第十七話:少女と現場監督と地下大鉄道建設現場
〇紫電渓谷 巨大建設現場
岩肌がむき出しの紫電渓谷。縦横に走る谷底のやや開けたところに、街の一区画を呑み込むほどの大穴が空いていた。
あくまで大穴に比べればだが、小さな群れが大穴の周りを行き来する。それは、掘削機を抱えた人型重機や土砂を運ぶ無人運搬車だった。
小気味よい作業音が労働歌を奏で、作業のために行き来する重機は祭りの行列をなす。活気あふれるその場所は、整備施設や資材置き場立ち並ぶ大型トンネル建設現場だった。
工事現場の周りには、十分な量の人戦機が防衛線を作っていた。攻性獣の姿は見えないものの、緊張感が漂っている。工事現場の大きさと警備の物々しさが、作っているトンネルの重要性を示していた。
攻性獣に抗いながら、今日も人類の開拓は続いて行く。
◯紫電渓谷 防衛対象の建設現場内
人型重機や人戦機がひっきりなしに往来している中、シドウ一式が一機だけでトボトボと歩いていた。
そのコックピットにアオイがいた。ゴーグルモニター越しに見える垂れ気味の丸目には、今にも泣き出しそうな不安が浮かぶ。
「えっと……。えっと……」
左右を見渡すが映るのは人型重機のみで、ソウのシドウ一式とシノブのサーバルⅨの姿がない。思わず不安が口から零れてしまう。
「みんな、どこに行ったんだろう……」
補給をするためにサクラダ警備のメンバー揃って建設基地内を移動していたが、喧噪に揉まれているうちに離れ離れになってしまった。
「全然、会えない……。通信も通じないし……」
迷子になってからしばらくたつ。自分のドンくささを呪うが解決に至るはずもない。
あたりを見回しながらウロウロとしていると、人戦機の足元を抜けていく自走トロッコを踏みそうになった。その時、迫力のある怒鳴り声が耳を打つ。
「おい! 警備員さん! 気を付けてくれ!」
「ひぃ!? すみません!」
まず、反射的に謝った。
声のした方を向くと、一機の人型重機がこちらを向いていた。外から直接顔が見える透明な風防だったが、角度が悪く相手の顔は見えない。
「たく……。って、その機体と社章は?」
とりあえず謝った事が功を奏したのか、すこし口調が柔らかくなる。
「な、なんでしょうか?」
なにかやってしまっていたのだろうかと、我が身を省みる。心当たりはないが、更に怒鳴られたらどうしようと心配で胃が痛くなった。
しかし、
「さっき来てくれた人たちか!」
心配とは裏腹に、相手の口調は思ったよりも好意的だった。
「監督をしているクドウってもんだ。危ない所、ありがとうな! いま、通信をつなぐぜ」
そう言ってクドウの顔がミニウィンドウに映し出される。
(ひぃ!?)
内心の悲鳴を辛うじて抑える。強面というレベルを通り越して、反社会的な団体に所属しているのではないかと言うくらいの迫力に満ちた顔がミニウィンドウに映った。
(え、そっちの人!? いや、そんなはずは……!?)
とりあえず挨拶をしなければと、無理やりに肺の空気を押し出した。
「アアア、アサソラです。どうも」
だが、声の震えまでは抑えきれなかった。
「震えてどうした? 風邪でも引いているのか?」
「い、いえ。なんでもないです」
「そうか。恩人に向かってあれこれ言うのも心苦しんだが、足元に気を付けてくれよ」
そう言って下を向くと、機械の足の傍を無人トロッコが駆けた。
「分かりました。このトロッコですね」
「それだけじゃなくて、テープも踏まないようにしてくれよ」
地面を注視すると、幾筋もの黒いテープが敷かれていた。黒い道筋に沿って自走トロッコたちが土くれを積んで走っている。
「これは?」
「トラッカーテープだ。その自走トロッコたちは、テープを辿っていくんだ。だから切れるとトロッコたちが迷子になっちまう」
「自分で道を探している訳じゃないんですね」
「そんな高いもん買えねえよ。うちが使っているのは昔ながらの安いやつだ」
「なるほど」
クドウが周りを見回して首を傾げる。
「そういや、あんたの連れは? どうして一人でこんなところに?」
「あの、その……」
「なんだ。迷子かぁ?」
相手の呆れるような口調に、気恥ずかしさと情けなさが込み上げる。
「……はい。どうして迷子って分かったんですか?」
「あからさまに迷ってる感じだし、こっちには建設会社の設備ばっかりだからな。警備員さんの設備はあっちだよ」
クドウの乗る人型重機が遠くを指差す。
(あっち……って、どこだろ?)
