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聖夜の奇跡に舞ったモノ

作者: モコ

プロローグ

12月24日。クリスマスイヴの朝、ここ数日冷え込んでいたにも関わらず朝から清々しいほどの快晴だ。

天気とは裏腹に僕の心はどんよりと曇っていた。


今日クリスマスイヴは僕の誕生日。小学四年生くらいから毎年、おめでとうも言われず何事もなく終わるのが定番だ。

なんて寂しいクリスマスイヴであり誕生日なのだろう。

高校生になって初めての誕生日というのに僕の隣には誰もいない。クラスメイト達にとっても今日は単なるクリスマスイヴ。僕の誕生日など知る者はいなかった。



1、快晴のクリスマスイヴ

朝、教室に入っても僕は空気と同然。あるにも関わらずそこにあるということを視認されない。いつもと同じ誰からも「おはよう」すら言われない。そしてまた明日、ちょうどクリスマスから始まる冬休みを誰にも祝われることなく迎えるのだろう。そう思っていた。


そんな今日、事件は起きた。

朝のホームルームが終わり、僕はあと10分後から始まる終業式の会場となる寒い体育館へ重い足どりで向かっていた。

僕には終業式をサボる勇気すらなかったため、仕方なく体育館に並べられた冷たいパイプ椅子に腰を掛けた。

毎年、終業式がクリスマスあたりに行われるため体育館には暗幕がされ、クリスマスツリーが飾られ、少し地味なイルミネーションが目立つように照明も薄暗くなっている。

その上、僕の学校では終業式で先生の長い話を聞く他に少し他の学校と違うクリスマスのとある試みがある。

吹奏楽の演奏や地方で活躍するアーティストを呼んでちょっとしたクリスマスライブが行われ、終業式が終わると全校生徒に出口でちょっとしたプレゼントがもらえるらしい。と言っても棒キャンディーを配られるだけらしいのだが。

子供じゃあるまいし、そんなにウキウキすることでもなかろう。

しかしながら去年のクリスマスライブは意外にも盛り上がったらしく、クラスメイトはソワソワしている人が多く見受けられた。

吹奏楽部は今年流行った曲やクリスマスソングなど数曲を演奏。地元で活躍するアーティストはダンスや歌だけでなく絵を描いたり習字をしたり様々なパフォーマンスが毎年行われている。

思いのほか一大イベントなのである。

でも僕にはそんなことどうでも良かった。どうせいいことなんて何もないんだ。できることならば早く帰りたいとすら思っていた。


終業式は始まり、やっと校長やら教頭やらの長い長い話は終わった。

終業式の閉幕を知らせるアナウンスが終わると幕が上がり、同時に吹奏楽部の演奏が始まった。スタンディングでの演奏は楽器が重そうだなと思った。

しかしながら思った以上に派手なパフォーマンスだ。

だからといって僕の心が揺さぶられることなどない。

吹奏楽部の演奏が終わると地元アーティストによるパフォーマンスが始まる…そう思っていた。いつも誰がどんなことをするのかはサプライズのようで今年も誰が何をするのか皆は少しワクワクしながら待っていた。

そんな時、急に会場は暗闇に包まれた。イルミネーションもクリスマスツリーも明かりが消え、おそらく数十秒の沈黙が続く。

2、3年生は去年と違う演出に皆ソワソワし始めた。

その時、とても美しく心に響く歌声が僕の心をえぐるかのように響きわたった。

その瞬間ステージが明るくなり、ステージ中央に立つ3人組にみんなの視線が動いた。

声の主は今世間で一番注目されている誰もが知ってると言っても過言ではない有名アイドルユニット“Dreams”の結城 かなでだった。

Dreamsは結城 奏、音無 ひなた、三好 はるかの三人で結成され、一躍世間の注目の的となったアイドルユニットだ。所属事務所は決して大きい会社ではないが、夏の台風で多く被害の出た九州で避難所の人達に音楽の力で元気を与えたと話題になったことがきっかけで今はテレビに引っ張りだこだ。

Dreamsの歌唱とともに悲鳴が体育館を埋め尽くした。

皆戸惑っているようだ。驚きと感動も美しい歌声が響きわたった体育館は寒さに負けず熱気で溢れた。

僕は奏さんの透き通るような美しい歌声が大好きでこんな僕から応援されても嬉しくないかもしれないがCDを買うなどし、こっそりと応援していた。

「みんな、ありがとう!今日はクリスマスイヴ!一緒に盛り上がろう!」

奏さんの掛け声で皆の熱量はどんどんパワーアップしていった。

そしてあっという間に3曲目を歌い終えた。こんな幸せな時間があるのは奇跡だと思った。誕生日を祝ってもらえなくともこの歌声を聴いていた今だけは僕も幸せを感じていいのだとそう思った。でも僕は笑えなかった。嬉しくても感情を表に出せずにいるのがなんとなく心苦しかった。

