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気弱少女と機械仕掛けの戦士【ファンアート、レビュー多数!】  作者: 円宮 模人
エピソード3 氷床洞窟防衛編
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第二十三話 少女と氷と光の洞窟

◯光晶空洞 建設現場 凍結区域


 光晶空洞の天井は人戦機の丈を遥かに超す。高い天井の所々に、日の光が差し込む大穴が空いていた。


 天から差し込む光によって、洞窟の中とは思えぬほどに明るい。差す光が洞窟壁面の光晶に反射して、あたりを照らしている。明るさを一層強めているのが、氷だった。岸壁はほとんどが氷に覆われ、しんと空気を引き締めている。


 冷たく澄んだ空気を抜けた光が、二機の人戦機を照らす。見えた影は、大鎧(おおよろい)をまとったモノノフに似ていた。それはサクラダ警備のソウとアオイの機体だった。


 先頭のソウ機が、アサルトライフルを構えながら周囲を見回す。リラックスしているようにも感じる自然な動きで、しかし動作に無駄はない。キビキビと動くソウ機が止まる。頭部視覚センサーに、赤い瞳の輝きが映り込んだ。


 直後、スピーカーから抑揚の薄いソウの声が洞窟の冷気を震わせた。


「アオイ、支援を頼む」

「わかったよ!」


 ソウ機が敵集団へ突撃する。背後に備えるアオイ機が軽機関銃を構える。


「ソウ! 射線に入らないようにね!」

「了解!」


 ソウ機が洞窟壁面へ寄り、中央を空ける。青く輝く弾道予測線(ブルーライン)攻性獣(こうせいじゅう)たちに重なった。


「ターゲット補足! いっけぇ!」


 トリガーを引くとともに、弾丸が軽甲蟻(けいこうあり)の群れを襲う。被せるようにソウ機のアサルトライフルが銃火を吹いた。


「そこだ!」


 軽機関銃掃射の(あられ)の中に、アサルトライフルの必殺の弾丸が混じる。ソウの射撃が、攻性獣(こうせいじゅう)の六脚を撃ち抜く。激しく動き回る節目を確実に狙ってだ。


「すごい!」


 曲芸じみた射撃に思わず声が出た。


 足を撃ち抜かれた軽甲蟻(けいこうあり)が、バランスを崩した。巨躯が転げ、柔らかな腹部が無防備にさらされる。通信ウィンドウに映る、切れ長の三白眼が、冷たい凄みを放つ。


「丸見えだな」


 そう言って、ソウ機が跳ねた。猛烈な速さで浅い放物線を描く。転げた攻性獣たちを見下ろしながら、跳んだままにアサルトライフルの銃口を向けた。


「死ね」

 

