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氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。  作者: 真白燈


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歓迎される王太子殿下

(ラファエル。別の人みたい……)


 「氷の騎士」とはいささか誇張した表現だと思っていたが、今のラファエルを見えると言い得て妙だと思った。彼はイリスがいることに気づいているはずだろうが、こちらにちらりとも視線を向けない。無駄な表情は一切浮かべず、ただ王太子の護衛として徹している。


(ベルティーユ様たちがおっしゃったこと、本当なのかしら……)


 ラファエル本人に直接問いただしたいが、どう考えても今は許される場ではない。イリスが悶々としている間、サミュエルはテーブルについている令嬢たちに挨拶する。


「急に来てしまって悪いな。途中からだが、私も参加して構わないだろうか」

「もちろんですわ!」


 令嬢たちは歓迎の言葉を口にするやいなや、席を立ちあがり、「どうぞこちらへお座りになって」とサミュエルを囲んで、腕や手を引っ張っている。イリスとアナベルはそんな彼女たちの積極性に驚いた。


 あんなふうに異性に自分から触れていいのだ、と。


「ありがとう」


 椅子へと着席させられた彼は、ティーカップに茶を注がれ、これが美味しいだの、こちらもお口にあいますわよ、と令嬢たちに勧められている。彼女たちはまるでメイドのようにサミュエルの世話を甲斐甲斐しく焼き、彼もそれに慣れた様子であった。


「まさかサミュエル様にもお会いできるなんて」

「わたくしたち、今日はついていますわね」

「ええ。本当に」

「みな大げさだな。しかし……私も貴女方のような可憐なご令嬢とこうしてお茶をすることができて、まさに至福の時間を過ごしている」


 ありがとう、と爽やかな笑みでお礼を述べるサミュエルに、ほぅ……と彼女たちは恍惚の表情を浮かべた。


(さすが王子様……)


「ん? どうした。二人ともぼうっとして」

 呆けているイリスとアナベルに気づいたサミュエルが声をかけてくる。

「せっかく美味しい菓子があるのだから遠慮しないで食べなさい」

 そう言われても……とイリスは思う。


「お兄様の態度に二人とも呆れているのよ」

「そうなのか? だがこんなに美しい女性たちが一緒にいるんだ。ついはしゃいでしまうのも無理はないと思わないか?」


 なぁ、と彼は隣の令嬢に微笑む。まぁ、というように笑みを向けられた令嬢は目を丸くして、やがてにっこりと笑い返した。……慣れている。


「そちらの女性はドラージュ男爵の娘さんだろう」

「は、はい。アナベルと申します。王家の皆様には、父がいつもお世話になっております」

「そんなことないさ。どちらかというと、こちらが世話になっているんじゃないかな。母上もベルティーユも」


 アナベルの父親、ドラージュ男爵は隣国や遠く離れた国々の珍しい品物――陶磁器や絹の織物、扇子、絵画などを王宮の貴婦人相手に紹介しては、いい値で買い取ってもらっている商売人であった。


「そうよ。貴女のお父様が持ってきてくれるもの、どれも見たことがないもので、お母様もわたくしも、毎回楽しみにしているの」

「ありがとうございます。今後ともご贔屓のほどよろしくお願い致します」


 アナベルは気持ちのこもった口調でそう述べると、他の令嬢たちにも目を向けた。


「皆さまにも、ぜひとも紹介したい品がありますの」

「まぁ、何かしら」

「気になるわ」

「もしよろしければ次の機会にお持ちいたしますわ」


 まぁでしたら……とさっそく会う予定を作っており、イリスは感心した。


(すごい。アナベルさん。さすが商売人の娘だわ……)


 自分にはとてもできない、と感心して眺めていると、ふとサミュエルの視線とかち合った。びっくりしたイリスは思わず目を逸らしてしまい、けれどすぐに失礼だったと思い、また彼へと視線を戻すと、サミュエルはその一連の流れをじっと見つめていた。実に面白そうに。


「イリス嬢はずいぶんと臆病な性格をしているようだ」

「も、申し訳ありません……!」


 不快な思いをさせてしまった、と真っ青になり、慌てて謝った。


「いやいや、別にそんな大げさに謝ることではないさ。ただラファエルと話す時は、もう少し砕けた感じだったからな。私の時と何が違うのだろうと思ってしまった」


 そりゃ小さい頃から知っているラファエルと昨日今日初めて会ったばかりの人間と――しかも一国の王子相手に同じ態度をとれるわけない。


「私にも、ラファエルのような態度で接してくれていいんだぞ?」

「そんなことできません」

「そう言わずに」


 無茶を言うなと怯えるイリスに気にせず、サミュエルはぐいぐい迫る。


(なんでこの人ろくに話したこともない相手にこんな積極的なの? 王家の人間はみんなこうなの? それともこの人が特別変なの?)


