約束
「いつまで泣いているんだ」
少年が少女に呆れた声で言う。
「だ、だって、ラファエルにもう会えないんだもん……」
拭っても次から次へと溢れ出てくる涙で顔や手を濡らす少女に少年は「違う」ときっぱり否定した。いっそ拒絶とも言える冷たい声色であったが、彼の目には何かを訴えるような強い決意が宿っていた。
「会えなくなるのはたった数年の間だ」
たった数年だと言うけれど、六年間である。イリスには永遠よりも長い期間に思えた。
「うっ、わ、わたし、ラファエルがいないところでやっていく自信ないよぉ……」
離れたくない。ずっと彼と一緒にいたい。
少女の我儘を、けれど少年は「だめだ」と無情にも突き放した。ひどい、と少女はますます涙が止まらない。
「イリス。泣くな」
涙を拭う手を止めさせ、少年は硬く手を握りしめる。
「俺とおまえは必ず会える。これは絶対で、決定事項だ」
「ぜったい……」
「そうだ。その間、おまえも俺も強くならなくちゃならない」
「むりだよ……」
即答で弱音を吐く少女に少年は眦を吊り上げた。
「すぐ諦めるな。俺とずっと一緒にいたくないのか?」
「それは、いたいけど……」
「だったら俺がいなくても頑張って生活するんだ。俺もイリスに会えない間、たくさん努力する。それで、再会した時誰にも反対されず結婚しよう」
今日の彼はいつになく熱心に話す。結婚、という言葉をはっきり口にされたのも初めてではないだろうか。そして少女は気づいた。少年の握る手がわずかに震えていること。いつもは太々しい顔立ちが今は強張って、強く歯を食いしばっていることに。
彼もまた、自分との別れに泣くまいと必死で耐えている。
「……うん。わかった。ラファエル、わたし、頑張る」
「イリス……」
「頑張るから……だから、手紙、たくさんかいて」
少女のお願いに、少年の目が一瞬潤んだ気がした。けれど彼は強く瞬いて「当たり前だ」と言った。
「おまえが呆れるほど、何枚でも書いてやる。だからおまえも忘れないで、きちんと書くんだぞ」
「うん」
約束だと、二人は頷き合った。遠く離れた場所で手紙を送る約束。知らない土地で頑張る約束。六年後必ず帰って来る約束。教会で結婚する約束。大きな屋敷で暮らす約束。いつまでも一緒にいる約束。
たくさんの約束を胸に、少年と少女はその日別れを告げたのだった。