少女とドローン配達と戦場の恵み 後編
○黒曜樹海 制圧・通信用ドローンネットワーク指揮所
部屋の大部分を占めるディスプレイには、多数の輝点が行き交っている。それは、資源採取戦で展開されるドローンネットワークだ。
その前で、メグミが呟いた。
「ここからここまでが、今の展開領域か……」
開拓星ウラシェでは電波妨害が深刻だ。そのため、通信を受け取ったドローンが信号を増幅して次のドローンに渡す、ドローンリレーシステムが採用されている。
ドローンネットワークはその広域版で、資源採取線では制圧地域に通信装置を積んだドローンが通信網を形成している。その中でだけなら遠隔ドローンを操縦できる。
「結構せまいな。いつも以上に気をつけないと」
そのため、前線での戦闘は有人兵器である人戦機しかできないが、後方輸送などはドローンが担っていた。ディスプレイに映っている輝点は、そういったドローンだ。
「で、こっちは」
メグミの向いた先には、複数のモニターが輝いている。それぞれが目まぐるしく移り変わる風景を映し出している様は、異界への扉がそこかしこに開いているようだった。
「密度よし。フラックス順調。レスポンスゲインは微増……」
滔々と口から指示を奏でる様は経典を神に捧げる神官のようであり、仮想キーボードをリズミカルに叩き続ける鮮やかな運指は一流の音楽家のようでもあった。
力み無く流麗な操作は、芸術性を帯びている。その途中に野太い男の声が割って入った。
「おい! 翔運のドローンが、だいぶやられたらしい!」
声の主はメグミの上司である社長だった。
ドローンによるトレージオンの運搬や通信網の構築は、資源採取戦の規模に応じて協力会社に割り振られる。今回は規模が大きく、複数の会社に協力要請が入っていた。
そして、資源採取戦では攻性獣や敵勢力の攻撃で、それらドローンが破損することもある。破損の程度は予測不能に近く、よく言えば臨機応変に、悪く言えば急ごしらえで対応せざるを得ない。
メグミのまぶたが、少しだけひきつった。
「え、え、え? と言う事は?」
「アイツらが請け負っている範囲も引き受けるぞ!」
「今でも捌けるギリギリですよ!?」
「まだいけるってことだろう!? 普段から融通しあってんだ!」
「断れないってことは分かっていますけど……!」
声に焦りがまじりつつも、その操作は途切れない。素早い運指を続けながら、毅然とした声が指示を紡いだ。
「ドロバリーちゃん! 今から提示するリストも搬送先に入れて!」
「わかりましたー」
ドロバリーと呼ばれたドローン操作補助用拡張知能が、やや間延びした少年風の声を上げる。メグミが癒し重視で設定した人工音声だ。
「このリスト、頼んだよ!」
ドロバリーの返答後、十本の細くしなやかな指が精密機械の様に小気味よいリズムを刻んだ。
「終わったら、搬送ルーチンの全体最適化をもう一回!」
「はーい。こんな風にしましたよー」
「もうちょっとだけ密度を北に。多分、南の方はとられちゃう。今のうちから寄せておいて」
「分かりましたー」
画面に映る光点たちが、見る間に秩序を取り戻して動き出す。それらはドローンたちの位置を示しており、滞り無い配達が実現されている証だった。
再び聞こえた野太い声には、ありありと感心が感じ取れた。
「やるじゃねえか。流石はメグミ特製の拡張知能だ」
「この前の追加学習がなければ危なかったですよ」
「チューンナップに余念なしだな」
「当然です」
普段から絶え間なく改良を続けているドロバリーのバージョン121でなければ対応は難しかったと、メグミの顔に焦りが浮かぶ。
「それにしてもギリギリですよ! もっとドローンの数に余裕があればいいのに」
「仕方ねえだろ。この稼ぎでドローンを買いまくったら、当分はミドリムシのペーストくらいしか食べられなくなるぞ」
「うぅぅ。冗談でもそんな生活想像したくない」
「だったら、これでやっていくしかねえだろう」
噂では、開拓中継基地で毎回のようにミドリムシのペーストを買っていく武装警備員の少女がいると言う。なにかの罰ゲームや酷いイジメの類ではないかと囁かれていた。
(もし、自分がそんな目にあったら……)
メグミは思わず、うげー、と舌を出す。そして、普段から貯めている不満が声に乗った。
「武装警備員の人たちがもっと払ってくれたらいいのに。いつも見下してばっかり」
