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第六話 バカンスにはまった男

 街から徒歩で三十分離れた場所に森がある。森の中にある元貴族の屋敷に、教団は移動していた。

付き従う者は三十名。屋敷は広いので、全員を収容できた。


 バルトルトが戻ってこないと、幹部たちは不安になっていた。

(どうしたんだろうな? 予定と違うぞ。また、武神がスケジュールを勘違いしたんだろうか。それとも、事故か。バカンス中の事故って、ないようであるからな)


 年配の幹部がフィビリオに宛がわれた部屋に入ってくる。

「フィビリオ様。まさかとは思います。バルトルト様はアジトの移転を知りません。元のアジトに戻って、冒険者どもに捕縛されたのでは」


 戻ってこないなら可能性はあった。だが、武神がそこまで抜けていると思えなかった。

「知らずに戻ったはない。だが、心配だから俺が行って見てくる。ここを頼む」


 年配の幹部が神妙な顔で頭を下げる。

「承知しました。お気をつけて」


 仮面を外して、赤いローブを脱ぐ。平服に着替えて、腰に剣を佩いた。

 人気のいない場所まで行くと「武神、武神やーい」と呼んだ。


 木陰から武神が姿を現した。

「どうなっているんだ。バルトルトが戻ってこないぞ」


 武神が困った顔で釈明した。

「それなんだけどね。休暇を取ったら、働くのが嫌になったみたい。もう、戻らないって駄々を()ねているのよ」


(いい大人が情けないぜ)

「どうすんだよ? 教団はバルトルトの帰りを待っているんだぞ」


 武神は弱った表情を浮かべて頼んだ。

「悪いけど、バルトルトを説得してちょうだい。私は、誰かを斬るのは得意でも、説得は苦手なのよ」


「説得は俺の仕事か? 違うだろう。何でもかんでも頼まれても、対応できないぞ」

「成功したら、スタンプ一個押すから」


(報酬があるなら、いいか)

「しかたないな。やるだけやってみるか」


 一瞬だけ暗くなる。明るくなった時には、昼の海辺にいた。

 砂浜は白く、青空が広がっている。波は穏やかで、日差しは暑い。


 浜辺に海水浴客がいて、少し離れたところには海の家が四軒、並んでいる。

(気候が全然、違う。ここは俺たちがいた場所より、ずっと南だな。教団が全く知られていない地方なんだろうな)


 バルトルトを探しに手近な海の家に寄り、主に訊く。

「観光客のバルトルトさんを探しているんだが、知らないか?」


 日焼けした海の家の主は一つの白いパラソルを指さす。

 パラソルの下には白いビーチ・チェアがあった。


 ビーチ・チェアの上には派手な半袖シャツを着て半ズボンを穿いたバルトルトが寝そべっていた。バルトルトの顔色は見違えるほど良くなっていた。


(復活したのはいいが、完全にバカンス・モードが続いている)

「バルトルト。休みは終わりだ、仕事に復帰してくれ」


 バルトルトは血色の良い顔で否定した。

「嫌だ。もう、あんな暗い場所で、進まない計画をいつまでも議論するのは、うんざりだ」


(気持ちは、わかる。だが、それがあんたの仕事だろう。職場放棄は困るんだよ)

 フィビリオは強く言わずに懐柔しようとした。


「アジトは場所が変わった。もう地下じゃない。それに金もたっぷりと入った。しばらくは、金のあるなしで悩まなくてもいいぞ。ちょっとした贅沢だってできる」


 バルトルトは海を見つめながら、悟った顔で語る。

「信仰にだけ生きる日々に、私は疑問を持った。そんな、人間に教え導かれる信徒の心を考えてみてくれ。導かれるほうだって不安だ。なら、私が退いたほうがお互いにいい」


(完全に教祖の地位を捨てる気だな。何かもっと、悪の教祖って意志が強いのかもと思ったが、誘惑があると挫けるんだな)


「そうはいっても、あんたの教団だろう。もう休みは終わりなんだよ」

 バルトルトは子供のようにむくれた。


「嫌だ。もっと休む。私にはもっと休養が必要なんだ。必要とあれば過去を捨てる」

(完全に駄々っ子だな。よい大人の態度ではない。けれど、無理に連れ戻すと十中八九、逃走するな)


「わかったなよ。なら、好きなだけ休めよ。でも、教団に戻る場所がなくなっても知らないぞ」

 フィビリオは説得を諦めて匙を投げた。


 バルトルトは、うっとりとした顔で発言する。

「もう戻らないよ。休養が済んだら、この街の近くに料理屋でも出して暮らす。俺は料理が得意なんだ。そう、俺には復讐者じゃなくて、料理人って道もあったんだ」


(ダメだな。完全に自分の役割を放棄している。困ったものだ)

 バルトルトから離れると、武神が困った顔で寄ってくる。


「わかったでしょう。始終あんな具合なのよ」

「バルトルトはしばらく使い物にならないな。完全にバカンスで骨抜きになった。遊びを知らない年いった男ほど、遊興に傾倒した時に崩れるものだ」


 武神は頭が痛いとばかりに顔を歪めた。

「まさか、私もここまでひどい状況になるとは思わなかったわ」


 フィビリオは不満を口にする。

「で、どうすんだ? 俺はバルトルトが復帰するまで、教祖なのか」


「やってほしいけど、もう次の仕事が入っているわ。スケジュールは、ぎしぎしなのよ。教団に事情を説明して、すぐに次の職場に飛んでもらうわ」


 あまり良い気がしない。だが、念のために確認する。

「お宅らの教祖はバカンスで骨抜きになりましたって、俺が説明するのか?」


 武神がむっとした顔で指示する。

「そこは、もっとぼかしてよ。バカンスを設定した私に責任が及ぶでしょ」


「現に武神が動いた結果だろう」

「いいえ、私は悪くないわ。ちょっと、娯楽の神に手を貸してもらったら、こうなったのよ」


(どこまでも責任を負いたがらない神様だこと。この世界の神様ってのは、皆こうなのかね)

「わかったよ。とにかく適当に誤魔化してくるよ」


 一瞬、辺りが暗くなる。明るくなった時にはアジトの館の前だった。

 応接室に幹部六人を集める。


「教祖のバルトルトだが、まだしばらく帰ってこない。バルトルトが負っていた心の傷は思いのほか深く、長期の休養が必要だ」


 若い幹部が不安な顔で尋ねる。

「教祖バルトルトがいない間、教団はどう運営すれば良いのでしょう?」


「それについては、六人よる合議制にするように、との指令だ」

 年配の幹部が不満のある顔で訊く。


「合議制ですか。六人だと、物事が決まらない可能性がありますな」

「なら、意見が割れたら、若手の意見を聞いたらいい。若手の意見も尊重する教団なんだろう」


「しかし――」と年配の幹部がまだ不満を言いそうだったので、遮って強く命じる。

「しかしも案山子(かかし)も歯ブラシもない。これは教祖の決定だ。もっとも、教祖を追い出して新しく教祖を決めるのなら別だが」


 新しい教祖を決めるとなると教団が割れると思ったのか、年配の幹部は黙った。

(ぐだぐだと文句を垂れられる前に、おさらばするか)


「じゃあ、そういうことで、達者にやってくれ。俺は次の悪人が待つ職場に行くからな」

 三十人の教徒に見送られて、フィビリオは悪の教団を後にした。

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