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王立歌劇場へ

 演奏会に参加した数日後、仕事帰りだというラファエルがまた立ち寄ってくれた。


「今度歌劇(オペラ)を観に行かないか」

「まぁ、オペラを?」


 答える声に喜びが混じってしまう。


「ああ。きちんとしたの、まだ観たことないんだろう?」

「ええ、そうなの。ちょうどお母さまたちと行こうかどうか話していたところなの」

「じゃあ俺も一緒に行こう」


 憧れのオペラを観に行ける。しかもラファエルから誘ってもらったことにイリスは嬉しさを隠しきれなかった。


「楽しみだわ、ラファエル」


 お礼を述べるイリスに彼は照れくさそうに頬をかいたのだった。

 さっそくイリスはこのことを母に伝えた。


「あら。ラファエルから誘ってもらったの」

「そうなの。だから彼も一緒に行っていい?」

「それは別に構わないけれど……どうせなら二人で行ってらっしゃいよ」

「えっ。いいの?」

「ええ、構わないわよ。ラファエルなら安心ですもの」

「……」


 両親から信頼されていることに喜ぶべきなのだろうが、実の娘からすると、少々複雑な気持ちにもなるイリスであった。


「それにしてもラファエルが誘うなんて意外だわ」

「どうして?」

「あら、だって歌劇場(あそこ)は舞踏会と同じくらい、男女の出会いの場でもあるのよ」

「ええ?」


 また冗談を……と顔をしかめるイリスに、「あら本当よ」とマリエットは赤い唇を吊り上げた。


「ボックス席に座っている男女をね、お互い気づかれないようにこっそり見るのよ。あの人は綺麗な人だ、どこの家の令嬢だろうって」

「そんな……せっかく劇場に足を運んだんだから芝居を楽しむべきよ」

「ふふ。そうね。でもねそうやって始まる恋というものもあるのよ。だから人の視線には気をつけなさいね。まぁ、あなたには素敵な騎士様がついているでしょうから、大丈夫でしょうけどね」


 当日。正装したラファエルが迎えに来た。イリスも彼にもらったイヤリングをつけて馬車に乗り込んだ。


「楽しみだわ」

「ああ、俺も」


 久しぶりだ、と言われイリスは目を瞬いた。


「ラファエルはあまり観ないの?」

「殿下の護衛でたまに付き添うことはあるが……それ以外はないな」

「お休みの日はいつも何していたの?」

「用事がなければたいてい部屋で寝ている」

「ずっと?」

「ああ。昼寝なんかしていたらあっという間に夕方になってたりする」


 意外だ、と少し思った。


(でも殿下をお守りするためにずっと気を張っていたら疲れるのも当たり前かもしれないわね……)


「今日は休んでいなくてよかったの?」

「せっかくの休みだぞ。婚約者と出かけないともったいないだろ」


 何を当たり前のことを、という顔をしてラファエルは言った。


「イリスは俺に会いたくなかったのか?」


 直球で聞かれ、イリスは面食らう。


「も、もちろん会いたかったわ。でも、ラファエルが疲れているんじゃないかって……」

「イリスと会ったら一週間の疲れも吹き飛ぶ」


 真顔で言われた。


(ラファエルってこんな人だったかしら……)


 イリスはなんだか調子が狂いそうになってしまい、話を変えるために口を開いた。


「でも意外だったわ。ラファエルが観劇に誘ってくれるなんて」

「買い物や公園の散歩でもいいかと思ったが……この前まだ観たことないって話していたから」

「王宮で殿下と話した時のこと?」

「そう。だからちょうどいいかなって。俺も……」

「ラファエルも観たかったの?」


 いや、と彼はそこで少し言い淀む。


「俺も、おまえや殿下が言っていたことを理解したいと思って」

「わたしと殿下が言っていたこと?」


 何か言っていたかしら、とイリスは首を傾げる。


「ほら。王女殿下が俺に対する行動を、劇や小説の人物に例えて説明していたじゃないか」

「ああ。それね」


 ベルティーユがラファエルを「氷の騎士」と呼んで一挙一動を素敵と褒め称える心情。それをサミュエルがイリスとラファエルにも説明したのだが、彼はいまいち理解できていない様子だった。


「でも別にそこまで真剣にわかろうとしなくてもいい気がするけれど……」

「いや、知っていることで何か役立つかもしれないし、危険を回避できるかもしれん」


(役に立つ、かな……?)


 イリスはそう思ったけれど、ラファエルが真面目に学ぼうとしているのだ。何も言わず、黙って応援することにした。


 王立歌劇場は古代の建築様式を取り入れて建設されている。周囲の建物とは明らかに異彩を放っており、イリスは外見だけで圧倒された。


(今は昼間だから大丈夫だけれど、夜に来たらちょっと怖いかも……)


 幼い頃に泣いてしまった自分の気持ちがわかる気がした。


 中に入るとまず巨大な階段が左右に別れており、天井は見上げるほど高い。床も壁も目に入るところすべてピカピカと輝いており、歴代の王や神話の人物を模したと思われる彫像が見物人を逆に眺めるようにあちらこちらに飾られていた。


「まるでもう一つの王宮みたいね」

「ああ。国中……世界中の有名な芸術家に頼んで造らせただけある」


 それにしても本当に華やかな場所である。王宮での舞踏会を思い出し、イリスはどきどきしてしまう。みな盛装しているからだろうか。


「仮面舞踏会もあったりするからな」

「まぁ、仮面をつけて踊るの?」


 楽しそう、とイリスが目を輝かすと、ラファエルは顔をしかめた。


「俺はあまり好きじゃない」

「どうして?」

「風紀が乱れるからだ。相手がわからないのをいいことに……いや、何でもない」

「ええ? 教えてよ」

「イリスは知らなくていいことだ」


 いいからいくぞ、とラファエルはイリスを促した。

 彼女は不満だったけれど、すぐに劇を観ることに意識を向けた。


「そういえば今日はどんなお芝居なの?」

「俺も観たことないから詳しくは知らないが……有名な劇作家の台本で、演じる人間もみな人気らしい」

「へぇ……だからこんなに人が多いのかしら」


 また誰か知り合いに会いそうだ、ときょろきょろ見渡していると、「あ」という声が耳に届いた。振り返ると、イリスは「まぁ」と頬を緩ませた。


「アナベルさん」


 アナベルはイリスの方へ近寄ってくると「久しぶりね」と挨拶した。


「アナベルさんもオペラを観に?」

「ええ。お母様たちと一緒に来たの」


 今は休憩室でお茶しているそうだ。


「アナベル嬢。以前は失礼した」


 ラファエルが声をかけると、アナベルはすぐに人好きのする顔を浮かべた。


「いいえ、構いませんわ。その調子ですと、無事上手くいったようで何よりですわ」


 イリスとラファエルは互いに顔を見合わせ、またサッと顔を逸らした。


「ふふ。ではお邪魔虫のわたくしは早く退散した方がよろしいかしら」

「そ、そんなことないわ。ね、ラファエル!」

「ああ。開演までまだ少し時間もあるから、俺たちも休憩室で待っているか」

「ええ、そうしましょう」


 アナベルの両親にもぜひ挨拶したいと述べると、彼女は「別に構いませんよ」と生暖かい目をして答えたのだった。



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