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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード2 訓練課題編
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第十五話 少女と先輩と双方の追憶

〇フソウ ドーム都市内隔離区画 サクラダ警備社屋 廊下


 訓練を終えてサクラダ警備の廊下を歩くアオイとソウの二人。緩衝材だらけ戦闘服は脱いで、インナーに作業服を羽織っている。隣のソウも作業服を羽織っていた。


 無口な相棒に、アオイが口火を切った。


「シノブさんからの話ってなんだろ? 分かる?」


 アオイたちはシノブからの呼び出しを受けていた。内容については知らされていない。シノブが来てから特訓ばかりだったソウが、悲観的観測を告げる。


「推測不能だ。また新しい課題かも知れない」

「うう。今度はどれだけ難しいんだろう……」

「だが、なぜ多目的室に?」

「分からない。次の課題の説明かなぁ? はぁ……」


 話している間に、指定された部屋の前に着いた。憂鬱(ゆううつ)な気分のまま、ドアを開ける。


「失礼しま――。え?」


 目に飛び込んできたのは部屋の中央に寄せられた机と、その上にある料理だった。


 フライドポテトやバイオミートの唐揚げなど、少なくとも自分では注文しないような、ちょっと値の張ったものが並んでいる。


 呆気に取られていると、シノブが声を掛けてきた。


「よう。お前たち」

「シノブさん……。この料理は?」

「課題達成の祝いだよ。よくやったな。お前ら」


 思わず声を上げる。


「え!? お祝いって……。これ食べていいんですか!? おカネは!?」

「もちろん払わなくて良いに決まってんだろ。アタシの奢りだ。トモエさんも出してくれているけどな」

「トモエさんまで……。そう言えばトモエさんは?」

「忙しいのもあるけど、若いのだけで楽しんでくれって言ってた」


 トモエが一緒でも構わないのにと思う。その一方で、ソウは早速席に座って皿と箸を持とうとしていた。


「では遠慮なく」

「ソウ! まずはお礼でしょ!」

「料理が冷める。非合理的だ」

「いいから一緒に!」


 ソウの近くまで歩き、一緒に頭を下げる。


「シノブさん、ありがとうございます」

「礼はいいから、いいから早く食べろ」


 シノブは、ただ苦笑いを浮かべていた。


 礼が終わるや否や、ソウが料理を頬張り始める。人戦機の操縦と同じように、やたらとてきぱきとした食事だった。


「ソウ、そこまで頬張らなくても……。シノブさんはあんまり食べないんですね」


 一方のシノブはほとんど料理に手を付けていない。


「ん? まぁな」


 その曖昧な返事に疑問を覚える。


 だが、油断していると料理を全部取られそうな不安に駆られ、意識を料理に集中する。ソウが取ろうとしている唐揚げを先に箸で摘まんだ時に、シノブがぼそりと呟いた。


「……アタシに食われるよりも、お前たちに食われた方が幸せだろうよ」

「え? 何か言いました?」

「なんでもねえよ」


 シノブが視線を逃がす。ソウから奪い取った唐揚げを頬張りながら、その理由を考えた。


(梨の時もだったけど……どういう事なんだろう?)


 どうしようか悩む間も、黙々と食べ続けるソウ。そして、食べて満足したのか、ソウが神妙な顔をしてシノブを向いた。


「質問があるのですが」

「なんだ?」

「どうして、機動について積極的な情報開示が無かったのですか? 非効率では?」


 その質問で、思わず凍り付くかと思った。


「ソウ。なんで今そんなことを」

「合格した今なら聞けると判断した」

「ええ……」


 恐る恐るシノブを見る。だが、予想に反して、シノブは怒っていなかった。


「一歩進む。それを教えるためだよ」


 口調はむしろ淡々としていた。


「今回は、あれこれ試して、一歩進めただろ」

「でも、たくさんやっても、一しか進んでいないって事ですね……」

「でもな、一は進めたんだよ」


 シノブの声は温かかった。意外な反応に驚いていると、ソウが切り込んできた。


「ですが、試行錯誤が多く非効率です」

「それが大事なんだよ」


 シノブがきっぱりと言い切る。


「一から十まで教えるのは手っ取り早い」

「オレもそう思います。だから――」


 前のめりになるソウを、シノブが手でソウを制した。


「けどな」


 一息の間。そして、実感の籠った声。


「失敗から立ち上がれねえ人間になっちまう」


 シノブの視線が刺すような鋭さを帯びた。


「正解だけしていると、いつの間にか失敗が怖くなっちまう。そして、失敗を認められない、まともに向き合えない。失敗して、それをちゃんと見て、次に進む。それが出来ないやつは、ずっとそのままだ」


