仲直り
とりあえず座りなさい、と言われてイリスたちは長椅子に揃って腰かけた。イリスはひどく落ち着かぬ心地だったが、同じくらいラファエルもサミュエルに早く話して欲しい雰囲気を出していた。
「イリス」
てっきりサミュエルから何か話があるのだろうと思っていたが、口を開いたのはラファエルであった。彼はイリスの方に向き直り、これ以上ないくらい真剣な表情で見つめてくる。
「ラファエル?」
彼の様子にイリスも緊張してしまう。彼はなぜ自分を王宮まで連れて来たのだろう。
「聞いて欲しいことがあるんだ」
(……もしかしてわたしとの婚約をなかったことにしたい、とか?)
それで代わりの婚約者を王子に紹介してもらおうと……
「いやっ、聞きたくない!」
イリスが首を振って否定すれば、ラファエルは驚き、「落ち着け」と肩に触れた。そのまま「いいか、今日呼んだのはな」と残酷な事実を伝えようとするので、イリスはもう一度いやだと言った。
「わたし、絶対ラファエルと別れないから!」
ラファエルは目を見開いて驚いたが、すぐに「当たり前だ!」と怒鳴るように返した。
「俺だってイリスと別れる気はない!」
彼は痛いほどイリスの手を握りしめ、射貫くような鋭い目で見つめてきた。あまりの迫力にイリスは目が逸らせず、息をするのを忘れた。
「俺はおまえと何があっても絶対に結婚する。何があってもだ!」
「ラファエル……」
「イリスの両親が結婚に乗り気じゃないのはわかっている。それでおまえが不安に思っていることも……」
ラファエルは辛そうに顔を歪めた。彼もまた、反対されていることで悩み、苦しんでいるのだとイリスは気づいた。決して自分だけではなかったのだ。
(それなのにわたしったら……)
「……ラファエル。ごめんなさい。わたし、ぜんぶ自分一人で悩んでいたわ」
「いや、いいんだ。こういう時は女性の方が不安になるから……イリスが誰かに悩みを相談するのも……愚痴を零したくなるのも、仕方がない」
茶会の時のことだとイリスはぴんときて、慌てて「違うの!」と弁解した。
「あの時わたし、ラファエルがわたしより殿下の方を信じるような発言をしたから……それでなんだか腹が立ってしまって、ラファエルに対して不安や不満なんかこれっぽっちもないの!」
「だが……おまえが何かに悩んでいたのは事実だろう?」
それは……とイリスは言い淀んだ。
しかしここまできて誤魔化すことはもうできないと、正直に打ち明ける。
「悩んでいたのはお母さまたちのことだったの。どうしたらラファエルのこと認めてくれるだろうって……でもそれはわたしの両親の問題、自分だけの問題だと思ったの。ラファエルに頼らず、自分の力だけで解決したかったの」
だって、とイリスはラファエルの手をぎゅっと握り返した。
「あなたはわたしの好きな人だもの。ずっとわたしを見守ってきてくれた、大切な人だもの。そんな人がどうしてわたしの婚約者に相応しくないというの? どうして結婚を認めてくれないの? わたし、それをラファエルに知られてしまうのが、とても嫌だったの」
「イリス……」
「お母さまたちのことを話せば、あなたを傷つけると思った。だから、悩んでいる内容を言えなかったの……」
イリスの告白を聞いて、ラファエルは視線を落とした。
「そう、だったんだな」
「うん」
「イリスが俺のことを思って言わなかったのはわかった。けど俺はそれでも……おまえに言って欲しかったよ」
「辛いことでも?」
「ああ。他人に相談するくらいなら、俺にぶつけて欲しかった」
ラファエルがまたイリスの目を見て、苦い顔をして笑う。
「だって俺たちの問題だろう? イリスだけで悩むなよ」
「ラファエル……」
切なそうな彼の顔にイリスはぎゅっと胸が締めつけられた。そんな顔を彼にさせたいわけではなかった。
「うん。わたしも、今は後悔している」
ラファエルのため、と思っていた行為が、かえって彼の誤解を招き、すれ違いを生んでしまった。
「ごめんね、ラファエル」
「いや、俺も……イリスにいろいろ、誤解を与えてしまったから」
「誤解?」
何のことだと首を傾げるイリスを、ラファエルは「だから……」と口ごもる。
「俺が大勢の女性に言い寄られて、酷い振り方をしている話だ……」
「あ」
そう言えば、それで自分はラファエルのことを酷いと責めたのだった。
「……忘れていたのか?」
「そ、そんなことないわ! すごく酷いって思って……」
でも、と今は思う。
「本当にそんなこと、したの?」
ラファエルはたしかに真面目で、それゆえ厳しい一面もあるけれど、だからといって他者を傷つける言動まではしない。きちんと弁えているはずだ。
(やっぱり信じられないわ……)
「ラファエル。誤解って?」
「そのことについて説明するために今日ここへイリスを連れてきたんだ」
「王宮に?」
「というより、サミュエル殿下に会ってもらおうと思って……」
とそこで二人はようやく一人の人間を放ったらかして会話していたことに気づいた。揃って彼の方を見れば、組んだ手の甲に顎をのせてこちらを見ていた。微笑も浮かべて。
「お。ようやく私に気づいてくれたか」