つられてそちらを向くが、ごった返す人型重機や自動搬送車しか見えない。困惑が顔に出ていたのか、通信ウィンドウ内のクドウが頭を掻いた。
「ゴミゴミし過ぎか……。仕事は違えど、同じところで働く仲間だ。案内するぜ」
「ありがとうございます」
都市の一区画に匹敵するほどに広大な建設現場には、建材や仮設詰所が多数並んでいた。その合間を縫うように、多数の人型重機がせわしなく動いている。
彼らが向かう先を見ると、底の見えない大穴があった。
(凄くおっきい……)
多数の機材と資材が次々と穴の中へ降下されており、工事の規模が伺えた。しばらく色々と見ていると、不意に会話が途切れている事に気づく。
(な、なにか話した方がいいのかな。向こうもしゃべってこないって事は、そんなにしゃべるのが好きじゃない可能性もあるけど、もしかしたら何か遠慮しているのかも知れないし、最悪、年下から話しかけるべきって考える人も一定いて、そういう考えをする人かも知れないし――)
色々と高速思考し、口火を切る方が無難と判断する。
「この工事現場ってすごく大きいですね」
「アサソラさん……だったかな? 地下大輸送鉄道の工事現場は初めてかい?」
「ドーム都市をつなぐトンネルでしたっけ?」
「そうだ。あんまり知らない様子からすると、武装警備員になって間もないのかい? 声も若いな」
「はい。まだ、見習いみたいな感じです」
「へえ。その割には、ずいぶん年季の入った機体に乗っているが。まあ、頑張んな。礼代わりっちゃ何だが、案内ついでに地下大輸送鉄道について説明してやるよ」
「ありがとうございます」
「地下大輸送鉄道ってのは、ドーム都市の間を結ぶ巨大地下トンネルだな」
そこからしばらくクドウの説明が続いた。
攻性獣が地上を徘徊する惑星ウラシェでは、地上鉄道輸送および自動車輸送は警備費用が莫大となる。また、低空を常に覆う雲と位置方位機器と電波通信を無効化する大気があるため、空輸も非現実的だ。
さらに、いつ攻性獣に切られるか分からないため通信ケーブルを引くこともままならず、都市間の通信もできない。かといって、各都市を陸の孤島にしたまま、放置する訳にもいかない。
地面を掘削する攻性獣が見られないことに着目した各政府は、それらの解決方法を地下に見出した。
メガトレインと呼ばれる超巨大貨物鉄道、ハイパーループと呼ばれる旅客向け超高速輸送、そして通信ケーブル敷設用トンネル、およびメンテナンスと避難用トンネルをまとめた大規模地下トンネルである地下大輸送鉄道がその解決法だ。
クドウが説明の締めに入った。
「……って感じで、俺たちはその地下大輸送鉄道を作っている。しっかり守ってくれよ」
「はい。任務ですから」
新規ドーム都市建設予定地とアオイたちが住むドーム都市を結ぶ地下大輸送鉄道の建設現場の防衛が、今回の任務である事を今一度思い出す。
「それにしても随分と大きい工事現場ですね。ドーム都市内の工事とは全然違う」
現場は、インフラ会社とその下請けとなるいくつかの建設会社、そしてその更に下請けとなる多数の警備会社でひしめき合っていた。
活気あふれる雑多な現場を、すり抜けるように進んでいった。案内役のクドウがいなければ、自分がどこにいるかも分からなかっただろうと感謝している時、クドウの怒声が耳を打った。
「おい!」
思わず肩を跳ね上げる。しかし、怒声はアオイに向けられたものではなかった。クドウの機体が指さす方向に、一機の人戦機がいた。
「そこの警備員! テープを踏むんじゃねえ!」
「理由の説明を」
怒鳴られた操縦士は、悪びれる様子もなく平然と質問してきた。すごい度胸だと感心するが、その声には覚えがあった。
(ん……? この声は?)
