」
ウラシェは未開拓惑星で、未知の病原体がいる可能性も否定できない。病原体を都市内部に持ち帰ればパンデミックとなる。そのため、防護服無しで外に出るのは控えるのが常識だ。窓をあけるのも、同じ理由で忌避される。
トモエが、ふむと一声。細い顎に手を添えて考えたあと、シノブの方を向いた。
「まずはここから耳を澄ませしてもらうか。今も聞こえるか?」
シノブが目を瞑る。
「……いえ」
「そうか」
ふたたび、トモエが考え込む。
「今は聞こえない……となると、攻性獣ではないか。性質上、待ち伏せは難しい」
「あるとしたら、人戦機ですかね? 強盗とか?」
「考えづらいな」
「建設機材ですもんね。イナビシの頃に守っていたような、高額資源満載の輸送隊じゃないし」
「そういう事だ。強奪品を売り払うにしても、割に合わないだろうな」
「それにしても、いくら高値で捌ける資源が欲しいからって、アタシらに喧嘩を売るなんて。バカなやつらでしたね」
「全くだ」
二人の緊張が緩む。しかし、トモエがすぐに表情を引き締め直した。
「とはいえ、シノブの耳だ。少し気になる」
「あ、いや。気がしたってだけです」
「それでもだ。念の為、減速を請負元に打診してみるか」
「できますか? 昨日の飲み会で、工期が押しているってボヤいてたしなぁ。だから、こんなに速いペースなんでしょ?」
「難しいだろうな。だが、やれるだけのことはやる」
そういって、トモエが再びタブレット端末を操作し始めた。シノブは再び外を向く。しばらくはぼんやりとしていた猫の目が、キュッと締まった。
「あ、やば」
視線の先には、建設途中の中層ビル。その天辺で、骨材が揺れている。今にも落ちそうな骨材の真下には、シドウ八式が歩いていた。
〇廃棄都市 大通り
アオイの目が見開かれる。ゴーグルモニターには、シドウ八式に直撃しそうな骨材と瓦礫の群れが映っていた。
「あ、危ない!」
スピーカーが警告を伝える。動きを止めたシドウ八式は、すぐさま上を見上げた。すでに、直上まで瓦礫が迫っている。ぶつかると思われた瞬間だった。
「え、速い」
丸ごと消えた。そう錯覚するほどの横跳びだった。迫る瓦礫を次々と交わし、最後に大型の骨材が襲いかかる。
危ない。そう言いかける瞬間、シドウ八式が後ろ回し蹴りで、骨材を弾き飛ばす。矢のように宙を翔けた骨材が、建物に突き刺さった。
「すごい……」
ソウと互角か、それ以上の体技は、美しさを感じさせた。瓦礫の中に佇むシドウ八式は、刀を思わせる鋭さを放っている。
低く、落ち着いていて、少しだけ猛りを匂わせる男の声が響いた。
「礼を言う。早めに気づけた」
「いえ。とっさだったので……」
「……その声。この前の子どもか? スラムの二人組?」
そう言われて、スラムで遭った傷の男を思い出す。静かだが、底に凄みを潜ませる声色も一緒だった。
「え? 貴方は……タケチさん?」
「そうだ。どうして子どもがこんなところに」
困惑と同情と憐憫を向けられて、形にできない不快が少しだけ浮かんだ。
「どうしてって……仕事ですよ」
「なぜ、こんな仕事を?」
「なぜって……おカネのためです」
「カネのために危険を? 子どもなのにか?」
先ほどまで形を成していなかった不快が、トゲになる。
「ワタシにとっては大事なんです。あなたは違うんですか?」
「……今は違う」
気まずい沈黙。シドウ八式がこちらを向いた。
「一つ助言だ」
「なんですか?」
「建物の近くを歩くな。もう少しトレーラー側に寄れ」
「なんでなんです?」
「訳は言えない。忠告はしたぞ」
それだけ言ってタケチの乗るシドウ型の人戦機は去って行った。訳も分からず、首を傾げながらタケチ機を見送った。
「騙すって感じじゃないか……」
それだけ呟いて、隊列へ戻ろうとする。人戦機の重い足音と共に、足元から弾けるような音と閃光。
「わぁ!?」
戦闘服の足裏にも押し返すような圧がかかる。
「な、なにが!?」
一歩引いて足元を見る。そこには砕けた紫の結晶。慌てぶりを見ていたのか、通信モニターのトモエは苦笑していた。
