遂に発見!
桜子は石碑の前に座り込み、一しきり亡き妹への思いを吐き出すと、あっさりとした顔で立ち上がった。
「そろそろカレー屋さんが開いたんじゃない?食べに行こうよ」
その気持ちの切り替えの早さに恭平は戸惑う。桜子は一人でさっさと寺の山門に向かう。入って来た時と同じように恭平は桜子を追いかけた。桜子の気が済んでも恭平には気になる。しかし桜子の口から彼女の前世が語られる事はなかった。二人は開店したばかりのインドカレー屋に入り、ターリーと呼ばれるカレー定食を注文した。桜子は右手で器用にナンをちぎり、チキンカレーに浸して食べる。
「雑誌に載るだけあって美味しいね」
桜子はそう言ったが、その声は抑揚がなく、機械的に目の前のカレーの小鉢を片付けているように見えた。店の外には既に行列が出来ている。彼らは食後のラッシーを飲み干すとすぐに席を立った。店の外で恭平は聞いた。
「期待外れだった?」
「そんなことないよ、何で?」
「なんとなく」
平気な顔をしていても、自分の前世の墓を目の当たりにして冷静でいられるわけはない。恭平は恋人の動揺を慮る。
「都庁の展望台に行かないか?」
恭平が誘うと、桜子は時間を気にしながらも、応じた。
地上二〇〇メートルから見下ろす東京は、そのすべてが小さなきらめきである。二人は夜景を見渡せるベンチに腰かけた。
「ついに桜子の前世が分かったな。管野スガって人だった。思い出した?」
桜子は笑わずに頷いた。
「記念碑があるなんて有名人なんだろうな。革命の先駆者なんて書いてあって、かっこいい女性だね」
恭平が賞賛しても桜子は大して嬉しそうにしなかった。
恭平は自分のスマートフォンで「管野スガ」を検索し、ネットの記載を読み上げた。
「管野スガ 大逆事件の被告の一人で・・・・」
「やめて」
桜子は鋭い声を出し、手で恭平のスマートフォンの画面を覆った。弾みでスマートフォンが床に落ちる。
「ごめんなさい!」
狼狽した桜子は床に這いつくばるようにして電話を拾った。
「俺こそごめん。ふざけ半分に検索して」
恭平は電話を受け取りバッグにしまった。二人はしばらく黙ったまま夜景を見つめた。
展望台を出た後、恭平は「送って行く」と主張したが、桜子は
「明日も早いんでしょう?無理しないで」
と恭平を乗り換えの駅で下ろした。一人になった桜子は電車内でスマートフォンを取り出し、先程恭平がしたように「管野スガ」を検索した。
「管野スガ 一八八一年(明治十四年)大阪に生まれる。明治時代の新聞記者、無政府主義者。配偶者幸徳秋水。一九一一年(明治四十四年)大逆罪により他の被告十一人とともに絞首刑となる。享年二十九歳。」
絞首刑。桜子は縄が首にかかる感触をまざまざと思い出す。
「メールや電話でのカウンセリングは無料だよ」「思い出した事があったら教えて欲しい。それが一番僕には嬉しい」
恭平に内緒で受けたカウンセリング後、そう玲二は言っていた。桜子はその言葉に縋り、玲二にメールをした。文章が重くならないように気を付けて。
「兵藤玲二様 今晩は。今日変な体験をしました。新宿駅西口から代々木方面に歩いていると、何と自分の墓に辿り着いてしまいました!
そもそもそのお寺には私の前世の身内(多分妹)が埋葬されていて、妹のお墓を探しに行ったら自分のお墓を見つけたのです。こんな事ってあるんですね。緑川」