第二十五話 少女と逆転の切り札と最後のミス
◯光晶空洞 建設現場 凍結区域
攻性獣に追われながら、氷の洞窟を駆けるソウ機とアオイ機。後ろをいくアオイが声を上げた。
「あ、あそこ!」
機械の指先が石の小山を指す。
「なんだ? なにがある!?」
「イワオさんの一手!」
「何のことだ!」
「まずは駆け抜けて!」
そのまま小山を脇に見ながら駆け抜ける。
「ソウ! あそこの石山に向かって手榴弾を投げて!」
「なぜここで!?」
「あそこに砲弾が埋まっている!」
「見えなかったぞ!?」
「イワオさんならそうする! それに誘爆させれば!」
脳裏に思い浮かべたのは、イワオが迫撃砲弾を即席爆発トラップとして使っていたところだった。
「資源採取戦でのトラップか!」
ソウが叫ぶなり手榴弾を放り投げる。ろくに狙う間もなかったはずの手榴弾は、石山の直ぐ側に転がった。
手榴弾は起爆せず、静かに時を待っている。おそらくはタイミングを計算して時限信管をセットしたのだろう。
「咄嗟だったはずなのに、あんなにぴったり」
そう思いながら内心で舌を巻く。
「と、今は走らないと」
リアビューには攻性獣たちが洞窟いっぱいに広がっている様子が映っていた。ビリビリと地面を轟かし、こちらへ進撃を続けている。
「急がなきゃ!」
メインモニターに意識を戻す。戦闘服が全身の負荷と触感を再現する。まるで自分の肉体で駆けているかと錯覚させた。思わず自分で走っているかのように息が上がった時、ちょうど攻性獣が石山の付近に差し掛かった時だった。
手榴弾が貯めに貯めた破壊力を解き放ち、爆発する。
「タイミングもぴったり!」
ドン、ドンと爆発が続く。
「誘爆! アオイの言うとおりか!?」
「たぶん!」
やはりと思っていると、ソウの声が割り込んできた。
「しかし、洞窟内で迫撃砲は使用に適さないのに、なぜ」
「イワオさんがわざわざ持ち込んできたのかって?」
「ああ」
「たぶん、いつもの慣れたものがいいと思ったんじゃないかな」
「状況に合わせて変更した方が効率的に思えるが」
「イワオさんは、ちゃんとできるほうが好きだからね」
「信頼性を重視したということか」
爆発の煙がくすぶる背後を、ソウ機が振り返る。自分も同時にリアビューを見ると、落石と攻性獣の死骸で出来たバリケードが見えた。
「それにしても! さすがソウ!」
「まだだ! 後続集団がいる!」
ソウが叫ぶと同時に、肉と甲殻と岩の壁を攻性獣たちが突き破る。だが、時間は稼いだ。その間に駆け抜けた距離はそれなりで、かなりの余裕ができた。
「でも、あのトラップのおかげでだいぶ距離が!」
「集中して走れ! 速い集団がいる!」
ごちゃごちゃとひしめく集団の中から、細身の六足集団が抜けてきた。暗く輝く赤い三つ目が、迫りくる。リアビューに映る攻性獣の影が、徐々に大きくなる。
「まずい! 速いよ!?」
再び込み上げてきた不安を抑え込もうとしている時だった。
「アオイ! 見えたぞ!」
ソウの一言で、一緒に前を向く。見えたのは、サーバルとファルケだ。
「前に! みんなが!」
ファルケが狙撃銃を構えている。しかし、構える向きがおかしい。こちらではなく天井を向いていた。
「なんで天井を!?」
「不明だ! とにかく急げ!」
洞窟を抜けて、氷の広間へ。視界が開け、天井には巨大な氷塊で出来たシャンデリアが垂れ下がっていた。舞踏会場を思わせる広大な空間を、とにかく駆ける。
サーバルⅨが、広間で待っていた。
「アオイ! ソウ! アサルトウィングを吹かせ!」
シノブの声に合わせて、アサルトウィングの出力を最大にする。ゴツゴツとした洞穴にくらべ、広間はだいぶ走りやすい。
「これで全速力!」
背後から追ってくる攻性獣との距離が僅かに開いた。しかし、状況は好転しきってはいない。
リアビューに映る攻性獣の数はいつの間にか増えていた。
「あんなに! なんか増えてない!?」
「おそらくは多方面から合流している」
「あの量は倒しきれないよ!?」
シノブとイワオと合流したが、それ以上に数が増えているように見える。一体どうすればと思った時だった。
シノブが再び声を張る。
「イワオさんの仕込みがある!」
「え! 何を!?」
天井に狙撃銃を向けていたイワオが呟いた。
「ここだな」
狙撃銃が火花を散らす。そして、天井の氷塊に着弾した弾丸が、破裂した。
「ば、爆発!?」
氷のシャンデリアが爆炎のきらめきを反射する。青みがかった荘厳な空間に、燃える赤が照り返す。火の粉と氷の欠片が降り注ぐ、温かな光と冷たい光の共演だった。
