後編
それから、シルドは虚になった。
ただ、滅ぼしてやると言う言葉だけが彼の中に残った。
だから、彼は動き出した。
彼は民間のボランティアに近い福祉団体を転々とした。
いろいろなノウハウを吸収するために。
そして、いろんな多彩な人と付き合いを始めた。
こんな時代だ。
ボランティアに近い福祉団体は誰もが働く場所とはしない場所だった。
何しろ、お金にならないし。
そんな暇があれば配給に並びたいという、圧倒的な貧民だらけだったのだ。
シルドはそんな中で、元やくざのグインと言う男と知り合った。
彼も鬱々とした思いで働いていた。
元ヤクザだとまともな仕事にもつけない。
それでもボランティアに近い福祉団体だと食事はちゃんと取れた。
それはごく一部のお金持ち達の寄付で賄われていたが、食事だけのボランティアだ。
だが、彼らのようなはみ出た者にとって、食事だけでも有難かったのだ。
そこで、シルドは彼とお金持ちのスポンサーを得て新しい仕事を始めた。
過疎の農家の働けない老人達に外国の安い労働者をあっせんするのだ。
元ヤクザだけあってグインは人を見る目にたけていた。
ちゃんと、きっちりと仕事をする人間を選べた。
だから、彼らの新しい福祉団体は、過疎の農家の働けない老人達に喜ばれた。
政府は、もはや先の短い老人達を国費で助ける気もなかったし、食料自給率も考えて、老人達の農家が外国人労働者が働くことで維持できるのならといろんなことを大目に見た。
グインが選んだ人材は真面目に働いた。
それは老人達にとっても有難い事だった。
だから、シルドはそれを逆手に取って過疎地の農家に次々とある約束をさせていた。
この一生懸命に働く外国人労働者はここを追い出されると、どこにも行けません。
だから、もし、あなた方が亡くなっても迷惑はかけませんのでここで働かせてください。
そして、貴方が亡くなった時も生きてる事にした方が彼らもここに残りやすいのですと。
老人達は少ないなりに、年金も貰っていた。
それも老人が亡くなっても、いろんな手管を用いて調査に来るはずの役人を脅したりお金で買収したりして、亡くなってない事にさせて、そのまま外国人達を生活させた。
そう、シルドは過疎地を次々と外国人にすり替えて行ったのだ。
「この国の歴史は維新と呼ばれる時代もそうだが、国民が満足に食事を取れなくなった時に国家の支配層が大きく変わるのだ。それは戦国と呼ばれた時代もそうだ」
これがシルドがグインに良く語る話になっていた。
いつも、シルドは古い小さな食堂として変えた、過疎地の古い屋敷でグインとともに食事をするのが常だった。
二人にとって家族はいないので、それが家族としての単位のようなものだったのだ。
「戦国の有力な独裁的な領主も実は国民を食べさせられなかったときは引退したり追放されたりしている。ここがキモだ」
シルドはグインにその後に続いて目を鋭くさせて常にそれを語った。
「ああ、だから、過疎地を抑えて、食料を抑えれば支配層を変えれるって言いたいんだろ」
グインは常にそう答えた。
彼はシルドの考えが、安い外国人労働者を傘下にして、地方の過疎地とはいえ有力な農地を抑えて、政府に対して国民を扇動して復讐をする気だと信じていた。
「だがな。こうやって、それが結果として過疎地の老人達から涙を流して喜ばれているんだから。これはこのままでいいんじゃないか? 」
最近のグインはそうシルドに説得するように話しかける事が多くなっていた。
シルドはそれを聞いて、いつも笑っていた。
だから、グインはシルドが少なからず、同意してくれていると思った。
だが、シルドがある日大量の木箱を購入したとして、いつもと違う外国人がそれを運んでいるのに驚いた。
しかも、彼らは過疎地に次々と入植しだした。
「どういう事だ? 」
「いや、新しく安い労働者を入れてくれる国を見つけたんだ」
シルドはそう笑った。
彼らは新興国のチの国の人間だった。
チの国は身分制度のような階層階級があり、彼らは貧民の農民達だった。
「彼らはチの国では農民をやっているんだ。これでさらに食料生産は上がる」
そうシルドは嬉しそうに笑った。
だが、グインは元ヤクザなだけあって、彼らの動きに普通の民間で無い動きを見つけた。
グインは彼らは兵士では無いのかと懸念を抱いた。
グインはすでに、この自分の選んだ安い外国人労働者とともに過疎地の老人達の老後を少しでも安定させるつもりしか無かった。
だから、グインは調べた。
厳重に守られていた木箱を、酒などで油断させて調べようとした。
だが、彼らは誰も酒を飲まなかった。
「下戸ですから」
彼らはそう言いつつも目が笑っていなかった。
グインは自分が選んだ安い外国人労働者の中で元軍人で特殊部隊だったギルと言う男を味方にして、見張りを眠らせた。
「やあ、そろそろ来る頃だと思ったよ」
グインが苦労して入った、倉庫のその木箱の前にはシルドがいた。
