第二話 少女と相棒と新たな課題
〇???
見上げる空には一面の雲。そこは開拓星ウラシェ。
大浸食に母星を追われた人類が縋るように逃げてきた、新天地だった。曇天の下には、草木もない平坦な荒野が広がる。
装甲板を鎧う巨人が二体、荒野に佇んでいた。
二機はシドウ一式と呼ばれる人戦機だ。肩と腰の大型装甲板が形づくるフォルムは、ブシの大鎧を思わせる。
生身からは見上げるほどの威風堂々たる巨躯を誇っているが、装甲は所々が剥がれて損耗していた。
人戦機胸部の暗く狭いコックピットに、武骨な戦闘服とヘッドギアを纏う少女がいた。ヘッドギアと一体になった半透明ゴーグルから、気弱そうな垂れ気味の丸目が透けて見える。
「索敵を開始するね」
少女の名はアオイ。その顔は、焦りに歪んでいた。
アオイの眼前にあるゴーグルモニターが、殺風景な渓谷と三つの人戦機を映していた。人影は、敵性存在を示す赤い四角でマークされている。
敵性存在表示の隣に詳細が示された。内容を確認したアオイが叫びに焦りを乗せる。
「ソウ! 三機が接近中!」
「種類は……、いずれも重量級か」
「どれもスカラベって名前みたい!」
視界端の通信ウィンドウにはソウと呼ばれた少年が映っている。ソウは、元から険しい切れ長の三白眼を更に歪めた。
迫る敵機たちは見るからに体躯が太い重量級だった。
丸みを帯びた頭部に鈍く光る複眼のような視覚センサーアレイ。
捕食虫の大あごを思わせる頸部保護装甲。
甲虫に似た照りと曲線が特徴的な、重厚な装甲板。
それは甲虫6型と呼ばれる人戦機たちだった。ソウの声に焦りが乗る。
「シドウ一式では、装甲で負けている」
アオイとソウが乗っているシドウ一式はかつての傑作機であり、今の旧式機である。改修はしているものの、スペックは決して高くない。
そして、中量級に分類されるシドウ一式の装甲は、モニターに映る重量級のそれに負けている。元からの損耗も含めれば、その差は、生半可な事では覆せない。
アオイが不安げに通信ウィンドウに映る切れ長の三白眼を見る。
「ソウ。どう見ても不利だけど……」
対するソウの顔には、微塵の弱気も見られない。
「やる事は変わらない。躱しながら当て続ける!」
「ま、待って! 弾薬装填急いで!」
ソウ機背面の偏向推進翼が煌めいた。そして、駆けたままアサルトライフルを構える。相対する敵機三体が、銃弾で迎え撃つ。
しかし、通信ウィンドウのソウの表情は崩れない。
「甘い!」
消え去るようにソウ機が横へ跳ぶ。直後の弾丸は空を切った。続く銃撃がソウ機を追う。しかし――。
「ここだ!」
切り返しのステップ。射線が一瞬だけ交差する。装甲を叩く弾丸は僅かだ。間髪入れず、ソウ機が銃口を突き出す。
「お前からだ!」
フルオート射撃による全弾丸が、敵機へ襲い掛かる。
「ソウ。相変わらず、すごい……。って――」
ソウ機の背後に周り込み、銃口を向ける敵機が見えた。
「後ろ、来るよ!」
視界端に映る通信ウィンドウの中で、ソウが舌打ち交じりに応える。
「アオイ! 頼んだ!」
「う、うん!」
弾道予測線を敵機に向け、線と影が重なる瞬間に、トリガーを絞った。
「いけぇ!」
曳光弾が飛翔する。殆どが着弾した。
「このまま!」
遮蔽物はなく、敵機は隠れない。代わりに、真正面から撃ち返してきた。
「来る!」
装甲が悲鳴を上げる。残装甲のパーセンテージ表示がみるみる減った。
「こんなに!? あっちは!?」
相対する敵機は、重装甲に包まれていた。シドウ一式では撃破は不可能に思える。
「でも、ソウが来るまで……!」
技量だけならベテランにも負けない相棒を探して、視線を奥へ。しかし、そこにはソウ機が接近しあぐねている様子が映っていた。ソウの声に焦りが乗る。
「クソ!? 射線が切れない!」
近づこうとしたソウ機が、敵の銃弾に追い払われた。
「あのソウが!? いや、ここだと隠れる場所が!?」
黒曜樹海では遮蔽物に紛れて接近し、そのまま格闘交じりの近接戦闘で敵をねじ伏せていた。しかし、ここは平地で、高火力機への接近は困難だ。
「援護を……! でも!」
援護どころではない。自分も狙われており、敵機の射撃で自機の装甲も減っていく。
「うっ!? まずい!?」
残装甲の警告が灯った。眼の前の敵の早期撃破か、ソウの援護か。二択に心が揺れる。
(ど、どうしよう!?)