「うちらよりも命を張っているのは本当だ。それにアイツらはアイツらで競争がある」
「楽して稼げる仕事って、滅多に無いんですよね」
「無い訳じゃねえだろうが、他人に教えるはずもねえからな。転職するにしても、そんな求人に騙されるなよ?」
「分かってますよ。入植したての世間知らずじゃないんですから」
求人広告には酷いものが多い。誰でも稼げる高給な職業、などという謳い文句で武装警備員は求人が出ているが、酷いところは酷いという。
母恒星系外縁基地からウラシェへ入植したての、いわゆるお上りさんなら詐欺とも言える求人広告に騙されてしまうだろう。
そこまで考えて、はたと社長の意図に気づく。
「ていうか、転職しないです」
「なんだ。引っかけに掛からなかったか」
「もう。社長ったら。本当に会社がマズくなったら転職しちゃいますよ」
ヘタをすれば空気を悪くする発言だが、社長には冗談と伝わる確信がある。それくらいには通じ合った仲だった。
社長の方もケラケラと笑うだった。
「多少やられても問題ない様に、安いのを沢山ってスタイルなんだ。そうそう財布がヤバくなることはねえよ」
「高級で高性能なのも憧れるんですけどね。一個がやられたらおしまいって言うのは怖いです」
トラブルだらけの開拓星では、多少の損失で全てがストップするような仕組みではやっていけない。
「だろ? 先人の知恵ってやつだ」
「ですね」
先人たちも苦労があったのだろうと思っていると、モニターに映る社長の厳つい眼が何かに気づいたように横を向く。
「メグミ。外すぞ」
「え、どうしました?」
「機体回収要請だ。救護兵装で出る」
「分かりました。気をつけて」
機体回収要請とは、資源採取戦で破損した機体の回収である。
ドローンは人戦機を運べるほどの出力を持っていない。そのため、陸上機器で運ぶ必要があり、走破性と操作性の観点で人戦機が運用されている。
オートバランサーと搬送カーゴを背負った救護兵装で赴くのが一般的だ。その分、戦闘能力は犠牲となっている。
「ドロバリーちゃん! 社長のカバーをよろしく!」
「わかりましたー」
しばらくすると、社長が現場に到着する。無言の作業に割り込んできたのは、要救護者と思われる男の声だった。
「おせえ!」
「ガタガタ言うんじゃねえ。気が散って俺が事故ったら、困るのはお前さんだろ」
荒くれ者ばかりの武装警備員を御する社長を見て、メグミが感嘆の息を吐いた。
(さすが社長。この仕事、強面の方が有利だよねえ)
しみじみと感じ入って、自分が矢面に立つ時の事を考える。
「私の場合、合成アバターを入れるとかかなぁ」
「おい! 手ぇ止まってんぞ!」
「は、はひぃ!」
その後も、配達業務に集中する。ドローン通信網から送られてくる画像が目まぐるしく動く。流れる黒の森と巨大な幹の中に、盾のような頭部と赤い三つ目がちらりと見えた。
「社長。軽甲蟻がそっちに」
「おうよ」
しばらくすると、人戦機を担ぐ社長機と軽甲蟻が相対する。社長機が素早くサブマシンガンを構えて発砲。盾の様な頭部に徐々にヒビが入る。
「これで仕舞いだ!」
毒々しい黄色い血肉が舞い散った。盾のような甲殻の後ろについている六本足が歩みを止めて、力なく折れる。
「ち、時間が掛ちまったな」
「しょうがないですよ。最低限の武装しか認められてないんですし」
「だからこそだ。ヤバいのに遭わないように急がねえと」
「もっと強力な銃を装備できれば、安心なんですけどね」
「救護を傘にした悪さしたヤツのせいだな」
「撃たれないって事を利用したんでしたっけ?」
「ああ。バカがバカをしたからって、俺たちまで命懸けになるのは癪だが仕方ねえ。人戦機に撃たれるよりマシだ」
その後も社長が暗闇を駆ける。
社長機は人戦機を担いだ上で、縦横無尽に木の根が張り巡らされた不安定な足場を危うげなく抜けていく。そこには熟練の技が見える。
「さっすが社長」
先程までは担がれながら喚いていた救護対象の武装警備員も今は黙っている。先ほどまでの悪態とは打って変わって、今はすっかりしおらしくなっていた。
「任せておけば大丈夫だよね」
メグミは意識を眼前に移す。マップに動く光点の数々。波打つような光の海に没頭しかけた時、再び社長の声。
「くそ! ヤバい!」
ミニウィンドウに映る画像を凝視する。
社長の乗る人戦機のメイン視覚センサーと同期したモニターには、暗い木立に浮かぶ三つの赤い瞳が映っていた。ユニコーンを思わせる優美なシルエットには不似合いな重厚な甲殻。