幻想的にも見える空間に不似合いな、破壊的な轟音が響き渡る。
「撃っただけなのに、爆発した!?」
「炸裂弾頭か」
ソウが冷静に分析する中、イワオが次、そのまた次と炸裂弾頭を天井に向けて発砲する。シャンデリアのような巨大な氷の結晶へ、徐々にヒビが広がっていく。
ビキビキと広がる音は、耳につくほどに巨大になった。それは崩落を知らせる合図だ。
「お、落ちる!?」
言ったか言わないかのタイミングで、天井が抜けた。氷のシャンデリアが、空を裂いて落下する。必殺の質量をともなった氷の刃が、攻性獣の群れへと降り注いだ。
「う!?」
凶刃と化したつららは、高速のまま巨獣を貫く。鈍器と化した氷塊は、巨大な質量で巨獣を押しつぶす。
ざくざくと、ぶちぶちと、屠殺も続く。圧倒的な殺戮だった。生き残った攻性獣が、氷塊と死骸の山から僅かに這い出てくる。それでも体のあちこちが欠損し、まともに戦える状態ではない。
ファルケが狙撃銃をしまい、サブマシンガンを取り出した。
「詰み、だな。残りを撃て」
軽機関銃を構える。その量は撃退も容易い程度だった。
まばらな敵性存在表示に弾道予測線を合わせていく。
一分もしない間に、生き残りもあらかた倒し終えた。
破砕しきった氷が、水晶の霧となって漂う。その下にはピクピクと動く黄色い血肉が、ピクピクと動いていた。
「ふぅ。なんとか――」
緊張で詰まっていた息を、ふうと吐き出す。さらなる後続がいないかと洞穴の奥を見た時だった。
「ん。あれ?」
かすかに見えるのは人戦機の影だった。さらに奥には、赤い三つ目が見える。
「え!? まだ人が!?」
「支援するが、足りぬか」
言い切るか否かのところで、ファルケが狙撃を放つ。飛んでいった弾丸は、攻性獣の一体を倒した。
「すごい! 流石です!」
「一時しのぎに過ぎん」
しかし、後続の攻性獣は大量にいる。この大広間まで攻性獣が来て、囲まれたら厄介だと思っていた時だった。
「アオイ! ソウ! シノブ! 入口で迎え撃つ!」
「了解!」
シドウ一式とサーバルⅨが駆ける。その後を追った。砕け散った氷と血肉を踏みしめて、大広間を再び駆ける。ファルケが機械の腕を振りかざした。
「ここで迎え撃つ!」
「分かりました!」
激しく上下する視界の中で、弾道予測線を攻性獣に合わせる。曳光弾が赤い光の奔流になって、洞穴を翔けた。
攻性獣は数を減らしていった。
「この調子で行けば!」
そう思った時、逃げる人戦機のうち、一体が転んだ。そこへすかさず、攻性獣が襲いかかる。
「あ、危ない!」
転んだ人戦機が筒状のランチャーを攻性獣に向けた。その瞬間、シノブが目の色を変えた。
「バカ! ここで無反動砲なんてぶっぱなしたら――」
言い終わる前に無反動砲は発射されてしまった。超高速の砲弾が攻性獣と天井の岩盤を貫いた。
「ぐ!?」
爆音が鳴り響き、粉塵と化した天井の残骸が舞い散る。ビキビキと何かが割れるような不気味な響きが聞こえた。
「これって、まずい!?」
天井を見れば、裂け目から管がだらりと落ちてきた。
「管が中から!?」
「落ちてくるぞ! 避けろ!」
「は、はい!?」
たわみに耐えきれなくなった管が音を立てて落ちる。そして、中から銀色の液体が流れ出てきた。極比熱流体は、どんどんと床の氷を溶かしていく。途端に、蒸気が当たりを覆った。
「み、見えない!?」
空気にミルクを注ぎ込んでいるように、一面が白く染まっていく。周囲の影もほとんど見えなくなってきた。
「誰か!?」
「アオイ! そこか!?」
「その声! ソウ!?」
声が向かった霧の奥から、ソウ機が霧を割って近づき、手を差し伸べる。グイと機体腕部をひっぱりながら、ソウが尋ねた。
「アオイだけか! シノブさんは!?」
「視界不良のため不明!」
「シノブさんなら見えなくても――」
「いや、このノイズだらけの環境で音探は絶望的だ」
普段のシノブなら霧の中でも探し出せるだろう。しかしそれは、耳の聞こえる場合の話だ。崩落音がそこかしこに反響する今、シノブが聞こえている保証はない。
「ど、どうしよう!?」
「とにかく固まれ!」
「分かった!」
そう言ってあたりを見回した時だった。霧を割って、巨影が迫る。影には赤い三つ目が着いていた。
「いつの間に!?」
崩落の音で気を取られていた。そんなことを考えている間に、眼前まで迫れていた。巨影から生えている腕は、ハンマーな迫力をまとっていた。凶器ともいえる迫力に気圧され、咄嗟にガードする。
「しま――」
ガードした腕と、胸部装甲を突き抜けて、頭をぐわんと揺らす衝撃が襲いかかる。