3曲目の途中、Dreamsのメンバーと目が合ったような気がした瞬間僕は下を向いて、顔が上げられずにいた。

本当は僕はDreamsの3人のハーモニーがとても好きだ。どのアイドルの歌声よりも素晴らしいと僕は思う。

何者にも代え難い、他のアイドルとは比べられないほどの美しさや魅力が彼らにはあると思っていたが、やはりそれは正しかった。

なんて美しい歌声なんだろう。なんてしなやかなダンスステップを踏むのだろう。なんて心に響く歌詞なのだろう。

そう思っているうちにライブはいつの間にか終わってしまった。

僕の心は…心の奥では楽しさを感じていたけれど僕はそれを表情にも出せず拍手すらできず俯いて震えていた。


「以上を持ちましてクリスマスライブを終了いたします。今回のゲストはDreamsの皆さんでした。ありがとうございました。それではクラス別に後方出口へ退場してください。尚、退場の際クリスマスプレゼントを配りますのでもらい漏れの無いようご協力お願いいたします」

ライブが終わってすぐに放送部のアナウンスが流れ、我にかえる。

クラスメイトも興奮がおさまらないようで友達同士であの表情が良かっただの目が合ったねだの感想を言い合っている。

僕も…僕も本当は誰かとこの幸せを分かち合いたかった。

でも、僕には……………

友達がいないんだ。



2、僕が欲しかったもの

楽しいなんて思わなければ、幸せだなんて思わなければ良かった。

昼前に学校が終わり、僕は晴れた空を見ながらそんなことを考えていた。

幸せだなんて思わなければ、この気持ちを分かち合いたいなんて思わなかったのかもしれない。そう思うと苦しくてたまらなかった。

本当なら僕にとって幸せな時間は勝手に僕が心で喜べばいいんだと思うはずだった。なのに僕は…他人を羨んだ。僕も一緒に話したい、この幸せを分かち合いたい。なぜ僕には幸せを分かち合う相手がいないんだ。

きっと幸せを分かち合える相手とは友達なのだと思う。

でも僕にはいない。

僕は引っ込み思案で他人と目が合わせられない。

小学三年生までは幼稚園の頃から仲の良かった友達がいたが、家庭の事情では引っ越してしまった。

不器用な僕はそれからその子に連絡は取ることができず、その子からも連絡は来なかった。

いつもその子に助けてもらってばかりで他に友達がいなかった僕はうまく人と話せなくなっていた。

四年生になって初めて話しかけてもらえたとき、僕は嬉しかった。でもその人は僕とは友達になってくれなかった。

そのとき声をかけられたのは「良かったら今日ママがいっぱいお菓子作るからお前もうちに来いよ」という誘いだった。

僕の家庭はシングルマザーで小さい頃から母親はずっと頑張って働いてくれていた。だから母親になかなか会えなかった。すれ違う日々を過ごすのが僕は苦しかった。

僕は母親が家でお菓子を振る舞う光景を見たことがなかった。だから、その子の母親がお菓子をいっぱいどうぞと言って出迎えるのをなんとなく見たくなかった。

羨ましいと思ってしまうと自分がどんどん惨めになる気がしたんだ。幼稚園から仲の良かった友達は僕の家がシングルマザーだということをよく知っていて気を遣って母親の話をあまりしないようにしていたのだろう。それが当たり前のようになっていたせいで僕はその誘いを受け入れられなかった。

その誘いを僕は「嫌だ」と言ってその場から逃げた。

目すら合わせず断った。

その時からだ。本当に僕は誰とも話せなくなった。

本当は誰かと話したかった。でも、学校という同じ括りの中で勝手に縛られている学校では一言も誰とも話せない。

先生とは会話はできるけれど、どうしても目が合わせられなくてどうしても声が小さくて面談のときも先生はいつも聞きづらそうにしていた。

他人と話すのが怖くて先生との面談ですら必要最低限のことしか言えない。心の奥で考えていることを誰にも打ち明けられない。

何か悩みがあれば先生やシングルマザーの母親に相談しろと担任は言った。

でも母親とすらすれ違いでなかなか会えない。会話するとしてもLINEで済ませるため声すら聞けない。

それに僕の学費のために必死に働いて家にいることも少ないそんな母親に何を話せばいいか分からない。

母親を笑顔にしたくて楽しい話や嬉しかったをしたくともそんなもの僕にはない。

前に僕が楽しそうにしてくれてたら母さんも幸せだよって言ってくれたけど、会えない母親に無理にLINEの文面で楽しませるということも不器用な僕にはできなくて多分母親は僕をとても心配している。

