後輩と女神と資源採取戦の歴史 後編
〇フソウ ドーム都市内 居住区画
ドーム内にひしめく高密度の高層住宅群。入植者の急増に対して、新規都市の建設が進んでいないため、都市内の高密度化が進んでいた。
高層住宅の一角にアサノの部屋がある。アサノは帰りに買ってきた一人用の弁当と酒をお供にして、情報端末の画面を見ていた。無料で楽しめる超大手の動画サイトだ。
「これがセントリー曹長の軍事チャンネル……。セントリーって歩哨とか警備って意味だっけ? 普段からそういう仕事をしている人のチャンネルなのかな?」
そこにはチサトから勧められたチャンネルが表示されていた。武装警備関係の仕事をしているアサノからしても、動画一覧に現れるタイトルはマニアックさを極めていた。
「うわぁ。内容が濃い……。兵器についても詳しいから、もしかしたらメカニックの人なのか?」
アサノがその中の一つをクリックする。
「解説アバターもいかつい……。これ、いつの時代の軍人だよ」
出てきたのは、大浸食前の第一次から第二次旧大陸西部大戦時代の軍服に身を包んだ壮年の男性だった。
眼帯とひげがこれでもかと厳つさを演出している。軍服には勲章が所狭しと並び、肩で羽織るミリタリーコートが威圧感を助長していた。
「まぁ、とりあえず見てみるか。チドリ先輩のおすすめだし」
端末を操作すると動画が再生される。内容は、アサノが今まさに勉強したいと思っていた武装警備員の歴史だった。
『今回は吾輩と共に武装警備員と資源採取戦の歴史について学ぶぞ。内容が良ければ高評価と登録を頼む』
「渋い声なのに、そう言う所はきっちりしているなぁ」
アサノが酒をちびりと飲んだとき、唐突に女の子の声が聞こえた。
『紹介を忘れているよ!』
一方で画面には女性キャラは映っていない。アサノが、おや、と思う。
『おっとそうだったな。本編の前に、新キャラを紹介しようと思う』
なるほど、と頷きながら酒をちびりと含んだ。
「確かに、オッサンの一人語りだと人気は出づらいから、定番のテコ入れだよな」
『癒しが欲しいとのリクエストがあったからな。きっと気に入ってくれるだろう』
「さっきの声からすると美少女キャラとかかな?」
ありがちで、効果的な手法だと一人うなずく。
『紹介しよう。シドウ=イチシキちゃんだ』
デフォルメも何もされていないシドウ一式が現れた。モノノフの鉄兜を思わせる頭部装甲に、肩の大型装甲、剥げたペンキが鉄臭さを醸し出す。
可愛さに寄せた形跡は微塵も見られなかった。
「なんでだよ! 美少女じゃねえのかよ!」
『旧式のポンコツ扱いだけど、ボク頑張るからねー』
「このビジュアルでボクっ娘とか狂ってるな」
動画制作者のセンスを疑うアサノだったが、当然ながらアサノの反応に構うことなく動画は進行していく。
『では資源採取戦の歴史について学んでいくぞ。まずそもそもトレージオンとは何かから学ぼう』
『まなぼー』
「声と仕草だけは可愛いんだけどなぁ」
画面の中のシドウ一式が、内股でジャンプしながら手を挙げた。
美少女アバターだったらあざとさすら感じるような可愛い仕草だったが、画面の中にはところどころ塗装の剥がれたシドウ一式しかいない。
装甲の隙間から見えるマッスルアクチュエーターの毒々しい緑色が、不要なリアルさを醸し出していた。
『トレージオンとは大浸食以前から、発見されていた外宇宙由来の物質である。トレージオンが無ければ、未熟な技術で恒星系外縁までの避難はできなかった』
『そうなんだー。人類が死滅しなくてよかったねー。そうなればボクも生まれなかったからねー』
「そこのロボ設定は守るのな」
よくわからないこだわりが、いちいち引っかかる。
『トレージオンは、周りの物質を取り込んで再構築する』