 シノブがソウを向いた。


「そんなのに、なりたくないだろ?」


 言葉が出なかった。隣のソウからも返事が出ない。


「失敗した時は骨を拾ってやるよ。心配すんな」


 ソウが眉を(ひそ)める。


「骨を拾うとは? 死亡が前提ですか?」

「ちげーよ。例えだ、例え。ちゃんとケツを持ってやるよって事だよ」

「なぜ臀部(でんぶ)を?」

「面倒くせえな……! とにかくだ!」


 シノブが手を叩いて、声の調子を明るくした。


「辛気臭い話は終わり! せっかくカネを出したんだ。思う存分食ってくれ」


 その言葉に、またもソウの質問。


「オレたちにカネを払ってまで? 意図が不明です」

「どうしてって……? 何かあったら祝うのは普通だろ?」

「オレにとっては違います」


 シノブの猫の様な瞳が、ソウを見て動かなくなった。沈黙が部屋を包む。ソウが言葉を続ける。


「被検体になる以前の記憶がありません。こんな風に祝われた記憶も。家族の事も」


 ソウがまっすぐとシノブを見つめる。


「家族がいるかはわかりません」

「そうか……」

「でも、もし」

「もし?」

「家族が居て、姉がいるなら、シノブさんのような人だといい。そう思います」


 誓いの日に知った、相棒の空白を思い出す。


 ソウは研究所育ちだった。温かい家族の思い出どころか、名前すらない。クウガ=ソウの名前も後からつけた借り物だった。


「へっ。アタシみたいなガサツな姉ちゃんが居たって――」


 おどけようと肩をすくめるシノブ。そこで、思わず言葉が飛び出た。


「ワタシもです」


 猫の様な瞳が、真っ直ぐにこちらを向いた。


 あったばかりの頃、その瞳は少し怖かった。しかし、その奥にある暖かさや穏やかさに、何度助けられただろう。今では、その瞳を見れば怖さも鎮まる。


 入植してからずっと蓋をしていた寂しさが、思わずこぼれ出す。


「お姉ちゃんと離れ離れになって……」

「アオイもなのか……」


 シノブのおどけた顔が真顔に戻る。自分の事を真剣に(うれ)いる表情が、いつかの姉と重なる。


「シノブさんといると、まるでお姉ちゃんが帰ってきたみたいで」

「似てるのか? アオイの姉さんと? アタシとアオイは全然似てないけど」

「見た目や性格は違いますよ? 双子の姉なので、見た目はワタシとそっくりです。でも何と言うか、頼りになる感じとか」


 今度のシノブは、おどける事もなかった。


「そっか……。お前ら二人ともか……」


 シノブが頬を掻きながら不敵な笑みを浮かべる。


「全く変わった家族が出来ちまったな。大変だ」


 やれやれと面倒そうに肩をすくめるシノブ。だが、口元は優しい微笑みがあった。


 温かい気持ちでシノブを見つめていると、シノブと目があった。目を離せないでいると、シノブがポツリと呟く。


「……その目、やっぱりそっくりだな」

「ぅえ?」


 シノブがハッとしたように、口に手を当てた。何のことだろうと思っていると、シノブが気まずそうに頬を掻く。


「いや、なんでもねえ」


 その後も食事が進む。チラリとシノブを見ると、やはり温かい笑みが浮かんでいた。


 その後も話が続く。サクラダ警備の事、身の上の事、家族の事。おしゃべりに夢中になっていると、フライドポテトが持ってある小皿をシノブが差し出した。


「ほら、食えよ」


 その気遣いに、ある日の姉が重なる。そんなに余裕のない中でも、食べ物を譲ってくれた、そんな記憶だった。


(そう言えば、お姉ちゃんも)


 シノブを見る。姉のような気弱な丸目と、目の前の猫のような瞳は似ても似つかない。だが、不思議とその印象が重なった。


「頂きます」


 そう言ってフライドポテトを摘まむ。口には滋味に満ちた優しい味が広がった。


(ずっと、続けばいいのにな……)


 そう思いながら、祝いの晩餐は続いていった。






〇サクラダ警備 格納庫


 晩餐と片付けが終わり、アオイとソウが帰った後。


 シノブが格納庫に一人佇む。情報端末を操作しながら、アオイとソウの訓練結果を確認している。


 その指が止まり、天井を仰ぐ。


「アイツらの姉ちゃんか。これも何かの縁なのかな」


 シノブが目を細める。


「まさか、()()そう思われる日が来るなんてなぁ」


 まるで遠く、儚く、もう戻らない何かを愛おしむように。


「今度こそ……。今度こそ」


 決意を乗せた呟きを、拾う者はいなかった。


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― 新着の感想 ―
シノブさんはスラムで別れた男の子&女の子とアオイちゃん&ソラくんを重ねているんですね(。>_<。) シノブさんの厳しさは家族を守りたい気持ちのような優しさからくるものだったんですよね、それをちゃんと二…
第十五話、拝読しました。 前回のレビューで「弱さ」について、言及しましたが、本話を読んで少し違うのかなと思いました。 どちらかというと「もろさ」――弱点、欠点、失敗、受容する力のなさ、認められない弱…
 全てを教えず、試行錯誤をこそ教える、というのはまさにシノブの言葉通りですね。これにはシノブ自身の重い教訓が重なっているようにも映ります。  そうした視点に立ってみれば、『身近な命に長らえてもらいたい…
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