弾道予測線が中途半端な空を切り、彼我の損耗差が広がる。失態が、更なる迷いを生む。
「ま、まずい……。う!?」
背中からの衝撃。振り向くと、別の敵機が銃口を向けていた。
「挟まれた!? ど、どうし――」
「アオイ!? 援護は!?」
「ご、ごめ――」
なんとかしなければならない。しかし、そう思った直後に平静なシステムメッセージが響いた。
「許容装甲超過。機体機能停止」
戦闘服に仕込まれた低出力人工筋肉の感触が消えた。
「し、しまった!?」
「アオイ!? く! 時間をかけ過ぎたか!?」
残るはソウ一機。三方からの弾丸がシドウ一式を襲う。
「回避可能か!?」
ソウ機が、駆けて、曲がり、跳ぶ。
計算された不規則回避がキレを見せた。しかし、着弾時に爆ぜる土埃が、ソウ機へ忍び寄る。とうとう、銃弾がソウの機体を叩いた。
「ぐっ!?」
着弾の衝撃で、ソウ機が転ぶ。後は、撃たれるままだった。
「許容装甲超過。機体機能停止」
直後に、機体、銃弾、土埃など、戦場の全てが時を止める。
「シミュレーション訓練終了」
「ソウもやられちゃったか」
その直後、モニターが消え、ゴーグルが半透明に戻り、コックピットに明かりが灯る。後方からガチャリと言う音が響き、搭乗口から格納庫の照明が差し込んできた。
〇サクラダ警備 格納庫
アオイがハッチから顔を出すと、多数の人戦機が並ぶ格納庫が見えた。
ケーブルを伝い床に降り立ったアオイが顔を上げると、切れ長の三白眼が印象的なアオイの相棒、ソウが情報端末を睨んでいた。逆巻く刺々しい髪が、一層近づきがたい印象を与える。
(慣れないなぁ……)
端的に言って怖い。何度目になるか分からないソウへの感想だ。
だが、別に怒っている訳ではないと知っている。ソウの元へ歩み寄り、情報端末を一緒に覗き込んだ。
端末に表示された戦績評価をみて、ため息が漏れた。
「うーん……。D2かぁ」
他社の新人と比べれば良い結果であるらしいが、サクラダ警備の新人に求められる水準には達していなかった。
ソウが切れ長の三白眼を細める。
「やはり対人戦機戦、対複数戦だと削られてしまうな」
「前の資源採取戦では、一人でバンバンやっつけてなかった?」
「黒曜樹で射線を切れていたからな。オクムラの支援射撃もあった」
「あー。さっきだと、隠れる所が無かったね」
「近接戦闘に持ち込めない。何か攻略の糸口が欲しいな」
悩む二人の後ろから、意志と知性を感じさせる大人の女性の声が耳をくすぐる。
「お前たち。私が言った事は忘れていないだろうな?」
振り返るとそこには長身の人影があった。
ダブついた作業服越しでも、分かるスラリと長い足。鍛えた者に特有の均整の取れたプロポーション。怜悧さを醸し出すシャープな顎と薄い唇。そして、目のあるべき位置にはバイザー型視覚デバイス。デバイスからはみ出る傷跡は痛々しい。
それはサクラダ警備社長のサクラダ=トモエだった。トモエの言葉に、ぎくりと頬に力が入る。
「C1を取らないと……って事ですよね」
アオイたちに課せられたミッションは、対人戦機のシミュレーション訓練でのスコアアップだった。各アルファベットには一から五までのランクがある。
つまり、D2からC1を取るためには五段階もランクを上げなければならない。
「そうだ。正規採用を目指して頑張ってくれ。試用期間内にな」
「わ、分かりました」
「じゃあ、引き続き訓練をしておけ。私は別件がある」
そう言ってトモエは去った。後ろ姿が格納庫から消える頃、ため息が漏れてしまう。
「ソウ? 聞いた?」
「正式採用にはC1を取ればよいと言う事だろう?」
言外のメッセージを汲み取れない相棒へ、はぁ、とため息が漏れる。
「それもそうだけど、そうじゃないとクビになるかも知れないって事」
「説明は無かったが?」
「裏を返せば、そう言う事なんだよ」
「む……。了解」
戦闘時の頼もしさとは対照的に、普段の相棒はどうにも頼りなかった。
「クビだけは、絶対に避けないと」
今はソウが借金を肩代わりしているが、その条件としてソウと相棒になり一流の武装警備員を目指さなければならない。クビになれば、自動的に借金地獄へ逆戻り。ソウにも出自を探るために武装警備員として名を上げるという目標があると聞いた。
二人で一緒にやっていくと誓った日を思い出しながらソウを眺めていると、切れ長の三白眼が僅かに歪む。