『まるで生物みたいだねー。パクパクモグモグバリバリムシャムシャってねー。ボクもお腹空いた時は、カレーとか食べたくなるからねー』
「ロボ設定どこいったんだよ」
ブレてんなぁと思いながら、アサノはバイオミートの唐揚げを頬張った。
『細胞に似た構造を持っている事から、そう思われた時期もあった。事実として膨大な情報が書き込まれていると見られる部分もある。だが、生物ではない。自己増殖をしないのだ』
『ふーん。じゃあどうやってトレージオンを確保するのー?』
『それが資源採取戦だ』
『今日の本題だねー。導入まで長かったねー。尺稼ぎかなー』
「辛辣キャラになったぞ。癒しキャラじゃねえのかよ。元から癒しはねえけど」
癒しが欲しいという視聴者リクエストを、まるっきり無視するストロングスタイルはいっそ清々しかった。
『トレージオン噴出時には周囲の攻性獣も活性化する。採集部隊の警護のために直轄の武装部隊が組織された。トレージオンは広範なエリアで噴出する。そのため、大規模な採集部隊と戦力が用意された』
『ふーん。なんか強そーだねー』
『人戦機に加え、様々な陸戦兵器が用意されたぞ。気化爆弾搭載の自律誘導型ミサイルなどは惚れ惚れしてしまうな』
やたらとダラけた笑顔を浮かべるセントリー曹長。
気色悪い笑顔を見ながら、アサノがチビリと酒を飲む。
「おっさん、性癖出てんぞ」
仮想アバターは動画作成者の動作や表情も反映する。おそらくはこの動画作成者も今の軍人アバターのようなだらしないにやけ顔をしているのだろう。
アサノには理解しがたい趣味だった。
『各企業が資金をつぎ込んで装備と人員を整えた。その気になれば小国は落とせるくらいの戦力が列強各企業で用意された』
『じゃあ、今もその人たちが頑張って殺し合っているのー? わくわくしちゃうなー』
「怖えよ。狂気キャラになってんぞ。設定ブレ過ぎだろ」
段々と突っ込むことに疲れたアサノは、それから黙って米を頬張り、酒を流し込んだ。
『結局は廃れた。これは運用コストと利益の問題だな。トレージオンが噴出する頻度はまちまちで、安定した利益は見込めない。一方で、平時の維持コストがかかる』
『でも、吹き出したトレージオンはもったいないよー。安くてどこにでもいる戦力はいないのー?』
『そこで武装警備員が注目された。彼らは普段から未開拓地に散在する。トレージオン噴出地点付近に要請がかかる』
『でもみんなの事情もあるんでしょー? 必要人数集まるかなー?』
『そこで強制力がある諸制度ができた。任務を受けておらず、かつ付近にいる武装警備会社には強制受注義務が生じる』
『無理やりかー。悲しいねー』
『距離があっても、任務を受けていない場合には受注勧告が掛かる。さらに任務を受けている場合でも、雇用主と特殊な契約をしていない場合は――』
その後も、動画は契約制度など細かい所まで踏み込んでいった。間違いなくプロの犯行であるとアサノは踏んだ。
『任務を受けている、受けていないはどうやって管理してるのー?』
『協会で一括管理している。今ではかなりの大きな団体となっていて、法整備などに関する陳情など政治とのつながりも濃い』
『フソウの一大産業だもんねー』
『逆に政治的な事情を武装警備員へ納得させる事もあるな。強制受注の制度などはその際たる例だ。政府や各企業との橋渡しという訳だ』
『ずぶずぶっぽいねー』
内容はプロの如く理路整然としているのに、アニメのような可愛らしい声と鉄臭い機械仕掛けのモノノフのミスマッチが、いちいち理解の邪魔をしてくる。
アサノは若干の頭痛を感じつつ視聴を続ける。
『安全装置の取り付けや機能停止後の攻撃禁止など、武装警備員たちの安全にかかわる法律も通させている。政治圧力団体ゆえの力技だ。戦闘は利益を生んでいるから止める法は出来ないだろう。だが、武装警備員を守るルールは今後拡充していくはずだ』
