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ももとせのちの  作者: 山口 にま
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緑川桜子の供述調書

緑川桜子の供述調書


 叡知大学理工学部研究棟にて、同大学教授二階堂毅氏の顔面に酸をかけて攻撃したことは間違いありません。

 高校三年生の時、催眠術師の兵藤玲二より前世療法と呼ばれる催眠術を受け、自分は明治時代の社会主義者、管野スガの生まれ変わりだと妄想を抱き、社会主義思想や反戦思想を持ちました。

 

アルバイト先の居酒屋 湊にて葉月歌子と知り合い、大学などが防衛省から補助金を受けて軍事研究をする「軍学共同」に抗議するようになりました。

 私の抗議が先鋭化したのは、葉月歌子を介して顔面に大やけどを負った少女に会ったことがきっかけです。やけどの原因はアメリカ軍によるシリアの空爆でした。少女のやけどを見て、改めて戦争の恐ろしさを知り、兵器の開発は許してはいけないと思いました。


 葉月と、運動仲間の伊藤夏央は「戦争協力者をやっつけよう」と言いましたが、この「やっつける」と言う意味は、防衛省から補助を受けている研究機関名をネット上で拡散したり、研究機関前で抗議活動を行ったりする意味だと知っていました。しかし管野スガならば直接行動に出るだろうと思い至り、軍事衛星を開発している二階堂教授を襲撃することに決めました。戦争被害者と同じような目に遭えば、己の罪深さを自覚すると思ったからです。

 

以前の交際相手、柳田恭平が二階堂研究室に属していることを思い出し、彼に詫びを入れて関係を復活させました。理工学部研究棟は誰でも入れることも二階堂研究室の場所も以前から知っていました。柳田恭平から二階堂教授の出勤日などを聞き出しました。

 

凶器に使った掃除用の酸は、パキスタンから個人輸入しました。

犯行当日は変装の為に付け毛をし、理工学部の学生に見えるように白衣を着ました。自分が酸でやけどをしないよう、ビニール手袋、ゴーグル、マスク、フェイスガードで防御しました。都合がよいことに、それらの防御により、より一層理系の学生に見え、顔が隠れました。


午後八時過ぎに二階堂教授が研究室から出て来るのを待ち構えて、彼の顔面めがけて酸をかけました。二階堂教授は非常に痛がり、叫び声を上げました。偶然居合わせた柳田恭平に目撃され、手首を掴まれました。私は酸が入っていたボトルの口を彼の手に押し付けると、彼はやけどを負い、私の手首を離しました。

私は研究棟の裏手に逃げ込み、そこで白衣やゴーグルを外し、学生を装って裏門から逃げるつもりでした。


二階堂教授を「やっつけた」という喜びはなく、苦しむ被害者に罪悪感を覚えました。 

私の前世者である管野スガであったら正々堂々と

「戦争協力者に報復したまでだ。私がやった事が暴力ならば、戦争も暴力だし、軍事研究も暴力だ」

と主張するのでしょう。しかし犯行後は急に自分が管野スガの生まれ変わりだと言う自覚がなくなり、取調べでもうまく動機を話すことが出来ませんでした。またスガが私に代わって供述してくれることもありませんでした。

スガの革命が失敗したように、私の革命も失敗に終わりました。二階堂教授は国家からの補助金を餌に、軍事研究を強いられた一兵士に過ぎなかったのです。たおすべき対象ではありませんでした。

 今回の事件は私一人で考え、実行しました。兵藤玲二から催眠術を受けたことは事実ですが、彼が、私が管野スガの生まれ変わりだと信じるように誘導したことはありません。

 

被害者の二階堂教授及びご家族の方にはお詫びのしようがございません。

管野スガは明治天皇暗殺が未遂に終わった事を

「計画が実行できなかったのが重ね重ね残念だ」

と嘆き、十一人の仲間と共に絞首台に上りましたが、私は自分の襲撃計画が実行されてしまった事が非常に残念です。その気持ちを抱きながら刑に服したいと思います。



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