 攻性獣の腹から次々と黄色い飛沫が飛び散った。通信ウィンドウのソウが、さしたる感慨もなくつぶやく。


「命中率、想定どおり」


 ソウ機が黄色の血霧をふわりと裂き、静かな音とともに着地する。


「視野内の攻性獣、すべて掃討」


 今回の会敵も無難にこなせた。ふぅと一息をついて、辺りを見回す。敵影はなし。


「これで終わりっと。ソウ、お疲れ様」


 バディを組んだ当初は噛み合わなかったリズムも、今は随分と心地よいものになっていた。ソウ機が一発ずつ攻性獣の死骸に弾丸を打ち込み、生死を確認する。


 ピクリとも動かない死骸に取り囲まれながら、ソウ機が弾倉を交換した。


「想定どおり損耗も無し。順調だな」

「ボクたちの担当時間は……あともう少しかぁ」


 いつの間にか、全身に疲労感が張り付いていた。ゴワゴワとした戦闘服に包まれながらの勤務は、ピンチが無くても中々に疲れる。


「ふぅ。ちょっと肩が」


 コックピット内で肩を回すと、ゴキゴキと音がなる。ついでに首もほぐし、そのまま洞窟の奥を見る。氷が張り付き、キンと澄んだ空気だけが見えた。


「攻性獣たちも、こっちからしか来ないからやりやすいね」

「氷の壁のおかげだな」


 ソウ機が向いた方には、一層分厚い氷の壁があった。霧をはらんだまま凍りついたような白のグラデーションの奥に、細長い物体が潜んでいた。


「奥に管っぽいのがあるけど」

「都市内のパイプに酷似しているな」

「でも、トレージオンが作った天然物なんだよね?」

「ああ、管束天樹(かんそくてんじゅ)につながるものらしい」

管束天樹(かんそくてんじゅ)って、洞窟の上の山脈から生えているやつだっけ……?」

「そうだ。どうして疑問形なんだ?」

「いや……、その。あんまり覚えてなくて」


 自分の記憶力の無さに苦笑いしつつ、湧いた疑問を口にした。


「じゃあ、あの氷の壁の中にある管は、木の根っこみたいな……? とは言っても、植物じゃないんだっけ」

「生物に分類されるかも不明だからな」


 不明、不明、また不明。

 ウラシェについてから、ずっと不明なことばかりだった。


「本当にこの星って、分からないことだらけなんだね」

「開拓が困難だからな。電波障害、雲、攻性獣。どれも阻害要因だ」

「でもさぁ、流石に入植してから数十年だよ? 本当は誰かが調べていて――」


 背後から、興味津々といった感じのシノブの声が聞こえた。


「お? 何だ、アオイ。そういう噂話が好きなのか?」


 振り返れば、サーバル(ナイン)とファルケが歩いてくる。


「シノブさん、ということは」

「ああ、帰投の時間だぜ」

「ルートは一緒なんでしたっけ?」

「そうそう。まとめて帰った方が、いざっつう時に安心だろ?」

「それもそうですね」

「とはいえ、大体倒しちまったから、そこまで気張る必要もないけどな」


 サーバル(ナイン)が凝りをほぐすように首を回す。おそらくは中のシノブがそうしているのだろう。それからサーバル(シノブ)ファルケ(イワオ)を向いた。


「じゃあ、帰りますか? イワオさん?」

「うむ。フォーメーションはいつもどおり。とはいえ、もはや気張る必要もあるまい。帰投ルートを送る」


 モニターの端に表示されたマップを確認すると、矢印が道なりに続いていた。いくつかの分岐はあるが、どの分岐が続く先も氷の壁が表示されている。繋がっている道は建設基地以外には繋がっておらず、分岐からの奇襲の心配もなさそうだった。


「これなら、安心かな」


 そう思いながらマップをチェックしていると、メインモニターに映るサーバル(ナイン)が手招きをした。奇襲の心配はないとはいえ、一応は斥候のシノブが先頭を行く。


「うし。いくぞ。なんか聞こえたらハンドシグナルで知らせる」


 シノブを先頭にして四機揃って歩いていると、ふー、と疲れのこもったシノブの吐息が聞こえる。


「で、アオイが話してたやつだけどよ」


 答えてよいか迷った。


(索敵の邪魔にならないかな?)