「陸一角!?」
軽甲蟻とは別格の危険な攻性獣である。氷の手で臓腑を握りしめられたような緊張が、身体をヒュッと引き締める。
「しゃ、社長!?」
「くそ! どうしてここに!?」
救護兵装用の軽装備で、陸一角の撃退は極めて難しい。
メグミの瞳に焦りが映り、その奥底では高速のシミュレートが流れる。数秒の間で試算された数十のシナリオ。その中で、最も確実な手段を選ぶ。
「ドロバリーちゃん! アタックさせて!」
「はーい」
三機のドローンが陸一角の目の前で誘うように旋回を繰り返す。ドローン群を追うように、陸一角が角の付いた長い頭部を振る。
「徐々に引き離して……! ゆっくりね!」
「もちろんでーす」
「ドローン通信網が届く範囲で、なるべく外へ誘導するから!」
「わかりましたー。ルート構築時の条件に加えますねー」
旋回しながら、それでいて少しずつ場を離れるドローンたち。それに合わせて陸一角が、歩みを進める。
「掛かった……! そのまま逃げて! 距離は一定に!」
「はーい」
徐々に速度を上げていく。そして、陸一角が一気に駆けた。生物とは思えない俊足によって、見る間に縮まる距離。
「……噂より速い! 一気に最大速度で!」
各ローター出力ゲージが満タンになった。だが、陸一角との距離は離れない。追いつかれるまでの猶予は幾秒もなかった。
「葉っぱの切れ目が……! 上へ逃がせない!」
黒の樹冠が蓋をする。その間に、一機、二機とドローンたちが陸一角に刺突される。ギリと歯を食いしばる。
「……ごめん!」
そう呟くメグミの眼前には、角と赤い三つ目が画面いっぱいに広がった。
直後、画面が暗転。
だが、それで良かった。自分の長い前髪を映す黒いモニターの前でふうと息を吐くと、社長の安堵の声が耳に入った。
「助かったぜ!」
「報酬からするとコスパは最悪ですけど、社長に命には……!」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
「まぁ、その。そ、それにしても、現れたのがドローン通信網内で助かりましたね」
「通信リレーの範囲外だったら……。逃げ切るのは、な」
「あの足の速さだと……。考えたくないですね」
「全くだ」
その後、社長機が森を抜けた。
メグミのモニターに映る社長機の視界には、大きな金属状の円柱とそれを取り囲む物々しい兵器の数々。そこはイナビシが設営する仮根拠地だった。つまりは、最も安全な場所である。
「やっと着いた!」
待機している超高級武装を満載した人型重機に、破損した人戦機を引き渡す。協定によって資源採取戦終了までは待機になるため、人戦機は係留される。
大損にはなるが、それでも攻性獣にトドメを刺されるよりはマシ。そう思っているだろう諦め顔で、救護された武装警備員が人戦機のうなじから出てきた。
そこまで見届けて、社長も救護兵装の人戦機をトレーラーに戻す。再び画面のみにウィンドウに、スリープモードへの移行処理のためにせわしなく手元を動かす社長が映った。
「よし。じゃあ、ドローンアシスト業務に戻るか」
「お願いします。もうクタクタで……」
「へ。お前ならまだまだ行けんだろうが」
軽口を叩きあった後には、いつもの業務が待っていた。
突如現れる攻性獣、刻々と形を変える占拠区域、武装警備員から殺到する注文の数々、同業他社からの救援要請。
口から出る指示は生き生きと輝くように、仮想キーボードを叩く手は力を漲らせるように。
磨いた技巧を紡ぎ続けるメグミは、芸術的な仕事ぶりで次々と降りかかる困難を鮮やかに、しかし人知れずに捌いていった。
仕事に没頭するメグミがある表示を見つける。
「兵装要請か。……あれ? この名前って?」
サクラダ警備からの主戦闘兵装の配達依頼だった。サクラダ警備と聴いて、休憩所で俯いていた気弱そうな少女の顔が思い浮かんだ。
誰かのミスで、しょんぼりと肩を落としていた少女。
「あの子のところか……」
そんな顔をさせたくはない。口元を引き締めるメグミ。
「……よし! 待ってて!」
ドロバリーバージョン121に指示を出そうとしたその時だった。木立の中にまで吹き込む強風が、戦場全域を包む。
「風が!?」
「搬送中止だな。他のところも地上待機に移っている」
吹き荒れる強風は、樹海という複雑な障害物に寄ってドローンを惑わす乱流となっていた。並の拡張知能による操縦ではとても対応しきれないほどの障害だ。