「紫電結晶か。踏まないように気をつけろ」
「分かりました」
バチバチと残光を煌めかせる結晶を見ていると、視界の端のバッテリー残量警告が目に入る。
「……思ったんですけど、これで電気を作れないんですか? 人戦機の燃料もそろそろ切れそうなのでバッテリーの代わりとか」
「無理だな。高出力だが一瞬だけだから扱いづらい。通常の電気製品にも使えないな」
「通常の……と言うと、特殊なものは大丈夫ってことですか?」
「ああ。EMPエミッターだ」
「イーエムピー?」
聞いたことの無い単語だった。何かと思っていると、トモエが説明を続ける。
「電磁パルスの事だ。強力な電磁波を当てることで、電子機器を一時的に使用不能にする兵器だ」
「聞いたことない武器ですね」
「うちには無いからな。勝手が悪い」
「どうしてです?」
「このウラシェの大気が原因だ。電磁波を吸うから有効な出力を得るには相当の大型化が必要だ。目立つから、待ち伏せなどにしか使えない」
「じゃあ、まずお目に掛かる事はなさそうですね」
「そうだな」
そういって通信を切った後に、苦笑いが込み上げた。
「ああ、恥ずかしかった」
うっかり踏んだ紫電結晶を一瞥したあと、ふとした疑問が湧いた。
「なんで、紫電結晶がここにあるんだろう……?」
〇廃棄都市 トレーラー通行経路付近の廃墟内
トモエの視線の先には、外壁だけが建てられたがらんどうな暗闇があった。
外からは見えぬ仄暗い空間の中に、数体の人戦機が息を潜めている。
甲虫に似た丸みを帯びた頭部装甲を持った機体がじっと外を見つめる。その中の暗いコックピット内にはくたびれた外見の中年男性が、緊張に双眸を細めていた。
中年男性が至近距離限定通信を使って、後ろめたさを隠しきれない声色で話している。
「本当にこれで、カネが……」
「マジでやるのか?」
「やるしかねえだろ。俺たちの信用スコアを考えてもみろ。人生をやり直すには」
「でもよう。もしかしたら、こんな事をしなくても、人生なんとかなったり……」
「ならねえよ。そうやってずるずる失敗を見ないようにしてきた。だから、こうなったんだろう。もう後がねえ」
「わ、分かったよ」
中年男性が息を整えた。少しだけ余裕の戻った男が、自機の装備をまじまじと眺めた。
「それにしても、なんでこんなに準備してるんだ? 金払いもいいし、支給装備もいい。それに、なんかでかい、見たこと無い装置まで。名前は、確か、い、い、い……。なんだっけか」
もう一人の男が答える。
「EMPエミッターだ」
〇廃棄都市 サクラダ警備トレーラー内
トレーラー内でトモエがタブレット端末を覗いている。会議画面に映るのは、監督のクドウだった。廃棄都市のマップも映っており、ルートが矢印で記されていた。
「と、言うわけで予定変更だ。このルートで行く」
「この先を左折、ですか。わかりました。それで、打診した件は」
「サクラダさん。あんたの事は信じているが、流石にこれ以上は遅くできない」
否定。しかし、トモエは淡々と画面を操作した。
「ではせめて、陣形をこのようにできませんか?」
トモエが共有する画面には、トレーラーと人戦機のアイコンが映っている。それを見たクドウが、あごひげを撫でた。
「これくらいの変更なら、総括を通さずに俺から警備会社さんに連絡するが、なんでなんだい? 疑っているわけじゃないんだ。聞かれたら理由を説明しなきゃならないんでね」
「仮に何者かの襲撃があった場合、おそらくは曲がり角をついてくるでしょう」
クドウの顔が曇る。
「え、襲撃かい? だれが?」
「あくまで、仮定の話として聞いていただけると。杞憂ならそれに越したことはないです」
「分かった。じゃあ、話の続きを」
トモエが、では、と一声あげた。
「曲がり角は速度が落ちる。それにコーナーの外側に伏兵を用意すれば撃ちやすい」
「まるで経験したみたいだな」
「はい。前の会社では何回も襲われましたから」
「そういや、他の警備会社さんに聞いたけど、元はイナビシの専属だって?」
「はい」