それは返事を見れば分かる。

でも僕は大丈夫としか言わない。心配をこれ以上かけたら母親の負担があまりにも大きくなりすぎる気がしてつらいことを文字ですら伝えられなかった。


本当は母親と顔を合わせて無理にでも笑いたい。

そして母親の喜ぶ顔を見たい。

友達と幸せを分かち合いたい。

好きなものを好きと言いたい。

楽しいときは心の奥だけでなく楽しさを体で表現したい。


僕はこんなにも欲深くて孤独なんだと冬空を見上げて思いを馳せた。

誰か僕の欲しかったものに気づいてほしい…

でも、そんなこと有り得ない…

そう思っていた。



3、優しい声

帰りのホームルームも終わり、結局誰にも誕生日を祝われることなく僕の二学期は終わった。

母親も僕が中学生になってから特に仕事が忙しく誕生日当日ではなく数日後にお祝いメールが届く。

やはり誰からも祝ってもらえず今日も終わるんだなと思うと少し寂しい。

毎年のことなのに…高校生になったのに…

そんなことを考えても無駄だとわかっているのに僕はやはり人間だから…心があるから…寂しいと感じてしまうのだろう。

そんな今日、Dreamsのサプライズクリスマスライブを生で見て余計に寂しい気持ちが際立った。

僕が何も考えなければ…心がなくなればこんな苦しい思いをしなくてもいいかもしれない。

そう思って僕は何も考えずに帰路の電車に乗ったが、最寄り駅を通過し家に帰ることなく、都会の街まで出て、ご飯も食べずに歩き回った。

ふと空を見上げたら朝はあんなにも晴れていたのに曇り空に変わっていた。

少し寒くなってきた。マフラーを持ってたら良かった。寒さは僕の心まで冷たくした。

寒さに引っ張られ、もう全部がどうでもいいとすら感じた。


しかし、母親には迷惑をかけられない。

さすがにこのままでは風邪を引くと思い、 財布を一応確認し近くにあった喫茶店に入った。

母が毎月少ない給料からくれていたお小遣いを今月はまだ銀行でお預け入れしていなかったのでそれからお金は出せそうだ。

「いらっしゃいませ、一名様ですか?」

僕はポツリと頷くと、元気のいいウェイトレスは僕を窓際のカウンター席へ案内した。

ちょうど一番端の席だったため、何も気にせずゆっくりできそうだ。

僕はカフェオレを注文し、目まぐるしく行き交う人々を眺めていた。

今日はクリスマスイヴということもあり、カップルが目立つ。

女の子たちが五人くらいで固まって楽しそうにおしゃべりをしていたり、会社員らしき人が同僚たちと話しながら歩いていたりみんな誰かしらと一緒にいる。

でも僕は一人。

やはりクリスマスイヴに暗い顔をして歩いている人なんていないように見えた。

僕は世界に取り残されてしまったとすら錯覚していた。


ぼーっとしているうちに辺りは暗くなり、イルミネーションに明かりが灯った。

昼と違い、街はキラキラして眩しくて…僕の胸は余計に苦しくなっていった。

僕はこれからも孤独な誕生日を過ごすんだろうなと思うとどうしても悲しくて苦しい。

ただただ外を眺めてカフェオレを2回、3回とおかわりしているのがとても虚しい。

なんだか、涙が出てきた。冷たくなった僕の心はカフェオレでは温まらなかった。なんの癒やしにもならないと分かってはいたけれどなぜか涙が止まらなくて僕は店員さんに気づかれない様に泣いていた。

