少女と親方と人型兵器の歴史 後編
〇フソウ ドーム都市 サクラダ警備 格納庫
人戦機が立ち並ぶ格納庫の真ん中に、四人の人影。深いシワと白髪を生やした頑固一徹と言った風情のカジ、クリっとした目につるりとした額のリコ、気弱そうな垂れ気味の丸目をしたアオイ。
彼らが見つめるのは、逆巻くとげとげしい髪をした切れ長の三白眼が印象的なソウ。
ソウは、リコから出された質問に悩み、俯いていた。
どうすれば持って行く部品数を減らせるのか。その答えを出しきれずに、視線を床からリコへ向ける。
「回答が不明だ。どうすれば?」
「例えば、脚と腕で同じマッスルアクチュエータを使えるようにすれば、解決っス。さらに言えば、上腕と前腕で同じにすればもっといいっス」
「その手があったか」
「人戦機は、部品の種類が少なくなるように設計されているっス。壊れて直せなかったら即死亡って環境で磨かれた、開拓者の知恵ってやつっス」
リコが腰に当て、いつものドヤ顔を一層にやけさせた。そこにソウの平静な声。
「だが三次元加工機があるから、補給は問題にならないのでは?」
「ソウさん分かってないっスねー。シュニュニュンっすねー」
リコが肩をすくめると、ソウがいらだった様子で眉を上げた。リコはそんなソウの反応をニタニタと笑う。
(こういう事になると、元気になるなあ)
それがリコだった。
「三次元加工機で部品を作り上げるまで、それなりの時間が必要っス。その間に襲われない保証はない。それがウラシェっス」
一応は納得した様子のソウ。リコがフフンと得意気に鼻を鳴らす。
「それで、ソウさんに言われた最新式への換装の話に戻るっスけど、人戦機内でも部品共用化が進んでいるッスけど、人戦機間でも共用化は進んでいるッス」
「つまり、シドウ一式でも最新のマッスルアクチュエータへ換装可能ということか」
「その通りッス。だから、シュバーン――」
カジに睨みつけられたリコが、慌てて訂正する。
「――じゃなかった、最新型よりもちょっと下くらいの性能っス。マッスルアクチュエータとかは交換可能っスから、人間で言う所の筋力はまぁまぁっス」
「では、シドウ一式のままでいいのでは?」
「流石に他の性能もあるんで、そう言う訳には行かないっス。他の性能についてはまた別の機会に話すとして、買えるなら新しい人戦機の方がいいっス」
「新しい人戦機を選ぶ際に何か制約はあるのか? イナビシ以外の製品も運用可能か?」
待ってましたとばかりに、リコがタブレット型端末に機体カタログ一覧を映した。
「国際規格があるから大丈夫っス! フソウのイナビシ、クリスティアーナ合衆国のゼネラル・アーマメント、西部連合のアームズ・アライアンス、中央共和国連邦のウドムルトとか甲人技術集団とか、どの国の人戦機でも部品のコネクタは一緒だから問題無しっス」
「人戦機を供給しているほぼ全ての陣営でも大丈夫なのか」
「だから、どこのブランドでも大丈夫っスよ。他の皆さんはバラバラっス。これが操縦士の皆さんが持っている機体一覧っス」
リコから渡されたタブレット端末を見る。それを見たアオイが疑問の声を上げる。
「どうして後ろに付いているのが式だったり型だったりバラバラなの?」
「それは製造元が関係してるっス。イナビシ製の場合は漢数字と式っスね」
「シドウ一式とかか」
「そうっス。アームズ・アライアンスの場合は新数字と型でみたいな感じっス。スカラベって機体があるっスけど、これとかはスカラベ6型っスね」
「なんか虫っぽいね。スカラベって、確かそういう意味何だっけ?」
「甲虫って意味っス。それで、ゼネラル・アームズは旧数字っスね。例えばサクラダ警備だと、サーバルIXとかあるっす」
「あの耳が大きい機体かな?」
アオイは、頭部に耳のような突起がついた機体を指さした。リコが感嘆の表情を浮かべる。
