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ももとせのちの  作者: 山口 にま
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革命万歳

 桜子はブランケットを肩まで引き上げ、「寒い」と震え出した。

「あなたは今どこにいますか」

「市ヶ谷」

「先生や忠雄さんはどこにいますか」

「もうこの世にはいないと思う」

玲二と恭平は顔を見合わせた。

「数日前に大杉君が奥様の保子さんと一緒に面会に来てくれた。彼ならば私と違って学もあるし英語も喋れる。彼がいれば日本の無政府主義はもっと発展するだろう」

桜子は口元に笑みを湛えながら言った。大杉栄は関東大震災の翌日に伊藤野枝と共に憲兵に虐殺されたというのに。


 桜子は弾かれた様に顔を上げた。

「ああ、私は呼ばれた。みんなのところに行かなければ」

「みんなとは?」

「十一人。先生とか忠雄君とか」

桜子は姿勢を正し、自らを落ち着かせるためか鼻から大きく息を吸った。両腕は背中で組まれている。彼女は上方を仰ぎ見るように首を伸ばして顔を上げた。まるで目を閉じて思索の時間を過ごしているようだ。

玲二が声を掛けようか迷っている時、突然、桜子が叫んだ。澄んだ、良く通る声で。

「革命万歳!我、主義に死す」

そして頭をがくんと下げ、電池の切れたおもちゃのように全く動かなくなった。


 「先ほどの気持ちのいいそよ風の吹く高原へともどりましょう。さあ、目の前に一本道が見えましたね。来た道をもどりましょう」

玲二の声に導かれるように、玲子はゆっくりと顔を上げた。

「前世からのメッセージを得たあなたは自分の行く道がおのずと分かってくることでしょう。目を開けられますか。ゆっくりと目を開けてみましょう」


 桜子は目を開けた。その目は暗く、虚ろだった。

恭平は桜子に駆け寄り、玲二がそばにいるにも関わらず、彼女を強く抱きしめた。桜子の前世は決して幸せなものではなかった。恭平は安易な気持ちで桜子に前世を見せたことを悔やんだ。

「ごめん、苦しめちゃって」

「ううん、私は平気」

桜子は落ち着いた声で答えた。玲二がカーテンを開けると夏の午後の光が部屋を満たした。

「前世での名前を思い出せる?」

玲二は聞いたが、桜子は自分の過去の名前を思い出せなかった。玲二も恭平も桜子が何を見たのか聞くことを出来ない。聞いたところで彼女の口から語られる前世は酸鼻を極めたものであろう。

 桜子はレースのカーテンの隙間から窓の外を見た。

「この町がすごく懐かしい」

「現世と前世は不思議なつながりがあるんだ。今日君がここに来たのは必然だったかも。僕たちだってそうだよ。桜子ちゃんは僕や恭平と前世で会っていたかも知れない。『先生』って何度も言っていたけれど、どんな人なの?」

「切れ長の目で、私より十歳年上」

「彼が君の前世のキーパーソンだ。もしかしたら恭平の前世の姿じゃないの?という事は二人が付き合っているのは運命?」

玲二が恭平と桜子をからかうと、桜子は頬を染めて、まんざらじゃない様子で笑った。


 「もうすぐ次のお客さんが来るんだ」

玲二は済まなそうに言った。桜子と恭平はすぐさま立ち上がる。

「更に記憶が蘇ることがあるから何かあったら連絡して」

玲二は桜子に名刺を差し出した。

 マンションから出た二人に、夏の熱気が押し寄せた。恭平は男出入りの激しかった桜子の前世が気になるが、何も聞けなかった。桜子は再び辺りを見渡し、思い出したように言った。

「ここ、通いなれた道だわ」

「少し歩くか?」

「うん、私の前世の足跡が見つかるかも」

裏路地に入ると、小さな祠が見え、その中に地蔵尊が安置されていた。

「このお地蔵さんに見覚えは?」

「覚えていない。建立、昭和三十二年だって。私が生きていた時代よりもずっと後のものよ」

桜子が前世で大杉栄と会っていたとするならば、明治後期か大正時代を生きていたのだろう。

 

 桜子は祠の横に掲示されている地蔵の由来を読み上げた。

「昭和二〇年四月、アメリカ空軍B二九により、東京城北部一帯に多数の爆弾が投下され、一夜で二四五〇人の尊い命が失われました。この地にあった防空壕に入っていた乳幼児を含む二十五人の方が犠牲となり、昭和三十二年にこの方々の冥福を祈り、近隣住民有志が地蔵尊を建立し・・・・」

後は言葉にならなかった。桜子が泣き出してしまったからだ。その涙を見て、桜子が前世療法で心に傷を負った事を思い知る。

「赤ちゃんまでここで・・・・なんとむごいことだろう」

桜子の口調は中年女のようであった。桜子は祠の前でいつまでも泣き続け、恭平は人目が気になって仕方がない。

「場所を変えようか」

恭平は促した。桜子もそれに従う。二人は大塚を離れた



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