『みんな過去に頑張ったんだねー』
『国際的にもそれが慣例になり、他国でも保護法案が出来た』
『なるほどねー。でもそれができる前はどうしてたのー?』
『フソウ人同士が殺し合っていたな。しかも戦場ごとに敵味方が入れ替わる。昨日の戦友を今日撃ち殺さなければならない。そんな時代もあった』
不意に出た凄惨な歴史に、アサノが思わず身構える。
『今でも対策は百パーセントではない。不幸な事故などいくらでも起こる。武装警備員は命懸けだ。そして、彼らは自分の上司や、その上の広域オペレーターの指示で動く。自分たちの生活を背負って、危険にも突っ込まなければならない――』
アサノは今日の資源採取戦を思い出した。
彼らにも命と生活が懸かっており、それぞれが人間であると言う当たり前の事実を噛み締める。
そして、今のフソウを支えているのは、彼らが列強からもぎ取ったトレージオンや、他列強からの委託料金として得た外貨によるところが大きいのだ。
「俺、そういう人たちに指揮をすることになるのか……」
そして、チサトとの会話を思い出す。先人たちは貪欲に学んでいったのだ。
「もっと勉強しなきゃな……。登録っと」
指が自然と動いた。登録者数はちょうど五百人に到達した所だった。そして、次回の動画投稿予定日に視線が移る。
「次回は明日か。今頃は、動画編集しているのかな」
〇フソウ ドーム内 居住区画
高層住宅の一角の部屋。元は広かったと思われる間取りだったが、今は少ない狭い通行スペースがあるだけだ。うず高く積まれた雑多な箱や、本や、その他諸々が圧迫感を生んでいた。
部屋の中には、旧大陸西部大戦時代の軍服のレプリカや、戦車や軍用機などの模型、果ては人ほどの大きさもあるシドウ一式の人形まであった。
そんな時代を問わないミリタリーなコレクションに埋もれる様に、一人の女性がインカムを掛けながら情報端末に向かっている。
「では、また会おう」
涼やかな女性の声と、やたらと渋い壮年男性の声が重なっていた。
「ふう。録音停止……っと。後は拡張知能に編集を任せてっと」
動画編集の大半は拡張知能に任せられるようになり、自分の好みを学習させれば阿吽の呼吸で声の調整、効果音の付与、キャラのアクションまで、それなりのレベルにしてくれる。
拡張知能に任せきりでもそれなりのレベルにはなるが、人が拘れば更に良い品質になる。
風呂上りの濡れた髪をタオルで巻き上げて、勲章がいたるところにプリントされたTシャツを着ている女性が、一仕事終えたように大きく椅子に仰け反った。
「いやー。まさか資源採取戦がこのタイミングで起こるとはねー。焦ったぁ」
女性はチドリ=チサトだった。
チサトは動画サイトの自身が作ったチャンネルを確認する。そこで見た数字を見て両手を挙げてはしゃいだ。
「やった! チャンネル登録者数が五百人になったよ!」
自分の好きをぶつけてみようと思い立って早三年。仕事時間の合間にコツコツと動画作成の勉強をしてきた。
時には再生数が伸びず悲しい思いをしたこともあったが、いまではコアなファンからの温かいコメントも付いてきた。
「仕事も大事だけど、こういう時間もないとね!」
周りの期待に応えたいという性分のおかげで、仕事で高い評価を得られるようになったが、その分だけ肩が凝るのもまた事実だ。
「やっぱり好きな事に没頭できる時間って大事だよねー」
チサトは、本当の自分を見せられる大切なひと時を、これからも大事にしようと思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キャラ紹介
チドリ=チサト
才色兼備な重度のミリオタ
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