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ももとせのちの  作者: 山口 にま
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革命と暴力

桜子は相変わらず源治郎の元でバイトを続けたが、いつも胸に何かが引っかかる。愛した男に子どもがいて、あと七年以上養育費を払わねばならない、二十歳の桜子が満足できる付き合いではなかった。

 源治郎の全てを手に入れたら満たされるのだろうか。桜子は源治郎のアパートで彼と関係を持ったが、源治郎は何も桜子に与えず、逆に桜子の体だけを持って行ったと言う怒りだけが残った。私を一番に愛しているわけではないくせに。


 「バイトを辞めます」

秋になる頃桜子は源治郎の元を去る決意を固めた。「分かった」源治郎は引き留めなかった。最後の日、まかないで源治郎は焼き鳥丼を出してくれた。終戦記念日、靖国神社からの逃亡劇の末に食べた味だ。桜子は鼻の奥がつんと痛むも、焼き鳥を口に押し込んだ。


 退勤時、源治郎は店の外まで桜子を見送りに出た。

「俺、あなたの事、相当好きよ」

「今そんなことを言っても仕方ありません」

桜子は淡々と答えた。

「いつか子どもの手を離れたらあなたと結婚したい、なんて思ったんだけどな」

「それ、何年後の話ですか」

笑いながら桜子は聞くが、その時桜子はまだ二十七歳だ。現実離れした話ではない。桜子は源治郎の肩をさする。その肩に乗った多くの重荷をいたわる様に。

「もう行って下さい。お客さん待っていますよ」

「そうだな」

「さようなら」

夜風は冷たかった。桜子を守る源治郎の腕はもうそこにはなかった。


「桜子ちゃん、まだ歌子さんのところに出入りしていますよ。俺の友達が見たって」

佐々木が湊の厨房で源治郎に告げた。源治郎は「そうか」と一言だけ言い、野菜を刻む手を止めない。

「それでいいんですか?」

「もうあの子はうちの従業員じゃないし。従業員であっても政治的思考には踏み込めない」

「歌子さんのところが政治?テロを容認する暴力集団じゃないですか。歌子さん、今は葉月って名乗っていますけど、前は北見って名前だったんでしょ。北見歌子で検索かけたらあの人の暴力行為がいくらでも出てきますよ」


 一九七〇年代の成田闘争で空港反対派活動家に死者が出たことがある。死因は脳挫傷。原因は警察が発砲した催涙ガス弾とも、仲間の機動隊への投石がぶつかったとも言われている。北見歌子は事件への報復として派出所に火炎瓶を投げ込み、警察官一人を殺傷したのだ。


 「俺の大学にも軍学共同に反対する団体はありますよ。でも葉月歌子とは絶対に関わらないってみんな口を揃えて言っています。源治郎さん、桜子ちゃんが心配じゃないんですか?」

源治郎は包丁を置いて、佐々木と向き合う。

「心配に決まっているだろう!じゃあどうすりゃいいんだ?彼女を奪回するのか?親御さんに言いつけて家に軟禁して貰うのか?」

「桜子ちゃん、女性革命家に憧れていましたよね。管野スガとかロシア革命のソフィア・ペロフスカヤとか。革命と暴力は表裏一体ですよ。警察沙汰を起こさなきゃいいけれど。あのまま女子大の生活科にいた方が桜子ちゃんには良かったかも知れませんねぇ」

 

 その後悔は源治郎にもある。なまじ終戦記念日の靖国神社前で桜子を助けたのがいけなかったのだ。一度警察に捕まり、親や教師に叱られ、自分がやった暴力行為に責任を取らせるべきだった。

桜子は満たされない物を抱えていた。源治郎は彼女を満たしてやることが出来ず、彼女が源治郎から離れたのだ。そんな源治郎に出来る事など何もなかった。



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