「どうすれば、これ以上のスコアなど取れる? 本当に可能なのか?」
解決の糸口は見えない。根本的な何かが足りない。それを薄々と感じていた。そこで、情報端末に映るスコア一覧を指差す。
「昔の記録が残っているよ。例えば、このシノブって人。信じられないけど一機でこの数を手玉に取っているみたい」
「どんな人物なんだ?」
「分からない。名前とスコアしかないから……」
そこで、再びため息が漏れてしまう。
「本当はトモエさんから直接教わりたいんだけどね……」
唯一の目上は社長のトモエだけだった。だが、一人で切り盛りしているため、常に忙しそうだ。
「トモエさんの負荷も相当だ。しばらくはテキストや過去の記録から学習するしかない」
「他の先輩たちが復帰してくればいいのにね。ボクが入る前の任務でケガしたんだっけ?」
「そう説明を受けている」
「たしか、ソウとも会った事は無いんだよね?」
「そうだ。入れ違いだな」
「どんな人たちなんだろう? 優しい先輩だと良いんだけどなぁ」
「データが無い状態での考察は非効率だ。訓練に戻るぞ」
「もう少し休みたいんだけどなぁ……」
ソウが目の前に立ちはだかった。
逆巻く刺々しい髪が、いつもよりも逆立っているように感じる。妙な迫力を纏った切れ長の三白眼が、威圧気味に見下ろしてきた。
「貸しは?」
ソウに肩代わりしてもらっている金額が、頭の中ではじき出される。うっ、と言葉を詰まらせた後に、諦めのため息をついた。
「……分かったよ」
そうして、再び人戦機に乗り込む。今日の訓練も長くなりそうだと、覚悟を決めた。
〇フソウ ドーム都市内居住区画
都市を覆う半透明のドームから、雲越しの朝日が差していた。
照らされるのは、ドームの天井ギリギリまで伸びる高層ビル群。渡航船体用の超構造体を転用して作られた超高層の摩天楼だ。
未開拓地が広がる入植星ウラシェだが、攻性獣対策や感染症予防、その他生活インフラなどの関係から、住める土地はドーム都市内に限られる。そのドーム都市も、列強国間の牽制によって数が少ない。
一方で、昨今の入植者の流入によって物件不足が加速していた。結果、低所得者向け、高所得者向けに関わらず、ビル群はより高い物への建て替えられていった。よく言えば活気にあふれた、悪く言えば雑然とした街並みだ。
様々な思惑が入り乱れる有様を、都市はよく示していた。
〇フソウ ドーム都市内居住区画 低所得者向け住宅地
ドーム外縁部。そこには治安が悪い地区と隣接した低所得者向けの区画が設定されている。道路には、通勤の人々が溢れていた。
高層ビルのエントランスから一人の少女が出てきた。黒のズボンに白のフード付きスウェットを着たショートカットの少女が、人混みに溶けていく。少女は、垂れ気味の丸目に低い鼻の、見るからに気弱そうな面持ちだった。
それはアオイだ。
一見すると小奇麗な服を着ているが、よく見ると裾や袖がほつれかっている。少しダブダブになった袖を見ながら、眉間に小さなしわを寄せた。
「まだ、着られるはず……。どこまで粘れるかなぁ」
歩きながらやり繰りできるカネを考える。余裕の無さが、眉間のシワとなった。
「せっかく安い物件を見つけたんだから、まだ節約できるはず……」
そう言って高層住宅を見上げる。遥か高みの我が家を見ながらポツリと呟いた。
「見た目だけは立派なんだけどなぁ」
ビルの合間にはたくさんの配送ドローンが見えた。あるドローンは荷物を持って飛び上がり、あるドローンは隣にあるトラックへ戻ってきた。
「……と、地下鉄まで急がないと」
サクラダ警備のある特殊区画へ行くために駅へ急ぐ。いつもどおりに治安の悪い場所を避けつつ駅に向かおうとした時だった。
「あれは?」
見慣れた青色の作業服を着た、刺々しい髪型の少年が路地に入っていく。
「ソウ? どうして?」
ソウが入って行ったのは、自分が迂回しようとしていた治安の悪い区画だった。
「また、何かするつもりじゃ」
戦闘以外ではどうにも危なっかしい相棒が気になって後を追う。目の前には、暗い道と両側にそそり立つ高層建築があった。
「スラムかぁ……。うう」
暗く、倦んだ空気に思わずたじろぐ。
明らかに踏み込んではいけない雰囲気にもかかわらず、相棒は突っ込んでいったのだろう。ソウと組んでから何度目になるか分からないトラブルの予感に、アオイは頭が痛くなった