そんなふうに泣いていたせいか息も苦しくなっていった。

そんな時だ。

優しい、優しい声がした。



4、奇跡の始まり

「大丈夫?」

振り向くとマスクをして眼鏡をかけた若い男性がこちらを心配そうに見ていた。格好からしてついさっき僕の隣の席に案内された男性だろうか。

大丈夫。そう答えようとした。でも、僕は泣いているせいでなかなか息が整えられず声が出ない。

すると、その人は何も言わずに僕の背中をさすってくれた。

彼の手はとても温かく余計に涙が出てきてしまった。

駄目だ、優しさに触れたら僕は…もっと弱くなる。

だから、僕のことはいいから…そう思った矢先にまた温かくとても優しい声がした。

「良かったら僕とお話しませんか?今日お一人なんでしょう?」

彼はマスクを取り、席を僕の真横に移した。

僕はなんとなく彼の声に聞き覚えがあった。

最初は気のせいかと思ったが、眼鏡をかけてはいるが、マスクを取ったその顔は紛れもなくDreamsの結城 奏だった。

僕はそれを認識した瞬間、涙に緊張がプラスされ余計に息ができなくなった。

「大丈夫?驚かせちゃったかな?ゆっくり深呼吸して」

流石に動揺を隠せず息を切らしていたのでそれをすぐに悟った奏さんは僕に優しく語りかけた。

「はぁ……はぁ……ひっく……………………ふぅ」

僕の呼吸と涙が落ち着いてきた時、彼はまた僕に話しかけてきた。

「今日、体育館で会ったよね」

「え……」

僕は驚いた。狭い体育館の中央寄りの前から5人目のところに座っていた僕を見ていたのだろうか?頭の中で思考がぐるぐる回る。

「君とは目が合ったと思ったんだけどな。まぁ君はすぐに下を向いてしまっていたからね」

「なんで……」

思わず僕は呟いていた。確かに僕は奏さんと目が合ったような気がした。でも気のせいだと思っていたが、なんとなく恥ずかしくて顔を下に向けてしまった。その後も心臓が高鳴り、顔を上げれずにDreamsの歌声を聴いていた。

「だって他の人はみんな笑顔だった。でも君には表情がないように見えた。だから印象に残ったのかもね」

「……」

「黙ってないで答えてよ、会話が一方通行なんて寂しいでしょう?」

「す、すみません」

「なんで謝るの?」

「笑顔になれなくて……すごく失礼なこと…しましたよね、僕…」

「そんなことないよ、誰にだって悩みの一つや二つあるものでしょ。だから、笑えなかった。違う?」

「悩み…なんて………」

「どうして嘘をつくの?今まで泣いていた君が悩みがありませんなんて説得力に欠けるよ」

「あ、あなたには関係ありません……」

僕は何を言っているんだ。奏さんになんてひどいことを…大好きでたまらない人にそんなことしか言えないなんて僕は大馬鹿者だ。

一瞬僕と奏さんの間に重たい空気が流れた。でも、奏さんは優しかった。

「…関係あるよ、だって君は今日のクリスマスライブに来てくれたお客さんの一人。僕たちは歌でみんなに楽しいと言ってもらったり幸せだって思ってもらったり他人を笑顔にするのが仕事なんだよ。だから見た人たち誰一人にも悲しみの涙なんて流してほしくないんだ。僕たちのライブで一人でも楽しいって思ってもらえなかった人がいたなら僕も寂しいから…。今日、君のような泣いている人を見つけてしまったからには僕が笑顔にしてあげる」

僕はこの言葉に何も答えられなかった。それでも奏さんは僕に話しかけるのをやめなかった。

「何かあったなら僕が話を聴くから、話してごらん?」

そんなこと…初めて言ってもらえた。僕は嬉しくてまた目に涙が溜まってきた。

でも、何を話せばいいのか分からない。分からないと頭で思っているのに僕は一番欲しかったものを口にしていた。

「誕生日を………誕生日を祝ってくれる友達が欲しかったんです……僕には誰も友達がいないから……僕の誕生日を知ってる人は誰もいないから……」

僕の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。

「そっか…僕も同じだったよ。高校三年間同じ学校には友達がいなかった。でもね、外を見てごらん。君の居場所は学校だけじゃないんだよ。それが家だって、ここのカフェだっていい。僕はとあるケーキ屋で今の仲間と…親友と呼べる人たちと出会ったんだよ。だから学校で一人でいても寂しくなんてなかった。外に出ればみんながいたから。陽が、悠がいたから」

「でも僕には…」

「君には僕がいる。僕が君を楽しませてあげる」

「………?それってどういう……」

僕は戸惑った。

「つまり友達になろうと言っているんだよ」

「…え?芸能人なのに……簡単にそんなこと言っていいんですか?」

僕は芸能人は一般人とは一定の距離を保つものだと思っている。しかも僕は今日、サプライズではあったが観客としてライブを見ている。

「いいんだよ。僕も友達は少ないんだ。君が友達になってくれたら僕も嬉しい」

「で、でも……」

「なに?」

「僕なんかと…………友達になっても楽しくないと思うんです……」

「友達って楽しいからなるものなの?違うよね?どんな出会いだって一期一会なんだよ。だからね、僕は大切にしたいんだ。この出会いを…」

奏さんが少しだけ悲しそうな顔をしたように見えた。僕は人付き合いをずっと諦めてきた。人と目を合わせられなくて、目が怖くて…ずっと逃げ続けていた。口を開けばひどいことを言ってしまうこんな僕にずっと話しかけてくれたのは奏さんだけ。未だに目も合わせることができていない僕にずっと話しかけてくれている。