よく見ると、注意を受けた機体は旧式化したシドウ一式だった。嫌な予感に導かれて肩を見ると、盾に桜をあしらった社章がペイントされている。
色々と察して、インカムをオンにした。
「……もしかして、ソウ?」
「アオイか。どこに行っていた?」
なんと説明しようか迷っている所に、クドウが話しかけてきた。
「なんだ。嬢ちゃんの連れか」
「はい」
今度はシドウ一式がこちらを向いた。
「アオイ。この人は?」
「さっきの現場の監督さん。案内してもらってたんだ」
クドウが人型重機の腕部を上げた。
「クドウってんだ。恩人に悪いんだが、そのテープは踏むなよ」
「命令ならば」
「別に命令って訳じゃないが、頼むぜ」
ソウが意外と素直に言う事を聞いたので、ホッと胸をなでおろす。
「でも、助かった。ソウに会えて」
ソウと合流できたなら、もうクドウの道案内も必要ないだろう。そう考えて、クドウが乗る人型重機の方へ自機を向け、頭を下げる。
「クドウさん。ありがとうござ――」
「オレも助かった」
不意に聞こえたソウの発言の意味が分からなかった。少し考えて、その理由を思いつく。
「……もしかしてソウも迷子?」
「不服だが」
「なんだ。あんたたちそろって迷子か。しょうがねえなぁ」
クドウの呆れかえった口調に、苦笑いを浮かべるしかなかった。クドウが案内のために人型重機を歩かせる。後ろを付いて行く。
しばらくすると、クドウとは別の大声が耳を打つ。
「おい! そこのあんたたち!」
今度は若い男性の声だった。どうか自分たちへ向けた言葉では無いように。そう祈りながら周囲を見回す。
見えたのは、皿頭に太い体躯、鱗にも似た分割装甲板の重量機体。コブラⅣという人戦機が、まさにアオイたちを指さしていた。
「シドウ一式に乗っているあんたたちだよ!」
「す、すみません!?」
今度こそ何かをやってしまったかと、足元を確認する。
しかし、指をさしていた人戦機の傍にいた、もう一機のコブラⅣが遮るように前へ出てくる。
「バカ兄貴。怖がらせてどうするの?」
声と機体。それですぐに誰が操縦士か分かった。
「ナナミさん?」
「やっぱり、アオちゃんたちだったの。さっきもありがとう」
「い、いえ!」
照れ隠しの笑いを浮かべていると、ソウからの通信が入る。
「アオちゃんとは、アオイの事か」
「うん」
「なぜ、元の呼称より長い呼び方を? 非効率――」
「ソウはアオイでいいから。それいいでしょ?」
「了解」
いまだに扱いが分からない相棒を切り捨てて、ダイチとナナミへ向き直る。そこでは兄妹がいまだに騒いでいた。
「ほら見ろ! 当たったじゃねえか!」
「だから、声がでかいんだって……」
「しかし、会えてよかったぜ!」
やたらと張ったダイチの声に、苦笑いが零れた。
「ははは……。どうしてですか?」
「どこに行けば警備員たちが集まっている所に行けるか分からなくてな!」
「……つまり迷子ってことですか?」
「そうとも言うな!」
隣からクドウのため息。
「あんちゃんたちもか……。頼むから、俺たちを守っている時はヘマしないでくれよ……」
クドウの皮肉にもまったく動じず、ダイチはカラカラと高笑いを上げる。
「なんでか知らないが通信が途切れたりしててな! ろくに位置も確認できねえ!」
「ウチも」
「オレも確認に難航した」
「あれ? ソウに、ナナミさんたちもですか?」
「なに? 俺の奴は……って、こりゃ本当だな」
クドウの人型重機からも困惑気味の声が聞こえる。
「確かに通信無しで紛れ込んだら迷子になっちまうな。仕方ねえ。まとめて案内するさ」
「ありがとうございます」
礼を言うと、クドウのため息が聞こえた。
「なんでか知らないが、機材の不調やら攻性獣やら面倒ごとが続いてな。工期が遅れに遅れてやがる。多分、お偉いさんの会議室ではもめてるところだろうよ」
クドウはそういって、仮設詰所の一角を見た。つられてそちらを向く。
「トモエさんも、大変なのかなぁ……」
帰投連絡をした時、トモエが疲れた様子だったことを思い出した。




