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第八話 抜け穴がもたらしたもの

 一夜を明かす。フィビリオは兜で顔を隠して、魔術・ミラー・ウォーリアーを唱える。

 魔術・ミラー・ウォーリアーは、自分と外見がそっくりな分身を作る魔術。


 魔術で作られた分身は程度が低いが知能を持ち、術者より低いが戦闘能力を持つ。

 フィビリオは不測の事態に備えて、二体の分身を作成した。分身は出現させる数が多くなれば多くなるほど、弱くなる。


 だが、元がレベル百なら二体を作っても、一つはレベル四十九の魔法戦士に匹敵する。

(レベル四十九を二体も置いておけば、簡単には敗れないだろう。レベル四十九なら、ヘイズフォッグが間違って入ってきても、殺される恐れはない)


「宝を渡すな。この場を死守せよ」

 命令を下すとフィビリオは鎧兜を脱いで平服に着替える。剣を佩いた簡素な格好になったフィビリオは、転移魔法でミランの街に降りた。


 ミランの街は人口一万人の石造り街だった。街は戦争と無縁の位置にあるため、城壁は獣除けのもので八mと低く、人が乗れないほどに薄い。また、邪龍山は火山ではないので、地震とは無縁の街であった。


 主な産業は、ワイン造りと石材業、それに冒険者たちが邪龍山から持ち帰る財宝の売買にあった。

 冒険者ギルドに行った。冒険者ギルドは四角い二階建ての石造りの建物だった。


 扉を開けると、一階の半分が酒場になっている。席数は百席ある。

 埋まっている席は二十未満と少なかった。


(なんだ? 思ってより客がいない。閑散期なのか?)

 酒場のカウンターに行き、バーテンダーに聞く。


「掘削魔術の使い手のアリーナってのは、どいつだ? アリーナが持ってきた儲け話に、興味がある」


 バーテンダーは眉間に皺を寄せて、酒場を見渡してから答える。

「今朝までいたんだが、今はいないね。宿は二階に取っているから、待っていれば会えるよ」


 アリーナがいないので、適当に朝食とワインを注文して時間を潰す。

 冒険者ギルドの中を、品定めする。冒険者のレベルは上が三十で他は十五くらいだった。


(さすがは修練場所になるダンジョンが近くにあるだけのことはある。一般の街よりは、精鋭揃いだ。だが、ヘイズフォッグを脅かすような冒険者はいない)


 冒険者たちの噂話に聞き耳を立てる。

 誰もアリーナの抜け穴の話をする冒険者は、いなかった。


(妙だな。誰も、宝物庫まで近道で行ける抜け道の話をしない。儲け話だから、人に教えないように用心しているのか? はたまた、情報を買った者は金を払ったから、タダでは人に教えないのか? でも、広まらないなら、どうやってアリーナは商売をするんだ?)


 昼になると、フィビリオに注意を向けている冒険者の存在に気が付いた。

 相手は隠しているつもりだろう。だが、フィビリオからすればまるわかりだった。


 フィビリオは気付かない振りをする。

 すると、頭が禿げ上がった強面の冒険者が話し掛けてくる。


「あんた、アリーナを探しているそうだな。アリーナに会わせてもいいぜ」

「それは、ありがたい。是非とも頼むよ」


 フィビリオは席を立つ。

 強面の冒険者の仲間の四人も席を立つ。フィビリオを囲んで、六人で移動する。


(これは、アリーナの元に連れて行く気は、さらさらないな。儲け話を知った俺をぶん殴って、儲け話から手を引けと警告するつもりか)


 男たちは強面の男を先頭に()人目(とめ)のない路地裏に入って行く。

「おい」と背後の男から声を掛けられた。振り返ると、霧状のものを吹き掛けられた。


 予期できた攻撃なので、しゃがんで躱す。立ち上がりざまに掌底と蹴りで四人を倒す。

 最後に逃亡しようとした強面の冒険者を、背後から組み伏せる。


「どういうつもりだ? 誰に頼まれた?」

 強面の冒険者は強気の態度で答える。


「ギルド・マスターのゲラルトさんだよ。アリーナの抜け穴は、地元ギルドの人間で独占させてもらう。よそ者は手を引け」


(アリーナの抜け穴の情報が出回っていない状況に合点がいった。ここのギルド・マスターは、美味しい話と知るや、取り巻きと自分の息の掛かった冒険者で独占するつもりになったか)


 組み伏せた腕を(ねじ)り上げる。

「アリーナはどこだ? どこにいる?」


 強面の冒険者は脂汗(あぶらあせ)を流して強がる。

「誰がお前になんか、言うかよ」


(他人に秘密なら、抜け穴の情報は一部の人間しか知らない。知られていないなら好都合だな)

