変わってしまった女
「お土産を渡したいから明日会おうよ」
恭平が帰国した。受話器越しの弾んだ声が疎ましい。
「明日バイトなの」
「バイトの前は駄目?」
「私・・・」
「どうしたの?」
恭平の声に不安が混じる。
「私、もう前の私じゃない」
「何で?何があったの?」
「もう恭平君とは会えない」
「・・・・好きな人でも出来ちゃった?」
桜子はその質問には答えなかった。
好きとか愛しているとか源治郎とのことはそんな単純な話ではない。愛しているのに愛されない、愛されているけれど一番じゃない、愛すれば愛するほど一人を感じるのだ。
「明日バイト先に行って良い?」
「それはやめてよ」
「バイト先の人と何かあったんだろう」
恭平は吠えるように聞いた。
「そういうわけでは・・・・」
桜子は否定しかけたが、白黒はっきりつけるため、恭平を試すように聞いた。
「私がバイト先の店長と知り合った経緯を知っている?」
「いや、知らない。まさか出会い系サイトとか?」
恭平の声は震えている。桜子は鼻で笑って、
「もっと悪い事よ。私が警察に捕まるようなことをしちゃって、たまたまその場に居合わせた店長が私をバイクで逃がしてくれた」
「ねぇ何をしたんだ。教えてよ桜子、俺、絶対に桜子を嫌いにならないから」
「もしかしたらまだ警察は私を探しているかも」
「万引きとか?もしかしたら店長に脅されているの?だからバイトを辞められないの?」
「そんなんじゃないって。最近凄く思うの、やっぱり私は管野スガの生まれ変わりだって。天皇暗殺を計画して死刑になったテロリストそのものだって」
「そんな・・・・前世療法なんて遊びだよ」
「私も面白半分に受けたけれど、玲二さんは私を確かに前世に連れて行ってくれたわ」
「違うよ、玲二が見せたのは幻覚だよ。桜子は自分が管野スガだと思い込んでいるだけだ」
恭平は最早涙声だ。
「そういうわけだから、もう恭平君とは・・・・・」
「待って、桜子」
恭平の言葉が終わらないうちに桜子は電話を切った。思えば自分の前世を知った時から恭平とはすれ違い始めた。恭平はテロリストが付き合うような男ではない。生まれ変わる前は何のかかわりもない人だったのだ。
翌日、恭平は転がるように玲二の部屋にやって来た。一睡もできずに目は充血し、顔は青ざめるのを通り越して土色だ。
「どうしたんだ。とにかく上がれ」
玲二は恭平を部屋に招き入れた。恭平は親友の顔を見るが早いか、涙が出てきてしまった。
「桜子が俺と別れたいって」
「何だって!」
玲二は驚いて見せるが予感はあった。「相談」と称して桜子から何度も連絡は来たのに恭平については一言も言及なしだ。桜子の気持ちはとっくに恭平から離れていた。逆によくぞここまで継続できたと感心した。
玲二はカウンセリング用の椅子に恭平を座らせた。
「理由は言っていたか?」
「俺も聞いたんだよ、好きな人でもできたのかって。そうしたら・・・・・」
「そうしたら?」
恭平は涙を拭いて呼吸を整えてから、
「自分は警察に捕まるような悪いことをしたとか、バイト先の店長が逃がしてくれたとか」
やはり桜子は破壊活動をし、それを見た店長が「管野スガみたい」と彼女を称したのか、玲二は合点が行く。
「自分は死刑になったテロリストの転生者だとも言っていた・・・・前世療法なんて受けさせなきゃ良かった」
恭平はテーブルに自分の頭を打ち付けた。アイスティーのグラスが倒れそうになり、玲二は急いでグラスを持ち上げた。
数日前、桜子は玲二にメールを寄こした。そこには「暴力やテロを悪いことだと思えない私は暴力的な人間なんでしょうね」と書かれていて玲二は気になっていたのだ。
「俺、もうどうすれば」
「どうするって、もう忘れるしかないだろう」
「俺に諦めろと言うのか」
恭平は濡れた目で玲二を睨みつけた。
「しょうがないだろう、桜子ちゃんは変わっちゃったし」
お前がありもしない妄想を桜子に植え付けたからだ、恭平は玲二を腹立たしく思うが黙っていた。
桜子の管野スガとしての記憶は玲二が受けとめている。暴力活動などスガとしての行動はバイト先の店長がどうやらコントロールしているらしい。では恭平は今の桜子と何を分かち合っているのだろうか。別れは必然である。
「納得できない。電話一本で済ませられる話じゃないだろう。桜子と会って話したい」
「それだけはやめろ。嫌われる。下手すりゃ警察を呼ばれるぞ。なあもう終わったんだ。誰のせいでもない」
恭平は玲二の慰めの言葉が耳に入らなかった。涙は後から後から湧き出て来る。
玲二は言いにくそうに
「これからお客さんが来るんだ」
「そうか、ごめん。話を聞いてくれてありがとな」
こいつのインチキ催眠術でまたカップルが別れることになるんだろう、恭平は苦々しく予感する。
「大丈夫か?」
玲二は恭平の顔を覗き込んだ。
「めそめそしても仕方がない。もう桜子は戻ってこない。それは分かっている」
恭平は一度涙を拭いて、玲二の部屋を出て行った。