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ももとせのちの  作者: 山口 にま
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白昼のテロル

 八月十五日、終戦記念日。桜子は靖国神社前にいた。


 鳥居に向かう参拝客は地下鉄九段下駅出口から長蛇の列を作っている。桜子は大鳥居を潜ることを諦めて神社横手の車両出入り口から境内に入った。そもそも桜子は参拝に訪れたのではない。大逆事件から百十年後の日本人が戦争に対してどのような気持ちを抱いているか知りたかったのだ。知りたいのは桜子も、桜子の記憶にいるスガもだ。

 

十万の血潮の精を一寸の地図に流して誇れる国よ

 

 多くの社会主義者・無政府主義がそうであったようにスガも非戦論者だった。当然日露戦争にも朝鮮併合にも大反対だった。


 午後の靖国神社へは大型観光バスがひっきりなしに入ってくる。

 齢九〇になろうかと思われる老人が家族と思われる七〇近い男性に手を引かれてバスから出て来た。境内には関東軍の制服を着て旭日旗を振り回している者もいるが、年齢的に従軍経験があるのは思えぬ中年男性だ。

 いい年をしてコスプレなんてバッカみたい。桜子は心の中で毒づく。慰霊を口実に戦争賛美をしているだけではないか。雲一つない快晴で日差しは容赦なく照り付けた。桜子は気分が悪くなり、神社を出て地下鉄に向かった。


 靖国通りの路肩は護送車が並び、至る所に盾を持った機動隊が警備している。桜子は地下鉄に入る前にコンビニで五〇〇CCのペットボトルを買った。店を出てすぐに飲もうとするがコンビニ前の歩道には人が溢れかえりとても落ち着いてのどを潤せる状態ではない。

 遠くから百棹近くの日の丸と旭日旗が近づいてきた。真夏の日差しの中のそれは紅白のさざ波のように見えた。

「沿道の皆様、私たちは祖国日本を愛する有志一同でございます。本日八月十五日は日本人として忘れてはいけない日です。祖国日本の為に戦い、尊き命をお国にささげた英霊が靖国に祀られているのです。ここに私たちは英霊に深く感謝するとともに、より一層祖国日本を愛し、日本のさらなる繁栄を願う所存です」


 デモ隊たちは低い声で軍歌「海ゆかば」を歌い始め、そのまま靖国神社に向かう。沿道の日の丸Tシャツを着た人々から拍手が起こった。

 

 英霊?アジアを侵略して無辜の市民を殺し女性を強姦してきた人たちが?祖国を愛する?戦争を起こしたこの国のどこに愛すべきところがあると?太平洋戦争を省みることもなく、アジアに謝らなければならないこんな日に日の丸や軍旗を振り回して、しかもそれを誰も止めることもしない。


 よし、小さな革命だ。みんながこのデモに賛同しているわけではないと知らしめてやる。桜子は怒りの気持ちを持って、口を開けていないペットボトルをデモ隊に投げ込んだ。それは放物線を描いて日の丸の中に消えて行った。

「妨害だ!」「逮捕だ逮捕!」

デモ隊から怒号が起こる。同時に警察の呼子があちこちから聞こえた。沿道の人々は驚いた顔で桜子を見つめる。機動隊員が桜子に向かって来た。怒りの気持ちは急激にしぼみ、逃げることが真っ先に頭に浮かんだ。しかし地下鉄の入り口は人が多すぎて近づけない。桜子は恐怖で足が竦んだ。


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