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生きる活力


「それは嫉妬というものか、イリス嬢?」


 なぜか嬉しそうに目を光らせる王子。

 サミュエルの指摘に隣に居たラファエルがぎょっとする。


「いえ、そういうのではなく、純粋に不思議でして……」


 冷たいのにそこがいいとか、かっこいいとか、熱烈に盛り上がっている姿をイリスはどう受け止めていいのかわからなかった。


「ラファエルはわかる?」

「いや、俺に聞かれても困る。むしろ俺が一番聞きたい……」


 それもそうか。ならやはり兄であるサミュエルに聞くしかない。


「ふむ。私も本人ではないので明確な答えは出せないが、おそらく我が妹にとってラファエルは生きる活力なのだろう」

「生きる活力……」


 たしかに舞踏会でラファエルを褒めちぎる姿は生き生きとしており、輝いていた。


「なんですかそれは……」


 逆にラファエルの生気は吸い取られていくようであったが。


「ほら。劇場なんかで演じている俳優や女優を見てうっとりとすることがあるだろう?」

「ごめんなさい。わたし、あまりお芝居を観る機会がなくて……」

「む。そうか。なら今度ラファエルに連れていってもらうといい」


 そうだな他に……とサミュエルはイリスが理解できそうな例えを考える。


「イリス嬢。きみは小説を読んだりするか?」

「ええ。学生時代に友人たちとよく読みましたわ」

「素敵な経験だ。私も冒険譚を読んだりした。登場人物がみな魅力的でな、勇猛果敢な主人公はもちろん、敵となる海賊の頭もかっこいいんだ。安全など考えず、ただ自分の信じる道を突き進む姿がこう、グッと胸にきてな……」

「殿下。話が逸れています」


 おっと失礼、とサミュエルが微笑んだ。


「とにかくそういった魅力的な人物を知ると、こう、胸がわくわくするというか、辛い業務があっても、頑張ろうと思えるというか、生きるためのエネルギーになるんだ」

「生きるエネルギー……」


 イリスは自分がはまった小説を思い返してみる。王女様のために右に左に奔走する騎士。読み終わった後もしばらく、その人物のことばかり考えてしまった。架空の話で、実際には存在しないキャラクターだというのに。


「王女殿下にとって、それがラファエルということですか?」

「おそらくな。妹は芝居や小説の類は教育に悪いからと面白味のない教本ばかり読ませられていた。だから自ずと現実の方へと対象が向かったのだろう……」


 たしかにラファエルは物語の登場人物にも負けない強烈な個性を持っている。


(それにすごくかっこいいもんね)


 とイリスは幼馴染の顔を見て思った。


「イリス。今のでわかったのか?」

「えっと、全部じゃないけど、なんとなく……?」


 もしあの本の中の騎士が実在していたら……その時はたしかに実際に会ってみたいような、王女と結ばれた姿をこっそり眺めてみたい気もした。


「うん。王女殿下のこと、少しはわかったかも」

「おまえ、すごいな……」

「なんだ、ラファエル。おまえにはないのか、そういう経験」


 ありませんよ、とラファエルはきっぱり答えた。


「舞台俳優であろうと物語の中の人物であろうと、しょせん架空の話で、実在する人間の話ではありませんから」

「おまえは夢がないなぁ……なら生身の人間ならどうだ。憧れている騎士とかいないのか?」

「先輩方はみな尊敬していますが、王女殿下のような振る舞いをしようとは思いません。相手の方に迷惑ですし、何より気味が悪いでしょう」


 つまりラファエルが王女の言動に対してそう思っているわけだが、妹思いのサミュエルはあえて何も言わずに「そうか」と微笑んでこの話を終いにした。


「さて、話に戻るが、ラファエルが誤解されていると言っても……ラファエルが近づくなと言ったり、害がないか調べたり、手紙を処分したことは事実だからな。おまけに私の騎士の顔はとても良い。自分や他者に対しても厳しい一面を持ち合わせている。女性に言い寄られて、酷な断り方をしたとしても不思議ではないのだろう」

「えっと……つまり今までのことをまとめると、殿下に言い寄ってきた女性を追い払っているうちに、逆恨みとかもあって、ラファエル本人が女性に対して冷たく振る舞っている、っていうことにいつの間にかなっていた?」


 そしてベルティーユの活動(?)の効果もあって「氷の騎士」というラファエルの名は予想以上に広まる結果となった。良くも悪くも。いや、やはり悪い方にだろうか。


「そういうことだ」

「今日ラファエルが貴女を私のもとへ連れて来たのは、ここまでの話をするためだ」


 ラファエルを見れば、「わかってくれたか?」という不安な目をしていた。事情はわかった。けれど……


「そこまで勘違いされていて、噂を訂正したりはしないの?」


 ベルティーユもラファエルが血も涙もない冷たい男だと信じ切っているようだった。


 氷の騎士、という最初に誰がつけたかわからない名も恐らくラファエルの態度や振る舞いを揶揄するものからきている。


 ラファエルはもっと怒るべきではないだろうか。


「私も一度ラファエルにそう申し出たが、必要ないと断られた」

「しょせん噂は噂ですし、逆に私の存在を恐れて殿下に近づかなくなるなら、それでいいと思っております」

「ラファエル……」


 周囲からの何と言われようが気にせず、サミュエルの安全を第一に考えようとするラファエルにイリスは深く胸を打たれた。


「ラファエル。おまえは本当に騎士の鑑だな」

「ありがとうございます。ですがそれは私だけではありません。殿下に仕える者たちはみな、貴方が危険に晒されることなく平穏な毎日を過ごして欲しいと願っております」

「おお。ラファエル……!」

「ですがもう少し、後先考えて行動して下さると大変助かります」

「おまえの言いたいことは言うという態度も、私は高く評価しているぞ」

「ありがとうございます」


 にこりともしない顔で礼を述べるラファエルをサミュエルは「可愛くないやつ」と屈託なく笑った。これが二人のいつものやり取りなのだろう。イリスもなんだか温かい気持ちになって微笑んでいた。



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