 この押しの強さは誰かに……そう。舞踏会でラファエルにあれこれ言っていたベルティーユにそっくりだと思った。二人はやっぱりご兄妹なんだな……と実感している間もサミュエルは笑顔でイリスの反応を待っている。


(どうしよう。こういう時、なんて返せばいいのかしら……)


 思わず遠くに控えているラファエルへ助けを求めようとすれば、ぱっと身体を揺らして彼の姿を遮られてしまった。サミュエルに。


「今ラファエルは私の護衛中だから、助けを求めても無駄だぞ。主人の命が第一だからな」

「そ、そんな……」


 ではどうすれば……と一気に青ざめるイリスに、サミュエルは堪えきれない様子で吹き出した。イリスは呆気にとられる。


「ははっ、いや、すまない。きみがまるで小動物のように怯えるものだから、つい調子に乗って揶揄ってしまった」


(ひ、ひどい……)


 イリスは今までこんなふうに意地悪されたことがなかった。だからなぜこんなことをするのかちっとも理由がわからず、それだけ自分のことが嫌いなのだろうかと思ってしまう。


(優しい人だと思っていたけれど、やっぱり違うみたい……)


「お兄様。イリスさんを揶揄って遊ぶのはあまり良いご趣味だとは思えませんわ」


 見かねたベルティーユが間に入って、兄を嗜める。イリスには彼女がまるで救世主に見えた。


「すまない。しかし彼女はラファエルの婚約者だろう? 気になるのは仕方がない。それにこんなにも可愛らしい女性なんだ。無視しろというのが難しいというものではないか、我が妹よ」


 な? と微笑まれても、イリスはちっとも嬉しくなかった。王子の述べる「可愛らしい」は誰に対しても使われる、軽薄な褒め言葉に思えたのだ。歯の浮くような言葉も、この人は日頃から言い慣れている。


「おや。警戒されてしまったかな」

「もうお兄様。そういうのはラファエルのみの特権なのよ?」


 ね、とベルティーユがイリスに微笑む。結局そこに繋がるのか、と思っていると、ベルティーユは好奇心を抑えきれない様子でたずねてくる。


「ね、イリスさん。貴女、ラファエルとは幼馴染なのよね?」

「えっと、はい。領地が隣同士で、親同士も知り合いでしたから……」


 言いながら、数日前の母の言葉を思い出した。


『もともと向こうは我が家より一段劣る家柄ですもの』


 今までイリスはラファエルの家と自分の家は仲が良いと思っていた。だからこそラファエルが婚約者になったのだと。


(でもお母さまたちにとっては、とりあえず結んでおく、という認識だったのね……)


 大人になってから結婚相手を探すのは難しい場合もある。けれど幼い時にすでに婚約者を作っておけば、焦る必要もない。もしラファエルより条件の良い相手が見つかれば、ラファエルとの婚約は破棄すればいい。イリスの両親はそう考えて、デュラン伯爵の申し出を受け入れることにしたのだ。


(失礼な話だわ……)


 しかしイリスの家柄はそれが許される。慰謝料を払えば、丸く収まると思っているのだ。


「イリスさん? ……イリスさん!」


 耳元で名前を呼ばれイリスはハッとする。自身の左側にベルティーユが心配した顔をしてこちらを見ていた。


「急に黙り込んでしまったから、驚きましたわ」

「何か悪いことでも聞いてしまったか?」


 右側からサミュエルも声をかける。……というかいつの間にか二人ともイリスを挟むようにして座っている。一体いつ席を移動したというのだ。


「みなアナベル嬢の商品説明に夢中になってしまったからな。席を変わってあげたのさ」


 見れば確かにアナベルと女性陣でひどく盛り上がっている。あんなに熱く語っているアナベルの姿は学生時代にも見たことがない。


「それよりどこか気分が悪くなったわけではないよな?」

「そうですわ。大丈夫ですの?」

「あ、大丈夫です。少し昔のことを思い出していて……ごめんなさい、突然黙ってしまって」

「ならいいんだが……急に思いつめた表情をして黙り込むから、心配してしまったぞ」


 サミュエルの言葉に、イリスはちょっと驚く。


「あ、今私が心配したことに驚いただろう?」

「えっと……はい」


 正直に応えれば、心外だと言うようにサミュエルはムッとした顔をする。


「私はそこまで薄情な男ではないぞ。女性が弱っているならば、優しく介抱してあげるのが紳士の嗜みというものだ」

「……先ほどの殿下の態度では、あまりそうは思えませんもの」

「そうか? それは失礼した。きみの反応があまりにもおもしろ……いや、可愛らしくてな。つい揶揄ってしまった」


(今面白いって言おうとした!)


