革命の先駆者
週末、恭平と桜子は新宿でデートした。午後から映画を見て、近くのインドカレー屋で夕飯を取るつもりだ。大学入学を控えた高校三年生なのに男女交際が出来るのは、ひとえに大学付属高校に通う者の特権である。今日の桜子は白い襟がついた紺色のブラウスとアイボリーホワイトのスカートだ。映画の間、桜子は恭平の肩に自分の頭を預けた。桜子の真っ直ぐな髪の毛からシャンプーの匂いがした。付き合って一年が経つ。恭平の桜子への思いは強くなる一方だ。恭平は桜子の手に自分の手を重ねた。
夕方二人はインドカレー屋に着いたが、まだ開店時間ではなかった。代々木方向に歩き、探索して時間を潰すことにした。
「腹減ったな」
「うん、インドカレー楽しみ!」
そんな他愛のない会話を交わしながらも恭平の本心は別のところにあった。もし前世と言う物が本当にあるのならば、自分は桜子と前世でも結ばれていたのだろうか、前世の因縁が現世でも続いているのならば、桜子にとって自分はどんな意味があるのだろうか。
桜子は立ち止まる。桜子と手を繋いでいた恭平も同時に歩みを止めた。
「このお寺、知っている」
桜子は門柱に刻まれた「正春寺」の字を凝視した。
「せいしゅんじって読むのかな?ここにゆかりがあるの?」
恭平は桜子の横顔を覗き込みながら聞いた。
「しょうしゅんじ」
桜子はぴしゃりと訂正し、門柱に刻まれた寺標を手でなぞった。
「落合で荼毘に付した後、ここに来て・・・。思い出した、思い出したよ、妹の菩提寺だよ」
桜子は恭平の手を振りほどき、寺の奥にある墓地へと進んだ。恭平も追いかけるように桜子に続く。
夕方の墓地とは言え西日が墓石を照らし、陰気ではない。桜子は額に汗を滴らせて妹の墓を探している。
「駄目だ、変わっている。全然分からない」
最早桜子の口調ではない。年増女のそれだ。
「お寺の人に聞こうか?妹さんの名前は分かる?」
恭平は桜子の前世の人格に問いかけた。桜子はしばらく考えたが、
「・・・・ヒデ子だったかなぁ。若い時に亡くなった」
墓地は狭く、小ぶりな墓石がひしめき合っていた。
「墓石の苗字を見て行ったら何か思い出せるかもよ」
恭平は桜子を励ます。桜子は焦燥した顔で墓標を一つ一つ見て回った。
二人は墓地中央に緑色の建立物を認めた。墓石と違うのはそこに家名も家紋も刻まれていないところだ。
「なんて書いてあるんだろう。くろかねの・・・・」
恭平は碑に刻まれている語句を読もうとしたが、碑の表面は粗く、全ての文字を判読することは出来なかった。しかし、桜子は言寄せのように全て読み上げた。
「くろかねの窓にさしいる日の影の 移るを守りけふも暮らしぬ」
その和歌に驚いたのは他ならぬ桜子だ。桜子は思い出す。鉄格子のはまる小窓から差し込む日差しが、監獄の床に長い影を落とすさまを。
継母の奸計で失われた純潔、天子を斃す(たおす)計画、逮捕、死刑判決、絞首台の階段を上り詰め、高らかに宣言した「革命万歳!我、主義に死す」。
桜子は記念碑の裏に回り込み、顔を近づけて碑文を読んだ。
「革命の先駆者 管野スガ ここにねむる」
断片的だった前世の記憶が全て線で結ばれた。自分は管野スガとして生まれ、死んで行ったのだ。桜子はしゃがんだまま青目玉石の碑を撫でさすった。
「ここは私の墓・・・・・そう、ヒデ子、ヒデ子もここにいるわよね。寂しいよヒデ子。姉ちゃんを一人にしないで。」