 ごきっと音がする。強面の冒険者の肩関節が外れた音だった。


「もう片方も外すか?」

 強面の冒険者が強がる。


「ちょうど肩が凝っていたところだ」

 再度ごきっと音がして、もう片方の肩関節も外れる。次いで、両肘関節も外れた。


 男の顔を見ると、痛みに耐えていた。

 男の目には、まだ強い意志の力が宿っていた。


(このまま拷問を続けるだけ時間の無駄か)

 フィビリオは魔術・ピュプノシスを強面の冒険者に掛ける。


 強面の冒険者の目から敵意が消えて、とろんとなる。強面の冒険者は、催眠術に掛かった。

「アリーナはどこだ?」


 強面の冒険者が、ぼんやりした瞳で答える。

「アリーナは穴が塞がったので、新しい穴を掘りに邪龍山に行っています」


(入れ違いになったか)

 急ぎ転移魔法で邪龍の宝物庫に戻る。そこには、三十を超える死体があった。


(抜け道を開いて、無理に押し入って、ミラー・ウォーリアーに殺されたか。危険は冒険者の常とはいえ。今回は運がなかったようだ)


 冒険者の認識票を確認する。ゲラルトの認識票はなかった。

 だが、アリーナの認識票はあった。アリーナは、まだ若い冒険者だった。


(なまじ才覚があっただけに、命を落としたか。ダンジョンではよくある話だ)

 宝物庫から出て道を下って行く。二十分ほど進んだ場所に、新たな抜け道が掘られていた。


 魔術・キャッスル・ウオールで穴を塞いでおく。

 宝物庫に戻って、死体から装備品を剥がす。死体はゴミ捨て場に投げ入れる。


 今回の件は冒険者側に運がなかった。もし、一週間アリーナが早く来るか、遅く来るかすれば、これほどの死者を出す事態には、ならなかった。


 上手く行けば、寝ているヘイズフォッグの横からお宝を掠め取れもしただろう。

 無理でも、ヘイズフォッグがいただけなら、半分くらいの犠牲で済んだかもしれない。


 フィビリオが一人でも加減はできた。だが、レベル四十九のミラー・ウォーリアー二体からは大半が逃げ延びられなかった。

(俺は頼まれた仕事を遂行した。期待に応えただけなのだが、何か釈然としない)


 その後、六日間は冒険者が一組も邪龍の宝物庫へ辿り着けなかった。

 無事に任務終了となった。


 ヘイズフォッグは約束の日の昼に、邪龍の宝物庫に無事に戻ってきた。ヘイズフォッグは非常に晴れやかな顔をしていた。


「ありがとう、フィビリオ。おかげで娘の巣立ちに立ち合えたわ」

「そいつは良かったな。俺も、ここを守った甲斐があったってもんだ」


(多大な犠牲を出したが、ヘイズフォッグの晴れやかな顔だけが救いか)

 ヘイズフォッグが宝の山も見つけて、感慨深気に語る。


「ここには、希少な武具や霊薬の製法を記した巻物がある。金銀もある。だけど、財宝は家族の愛より大事なものだとは、思えなくなったわ」


(邪龍と呼ばれていても、家族愛は、あるんだな。邪龍ってのは、そもそも人間が付けた呼び名だ。ヘイズフォッグの本質を表していないのかもしれない)


「心境の変化ってやつかい?」

ヘイズフォッグは穏やかな顔で疑問を呈する。


「ねえ、フィビリオ。私が守っている物は本当に財宝なのかしら? 私はこれがガラクタに思えてきたわ。こんな物に命を懸ける必要が、あるのかしら?」


(それは死んでいった人間からすれば、耳の痛い言葉だな)

「さあね。少なくとも、麓の街の人間と財宝を隠してあんたに守らせた人間たちにとっては、お宝なんだろうな」


「私はいつかここを出ていく日が来る。その時はフィビリオにこの財宝を譲ってもいいわよ」

「遠慮しておくよ。もう愛用の剣と盾を持っている。そんな武具や武器ばかり持っても、しかたない。金貨だって、千歳くらいまで生活する分は持っている。俺は充分すぎるほど、もう持っているんだ」


(それに、俺にとって金銀も家族愛も必要はない。俺はレベル上げに生きる態度を選んだ男だ。レベル上げの荷物になるなら、財宝と言われても不要なものだ)


 武神も転移魔法でやって来たので、スタンプ・カードにスタンプを押してもらう。

 ヘイズフォッグが龍の姿に戻ったので、邪龍山を後にした。

『マインド・コントローラー奮戦記』開始につき投稿時間を5:00に変更しました。

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