「よくわかったっスね」
「そういう名前の動物を知っているからね」
「ア・オ・イさぁん。やっぱりジュジューンなマニアっスね。自分、信じてたッス」
親愛と友愛と、若干の狂喜に満ちた瞳で見つめてくるリコ。ねっとりとした間合いの詰め方にゾワっとしたものを覚え、咄嗟に話題を切り替える。
「じゃ、じゃあ、そこを見れば作った所が分かるんだ」
「そういう事っス」
ソウが、リコへ続けて質問する。
「話を戻したい。機体を変更した場合、武器は? 既存の物でも使用可能か?」
「武器と機体の間にも共通規格があるから、どれでもOKっスよ。搭載可能重量とか反動制御とか、人戦機性能の問題は除くッス」
「シドウ一式の反動制御機構は? 旧式のままなのか?」
「にゅふふふ。よくぞ聞いてくれたっス。本当は互換性が無いんスけど、ギシュギシュな改造をすることで――」
そこから理解不能の技術論議が始まった。
最初は無理やりに頷いていたりして眠気を飛ばそうとしていたが、瞼が下がりきった。
アオイが気づくと、格納庫に居たはずが、なぜか周りはサバンナだった。
(ん……? ああ、ライブ配信の時の)
そういえば、ライブ配信でサバンナの話をしていた。いつの間にか参加している事が不思議だったが、その疑問もすぐに消えた。
(ああ、原始時代の話だったな)
そう思って前を見るとソウが原始人の格好を、リコがライオンの着ぐるみを着ていた。
四つん這いのリコに追いかけられて、ソウがサバンナを駆ける。
ソウがとうとう追いつかれ、リコに噛みつかれた時だった。
「アオイ? どう思う?」
ソウがこちらを向いた。
ライオンの着ぐるみを着たリコがソウに噛みついている違和感はなぜか無く、ライブでの質問のつもりで答えた。
「人間の二足歩行は速度があまりでなくて、ライオンとかに追いかけられると危なかったみたいなんだけど、逆に追いかける方は――ん?」
周りの雰囲気がピリピリしている。
違和感に気づき目を開けてあたりを見回した。
そこには、何言ってんだという顔をしたリコとソウがいた。
「ん……? ……あ!?」
失態を悟り、一気に眠気が覚める。心臓が変な鼓動を上げていた。
(し、しまった!)
頭の中が真っ白になりながらも、必死に言い訳を考える。その間も、リコとソウの顔に浮かぶ疑惑は濃くなっていく。
「あ、あ。今のはその……」
だが、寝ぼけ半分の頭ではロクな言い訳が思いつくはずもない。
(も、もう素直に謝るしかない!)
覚悟を決め、頭を下げようとする。
「ご、ごめ――」
だが、謝罪はしゃがれたカジの声に遮られた。
「確かに、おめえさんの言う通りだな。だが、深い訳がある」
カジの反応に、皆の視線が集まる。
「え? カジっさん。今のはどういう事っスか?」
「ばっきゃろい! 少しは手前で考えろってんだ!」
リコは腕組みをして、うなりながら考え込む。
「もしかして、アオイさん。人型の欠点について言ってるっスか?」
「あ、あの……」
あらぬ方向に転がっていく展開にオロオロと周りを見回しながら、訂正の機会をうかがう。だが、退路がソウによって塞がれた。
「どういうことだ。聞かせてくれ」
「二足歩行は転倒しやすくて大変っス。反動とかもそうっスね。機能だけで言ったら、四足歩行とか足が多い方が安心っス。最大移動速度も、アオイさんの言う通り多脚の方が良いっスね」
「つまり、歩行形態と戦闘能力の関係についてアオイは言及したという事か? 随分と婉曲的な表現だったが」
高潔なアオイと俗なアオイが心の中でぶつかり合う。そして、高潔な方があっさりと負けた。
「ウマク、イエナカッタケドネー」
とてつもない棒読みに、自分ながら呆れる。
「流石だ。相棒として頼りになるな」
ソウはいつもどおり気づかず、真剣な瞳でこちらを見る。
その視線が痛かった。
(やめて! そんな目で見ないで!)
