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神頼み

作者: naro_naro

 病院を出たが、まっすぐ家に帰りたくなかったので神社に寄り道した。祈る習慣はないが、参拝客がちらほらといるのが見え、静かだが静かすぎない様子だったからだ。不安で波立った心を鎮めるにはいいだろう。

 空いているベンチに座った。隔離室の窓の向こうで微笑む妻の化粧っ気のない顔を思い出す。妻もお腹の中の赤ん坊も正常。あと十日もしないうちに会えるだろう。

 そこに心配はない。悩ましいのはその後だ。

 今日、書類にサインした。妻や法律、医療顧問のA.I.たちと相談した上だから内容には納得している。けれど、その書類の免責事項が降りかかってきたらと思うと憂慮と怒りが混じった黒雲が湧いてきた。

 感染症に対しては病院側の責任は問えない。それが書類から細々とした専門用語を取り除いた骨子だった。

 理屈はわかるし、妻とともに十分な説明も受けた。病院側の誠意は伝わった。彼らは業務用の分身を使わず生身で会ってもくれた。彼らは言う。現代では出産そのものにはまず事故はありません。今回の場合もその点での心配はないでしょう。

 しかし、と聞きたくもない打ち消しが入る。感染症は別です。打つ手は対症療法のみなのです。我々としては精一杯努力はしますが、これが現実です。

 グラフが示された。感染症の感染率、治癒率と後遺症が残る割合、そして死亡率。それが外科、内科などに分かれ、産婦人科が強調された。その中の出産がさらに強調される。妻が息を呑む。

 知識としては知っていたが、数字を見るのは別だった。これが妻と子供が生き延びる確率なのか。

「なぜですか」

 思わず聞いてしまった。答えは分かっているのに。医者はこれまで多くの患者たちにしてきたであろう説明を丁寧に繰り返してくれた。多分こっちが答えを知っていると分かった上で、ただこちらの感情をなだめるためだけの説明だろうが。

 神社のベンチは冷たかったが、その説明を思い出すとそれだけではない理由で心が冷たくなった。

 前世紀と前々世紀の奴らのせいだ。安易に抗生物質を使いまくった連中だ。ちょっとした風邪、わずかな発熱、体調不良、かすり傷。なんにでも抗生物質を処方し続けた。それが耐性菌を作ると知ってもなかなか改善しなかった。そして予想されていた通りの時期に戻れない点を超えた。

 もう細菌に効く抗生物質は無い。開発の速度を菌の変化が追い越してしまった。

 現代ではどんな怪我や病気にも対処できる。外科も内科もほぼ必ず人々を治す。出産そのもので死ぬ事はない。

 感染症を除いて。

 病院は細菌を極力減らすよう努力してはいる。妻も早くから隔離室に入った。しかし人体の細菌をゼロにはできない。妻の体が対処できる限界以上の細菌に侵入されれば終わりだし、世界はそういう菌であふれている。

 昔の奴らは分かっているのに使用制限をしなかった、いや、しようとした人々もいたのだが大衆は従わなかった。必要のない強い薬を求め続けた奴ら。未来の責任は取らなくていいからと安易な方向に進み続けた奴らだ。

 ため息をつく。そいつらを恨んでも仕方がない。もう土の下だ。

 ふと、祈りたくなった。そうだ。ここは神社だ。もう神頼みしかない。できることはすべてやった。


 手を合わせる。


 どうか、妻と子供を細菌からお守りください。


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