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ももとせのちの  作者: 山口 にま
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懐かしい街

JR大塚駅北口改札を出ると、桜子はあたりを見渡し、

「私、ここに来たことがあるわ」

と恋人の恭平に言った。

「前世の記憶が蘇ったか」

恭平の返答は高校生の桜子をからかう口調だった。しかし桜子は笑わず、相変わらず周囲に目を走らせた。山手線と交差するように都電が走る。七月初旬、人々が日差しを避けるかのように街路樹の影を選んで信号待ちをしていた。

「催眠術なんかしなくたって自分の前世は桜子自身が分かっているんじゃないか」

「ううん、わからないよ、全然」

桜子が首を振るたびに肩にかかる黒髪が揺れた。高校三年生の桜子は少しだけヒールある白いサンダルを履いている。二つ上の恭平に釣り合うよう文字通り背伸びをしているのだ。

「とにかく行こうぜ。玲二を待たせたら悪い」

恭平は恋人を促した。

 

 駅からほど近いマンションに玲二は住んでいた。

「桜子ちゃん、初めまして」

玲二は友人カップルを部屋に招いた。彼は襟の付いたシャツと黒いスラックス姿だ。桜子は丁寧に玲二に頭を下げた。整った目鼻立ち、きゃしゃだけどすんなり伸びた肢体、育ちの良さがわかる立ち振る舞い、恭平にとって桜子は親友に自慢したい恋人だった。二人は勧められて椅子に腰を掛けた。

「寒かったら言ってよ」

玲二はテーブルにアイスティーを出した。アロマの香りが漂うこの部屋にはベッドもなく、大学生の住まいであるのに生活臭がまるでない。

「素敵なお部屋ですね」

桜子がそう褒めると

「お客さんも来るし、撮影もここでするから」

玲二はサラリと言った。「撮影?」桜子の疑問に、恭平は、

「こいつ、最近動画の配信も始めたんだぜ」

と言葉を添えた。そんなことまで、と桜子は大人の世界をのぞいたような気になる。

 兵藤玲二、国立大学二年生にして催眠療法士を名乗り、一人暮らしのマンションをカウンセリングルームにして顧客に催眠療法を施していた。

 玲二の療法は顧客を出生時から過去に遡らせてトラウマを探り、こだわりや考え方の癖を手放させ、今後の生き方を指南するのだが、時として前世まで退行してしまう顧客がしばしば存在した。「前世まで見せてくれる催眠術師」、一部の好事家の間で玲二はそう呼ばれるようになり、彼を頼る顧客が後を絶たなかった。

 玲二は男性の割に声が細く高い。肌は白く、顔にも体にも贅肉と言うものがない。顧客に、殊に女性の客に警戒心を抱かせない風貌だ。しかし、女子校育ちの桜子は、恋人の親友とは言え親しくもない男性を前に緊張を隠せない。それは単に男性に対する緊張でもあり、これから自分に催眠術をかける者への不信感でもあった。

「あの、代金は・・・・」

「いいよ、友達の彼女から金は取れないよ。お礼がてら今度可愛い女の子を紹介してよ」

玲二は桜子に笑いかけた。しかし恭平には玲二のその言葉が社交辞令だと分かっている。玲二の好みは一貫して年上の世慣れた感じの女性なのだ。


玲二はカーテンを引き、部屋を暗くした。間接照明の光が不安げな桜子の横顔を照らす。玲二は自分の椅子を桜子の斜め前に近づけた。

「ところでどうして桜子ちゃんは自分の前世が知りたいの」

その玲二の問いかけに桜子は困惑の表情を浮かべ、一度恭平の方を見てから、

「私は親の勧める高校にいきました。このまま普通にしていれば系列の女子大に入れるんです。前世でも親が決めてくれた道を進む生き方だったのかなって思って」

それは恭平も初めて聞く桜子の胸の内だった。

「前世ではどんな風に生きていたか見てみようね」

玲二は桜子のロングスカートの膝にブランケットをかけてやり、目を閉じるように促す。

「あなたは今気持ちのいいそよ風の吹く高原の一本道を歩いています。この道は過去へと続いています」

目を閉じたまま桜子は頷いた。

「あなたは小さな女の子に戻っていますよ。一緒にいるのは誰?」

「お母さん」

そう答える桜子の口調もまた幼子のようだった。玲二は質問を重ねた。

「目の前に誰がいる?」

「男の人」

「誰だか分かりますか?」

「お父さんになる人」

恭平は思わず、えっと聞き返したくなる。玲二は聞く。

「本当のお父さんは?」

「ここにはいない」

玲二は恭平を見る。恭平は自分は何も知らないことを示すために首を横に振った。玲二は声のトーンを変えず、

「お父さんになる人はどういう人?」

「私に背中を向けている」

「どうしてこっちを見ないんだろう」

「私の事が嫌いだから」

恭平は桜子の父親とは何度か顔を合わせた事がある。ごく普通の父親に見えたが、娘のボーイフレンドに特に関心を示すこともなく、ずいぶんあっさり父親だという印象を持った。



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