顔に大量の冷や汗が流れる。その様子を不審げに見たソウだったが、答えを求めるべく、リコの方へ振り返る。
「それで、アオイの指摘する点があるとして、なぜ人型に?」
「それには、深~い訳が」
「それは先ほど聞いた。具体的に頼む」
「それは……」
腕組みをして考え込むリコだったが、そのままピクリとも動かない。そして、チラッとカジへ視線を送る。
ため息を吐くカジ。
「リコ。おめえ、物いじり以外はてんでダメだな」
「申し訳ないっス」
「仕方ねえ。俺が説明してやらぁ」
そう言って、まんざらでもない様子でカジが胸を張る。
「そもそもだが、人戦機ってのは人型重機に銃を持たせたのが始まりだ。じゃあ、なぜ重機が人型かって話になる訳だ」
カジは昔を懐かしむように、どこかを見上げた。
「入植したて頃は、とにかく人手が足りねえ。何かに特化した重機をたくさん並べても、それぞれを使える人間を育てなきゃならねえ。結局、育てる時間ばっかり食っちまう。だから、その解決が必要だ」
「それでどうして人型に?」
「じゃあ、おめえさんに聞くが、誰でも使える道具ってなんだ?」
ソウが腕を組んで考え込み、機能停止したかのようにピクリとも動かなくなった。
カジやリコの顔が、徐々に不安で歪んでいく。
「ソウさん。生きてるッスよね……?」
「お、おう。多分……?」
突如、ソウが観念したようにカジの方を向く。
「回答不能です」
「おお、生きてた。……リコ。代わりに考えろ」
「うーん……」
リコが普段の作業どおりにワチャワチャと動き回る。それが随分と続いた末に、自分の手を見つめたリコが振り返った。
「自分の体ッスか?」
「正解だ。手前の体と同じ形なら、誰でも感覚的に使いこなせるってえ寸法よ。現に、人戦機ならズブの素人でも、数分あればそれなりの動作ができる」
その答えにアオイは納得した。避難基地に居た頃はドンくさいと言われたアオイでも、人戦機はそこそこ使う事ができる。だが、ソウはその答えに満足しなかった。
「しかし、ソフトウェアが発達すれば、どの形状でも問題無く動作すると考察しますが」
「動かすことはできるが、ぶつけちまうのがオチってもんよ」
「ぶつける?」
「大昔は人が自分で自動車を運転してたんだがよ。あんな簡単な形の操縦でも角をうっかりぶつけちまう事が多かったそうだ」
「まさか」
ウラシェのドーム都市でも、母恒星系の外縁基地でも自動車を運転している人を見た事はない。恐らくは大浸食以前の大昔なのだろう。
「嘘なんざぁつかねえよ。これは、ボディイメージって奴が関わってくるな」
「ボディイメージ?」
「見なくても自分の体がどこら辺にあるか分かる事だ」
「確かに」
「で、自分の体と形が違ったら、簡単な四角でもぶつけちまうんだ。元々体についていない腕や脚や尻尾をつけたところで、ぶつけまくる」
アオイが自分の尻を見る。巨大なしっぽがついたら、さぞ困るだろうと想像した。
カジが説明を続ける。
「おまけに、人型なら戦闘服の低出力人工筋肉を使った感覚フィードバックを使える。だが、腕が四本あっても感覚を伝えられねえ。慣れるまで――」
遮る様に、ソウの声。
「たしかに習熟に相当の時間が必要と推測されます」
「おめえさん。食い気味にくるな」
「問題が?」
「いや。俺だって気が短え。かまうこたぁねえ」
「ならば、これで」
そんな調子で大丈夫か、とソウとカジを見るアオイ。心配したような険悪さは見られなかったので、アオイがホッと一息をつく。
カジが顎を摩りながら、解説を再開した。
