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ももとせのちの  作者: 山口 にま
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活動家・歌子

 ショートヘアの中年女が一人で湊に入って来た。

「今晩は」

女はカウンターに座り桜子に笑顔を向けた。

「いらっしゃいませ」

桜子は女におしぼりを出した。

「歌子さん、いらっしゃい」

源治郎が厨房から女に挨拶をする。桜子は思い出す、彼女が大学や研究所が軍事研究をする、いわゆる「軍学共同」に反対する活動家だという事を。歌子はビールを飲みながら源治郎相手にくだを巻いた。

「防衛省への補助金申請数は年々増えているわ。防衛省からお金を貰って研究したら、その研究結果は戦争に使われるのに。学者どもと来たら目先の金に釣られて日本の軍拡に加担して。どう思う?」

「ひどいですねぇ全く」

源治郎は相槌を打つも、それはビジネス上の社交辞令で、実はそんなに関心はない。こども弁当などをやっている関係で革新系の議員や活動家が湊に訪れ、源治郎にビラなどを渡すが、彼は押し頂きながらも閉店後にそれらのビラを新聞紙などに包んで事業系ごみとして廃棄している。多忙を理由に選挙にも行っていない。


 夜九時、桜子の退勤時間だ。彼女は源治郎と佐々木に声をかけて店を出る。ちょうど歌子が会計を済ませているところだった。桜子が駅で上り電車を待っていると、

「あら、湊の子よね」

とほろ酔いの歌子が声をかけて来た。上りホームに電車が入ってきたので二人は共に乗車した。

「どこの大学なの?」

桜子は在学中の女子大と、来年度に編入予定の大学を教えた。

 歌子は編入予定大学の卒業生だった。

「あそこは良い大学よ。何て言ったっていち早く防衛省の補助金制度には応募しないと宣言したのよ」

「どちらかというと左系の大学ですよね。学生運動も盛んだったようですし」

「自由と平和を求める校風は今でも変わらないわ。あなたのお名前を聞いたかしら?」

「緑川です」

「もし良かったら連絡先を教えてくれない?」

大学の先輩にあたる人なんだから、桜子はそう考えて携帯の番号を歌子に教えた。

「今度私たちの勉強会にいらっしゃい。そうだ、学生の勉強会もあるのよ。あなたも編入前にお友達を作っておいた方がいいんじゃない?」

「そうですね。是非行きたいです」

桜子は女子大ではいつも一人だ。編入先でも同じ状況は耐えられなかった。


桜子は歌子に誘われるまま、編入予定の大学で行われた「軍学共同研究会 学生部」の勉強会に出席した。伊藤夏央と名乗る女学生が桜子に話しかける。

「うちの大学に編入するんだってね。何学部に入るの?」

「法社会学部です」

「私は文学部。校舎は一緒だから四月からよろしくね」

「ありがとうございます。編入したら知り合いが一人もいないと思って不安だったんです」

「みんな来て。彼女、来年からうちの大学に編入するんだって」

夏央の呼びかけに数人の学生が桜子の元に集まった。

「編入組か。頭が良いんだね」

男子学生が感心したように言う。

「いえいえそれはまぐれで」

桜子は謙遜する。

「俺、報道学科なんだ」

「私はロシア学科。何かやりたいことがあって編入するの?」

「今は家政科に通っているんですけれど、裁判制度や社会思想を学びたいと思って」

「社会思想?例えば」

「明治期の社会主義運動とかです」

「あ、それならば千石先生のゼミがいいよ」

桜子はこのように社会問題を話し合える学生生活を求めていた。女子大の級友たちと来たら、大逆事件の話をしただけで「学生運動に級友を引きずり込もうとした」と噂を立て桜子を排除したのだ。


 「そろそろ始めようよ」

一人の男子学生が皆に着席を促した。桜子は一番後ろの席だ。

「今後の具体的なアクションなんだけれど、まず、各大学に補助金制度を申し込まないように圧力をかける。既に補助金を申し込んだり、実際に防衛省から補助金を受け取った学校には校門前で抗議活動する。レジュメの最終ページに抗議対象の大学を載せてあるから見て」

桜子はレジュメをめくった。十五校ほどの大学が並んでいる。その中の一つが「叡智大学 理工学部 航空宇宙工学研究室 責任者二階堂毅 来年度補助金給付決定」。二階堂毅、桜子は焼酎の銘柄に似た名前を憶えている。恭平の所属する研究室ではないか。学生たちは「校門前で抗議活動する」といきり立っているが、勿論桜子は校門前に立てるはずはない。


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