強風の中でドローンを飛ばすのはリスクがある。他社の兵装を預かっていながら、それを落としてしまうというのは、並の謝罪では済まない。それはメグミにも分かっていた。
だが、気弱な少女のしょんぼりとした顔が思い浮かぶ。
「あの子、またしょんぼりしちゃうのかな……」
メグミの運指が淀む。旋律を紡ぎ続けるピアニストのようなスラリとした指が、ギュッと固く握られる。
「……いやだ!」
思わず出た自分の声に、メグミは驚く。だが、紛れもない本音だった。それを自覚して、舌と指に力が戻る。
「ドロバリーちゃん! 自律制御モードから、アシストモードへ」
「おい。どうしったてんだ」
「私、届けます!」
業務命令への真っ向からの反対。普通であれば有り得ないとは分かりつつ、それでも社長を信じて、信念を叫ぶ。
社長が少しだけ驚いたように口を開け、坊主頭をガリガリと掻いた。
「なんかあったのか?」
「私が届けないと、悲しくなっちゃう子がいるんです」
「それが理由か?」
「……ダメですか?」
社長が角張った厳つい顔を、ニンマリと歪ませた。
「メグミぃ」
「な、なんでしょう?」
「俺ぁよ、ちょっと感動したぜ」
それから、真顔に戻り言葉に一層の力が込められた。
「今の時代ってのはよ、ちょっと知っている風の小賢しい奴だけが持て囃される。熱いヤツなんか滅多に見ねえ」
小賢しいときいて思い浮かぶのは、トランスチューブ建設現場での工事総括だった。
「そういう時代でよ、かっこいいじゃねえか。やってやれよ」
ポンと背中を押されたような圧すら感じる力強さが、その言葉には籠もっている。
「今時珍しい拡張知能以上の操縦者だ。この風じゃ、どのみち他のドローンは動かせねえ。お前が直に操縦する機体以外はな」
メグミは、元々はドローン操縦が好きだった。その知識を使って、勘所を拡張知能に教え込んでいる。
普段は拡張知能が主となってドローンを操縦しているが、真価を発揮するのは拡張知能を従者として使う時だった。
社長の厳つい顔に、悪戯な笑みが浮かぶ。
「腕前、見せつけてやんな」
「……分かりました! マニュアルモード起動!」
途端に、今までの数倍のモニターがメグミの前に広がる。無数に煌めく文字と光点と光線。それらは全て戦場の様子を示している。
「地形を頭に叩き込む……!」
メグミの眼球が上下左右に忙しく揺れる。モニターには地図情報とドローン通信網がカバーする領域が重なって表示されている。ドローン通信網領域は、興奮した生き物のように、忙しく形と大きさを変えている。
「強風だから余計にぐにゃぐにゃと……」
ドローン通信網は刻一刻と形を変える。やられるドローン、風に流されて行方不明になるドローン、樹木や崖との接触で動作不良を起こすドローンなどそれぞれの要因が絡み合う。ウラシェにおける通信網に、安定という文字はない。
「そりゃ人戦機じゃないと、前線が構築できないよね」
だから、通信網が一時的に途絶えても稼働する有人型兵器こそが最前線で活躍する。ドローン屋が活動できるのはその後方だった
「でも、ドローン屋にだって意地があるんだから!」
腰抜け、臆病者などと、後ろ指を向ける武装警備員も多い。だからと言って、卑屈に仕事をするつもりもない。
「地形情報を重ね合わせて……。断片情報は拡張知能で推定……。最適化時の制約条件は配送時間……。ドローン通信網の形状変化には余裕を取って……。なら、このルートで!」
その掛け声と共に指が鋭さを増して動き始める。マップに映る一つの光点が要請地点と書かれた赤い光点へ向かい動き始めた。
同時にモニターの一つに映る黒曜樹海の木立が高速で流れていく。木々にぶつかりそうになる時は最小限の回避を、風に煽られた後には最短のリカバリーを。
拡張知能による制御を遥かに超す精度で、メグミが兵装搬送用の大型機体を操縦する。
ミニウィンドウに映る社長が口笛を吹いて、上機嫌になった。
「いつ見ても、惚れ惚れするなぁ」
メグミの意識は駆け抜けるモニターの奥へ。ブツブツと呟きながら自分を最適化していく。
「谷。風の通り道。一気に風が強くなるから……!」
何もないところでの横傾斜。無意味な見えた旋回は、直後の横風への備えだった。結果として、ドローンはピタリと直進した。
風の通り道を抜けるタイミングと寸分違わず姿勢を戻す。息つく間もなく渓谷の壁が迫る。河が岩壁を抉って作り出した天然のサーキットは、カーブが続く難所だ。