シルドは木箱を開けて、グインに軍用のライフルがみっしり入っているを見せた。
それはチの国のアサルトライフルだった。
「何で? 」
グインが震えた。
シルドは笑って答えない。
「お前は過疎地の老人達を救うとともに、この国の農業を抑えて支配層に反省させようと思っていたのではないのか! 」
グインが叫んだ。
「それではお金持ちが少し変わるだけで何も変わらないんだよ」
シルドは悲しい顔で答えた。
「だが、他所の国を入れるとはどういうことだ? お前は支配する連中は憎んでいるが、この国は好きだと言ったじゃないか! 」
「そう、愛しているから、君と話した話では駄目なんだ。誰かが危機感を持たないといけない」
「待ってくれ! それだと、俺達の仲間が犠牲になれと言うのか? 」
ギルが叫んだ。
ギルはチの国とは戦ったことのある国の出身の元軍人だった。
「すまない」
シルドは悲しい顔で答えた。
どのくらい時間が経ったろうか。
無言でグインはシルドを見ていた。
シルドはまた「死人」だった時のように悲しいけれども暗く重い顔のまま黙っていた。
「考え直せないのか? 」
グインは再度シルドに聞いた。
「すまない」
「死人」だった時の顔でシルドはまた答えた。
ギルが横で強く吐き捨てるような舌打ちをした。
「残念だ! 本当に残念だ! 俺はあんたの話には乗れない! 」
グインはそう言うとギルとともに飛び出した。
シルドは無言でただ立っていた。
かってのように「死人」として。
「どうします? 」
ギルがグインに聞いた。
「最初の計画通りだ。皆に知らせてすぐに逃げさせろ。俺は伝手のある軍と関係のある政治家に話す」
「わかりました。シルドさんは……」
「仕方ない。俺はあいつについていけなくなった」
グインが凄く凄く悲しい顔をした。
そうして、悲劇が始まった。
木の箱が見られたのが分かったチの国の兵士達は一斉に武器を取って戦いを始めた。
さらにチの国の空軍の戦闘機と爆撃機と揚陸艦の援軍も来た。
彼らはワの国の一部を支配して、侵略の拠点にするつもりだった。
だが、それはかなり早い段階でワの国の軍が動いた。
グインが軍に伝手のある政治家に連絡すると、彼はそれを知っていた。
それも緻密なくらい作戦が漏れていた。
銃器の場所も含めてだ。
そして、ギルもまた自分が連絡するより早く仲間が逃げている事を知った。
まるで誰かが最初から計画したような動きだった。
「シルドか」
グインが血を吐くように言葉を漏らした。
グインはシルドが脅されていたのではと考えた。
そして、真っ青になってシルドの元へ向かった。
ギルもついてシルドの元へ走った。
グインが着くと村はすでに軍の空爆でボロボロになっていた。
だが、食堂として使っていた古い屋敷は爆風で傾いていたもののまだ残っていた。
「シルド! 」
グインが中に声をかけた。
「来てくれたのか? 」
「馬鹿な事を……馬鹿な事をしたな……」
「いや、これで良いんだ。安易に外国人を入れる事は国民がしなくなるし、さらに、俺はこの国にトドメを差した」
「ど、どういうことだ? 」
「言っただろ。皆が食べれなくなったら、この国の支配層は変わると……。だから、これでこの国の重要な農地は灰になったしな」
「そんな馬鹿な事などする意味がなかろう」
「いや、もう一つの作戦があったんだ。俺は彼らの工作員の手を使って、塩の固形物を大量に各地の水源にぶち込んだ」
「な、何のために……」
グインが唖然として呟いた。
「これで各地の水源から地下水に向かって、大量の塩が巻かれる。少なくとも塩害のせいで数年はまともにこの国では作物は出来まい。これをする為に彼らの手が必要だったんだ」
「ば、馬鹿な事を! 」
「これで水も食料も激減する! 疲弊した国民は支配層に立ち上がるだろう! この国は変わるんだ! 」
シルドが嬉しそうに微笑んだ。
「ふざけやがって! 」
誰かが叫んだ。
そして銃の音がした。
何発も。
シルドが踊るように銃弾を受けた。
それを撃った者に向かってギルが木箱から奪っていた拳銃を撃った。
誰かが悲鳴を上げて死んだ。
グインが覗くとそれはチの国の兵士だった。
どうやら、グインをつけていたようだ。
「シルド! 」
グインがシルドを抱き上げたが、もう息がなかった。
ただ、笑っていた。
笑って死んでいた。
それはグインが始めて見るシルドの人間としての顔だった。
シルドがやった事で、ワの国の水も食料生産も甚大な被害を受けた。
その国民の怒りは全て支配層に向かった。
ワの国の支配層は新しい支配層に一掃された。
かって、貧しい武士達が自分の仕える大名の力を利用して自分達が支配者になったように。
シルドは自分の祖国の支配層を変えたのだ。
祖国を滅ぼすのではなく生まれ変わらせる為に。
拙い練習作品を読んでいただいてありがとうございます。
ワの国など全て現実とは関係ない国でフィクションでございます。
信じてくだされ。