 が、イワオは何も言わない。おそらくは返答しても大丈夫な状況だろうと考える。


「開拓してても、何もわかっていない……ってやつですか?」

「ああ。そこらへんは色々と噂があるんだけどよ。実は最初の開拓団が色々と見つけているけど、それを秘密にしているとかな」

「なんでそんなことを?」

「なーんか、とんでもなくヤバいものを見つけたとかなんとか」

「ヤバいもの……ですか? それって?」

「さあな。そこまでわかってりゃ、さすがにうわさ話どころじゃねえだろ」


 そこに、イワオの呆れた声が割って入る。


「シノブ。相変わらず与太話が好きだな」

「聞こえちゃうんですよねぇ」

「その噂も懐かしいな。ワシもイナビシの頃に聴いた」

「まぁ、イナビシが開拓初期の主要メンバーですからね。なんか知ってても、って思っても不思議じゃないと」

「やろうと思えばできるがな。所詮は与太話だ。確かめようがない」

「確かめられないっちゃそうですが――」


 シノブの声が不自然に途切れる。なんだろう、と思って話しかけた。


「シノブさん?」

「わりぃ。少し静かに」


 慌てて口を塞ぐ。同時に、ソウ機とイワオ機の視線もシノブへ向いた。シノブが耳を澄ましている時は、何かがある。


「キシキシ鳴ってるが……。壁? それに水の……」

「何か起こっているのかも知れぬな」

「イワオさん。どうします?」

「確認しよう。確認と対処は早めが定石。どこからだ?」

「あっちです」

「通りすぎた分岐か」


 サーバル(ナイン)の後を追い、来た道をやや戻る。見えてきた分岐を曲がると、洞窟とは思えない量の光が出迎えた。


「わぁ……」


 そこには光の洞窟があった。両壁と天井は氷で出来ていて、空から振ってきた光が中を踊っていた。

 

「氷の通り道……」


 光をたっぷりと含んだ氷の回廊を通り抜けていく。


「岩の洞窟に氷の壁ができた感じ……なのかな?」


 疑問にソウが答えた。


「その可能性が高い」

「どうして氷ばかりになったんだろう?」

「流転氷原の寒冷期に成長したのでは?」

「ああ、こんなところまで……ってことか」

「そう推測される」


 回廊をしばらく進むと、大広間に出た。


 天井には蓄光結晶が散りばめられ、たっぷりと育った氷が下がっている。光を八方へ散らす結晶は、大広間を彩るシャンデリアを思わせた。


「すごい……。こんなのが、自然に」

「アオイ。置いていくぞ」

「ま、待って!」


 もう少し見ていたかったと、後ろ髪に引かれながら部隊のあとをついていく。しばらく進んだ時、視覚センサーの直前に水滴が落ちた。


 見上げれば、氷の天井がしっとりと濡れていた。所々から雫が垂れている。


「ソウ。なんかポタポタしてるけど、氷が溶けてきてない?」

「む。確かに融解している」

「なんだろ。気温の表示は……あれ? こんなに高かったっけ?」

「いや。任務中に比べ、明らかに上昇している」


 何が起きたのだろうと困惑していると、通信ウィンドウにイワオが映った。元から鋭い鷹の目には、警戒の色が見える。


「お前たち。後退だ。ここはまずい」

「ま、まずいって?」

「後退しながら話す」


 とにかく四機で洞窟を駆けていく。何事だろうと焦る中、通信ウィンドウにイワオが映った。


「でかしたな。シノブ」

「ここでやらないと基地に来る所でしたね」


 イワオとシノブが何を話しているのか分からず、その意味をイワオに問う。


「これは、いったい? イワオさん、何があったんですか?」

「極比熱流体の流れが変わった」

「流れが変わる?」

「極比熱流体は覚えているか?」

「えっと、確か銀色の液体で――」


 極比熱流体とは、多量の熱を蓄えられる液体のことだ。僅かに漏れ出る程度でも雪を溶かし、蒸気がもうもうと上がっていた事を思い出す。


 しかし、極比熱流体は大抵の場合は低温だ。局所寒帯では、極比熱流体が周囲の熱を奪い、白銀と氷の世界を創っている。そんなことを思い出しながら、イワオの言葉に注意を向ける。