「ぐぅぅ!?」
ふわりとした感覚で、自機が吹き飛んでいる事を悟る。まずい、と思い――
「う、受け身を!」
咄嗟に身体を丸めるイメージを機体に送る。直後、胃を直に殴られたような衝撃が襲う。
「くぅ!」
そして、ゴロゴロと視界が回る。天地逆さを何回か繰り返したあとに、ようやっと止まった。
「あ、頭が……」
かき回された視界は、いまもぐるぐると回っていた。視界同様にふらふらとする意識に、赤い三つ目が思い浮かんだ。
「そ、そういえば攻性獣は?」
ようやっと戦っていることを思い出す。未だに目が回っているが、それでも周囲を見回す。 すると、赤い三つ目が猛烈な勢いで距離を詰めてきた。
「あ、あれは!」
近づいて明らかになったシルエットはシャコに似ていて、同時に大盾を構えた隆々たる戦士にも似ていた。
「パンチのすごいやつ!?」
紫電渓谷の地下で出会った記憶が頭をよぎる。サーバルⅨの前腕を大破させるほどの強烈なパンチを放つ攻性獣だった。
下手をすれば一撃でコックピットを凹ませる威力に頬がひきつる。
「しまった!?」
自機はいまだ膝立ちのままで、ろくに構えられない。その隙に、蝦蛄型攻性獣が大槌に似た巨腕をこちらに向けた。
「ひっ」
操縦士ごと潰された人戦機が、脳裏フラッシュバックした。鉄道建設員を救出しようと思って、途中で発見した人戦機である。
「あ、あ」
頭の中に、さらに昔の記憶が溢れ出る。
ヨウコに殺されそうになった日。
ヨウコに助けられた日。
ソウと初めて逢った日。
(あれ、これって確か)
死ぬ間際に見るという人生の記憶だった。パラパラと天井から落ちてくる小石すらゆっくりの視界はモノクロだった。
極限まで圧縮された時間の流れで、とうとう攻性獣の肥大化した腕甲が向けられた。
(これは、たぶん、しん――)
死んだ。そう思った時――
甲殻にカンと火花が散り、その衝撃で腕甲がズレた。直後に大砲のようなパンチが放たれる。
落ちてくる岩がゆっくりと動く歪んだ時間の流れの中で、致死のパンチがゆっくりと迫る。しかし、破城槌のような一撃は、機体と紙一重の隙間を残して、脇へ抜けていった。
死ななかった。
脳がそう認識すると、時間の流れがもとに戻った。
「それた!」
直後、自機と蝦蛄型攻性獣の間に、機械仕掛けのモノノフが割り込んできた。同時に、聞こえたのはソウの気合の咆哮。
「オレが相手だ!」
ソウ機が回し蹴りの構えを見せる。ドンと踏み込んだ軸足に力を込めて、上半身のひねりを蹴り足に伝える。
「くらえ!」
鮮やかな蹴りが、シャコ型攻性獣へ突き刺さる。衝撃が周囲を揺らしたあと、シャコ型が霧の向こうへ吹っ飛んだ。
「死ね!」
ソウが吹き飛んだ先をめがけてアサルトライフルを乱射する。
「アオイ! 無事か!?」
「た、助かった……!」
「オレが抑えている! 今のうちに立て!」
その時、氷の崩れる音がした。聞こえてきたのは、蝦蛄型攻性獣が吹き飛んだ先だった。
「な、なんの音!? 何か崩れている!?」
「しまった! 壁があったのか!?」
ガラガラと崩れる音の向こうから、蝦蛄型攻性獣が三体迫る。
「そこから!? どこかに繋がった!?」
「近づかれる! アオイ! 立ったか!?」
「うん! 逃げよう!」
そのまま、背中のアサルトウィングをふかして洞穴内を駆ける。距離さえ取れれば安全だが、裏を返せば詰められれば再びの死地だ。
水蒸気で視界が悪く、途中で何度もつまずく。その度にソウが止まり、振り返って牽制射撃を行う。
マズルフラッシュが霧を灯すたびに、申し訳無さで胸が苦しくなる。
(迷惑をかける訳にはいかない! 急がなきゃ!)
その時、足元にがつりとした感触が走る。
「うわ!?」
メインモニターいっぱいに地面が広がる。眼の前に迫る地面と、傾いて感じる重力とで、自機が倒れ込んでしまった事を悟る。
機体を起こそうとすると、巨大な影が迫りくる。気配で振り返ると、大盾のような腕が向けられていた。
「追いつかれ――!?」
「これしかないか!」
ソウの声と共に、眼の前に手榴弾が数個転がってきた。そして、ソウ機が無理矢理に自機を引っ張って抱えた。
ソウ機の背中越しに、閃光が網膜に刺さる。続く轟音が、鼓膜越しに脳髄を揺さぶった。
「ひっ!?」
心臓を針金で縛り上げるような恐怖が襲う。全身の筋肉が勝手に身体を締め上げた。
「あ、ああ……」
爆発が蝦蛄型攻性獣をゆっくりと砕く様子を見ながら、アオイの意識は極限を通り越した恐怖によって闇に引き釣りこまれた。
次回も1~2週間後の更新です。




