第七話 少女と局所熱帯と老兵の心得
◯局所熱帯 斑状森林
トレーラーの列が木々もまばらな荒野をゆく。先頭のトレーラーの側面には、盾と桜をあしらった社章が見えた。
トレーラーの中に、サクラダ警備の作業服を着た五人が座っていた。アオイが、手のひらでパタパタと顔をあおいでいる。額には薄っすらと汗がにじんでいた。
「なんか熱いですね」
「空調をかけるか」
トモエが携帯型情報端末をタップすると、トレーラー備え付けの空調が音を立てて稼働し始めた。冷風が黒髪のショートヘアを揺らす。
さらさらと額を撫でる涼しい風が心地よく、フゥとひと息ついた。
「ああ、気持ちいい……。そういえば、いきなり暑くなりましたけど、どうして?」
「地熱の影響だ。ここだけ特異的に暑く、局所熱帯なんて呼ばれている」
「それでこんなに」
トレーラーの窓から外を望む。視界の端に映っていたソウが、切れ長の三白眼をスッと細めた。
「アオイ。何か疑問が?」
「いや。変わった所だなぁ、と」
暇そうに席にもたれていたシノブが、猫のような瞳を向けた。
「何が変わってんだ?」
「生えている木が黒曜樹海と変わらないので」
「それ、なんか変なのか?」
「キシェルでは暑い所と寒い所で生えている木の種類が違ったそうなんです」
シノブが、席からぽんと背を離す。暇にまどろんでいた瞳が、少しだけ見開かれた。
「ふーん。なんでだ?」
「進化するからです」
「進化? 木が武器の改良みたいにすごくなるのか?」
「いえ。むしろ、凄くなくなることもあります」
今度はソウが切れ長の三白眼を向ける。やたらと鋭い眼光だったが、別に怒っているわけではないと知っている。ただ単純に、疑問に思っただけなのだろう。
「なぜ性能を下げる。理解不能だ」
やはり、疑問に思っただけだと、安堵が混じった半端な苦笑いが浮かんでしまう。とはいえ、相棒からの真面目な質問なので、自分も真面目に答えるように背筋を伸ばした。
「簡単に言うと、うまく生きていくためかな」
「うまく生きる? どういう事だ」
ちゃんと説明しなければ。そう思い息を大きく吸った。
「全部の能力を上げようと頑張ると、結局は栄養とかが足らなくなったりして生き残れないんだ。だから、頑張る所と頑張らない所を、周りに合わせて変えられた種が生き残る。それがうまく生きるって事で――」
「効率的な情報伝達、つまり早口なのは助かるがやや聞き取りづらい。だが、おおよそは理解した」
用事が済めばさっさと話を断ち切るのは、いかにもソウらしかった。もうちょっと言いたかったと、少しだけ唇と尖らせる。
だが、ソウはこちらをちらりとも見ないので、むっとしただけ無駄だった。ソウは一人納得したように腕組みをしながら外を眺めている。
「つまり最適化か……。そんな事があるとは」
シノブも感心したようで、へぇ、と声を上げた。
「あれかな? どの拡張ソフトを使うのか、選ぶってことに似てるのか?」
「そうかも知れませんね」
「じゃあ、なんでウラシェの木は、母星と違うんだろうな」
「そもそも違う星だし、同じ方がおかしいかもしれませんが」
任務で一緒になった生物学者から、この星の進化はおかしいと聞いたことがある。もしかしたら、なにか特別な事情があるのかも知れないと思っていた時だった。
トモエのタブレット型情報端末から、呼び出し音が鳴る。トモエが画面をタップすると、トレーラーの天井から下がっているディスプレイに美女が映し出された。
つややかな外ハネの黒髪に、形のよいアーモンド型の瞳、愛らしい唇と、美しさと可愛らしさの両方を授けられた美女、チドリ=チサトである。
涼し気な印象そのままの涼やかな声が社内に響く。
「今回の広域オペレーターを務めさせていただきます、チドリです」
「サクラダ警備代表のサクラダです。今回もよろしくお願いします」
礼を済ませた後、チサトの視線がトモエからそらされ、半端な所を向いた。どこを見ているのだろうという疑問は、次の瞬間に晴れた。
「あ、あの……イワオさんもお久しぶりです」
「はい」
イワオがいつもどおり端的に答える。一方のチサトは、いつもとは異なり随分と歯切れが悪い。うつむきながらおずおずと見上げるアーモンドアイには、戸惑いと遠慮が混じっていた。
「その……、今回はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
またもやイワオの答えは端的だった。しかし、チサトは相変わらずもじもじと落ち着きがない。その様子に、サクラダ警備一同が首をかしげる。
イワオが鷹のような目を一層鋭く光らせた。
「……なにか?」
「いや……。間接的とは言え、私がイワオさんの指揮をするなんて、と思いまして……」
イワオが、ふむと鼻息を鳴らす。白ひげを撫でた後、鋭い眼光とともにチサトを射すくめた。
「チドリさん。あなたは我々の顧客だ。思うとおりに使っていただきたい」
「は、はい! では、サクラダ警備の皆様。改めまして、本作戦よろしくお願いします。では、いったん失礼します」
チサトの随分とかしこまった態度に、思わず眉根を寄せる。
(チサトさん、そういえば……)
サクラダ警備のメンバーは、元イナビシ所属である。ならば、かしこまる理由もあたりがついた。
「イワオさんもチドリさんと知り合いなんですか?」
「うむ。新人だった頃の指導教官だ」
イワオはそれだけ答えて、また白ひげを撫でた。
(やっぱり。それで、あそこまでオドオドしているってことは……)
相当に怖い指導教官だったのだろうと想像する。目つきや口調もそうだが、内容も厳しそうだと思う。
イワオが自分の指導をするさまを想像して顔をひきつらせていると、シノブがイワオへ話しかける。
「そういや、イワオさん。調子はどうですか」
「問題ない。調整済みだ」
聞き慣れない言葉だった。
「調整?」
「中継基地での射撃試験だ」
「中継基地……。ああ、あれですか」
イワオは開拓中継基地の試射場で、狙撃を行っていた。
ただの動作確認だけだと思っていたが、意味合いがよく分からなかった。あごさきに指を当てて考えていると、鷹の目がこちらを向いた。
「今回のロットの弾は癖があるが、射撃補助装置にインプット済みだ」
「ロット?」
「同じ条件で作ったまとまりの事だ」
「え? 弾はどれも同じじゃないんですか?」
「異なる時もある」
「気にしたこともなかったです……」
ばら撒くように撃っても当てることすら手一杯という自分からは、弾丸にクセがあるなんて想像もできなかった。
そこまで考えて、ふと疑問が湧いた。
「ロットごとに違うなら、他のロットと混ざったりしないんですか?」
「そうならないように、一つの任務で使う弾丸のロットは統一している」
「どうしてそこまで……。イワオさんならそこまでしなくても当てられそうですけど……」
イワオの遠距離射撃能力は卓越している。何を使おうとも雲上の射撃手であると思えた。 だが、イワオは乾いた唇を自嘲で歪めた。
「弾の行方など、風の気まぐれ一つでどうともなる。己の腕で出来る事など高が知れている」
「そんな。イワオさんの腕なら――」
「だからこそ、それ以外は万全を成す。それだけだ」
岩のような硬さと重さを含んだ口調だった。
(でも、それだけのことを考えてくれる人と一緒なら)
シミュレーターで嫌というほど味わったやりにくさが、今は味方となってくれることに安堵した。