「流転氷原では、管を流れる極比熱流体の温度が変わる。そして、温度が変わったらしい。一気に高温になったな」

「え!? ということは、この洞窟の氷も!?」

「急速に溶ける」


 周囲を見回すと氷の壁が溶け始めていた。ぬらぬらと濡れて透明度が増した氷の奥には、今まで塞がれていた通路が見える。


 今までは道を塞いでいた氷の壁も、溶けて消えるだろう。そうすれば、何が起こるのか想像がついた。


「イワオさん! 色々と通れるところができるってことですか!?」

「うむ。攻性獣たちの侵入経路が変わるぞ」

「だから下がらないと……!」

「挟まれる。急ぐぞ」


 喋りながらも四機で駆け続けた。そして、もと来た分岐点を抜ける。


「ここなら、不意をつかれることもあるまい」


 イワオのつぶやきと共にファルケが止まる。


「どうしてここに?」

「時間がある……か。まずは自分で考えてみろ」

「う。分かりました」


 キョロキョロとあたりを見回すが、なぜここかは分からなかった。通信ウィンドウの中から、鷹の目がこちらを見ている。


「分からぬか」

「その! ……すみません」

「打ち筋を解説する。覚えておけ」

「は、はい!」

「ここは岩壁に囲まれている。氷壁の溶融によって奇襲を受けることもない」

「なるほど……」

「そしてここは分岐路の手前。左右から来る攻性獣(こうせいじゅう)が滞る」

「そこを狙い撃てば」

「うむ。殲滅できる。万が一抜かれそうになっても、先程の広間まで戻れば良い」

「さっきの……。シャンデリアみたいな氷があるところですか?」

「うむ。……そろそろ来るか。皆、フォーメーションは良いな。ワシはサブマシンガンで行く」


 ソウとシノブ、イワオが前衛になった。射線を遮らないように三機が膝立ちで銃を構える。三機の後ろで、軽機関銃を構える。銃口から伸びる弾道予測線(ブルーライン)がファルケのすぐ脇を抜けた。


「来るぞ」


 イワオの声とともに攻性獣の足音が洞窟に反響する。雷とも錯覚するような低く響く音が、徐々に大きさを増す。


 轟轟と殺到する響きが耳から溢れそうになる頃、洞穴の奥に赤い目が無数に見えた。通信ウィンドウにイワオの顔が映る。


「ひきつけろ。その後は派手に行け」

「派手に……ですか。地下鉄道内を思い出して、ちょっと怖いです」

「ここの岩壁は銃弾程度では崩れない。爆発物を打ち込むような真似をしなければ大丈夫だ。それより、出し惜しみをしてやられるような真似はするな」

「わ、わかりました」


 ゴクリと唾を飲みながら、合図を待つ。


 片膝をついたファルケは、まだ片手を上げたままだった。その、待ての合図をぎゅっと見つめながら、タイミングを待つ。


 一方でゴーグルモニターには、無数の敵性存在表示(レッドマーカー)が映っている。視界を覆う赤い表示が、不安を掻き立てる。胸が締め付けられるようだった。


 緊張の圧に逆らうように、わざと大きく息を吸って腹に溜め終わった時。


()ぇ!」


 ファルケの手が振り下ろされる。同時にトリガーを握った。


 曳光弾(トレーサー)の赤い輝きが、壁面を照らしながら奥へと消えていく。前衛三機の銃口からも、閃光と弾丸が飛び出る。まず銃声が、次いで甲殻を砕く高い音、最後に肉を穿つ鈍い音が響いた。


「次は! あれを!」


 メインモニターに映るガイドが次に撃つべき敵を、つまり近い敵を知らせる。迫りくる攻性獣の群れを、順々に削っていく。


 特にひやりとすることもなく、最後の個体が黄色い血を吹き出して力尽きた。


 通信ウィンドウにイワオが映る。


「よし、弾倉交換。シノブは索敵も継続」

「りょうか――」


 不自然にシノブの声が途切れた。斥候役が会話を打ち切って集中する意味はただ一つだった。隊をまとめるイワオが、その詳細を問う。


「シノブ、何があった?」

「なんか、後ろから変な音が」

「変な音?」

「低くて響くような」

攻性獣(こうせいじゅう)の足音か?」

「いや。ちょっと違って……」


 サーバル(ナイン)が後ろを振り返る。皆もそれに倣った。サーバル(ナイン)の頭部に生えている大耳のようなセンサースロットがピクピクと動いている。


「壁? いや、なんだ? 何が?」

「ワシが見よう」


 ファルケの頭部装甲が、くちばしを広げる鷹の如く開いた。透明シールドに収まった観測カメラが音を鳴らしながら駆動する。


 その間も地面からかすかな揺れが伝わってくる。最初はカタカタとした僅かな揺れが、徐々に勢いを増していく。


 嫌な予感が胸を騒がせた時、イワオが声を上げた。


「あれは!」


次回も1~2週間後の更新です。

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