軍学共同
桜子と恭平は彼の大学内のカフェで待ち合わせをすることもあった。カフェを出て美術館に行こうとすると恭平の携帯にメールが届いた。恭平は一読後、困惑顔で
「ごめん、研究室に顔をださなきゃ。ここで待っていてくれる?」
「研究室?私も行きたい」
「研究室には入れないから、廊下で待ってもらうことになりそうだけど」
「それでもいい」
理工学部の校舎なんて桜子には未知の世界だ。桜子は恭平と共に立ち上がった。
敷地内の一番奥に恭平の所属する理工学部の研究棟があった。研究棟の入り口に鍵はなく誰でも入れた。内部は廊下を挟んで左右に教室が並んでいる。恭平は学生証をドアの横のカードリーダーにかざし「工学科 二階堂毅研究室」と書かれた研究室に入った。二階堂なんて、焼酎みたいな名前だと桜子は思う。恭平はなかなか帰ってこないので桜子はトイレを借りるついでに棟内をぶらぶら歩く。途中白衣の学生とすれ違った。桜子は部外者だと知られない為に顔を伏せた。
「大学に行きたくないんですよね。話の合う子がいないから。大学辞めちゃおうかな、なんて」
桜子は湊で仕込みを手伝い中、源治郎に愚痴った。
「駄目だよ、そんな理由で大学を辞めちゃ。高卒と大卒じゃお給料だって違うんだから」
源治郎は叱りつける。本当のお父さんみたい。桜子は思った。
「源治郎さんはお子さんいらっしゃいましたっけ」
「中学生の娘が一人いる。あいつは勉強しろって言ってんのに勉強しねぇなあ、部活ばっかりだ」
「反抗期真っ盛りじゃないんですか」
「まさにそうだよ。全然口を利いてくれねぇ。そのくせ塾とか部活の遠征に遅刻しそうな時はバイクで送れって言ってくる」
「だからヘルメットが二つあるんですね」
「そうだよ、あれは娘のだ」
「源治郎さんが夕飯を作っているんですか」
「うんにゃ、別々に暮らしているからな」
「えっ?」
「元奥さんと一緒に暮らしている。でもこの近くに住んでいるよ」
「すみません」
「謝る必要はねぇよ」
「私の親も離婚したんですよ」桜子は言おうとすると、佐々木が出勤してきたのでその話は終わった。
ある金曜日、その日は子ども弁当はないと言うのに源治郎は厨房で弁当の仕込みだ。
桜子も厨房に入って手伝う。
「二十人分の弁当の注文が入ったんだ」
「珍しいですね」
「知り合いが勉強会で弁当を出すって言ってな」
還暦過ぎと思しきショートヘアの女が五時半過ぎに弁当を取りに来た。
「あら、新しいバイトさん?」
女は桜子を見て言う。桜子は自分の名前を名乗り、頭を下げた。女は車で来ていた。桜子は女を手伝い、二十個の弁当を十個ずつ手提げ袋に入れ、車の後部座席に弁当を詰め込んだ。
「ありがとう。大学生なの?」
「はい」
「私たち、こういうことをやっているの」
彼女は桜子にホチキスで止められたA四サイズの書類を渡した。
「戦争できる国づくり絶対反対!『汚い研究』をしている大学に子どもを送るな」
という威勢のいいタイトルだ。
「軍学共同に興味はあるかしら?」
「軍学共同?」
「国のお金で大学に軍事研究をさせる事よ」
「詳しいことは分からないんですけれど、以前同じようなビラを貰ったような気がします」
桜子は恭平の大学前で配られていたビラを思い出した。
「それならば話が早いわ。私たちは軍学共同についての勉強会を定期的にしているの。あなたも興味があったら是非来てね。さっきの資料に私たちのサイトが載っているから」
女は「葉月歌子」と書かれた名刺を桜子に与え、車を発進させた。
バイトが終わった後、帰りの電車の中で桜子は「戦争できる国づくり絶対反対!」の資料を読んでみた。
「軍事研究に対して防衛省が助成する補助金制度をご存じですか?
中国は兵器開発を国家戦略に掲げており、日本国内の研究者が中国の資本力に取り込まれる恐れが指摘されていました。そこで日本も遅れをとるまいと、各大学・研究室に資金援助をし、官民挙げて軍備拡大を推し進めることとなったのです。私たち軍学共同研究会は、大学や研究機関における軍事研究(軍学共同)に反対しております」
最終ページは「補助金制度に応募した大学・研究室一覧」だ。
・叡知大学 航空宇宙工学科 二階堂毅研究室 軍用衛星の研究開発
叡知大学、それは恭平の通っている大学だった。