「奏さん………あ…あり、がとう…ございます……っ………」

僕はまた泣いていた。こんなにも僕を受け入れてくれたのは奏さんが初めてだ。さっきまで冷え切っていた心も少し温かくなったような気がする。僕は嬉しくて涙が止まらない。こんなにも幸せな誕生日があっていいのだろうか。おめでとうなんて言われなくても、友達になろうという言葉だけで救われたような気がした。

「もう一度言うよ。僕が君を楽しませてあげる。だから友達になろう」

「……はい」

「良かった、やっと笑ったね」

気が付くと僕はちょっとだけ笑顔になっていた。

奏さんは目も合わせることができない僕に微笑みかけた。

「そうだ、今から時間はある?場所を変えて話をしよう」

時計を見たら既に七時を回っていた。しかしもちろんのごとく特別な予定があるわけではない。

「は、はい……母親も今日は夜勤なので」

「そっか…さぁ、行こう」

奏さんは温かい手で僕の涙を拭うとマスクを付け、僕をエスコートして喫茶店の外に連れ出した。喫茶代は奏さんがいいからと言って払ってくれた。


街はイルミネーションが眩しくて少し目眩がした。

ふらつく身体を奏さんはそっと支えてくれた。

「大丈夫?」

「はい……」

「つらかったらいつでも言って、おんぶだってできるからね」

奏さんは笑って自分の巻いていたマフラーを僕の首に巻いてくれた。

「あ、ありがとう…ございます」

とても温かく気持ちが少しフワフワしてきた。

それからしばらく無言で歩いていたが、ケーキ屋さんの大きいクリスマスツリーの前で奏さんは足を止めた。

そして静かに空を見上げた。

「雪、降らないかなぁ」

「雪……ですか」

「うん、ホワイトクリスマスなったら素敵だなって」

「そう…ですね」

僕は俯いたままぎこちなく答える。

そんな僕に問いかける。

「そういえば聞いていなかったね。君の名前は?」

「僕は…和泉 誠」

「いい名前だ」

奏さん優しく微笑む。



5、闇の中に舞う

「さぁ、入ろうか」

奏さんはそう言ってこの大きなクリスマスツリーのあるケーキ屋の扉を開けた。チラッと扉を見たら看板に貸切という文字が見えた。

「遅いぞ、奏~」

「待ちくたびれたよ」

入るとケーキのショーケースの前に立つ見覚えのある二人の姿が飛び込んできた。Dreamsの音無 陽と三好 悠だ。

僕は混乱した、なぜ僕はDreamsの三人に囲まれているんだ。

「ってその子は?」

悠さんは疑問をそのまま口にする。

「僕の友達」

「友達?お前に年下の友達がいるなんてな。…ってその制服…」

陽さんは気づいた。今日、サプライズライブをした坂ノ上高校の制服を着ていたからだろう。

「そう、僕の母校。坂ノ上高校の制服だ。今日サプライズライブをした」

「え、お前後輩に知り合いとかいたのかよ」

陽さんはズバズバ聞いてくる。

「いや。さっき知り合った」

「「は??」」

「だって…もうあんな悲しい顔させたくないって…」

「そっか…」

少しだけ寂しそうな顔をした奏さんに悠さんは少し心配そうな表情になる。

「とにかく始めようぜ、クリスマスパーティ!!」

陽さんは二人の表情を変えようとしたのだろう。テンション高めに声をあげた。

「だな」

悠さんは表情を変え、パーティのメインテーブルに僕を案内した。

「この席でちょっと待ってろよ、しばらく奏と話しててくれ」

陽さんは僕を椅子に座らせて悠さんとケーキ屋内のバックヤードへと消えていった。僕はマフラーを取り、恐る恐る奏さんに渡した。

「…マフラー、ありがとうございました……」

「うん」

奏さんは優しく笑う。


「誠、僕は君には笑っていてほしいんだ。次に僕らのライブを見ることがあったなら次は目を逸らさせたりなんかしない。もしその時つらい状況にあったとしても瞬きすら忘れるような幸せな時間を過ごしてもらうから」

