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ももとせのちの  作者: 山口 にま
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針文字

 「どんなことをしても気が晴れないんだ」

恭平からのメールには辛い胸の内が書かれていた。「大丈夫か?」玲二はカウンセリングの合間に返事を送った。

「やっぱり俺、一度桜子と会うよ」

と恭平。

「桜子ちゃんは会ってくれるって?」

「いや、メールの返信すらない。だから駅とか大学前とかで待っていようと思う」

それはストーカーではないか。警察沙汰になる。玲二はすぐに恭平に電話を掛けた。

「電話かけさせちゃって悪いな」

恭平は沈んだ声だ。

「まだ吹っ切れないか」

「ああ、桜子と過ごした三年間を思うとどうしてもな」

「大学には行っているか?」

「大学の研究室ぐらいしか俺の居場所はない」

「そんなこと言うなよ」

「でも実験に没頭していると嫌なことを考えずに済むんだ」

「それならばいいけれど」

「電話一本で終わった事が納得できない。三年も付き合ったのに電話で別れ話だぜ。最後に桜子と会いたい」

「会ってどうするんだよ。会っても結果は変わらないぞ」

「でも俺、このままじゃ頭が変になりそうだよ」

「待ち伏せとかは良くないぞ。気分転換に焼き肉でも食いに行こうぜ」

そう言って玲二は電話を切った。

 

 桜子はあの夜、つまり「武富済の墓を暴く」と激昂した夜以降も、気が向くとパンを持って玲二の元に訪れた。「明日は早いから泊りは駄目だよ」玲二は先に言っておく。桜子はスガの記憶を語る時、「私」と言う一人称を使った。


 「赤旗事件では武富済からひどい取調べを受けたよね」

玲二がそう水を向けると、途端にスガの人格が出てきて、「許せない、許せない」と繰り返して目を尖らせる。玲二は同情を込めて、

「当時の新聞では、女性の被告人四人は生傷が絶えなかったと書いてある。拷問でもうけたんだろうね」

「そうです、着物や金子の差入はどうでも好い。入獄以来受けし圧虐に対して復讐してください、そう面会に来た同志に訴えました」

「具体的にどういう拷問をうけたのかな」

玲二のその問いに対して、桜子は暗い目をして

「女の口から申せぬ陵辱」

とだけ答えた。

「裸にされたり、性的な事をされたりしたのかな?殴られるような暴力は受けた?」

玲二が詳しく聞こうとすると、桜子は「忘れた」「思い出したくない」と頑なに返答を拒否した。


 他にも玲二が気になっているのは、スガが獄中で書いた伝説の「針文字」についてだ。

天皇暗殺計画が発覚し、スガも秋水も逮捕された。スガは秋水を連累させないことで頭がいっぱいだ。スガは秋水を庇うために口を噤み続け、獄中から秘密文書を弁護士に宛てて出した。それは針で紙に穴を開けて文字をつづった「針文字」だ。   


「爆弾事件ニテ私外三名 近日死刑ノ宣告ヲ受クべシ御精探ヲ乞フ

尚幸徳ノ為メニ弁ゴ士ノ御世話ヲ切ニ願フ

  六月九日

彼ハ何ニモ知ラヌノデス」


自分は死刑になっても良いから、秋水だけは何とか死刑から免れるよう、スガは誰かに頼んで針文字の弁護要請を投函して貰ったのだ。

 その誰かとは一体誰なのか。

 玲二はネットで検索をかけ、針文字の画像を桜子に見せた。

「これを覚えている?」

桜子は画面に顔を近づけ「爆弾事件にて私ほか三名近日死刑・・・」と自ら読み上げた。

「ごめんなさい、思い出せない」

「獄中から誰かに手紙を渡した記憶はある?」

「分からない」

桜子は首を横に振るばかりだ。


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