「そんでよ。掘る、埋める、運ぶ。特化した重機にゃ及ばねえかも知れねえ。けど――」
「習熟速度という利点がある」
「そういうこった、自分の体が、巨大で、馬鹿力で、疲れ知らずになればやれる事は結構多い」
「限界があると思いますが」
「そう言う時は、人重機にドリルやらショベルやらつける」
「なるほど。兵装と同じ考えですか」
「そうだな。それぞれの重機をまるっと用意するよりも資源が節約できる。入植地ならではの事情が大きかった」
カジの説明を聞いて、リコは感心したように目を丸くした。
「はえ~。そんな事情があったんスねえ」
「おめえ、機械いじり以外は興味ねえからなぁ……」
「でも、今はもう人余りの時代っスよ? 人型以外の戦闘機があっても良くないっスか?」
「じゃあ例え話がだがよ、ここに独自開発で性能が二倍増しの情報端末があるとすっか。値段はちょいと割高程度だ。リコ。これ買うか?」
「もちろん買うッス!」
「ソフトは無くて、全部自分で作らないといけないとしてもか?」
リコが指を顎に沿えて、しばらく悩む。
「全部自分で移植――」
「おめえに聞いたのが間違いだったな」
「ひどいっス! 食い気味に否定しないでほしいっス!」
「こちとら気がみじけぇんだ」
カジは少し疲れたような表情で振り向いた。
「アオイはどうだい?」
「買わないと思います」
「だろ? 部品やら制御ソフトやらメンテナンス設備やら全部が人型前提で作られちまっている。だから、人型以外の人戦機を作ったところで、誰も買いやしねぇ」
そこまで言い切って、カジはふと寂し気な表情を見せた。
「それでも、何かのきっかけで人型は一気に廃れるかも知れねえ。そん時ゃ、時代のあだ花って扱いになっちまうかもなぁ……」
カジは憂いを含んだ眼をして、人戦機を見回す。その瞳を見ているだけで、自分の仕事への思い入れが汲み取れた。
「まぁ、それまでは大事に扱ってくれや。きっちり整備してやらぁ」
「自分も、誠心誠意込めてシュババババーンって整備するっス! もちろん改造依頼も随時受け付けっス! ギッシュギシュに改造するッス!」
ソウは腕組みをしながら頷く。
「良く分からない事も多かったが、人型では本来戦闘に向いていない事は良く分かった」
アオイが、思わずソウの方を振り向いた。
「それ以外も結構話してたよ!?」
「そうなのか?」
「むしろ、どうしてそう思ったのさ……」
「よく分からないが、戦闘に適した形状の攻性獣を相手にするためには一層の訓練が必要だ」
「え?」
嫌な予感がする、と思った所でソウの追撃。
「アオイ。いつも通り練習するぞ。だから格納庫に来たんだろう?」
当然、アオイにそのつもりは微塵もなかった。
「い、いや、実は――」
慌てて訂正しようとするが、カジとリコが食い付いた。
「なんだ。いつも自主練してんのか? 今どき大したもんだなぁ」
「すごいっス! えらいっス!」
感心のまなざしが心を抉る。
そして、見栄と眠気を秤にかけた。グラグラと両天秤が触れたのち、最後に傾いたのは見栄。
アオイはすべてを諦めた、キレイな、とてもキレイな笑顔を浮かべた。
「練習。頑張ろう」
ソウはいつもどおりの仏頂面でそれを受け取る。
「当然だ」
「……アハハ」
その日のアオイは、布団に入る前に玄関で気絶した。翌日に体中が痛くなったアオイは、夜更かしはほどほどにしようと心に決めた。
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