二人の姿が見えなくなると奏さんは語り始めた。

「ねぇ、僕の目を見て。怖くないよ」

奏さんの目…そんなの見れないよ。僕はこんなに優しくしてくれた人すら怖かった。

「大丈夫だから、安心して。こっち向いて」

奏さんは優しい声で囁き、僕の頬にそっと手を添えた。

その手はとても温かく自然と僕の視線は奏さんの目へと動いた。

「やっと目が合った」

とても優しい目だった。怖さなんて1ミリも感じなかった。でも僕はなんだか恥ずかしくなって目を瞑った。

「誠、誕生日おめでとう」

「なんで………」

驚きのあまり僕は目を見開いた。そしてまた僕の目から涙が溢れていた。

「喫茶店で誕生日の話をしたでしょ?もしかしたら今日が誕生日なんじゃないかって思ったんだ。まぁ今の言葉はかけだった。もし今日じゃないって言われたとしても誕生日の日にまたお祝いしようと思ってたからいいんだけどね」

奏さんは優しく目を細めた。

「今日は特別な夜だからね…あ、ちょっと待ってて」

そう言って泣いている僕を置いてバックヤードに消えていった。


しばらくすると店の明かりが消えた。停電?いや、クリスマスツリーのライトは消えていない。照明だけ消えている。

すると奥からハッピーバースデーの曲を歌いながらDreamsの三人がろうそくに火がついた丸いクリスマスケーキをこちらのテーブルに運んできた。

「♪ハッピーバースデー ディア まこと~ハッピーバースデートゥーユー」

三人は笑顔で僕を見ている。

「お誕生日おめでとう。誠」

「誠くん、お誕生日おめでとう」

「ハピバ、誠くん」

奏さん、悠さん、陽さんはそれぞれ僕の名前を呼んでおめでとうの言葉を言ってくれた。これは夢なんじゃないか、そう思った。

「そしてー」

「「「メリークリスマス!!」」」

そう言うと置いてあったクラッカーを手に取り、紐を引いた。

パーンと言う音に少し驚いたが、とても綺麗だ。

ふとケーキに視線を移すとケーキの乗ったお皿に

“Merry Xmas“と”HAPPY BIRTHDAY MAKOTO”の文字が記されていた。

「………………っ……あり…がとう……ございます」

僕はこんな誕生日初めてだった。嬉しくて涙が溢れた。

「ろうそく消して」

奏さんは優しく声をかける。僕がふーっと息を吹きかけろうそくの火が消えた。

そして三人はまたおめでとう~と拍手をしてくれた。

「良かった~喜んでもらえたみたいだね」

悠さんはホッとしたようだ。

「奏も良かったな、誠の悲しみにきっと打ち勝ったよ」

陽さんは奏さんに声をかける。

「うん…」

奏さんは少し目に涙を浮かべていた。

「それじゃあミニライブ始めますか!」

陽さんの合図で奏さんと悠さんもケーキ屋内にある小さなステージへ移動した。ステージには椅子が並べられており、右端の椅子の横に一本のギターが置いてあった。

右端の椅子に座った奏さんはギターを構え、二人と目で合図して歌い始めた。

アコースティックライブだ。

Dreamsの三人のハーモニーはとても綺麗だ。

繊細で美しい奏さんの声と優しいギターの音色。

奏さんより少し低いけど透き通る歌声の悠さん。

リズムに乗り二人の声色と相性のいいの陽さん。

とてもバランスのいい響きで声を聞いているだけでも心が癒やされていく。

そして心惹かれるメロディ。

人々を温かく包むような優しい歌詞。

作詞作曲は奏さんが全てしている。

奏さんの作り出す音楽は人を笑顔にする。

時にはカッコいい曲もあり、淋しげな曲もある。

歌声が高く評価されてるだけでなく、音楽クリエイターとしての実力もある結城 奏さんの率いるDreams。

彼らと同じ空間にいるだけでなく、誕生日のお祝いをしてもらった上に僕だけのためにミニライブをしてくれた。

こんな幸せはもう二度とないかもしれない。さっきまで目を合わせられなかったというのに僕はDreamsの三人から僕は目が離せなくなっていた。

奏さんに視線を移すと、奏さんは僕と目を合わせて優しい笑顔で歌ってくれた。

パフォーマンスを終えると奏さんは暫く目を瞑り、また拍手をする僕と目を合わせる。

「今日は誠のためだけに歌いました。…楽しかった?」

奏さんは少しだけ照れくさそうに僕に問いかける。

「……楽し…かったです………本当に……本当に……ありがとう…ございます……っ……」

僕は感動のあまり涙が止まらなかった。もしこれが夢だとしても僕は絶対に忘れない。この気持ちを…絶対に忘れたくない。そう思った。

泣いている僕のところにDreamsの三人が駆けつけて背中をさすってくれたり、涙を拭ってくれたり、頭を撫でてくれたりと現実とは思えないような状況になっていた。

「誠、良かったら陽や悠とも友達になってくれないかな?二人ともとても優しいんだ、きっと誠を楽しませることができる」

「……っ…僕は…本当に……皆さんと…友達になってもいいんですか?」

「もちろん!異論はないよ」

陽さんは無邪気に笑う。

「そうだね、大事な奏の後輩だもん。友達になれたら俺も嬉しいよ」

悠さんも優しく微笑む。

「……ありがとうございます……」


それから僕たちはクリスマスディナーとケーキを食べた後、2階(実はここのケーキ屋は悠さんのご実家で2階は住宅になっている)へ場所を変えてトランプゲームをしたり話をしたり。

