第二話
ブルイユ侯爵家が来た日から、一週間後の事だった。父との稽古の最中に、執事のクルーゼが急ぎ足でこちら向かってきた。
「旦那様、ブルイユ伯爵家からの手紙です。なにやら緊急の様のようですが...」
「アインツから?見せろ」
手紙に貼られている封蝋の家紋は、確かにブルイユ侯爵家の家紋だった。
封を開け、中身を見た父の顔が険しくなった。いったい何が書かれているのだろう?
「...なるほど。クルーゼ、今すぐにエリクを学園から呼び戻せ。明後日に侯爵家に向かうぞ。アイゼン、お前も来い」
「え?は、はい。アインツさんがどうかしたのですか?父上」
「いや、アシュリーちゃんの事についてだが、エリクが来たら話す。稽古は終わりだ、クルーゼ!行くぞ」
「は、はぁ...」
そう言って父は、クルーゼと共に執務室の方へと歩いていった。
なんだろう。アインツさんじゃなくて、アシュリーについて?一体なんだと言うのだろうか。まぁ、いいや。侯爵家に行くなら、またアシュリーと遊んであげよう。
◇◇◇◆◆◇◇◇
「あ、兄上!こっちに着いてたんだね」
「ん、アイゼンか。急に父上に呼ばれたが、一体なんだ」
「えっと、俺も分かんないけど、兄上が来たら話すって言われてさ」
青い髪に紫の眼のイケメン、これが俺の兄のエリク。アルタール家の長男で次期当主。今年で学園を卒業し、そのまま父の補佐として領地運営する予定だ。
うちのアルタール家は火炎魔術の名家であるが、兄が産まれ持った適正は、火以外の三つの適正。なんとも皮肉な物で、当初は次男の俺を当主に据えようとも考えたらしいが、まぁ、兄は天才で尚且つ努力家だ。その力は父をも凌ぎ、一年前に単独での魔獣討伐も行った程だ。
「おう、来たか二人とも。すまんなエリク、もう卒業が控えているのに」
「いえ、問題ないです。それで話というのは?」
「ああそうだったな、実はな────
「旦那様、準備が整いました。」
「わかった。すまんが向こうに、侯爵家に着いてから話そう。行くぞ」
◇◇◇◆◆◇◇◇
この世界での移動手段に、貴族だけが使える物がある。俺の中の知識でいうなら、テレポートだ。転移門という、王国に点在する設置された魔道具によって、一瞬にして移動する事ができる。
一定以上の功績を挙げた貴族が、国から借り受ける事が出来る。
転移門を通った先、今回俺たちが向かうのは、ブルイユ侯爵家のある街ザイゼロフト。
王国の最南東の海は、強い魔獣で溢れている。それを抑えているのが、ブルイユ侯爵家を始めとする武闘派貴族。
「うわぁ〜、やっぱうちと違って賑やかだなぁ」
「ああ、ここ一帯の人間はいつでもわらっている。すぐ向こう側が魔獣の群れだらけだというのに」
「それだけ信用されてるって事だ。なんせ1500年もの間、魔獣の侵攻を防ぐどころか、ここ10年は特級魔獣を五体も討伐してるからな」
特級魔獣。大戦終了後から生き続けている、強い個体。
これを一体倒すのに、国の平均的な実力の戦士を1000人は必要とする強さだ。ちなみにエリク兄上が単独で討伐した魔獣は、準特急魔獣。個体によるが、これを倒すのにも100人はいないと厳しいレベルらしい。兄上すげぇ...
「スルト様、お迎えに上がりました」
「おうケイヴ、毎度毎度すまんな」
「いえいえ、アインツ様の大切なお客様なのです。当然の事でございますよ。馬車を用意しました、どうぞこちらへ」
老齢の男性。長年ブルイユ侯爵家の執事を務めている男だ。
この人はいつも優しい笑顔で迎えてくれる。なんでも、現状のブルイユ侯爵家で三番目の実力者らしい。とても想像できない。
直に侯爵家に着くが、アシュリーは元気だろうか?そういえば、魔術適正審査は既に終わっているから、魔術ではしゃいでいるかもしれないな。そうしたら、俺のとっておきの魔術を見せてあげよう。
そんな事を考えているうちに、侯爵家の屋敷の前に辿り着いていた。