無茶だと思ったのか、社長が顔を顰める。
「おい、ここを行くのか?」
「通信ドローンがカバーしている範囲では最短ルートです」
「これは流石に。上空に逃したほうが――」
「崖の上は通信圏外ですし、どっちにしろ風が強くて流されます」
そして、一呼吸置いて言い切る。
「私、行けます」
社長の返事は待たない。そして、最大速度のまま岩壁が迫る。
「次の曲がり角を最大速度で曲がるには予め……!」
予め曲がる方向とは反対に軌道を膨らませての急旋回。岩壁が両側にコーナーを、石ころ一つ分の精度で抜けていく。
無茶をしている自覚はある。同時に、それでもやりきる自信もあった。
岩壁のサーキットを抜けると、すぐ目の前には植生の薄い森と枝葉の切れ目から見える小高い丘。その上で、三機の人戦機が岩や倒木を積んで陣地を築いているところだった。
そのうちの一機、シドウ一式の方には盾に桜の社章。依頼にあった画像と一致する。軽機関銃を持ったシドウ一式が手を振った。
「ついた!」
メグミが小さな充実と共に拳を握りしめる。モニターの向こうの更に胸部装甲の向こうで、気弱な少女が安堵の笑みを浮かべた気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
戦場にたなびく黒煙を吹き飛ばした強風が去り、ふたたびサクラダ警備からの突撃兵装の要請が来た。それは、拠点防衛に成功し、別拠点への侵攻に移ることを意味する。
メグミは安堵と共に兵装換装ドローンを出発させた。今度は、拡張知能による自律操縦モードである。
軽機関銃を持ったシドウ一式に、ドローンが突撃兵装を差し出す。
「最後にちょっと……」
そして、人戦機が触れる間際に手動モードに切り替える。
拡張知能による自律操縦では必要な、人戦機との安全距離をギリギリまで削り取る。
少しでも受け渡しやすく。それが、メグミの人知れないこだわりだった。
「まぁ、分かってくれなくてもいいんだけどね」
だが、感謝する者は居ない。それが当たり前と、何百回も自分に言い聞かせてきた。
画面の中のサーバルⅨから声。
「よし! 換装が終わったら次の地点へいくぞ!」
「分かりました」
サクラダ警備各機の外部スピーカーが入っていることに気づく。
「外部音声? ああ、届ける直前まで通信ネットワークが途絶していたからかな?」
サクラダ警備の声を聞きながら、手動操作から自律操作に切り替えようとしたところだった。
いやに平静で通る声が耳を打つ。
「このドローン、他と違うな。拡張知能ではありえない精度だ」
休憩所で見かけた無愛想な少年の声だった。その言葉に、自律操作に切り替えようとした手が止まる。
「……え?」
まさか。いや、期待するな。その言葉を頭に流し込もうとする間にも続く声。
「え? そうなの?」
「へえ、よく気づいたな」
軽機関銃を持ったシドウ一式から疑問の声。休憩所で見かけた気弱な少女のものだ。
「どうして分かったの?」
「位置と角度。どれも俺たちが一秒でも作業が早くなるようになっている。効率的だ」
「じゃあ、親切な誰かが操縦してくれているのかもね」
そして、気弱な少女の機体と思わしきシドウ一式が、こちらに向かって頭を下げた。
「ありがとうございました。おかげで助かりました」
「聞こえているのか?」
「操縦しているならマイクも積んでいるんじゃない?」
そこへ、サーバルⅨがドローンを向いた。
「聞こえてなくてもカメラは積んでいるはずだ。礼はちゃんと言っとこうぜ」
その一言に、三機が各々に礼を述べた。
「効率的な任務への協力。感謝する」
「ありがとな! 助かってるぜ!」
「じゃあ、もう一回。ありがとうございました」
カメラだけでも分かるように大げさに頭を下げたり、手を振ったり。
熱いものがメグミの頬を流れる。グズっと鼻をすすって、思わず社長に通信を繋いだ。誰かに伝えたい。話し下手と分かっていても、メグミはそうしたかった。
「社長」
「なんだ」
「私、この仕事しててよかったです」
「そうか。俺からもありがとうな」
「……はい!」
そうして、メグミは仕事に戻る。
滔々と歌い、ドローンたちの指揮を取る。人知れぬ演奏に歓びが乗ったことを知る者はいない。それでもメグミは、仕事への矜持を乗せて、誰かに恵みを届ける。その声は歌うように美しいのだった。