と言っても僕はほとんど聞き手だったけど。

奏さんが高校生の時逃げてきた先で入ったこのケーキ屋で悠さんと陽さんと出会った話、悠さんと陽さんが出会った話。色んな話を聞いた。

僕も母親のこと、友達が…いなかったこと…そんなことを涙が出たりもしてしまったけど少し話すことができて少しだけ気持ちが楽になった。

誰かに聞いてもらうだけでこんなにも楽になるなんて知らなかった。

そんなこんなしているうちに僕はソファーで眠ってしまっていた。

そんな僕に奏さんは毛布をかけてくれていた。


ふと目が覚めると夜の12時を回っていた。ここはどこだろうと寝ぼけた頭を回転させる。

夢…じゃなかったんだ。Dreamsのメンバーと出会って僕のためにライブをしてくれて、パーティーをして、過去の話、そしてこれからのことを語り合ったあの時間は。

カーテンの隙間から窓の外を見るとイルミネーションがまだところどころ光っていた。

「起きた?」

振り返ると奏さんが立っていた。

「は…はい。すみません…眠ってしまって…」

「いいんだよ、疲れただろう。今日は泊まっていくといいよ」

奏さんは微笑んだ。

「本当はちょっと遅くなってたけど家まで送ろうと思ってたんだけどね、誠が寝ちゃったから」

「す、すみません…」

「気にしないで」

そう言って奏さんはそっとカーテンを開けた

「まだ少しイルミネーションが光ってるんだね」

外を二人で見ていると闇の中に白いふんわりした雪が舞い始めた。

その景色はとても美しく心の奥底にまで幸せが染み渡った。

「ホワイトクリスマス…だね」

「はい……」

僕たちはしばらく雪を眺め、それからソファーで少しだけ話をした。

僕が話していると左肩に奏さんの頭がそっと触れた。

「すぅ………すぅ………」

奏さんは眠ってしまった。僕に半日付き合って疲れてしまったのだろう。なんだか申し訳ない。

「ありがとう…ございます」

眠っていて聞こえてないと思うが僕はそっと呟いた。

そして僕たち二人の膝にかかっていた毛布を奏さんの肩までかけた。

奏さんの体温が僕に伝わってきてとても温かくて僕もウトウトしてきた。

そして夢の中へと落ちていった。


朝、ゆっくりと瞼を開ける。

「おはよう」

奏さんの優しい声が聞こえた。

左側を向くと奏さんは隣にいた。

「おはようございます…夢じゃなくて…良かった……」

僕は昨日の幸せな午後の出来事が夢でなかったことに胸をなでおろす。

「そうだね」

奏さんは優しく笑う。

「おはよー、奏」

「おはよう」

陽さんと悠さんが揃って奥の部屋から現れた。

「結局、奏と誠はそのまま寝落ちしたんだな」

呆れたように陽さんは笑う。

「あぁ、風呂にも入り損なった」

奏さんは苦笑した。

「外、雪が降ってるよ。少し積もってるみたい」

悠さんはカーテンを開ける。

「うわー、綺麗。ちょっと外出るか」

陽さんは唐突に提案する。

「寒いけどまだ6時だし、人通り少ないしちょっと行こうか」

奏さんは仕方なさそうにソファーから腰を上げる。

そして四人は外に出た。

まだ少し薄暗くてクリスマスツリーの灯りも薄っすら光っている。

「綺麗だね」

「そう、ですね」

奏さんは僕と目を合わせる。それに僕も答える。

それを見て陽さんと悠さんはちょっとホッとしたような顔になった。

「放っておけなかったんだよね、過去の自分を見ているみたいで…」

奏さんは語り始めた。

「昨日も話したけど、僕には学校に友達がいなかった。苦しかった頃の自分と誠が重なって見えた。だから僕たちのライブで下を向いていた誠が喫茶店でたまたま泣いている姿を見つけたとき、どうにかしてあげたいって思ったんだ…悲しみの涙を消し去りたいって…ね。そしてもし、誠の涙を消すことができたら自分自身も救われるような気がした。こんな僕でも人を笑顔にできるんだって……そう思いたかった。きっとこれは僕のエゴ。そんな理由で声をかけてしまったけど…誠の目を見た時に思ったんだ。なんて綺麗な目をしているんだろうって。こんなに綺麗な目をしている君を……誠を…もう悲しみの涙で溺れさせたくないって…守ってあげたいって思った…だから手を差し伸べることにした」

