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ももとせのちの  作者: 山口 にま
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家族だけ

 源治郎が居酒屋湊で開店準備をしていると、二人の男が挨拶もなしに入ってきた。

「すみません、六時から開店なんですよ」

彼等は源治郎の言葉を無視してカウンターに近づき、聞いた。

「湊源治郎さんだね」

保健所の抜き打ち検査かと源治郎は身構える。彼らは警察を名乗り、

「緑川桜子の事で聞きたいことがある」

「桜子が何か?まさか怪我でも・・・・・」

「署まで同行頂けませんか?」

「ちょ、ちょっと待って下さい。これから店を開けなきゃいけないんで」

その時佐々木が息せき切って店に駆け込んで来た。

「源治郎さん!桜子ちゃんが・・・・」

佐々木は二人の来訪者を認めると口を噤んだ。

「桜子がどうした?」

源治郎は噛みつくように聞いた。佐々木は震える手で自分のスマートフォンを差し出した。


「叡智大学理工学部教授、薬物を掛けられて重傷。

六月三日午後八時頃、叡智大学内で理工学部教授、二階堂毅氏(五十七歳)が緑川桜子(二十一歳)に酸のようなものを掛けられて顔面や眼球に重傷を負った。二階堂氏は防衛省からの研究費補助を得て人工衛星の開発をしており、緑川容疑者は大学が軍事研究に関わる事に強く反発していた」


「桜子はそんな子じゃありません!」

「詳しくは署で聞くから」

源治郎には令状の有無を尋ねる余裕すらない。刑事に促されるまま警察車両に乗り込んだ。


 源治郎よりも若干年上に見える刑事が源治郎を尋問した。

「緑川の裏のいた葉月歌子っていう女はお宅の常連だったって話じゃないか」

「そうですね、弁当を注文して貰ったり」

「そういやお宅はこども弁当っていう奉仕活動をしていたよね。無料で子どもに弁当を配っていた。平和と平等。なんだか緑川や葉月とお考えが似ていないかい?」

「そうですかね」

「お宅も無関係じゃないよね?」

「何の話ですか?」

「葉月とあなたで二階堂教授襲撃を考えたんじゃないの?そして緑川に実行させた、と」

刑事は源治郎を舐めるように見た。そんなことは、と源治郎は言いかけたが、そのまま黙った。下手なことを言ったら桜子の不利になると思ったからだ。

 

 刑事は身を乗り出し、

「最後に緑川と連絡したのはいつだ」

「去年の十月頃」

「その後連絡は?」

「していません」

「緑川と寝たのか」

「そういうことがなかったと言えば嘘になる。でも、年が違い過ぎるからあっという間に振られましたよ」

源治郎の答えを聞いて刑事は同情のまなざしを向けた。

「葉月と緑川が親しくしていたことはどう思っていた?」

「嫌でしたよ、すごく。桜子には何度も歌子さんと関わるなと言いました」

「緑川は何と答えたのか」

「私の勝手だろうと」

「そんなに緑川は葉月を慕っていたのか」

「そうでもないです。そっちが好き勝手やっているんだから私も好きにする、と言っていました」

「湊さんが好き勝手?具体的には何を指すんだ?」

「私が離れて暮らす娘に養育費を払っていることです。いつもそれで喧嘩になっていた」

刑事は思わず苦笑いする。


 彼は質問の仕方を変えた。

「緑川の計画は知っていたか?」

「教授を襲った事ですか?知りません。本人は何て言っているんですか?」

「泣いてばかりで話にならん」

刑事は口をへの字に曲げた。強面の刑事たちに恫喝されながら尋問を受けている桜子を思うと、源治郎の胸は押しつぶされそうになる。

「犯行の大胆さと、逮捕後の動揺の差が激しくてな。だから警察としても協力者を洗い出しているのだが・・・。」

この男は白だな、刑事は思い、あなたはもう帰って良いですよと言おうとする。

 源治郎は桜子の行く末が不安で仕方がない。

「被害者の怪我はどうなんですか?」

「命には別条ない」

「そうですか、良かった」

「ただ酸が目に入って・・・・・」

「まさか、失明とか?」

刑事は厳しい顔をして、

「多分そうなる」

「桜子は何年刑務所に入るんですか」

源治郎は椅子から腰を浮かし、刑事に掴みかからんばかりだ。

刑事は源治郎をなだめる様に、

「詳しいことは裁判が始まってからではないと分からない。加害者を支援したいならば家族と連絡を取り合って・・・・・」

源治郎は立ち上がって取調室を出ようとした。

「どこに行く?」

「桜子に会わせて下さい!この建物にいるんですよね?」

「今は弁護士以外とは会えない。逮捕されてから七十二時間以降なら家族と会える」

「俺はいつ会えるんですか」

「警察内の留置所では会えないよ。会えるとしたら拘置所に移送された後だ」

「いつ移送されるんですか?」

「それはまだ未定で・・・・裁判が始まったら確実に拘置所に移送されるから」

「そんな先になるんですか」

桜子に会って励ましてやりたい、そんな源治郎の願いは当分叶わないのだ。


 刑事の言葉は更に源治郎に追い打ちをかけた。

「刑が確定して彼女が刑務所に入ったら、湊さんとはもう会えないよ。刑務所で面会できるのは家族だけなんだ」

「ちょっと待って下さいよ。桜子の刑期はかなり長くなりますよね。それなのに服役中会えるのは家族だけ?」

「あなたバイト先の店長なだけでしょう?配偶者でも家族でもないんでしょう?受刑者を支援できるのは家族だけなんだよ」

「家族家族ってさっきから何なんですか。受刑者の多くは家族とうまく行っていないでしょうが!親とうまく行っていなくて非行に走る、そんな子どもを俺は山ほど見て来たよ」

桜子の母親、継父、異父弟、彼らが犯罪者となった桜子を支えられるはずはなかった。

「言いたいことは分かるが現行法では家族以外は受刑者と会えないんだ、残念だけど」

刑事はドアの前に立ちふさがり、源治郎を押しとどめた。元バイト先の店長である源治郎が桜子の為に出来る事は何もない。被害者に己の角膜を差し出すことも。源治郎は両手を握りしめて刑事を突き飛ばすことを堪えた。

「桜子、桜子、桜子!」

源治郎が桜子を呼ぶ声が取調室に響いた。



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