「もう。お兄様。ですからそれはラファエルのみの特権なんですってば!」

「そうかそうか。って、また同じ話になっているな」


 それで、とサミュエルは話を元に戻した。


「ラファエルとは領地が隣同士、だったか?」

「はい。社交シーズンになると、両親が王都へ行ってしまいますので、その間わたしはラファエルの家に預けられることが多かったんです」

「ふーん。私にはよくわからないが、それはけっこう珍しいことなのではないか?」

「そう言われると、そうかもしれませんわ」


 おそらくだがイリスが兄妹もおらず、広い屋敷に一人取り残されるのを両親なりに可哀想だと思ってラファエルの家に預けたのだろう。彼もまた一人っ子だったから。


「従兄弟はいましたけれど、それよりはラファエルと遊ばせた方が退屈しないと思ったんじゃないでしょうか」


 実際イリスは年下の従兄弟が苦手であった。自分の方が年は上であるのに、完全にイリスのことを下に見て接してくるのだ。彼の家へ預けられるくらいなら自分を王都へ連れて行ってと幼いイリスが両親に泣きついたのも、きっと理由の一つだろう。


「貴女もシェファール家も、ラファエルのことをたいそう信頼しているんだな」


 それは間違いないとイリスは頷いた。


(お母さまたちもきっとそれは変わらないはず……)

 なのにどうして、とイリスはそっとため息を零した。


「結婚って、難しいものですね……」


 しみじみとした口調で言ったあと、イリスは王族相手に何を言っているのだと恥ずかしくなった。けれどベルティーユもサミュエルも笑うことなく、真面目な顔して相槌を打った。


「わたくしもまだこれといった相手は決まっていませんけれど、きっとお父様やお母様の意見なくては、決まることはないでしょう」


 そう口にしたベルティーユの顔は年上であるイリスよりもずっと大人びている。


(やっぱり王女殿下ともなると他国の王族との結婚とかなのかな……)


 幸福なことに今は戦争もなく、平和な関係を周辺諸国とも築けている。けれどそれがずっと続くとは限らない。またそうじゃなくても王族同士の結婚を望む場合もある。歳が近ければいいがうんと離れている可能性もある。


 いずれにせよベルティーユはどんな相手でも嫁ぐという覚悟を持っているように見えた。


「そうだな。ついでにそこに私の意見が加わることも覚えておいておくれ」


 兄の言葉にベルティーユは少し不満そうである。


「まぁ、お兄様までわたくしの結婚に口を出すというの?」

「それはもちろん。おまえは私のたった一人の可愛い妹だ。そのへんの男に任せるわけにはいかない」

「あら。従姉妹のジョゼフィーヌのこともそう言って可愛がっていらしたのではなくて?」

「彼女だって広い意味では可愛い妹の一人だ。同じ王族として、守ってやらねばならない。だが父上と母上の血を引いた娘はおまえだけであり、私の妹なのは正真正銘この国でただ一人、おまえだけだよ。誰よりも心配してしまうし、幸せになって欲しいと願ってしまうのは当然なのさ」

「……ほんと、お兄さまったら口が上手いんだから」


 ベルティーユは恥ずかしいのかふいと顔を逸らした。


「では、わたくしもお兄さまが結婚なさる時はよく見極めてあげますわ」


 それは遠慮しておく、とサミュエルは笑顔で妹の申し出を断った。


「まぁ、どうして!」

「お相手の女性はそういうのを嫌うだろうし、何よりこの私が選んだのだ。素晴らしいに決まっている」

「……お兄さまのその自信は一体どこから湧いて出てくるのかしらね」


 ともかく、とサミュエルは口を挟むタイミングがわからず黙っていたイリスの方へ目をやると、悪戯っぽく片目をつむってみせた。


「イリス嬢のご両親も、きみのことを、きみが思うよりずっとよく考えている。ということを頭の片隅にでも置いておくといい。そうすれば、衝突してしまった時にいささか冷静になれるはずだ」


 まるでイリスと母マリエットの言い合いを知っているような言いぶりである。


「相手の考えていることを知れば、また違った攻め方ができる。一人の人間で無理ならば、他の相手からも意見を聞いてみる。そうすれば、通ることのできないと諦めかけていた断崖絶壁の道も、一歩踏み出してみようという勇気が湧いてくるんじゃないか?」


 私はそう思っている、とサミュエルは優しくイリスに言ってくれた。


(この人からこんな冷静な言葉をもらえるなんて……)


「お。少しは私のこと、見直してくれたかな?」


 はい、とつい正直に答えてしまい、イリスはしまったと思った。けれどサミュエルは「それならよかった」と快活に笑うのだった。



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