「お節介な奴でごめんな、誠。でもお節介した甲斐はあったな、奏」

優しく奏さんの頭に手を乗せる陽さん。

「うん………」

ちょっと涙が溢れそうになる奏さんは下を向いて顔を隠した。

「僕は…お節介だなんて思ってないです。その気持ちだけでとても嬉しかった……僕は気づいたんです。僕がつらかったときのことを話していると奏さんもしんどそうな表情をしていることに……。だから奏さんの為にも…笑わなくちゃって思って…無理にでも笑おうと思ったんです。でも、奏さんの…いや、Dreamsの三人の歌を聞いていたら自然と笑っていたんです。学校では笑えなかったけど…僕にも優しくしてくれる人がいることに気づいて…やっと自分の感情に正直になれて自然に笑えたんです…本当にありがとうございます……これからよろしくお願いします…」

僕は夢中で話していた。顔をあげた奏さんは目が赤くなっていたが、僕に優しく微笑んだ。

「こちらこそ」



エピローグ

あのあと奏さんは言っていた。アイドルは不特定多数の人に笑顔を届けるのが仕事で本当はたった一人泣いている人に手を差し伸べることなんてできない。ファンの誰かを特別扱いしてしまったら他のファンが私もと手を挙げるかもしれない。

それでも笑顔にできなかった君を見つけたとき手を差し伸べずにはいられなかった、と。

芸能人だし、リスクもあったというのにそれでもなんだか消えてしまいそうな僕を放っておけなかったと言っていた。

たくさんの人を笑顔にしている奏さんなのに「こんな自分でも人を笑顔にできると思いたかった」とちょっと寂しそうに言った。

その時分かった。表舞台で見せる顔が全てじゃないんだって。輝かしい活躍をしていても過去に何かを抱えていたり葛藤し、もがき苦しんでいるんことだってあるんだって。

そして僕も見つけたんだ。僕の居場所を。

奏さんが見つけてくれた僕の居場所。

Dreamsの皆と一緒に過ごすこの場所は僕にとってかけがえのないものになった。

それが聖夜の空に舞い散る雪のように儚いものだとしても僕はそれを大事にしていきたい。

独りぼっちだった苦しい過去を忘れることはできないけれどそれ以上に大切なかけがえのない出来事がクリスマスイヴ、僕には起こった。

誕生日当日にお祝いをしてもらえて、僕だけのためにアコースティックライブを開いてくれた。

そうして迎えたクリスマスの夜に奏さんと見たあのとても美しく儚い雪景色を僕は一生忘れない。

学校ではまだ一人だけど、この奇跡がきっかけで僕は独りじゃなくなった。

少し感情も表に出せるようになってきた。

母親と顔を合わせたときも自然な表情ができて楽しかったことを話すことができ、母も安心していた。

それもこれもあの奇跡のおかげだ。

そんなことを思い出す今日。

僕は高校2年生になり、桜道を歩いていた。

去年の春の自分より少し胸を張って通学路を踏みしめる。

ふいにスマホが鳴り、視線を落とす。

“今日、6時ケーキ屋集合”

その文字に僕は微笑んだ。

救われないことが多いこの世界。だからこそ物語の上でくらい奇跡が起こればいいなと思ってこの作品を書きました。

誠は奏でと出会ってかけがえのないものを手に入れました。優しさに触れ、表でキラキラしてても誰しも何か闇を抱えていることがあるということにも気づいて誠はこれから少しずつ人間らしさを取り戻していくんじゃないかなと思います。

人はそう簡単に変われないかもしれないけど奇跡をきっかけに大きく変わることだってあるんだと自分自身にも言い聞かせています。まだ私には奇跡は起こってくれてませんが、希望を持って頑張っていきたい。前向きになりたい。そう今は思います。

物語の中だけでも救ってあげたいというエゴのようなものからできた物語ですが、もし読んで何か感じてもらえるならばとても嬉しいです。

面白みのない作品かもしれませんが、読んでいただきありがとうございます。

皆さんのこれからが素敵なものになること、皆さんが笑顔でいられることを心より祈っています。

本当にありがとうございました。

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