「サクラダさん、あんたからは仕事ができる人間の匂いがする。納得したよ。じゃあ、襲われたのもイナビシのときに?」
「はい。重要資源の輸送警護もよく担当していました」
「なるほど、じゃあ襲撃も」
「ええ。多数ありました。全て、返り討ちにしましたが」
トモエは平然と言った。しかし、言葉が意味するトモエの実力に、クドウがゴクリとつばを飲んだ。
「……すげえな。じゃあ、曲がり角の外側からの襲撃が多いってのも」
「経験によるものです」
「だから、外側の警備を厚くしているのか」
「確定ではないので、内側も残してはおきますが」
トモエが画面を切り替える。複数のトレーラーが密に並んでいたが、トモエが画面をタップすると、トレーラーたちが間隔を開けた。
「そして襲撃が起きた場合、一番怖いケースは初撃での全滅。爆発物など広範囲攻撃を仕掛けてくることが多かったです。その場合、車両間隔および人戦機の配置間隔は開けておいたほうがいい」
「確かに。狙いを定めづらい」
「加えて、どちらから襲われても配置の入れ替えがスムーズです」
「そっちもなるほどだ。ぎゅうぎゅう詰めだと、ぶつかるからな」
クドウが、感嘆の息を漏らした。
「それにしても、サクラダさん。本当にいろいろ考えているな」
「それが、指揮官の、社長の勤めですから」
「うちの現場総括にも、聞かせてやってほしいもんだ」
げらげらと笑うクドウに対して、トモエが苦笑いを浮かべた。クドウがひとしきり笑った後に、表情を引き締めた。
「遅くするのは無理だったが、配置換えなら行けると思う。これから、俺の方からガツンと言っておく」
「ありがとうございます」
「サクラダ警備さんのお陰で助かったんだからな。信用できるってっもんだ」
◯廃墟都市 サクラダ警備トレーラー近くの路上
トレーラーの横をアオイ機とソウ機が歩いている。アオイがきょろきょろと、ゴーグルモニターに映る廃墟を見回した。
「トモエさんに言われてこっちに来たけど……」
「意図を感じる陣形だな」
「なんか、曲がり角の外側に寄ってるね」
次の左折と聞いていた。トレーラーは曲がり角の内側へ、人戦機は外側へ。サクラダ警備だけではなく、各社がそのように配置を変えていた。
「それに、トレーラー同士も、間延びしているみたい」
「非効率的に見えるな。なぜだ」
「んー。わからないけど、トモエさんも何も言わないし、理由があるんじゃない?」
喋っている間も前に見えるトレーラーが続々と左折し、人戦機も随伴しながら右折した。
自分たちも左折を終えて、後続の他社トレーラーが交差点に差し掛かった頃だった。トレーラーや人戦機がジャリジャリと瓦礫を踏む音の中に、ほんの僅かの違和感を覚える。
「ん? あっちから?」
通信ウィンドウに映るソウが、眉を潜めた。
「どうしたアオイ?」
「何か聞こえたような……」
「トレーラー駆動音などは聞こえるが」
「そうじゃなくて、なんかあっちから」
コーナー外側にある建物を指差す。外壁だけ建てて打ち捨てられたがらんどうのはずの建物だ。
「何もないぞ」
ソウが言ったと同時に、暗がりの中で瓦礫が倒れた。
「ほら! なんかやっぱり――」
「念のため目視確認するか」
◯廃棄都市 建設途中の建物内部
建設途中の廃墟は、がらんどうの暗闇だった。わずかに見える光は人の形をしている。それは、息を殺して待ち伏せする人戦機だった。
待ち伏せる一機の内部。暗闇のコックピットに座る中年男性パイロットが、インカムに向かって忌々しげに吐き捨てた。
「バカ野郎! 見つかったらどうするんだ!?」
「うるせえ! どっちにしろ、もう少しだ!」
人戦機たちが、廃墟の差し込む戸口の光を向いた。二機の影が迫っている。
「くそ。予定より配置が疎らだ。やりづらい」
「しかも、俺たちがいる側の警備が厚いな」
コックピットの男が声を荒げた。
「どうするんだよ!」
「中止の連絡はねえ。やるしかないだろ」
くたびれた男が舌打ちをする。緊張の面持ちのまま、時間がすぎる。
「時間だ!」
直後に轟音が響く。それは始まりの合図だった。




