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ももとせのちの  作者: 山口 にま
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娘からの恋文

 桜子が夕方居酒屋湊に行くと、入れ替わるように源治郎が店を出た。

「出かける。知り合いの店が食材を分けてくれるんだ」

残された桜子は源治郎の代わりに焼き鳥の串打ちをする。

 まだ暖簾は出ていないのに入り口のサッシが開いた。

「すみません。まだ開店前です」

桜子はそう声をかけるが、来訪者は構わず店内に入ってくる。それは半袖の制服を着て真っ黒に日焼けをした少女だ。彼女は探るような視線を桜子に向けた。

「こんにちは」

桜子が挨拶をするも少女はそれに答えず、ぶっきらぼうに

「お父さんいますか?」

やはり源治郎の娘か。桜子は笑顔を作り、

「今出かけています」

「これ渡して下さい」

少女は封筒を桜子に突き付けるように渡した。そして入って来た時と同じように挨拶もなく湊を出て行った。封筒には塾の名前が印刷されている。桜子は入り口に目を走らせ、まだ源治郎が帰って来ていないことを確かめてから、その封をしていない封筒の中身を見た。入っていたのは塾の受講料の振り込み用紙だった。


 源治郎は間もなく帰って来た。魚が入っていると思われる発泡スチロールを抱えて。

「お、串打ち終わったか」

「源治郎さんにお客さんが来ましたよ」

桜子は「お嬢さん」と言わず、他人のように「お客さん」だと伝え、少女から預かった封筒を渡した。源治郎は塾の封筒で娘の来訪を知り、

「なんだあいつ、待ってりゃいいのに」

と娘と会えなかった事に不満げだ。そして封筒の口から中身を覗くと、まるで大切な恋文であるかのようにそれを自分のバッグにしまう。

 挨拶一つしない無愛想さ、突き付けるように渡した請求書、どう見ても源治郎を金づる扱いではないか。それでも娘は源治郎にとっては最愛の存在である。翻って桜子はどうだろう。源治郎は口では愛していると言ったり、体に触れたり、手の込んだ美味しい物を食べさせてくれたとしても、彼にとって一番ではない。

 

 桜子が不機嫌に厨房で仕込みを手伝っていると、

「桜子」

と源治郎が呼ぶ。源治郎も同じく不機嫌な声だ。

「何ですか」

「歌子さんの勉強会に出入りしているのか?」

桜子が先週行った軍学共同研究会のことを指しているらしい。しかし源治郎に怒りを抱いている桜子は唇を尖らせて、

「行ったらどうだって言うんですか」

「お客さんと個人的につきあうな。佐々木にも言ってある」

「源治郎さんだって歌子さんと親しいじゃないですか」

「俺はあくまで仕事上のつきあいだ。お客さんは色んな人がいるし・・・・」

「プライベートまでとやかく言われたくありません。自分だって好き勝手しているじゃないですか」

「好き勝手?」

自分は娘の養育費を嬉々として払い、子どもにかこつけて元妻とも会っているのだろう。源治郎には前の家庭を捨てて欲しいのだ。桜子の実父が桜子を捨てたように。

「おはようございます」

佐々木が出勤してきた。桜子も源治郎も口を噤む。それきり二人は黙り、勤務中一切の私語はおろか、視線さえも合わせなかった。



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