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第五話 浄化の雨が降る

 決行前日の朝を迎える。気晴らしに墓地を散歩していると、武神がやってきた。

 武神は機嫌の悪い顔で、フィビリオの横に並んで歩く。


「バルトルトがいない間に何か大きな仕事をしようと画策しているでしょう」

(これは何かクレームだな。クレーム対応も仕事のうちか)


 正直に心境を打ち明ける。

「何だ、気が付いたのか。そうだな、やりかけの公共事業みたいで気持ち悪いからやってみようと思った。街には人的被害を出さないつもりだ」


 武神は冷たい顔で断言した。

「やめておきなさい。きっと失敗するわよ」


「失敗? 大いに結構だよ。そのほうが街のためになる」

「あのね、アンデッドを溢れさせる計画が失敗すると、教団が受けるダメージはフィビリオが思っている以上に大きいわよ。組織が潰れたら困るのよ」


(教団が潰れるのは構わない。だが、武神に(へそ)を曲げられては困る。とはいっても、あっさり引き下がると、言えば何でも命令を聞く男だとの評価になる状況は避けたい)


 正直な心境を隠して、やんわりと拒絶する。

「でも、もう、やると決めたから、後には引けない。それに、成功して大金が入ったら、この教団は、もっと勢いがつく」


 武神は真剣な顔で釘を刺した。

「断っておくけど、教団が潰れたらスタンプはなしよ」


(リスクが発生したなら、リターンを上げてもらうか)

「わかった。教団が潰れる最悪の事態は避けるよ。でも、成功したらスタンプを二倍押しな」


 さりげなく、報酬の積み増しを依頼する。

「全く、強欲な男ね。いいわ、事態が金の移動だけで済めば、二個、押してあげるわ」


「成功しても、二個なのか? もっと押してくれ」

 武神はきっぱりとした態度で拒絶した。


「ダメよ。いきなりの大盤ぶるまいは、なしよ」

「ケチだな」


 昼過ぎになると、教団の幹部が集まってくる。

 知的な幹部が疲れた顔で話す。


「若手連中とボーナスを巡っての話が妥結しました」

(土壇場になってのキャンセルは、なしか。分別があるというより、欲に目が眩んだな。やっぱり、この教団は根本(こんぽん)から変えないとダメだな。でも、改革は俺の仕事ではない)


「ならば、深夜零時に決行だ。最後の準備だ。ぬかりなくな」

「はっ」と全員が了承したので、付け加えておく。


「あと、万一のために、脱出の準備をしておけ。俺は強い。だが、絶対ではない。万一、計画が漏洩していて、儀式の邪魔が入る可能性も考慮だ」


(スタンプは二個欲しい。だが、なしは避けたい。ここは報酬がなしになる危険性だけは避ける。そのうえで、倍の報酬を狙う)


 年配の幹部は胸を張って答える。

「我が教徒の中に裏切り者など、おりません」


(危ないな、今朝まで若手と利益配分で揉めていたのを忘れたのか。よく、そんな奴らを信用できるな。金欲しさに街に情報を売っても、おかしくないぞ)


 他の幹部の顔を確認する。だが、内部から離反者が出るとは思っていない態度だった。

(馬鹿というより、純朴なんだな。仲間だと思っているのは、あんたらだけって状況は、あるんだぜ)


 色々と言いたい言葉はあったが、ぐっと飲みこむ。

 ここで、言い合っても不快にさせるだけ。


 裏切り者がいるなら、もう動いているはずの予感もあった。

「わかった。信徒たちを信じよう」


 二十一時になる。幹部たちと役員室で飯を食っていると、下っ端教徒が血相を変えて駆け込んでくる。

「大変です。冒険者たちが墓地の入口に集まっています。現段階で二十人以上」


「何だと」と教団幹部は慌てる。

(来ちゃったよ。やっぱり、日数を空けたのが裏目に出たか。誰かが裏切って町に告発したな。これでスタンプの倍押は、なしか。儚い夢だった)


「落ち着け。計画を早める。すぐに、アンデッドたちを作る。お前たちは念のために逃げる準備だ」

(こうなれば、教団幹部だけでも逃がさないとスタンプがなくなる。タダ働きは御免だ)


「ハハッ」と幹部たちは応じる。

 飯を中断して神殿の入口へと出ていく。


 すでに五十人以上の冒険者や兵士がいた。

(報告するのが、遅いって。もう、目の前まで来ているだろう)


 急に空が曇る。雨が激しく降り出した。

 冒険者集団の先頭にいた凛々しい女性が声を上げる。


「魔術・ピュリフィケーション・レインよ。この聖なる雨が降り注ぐ環境下では、いかなるアンデッドも発生しないわ。降伏しなさい、貴方の負けよ」


(おっと、いきなり、アンデッドを発生させて逃げる策が潰されたね)

「飛んで火に入る夏の虫とは、このことよ。ここで始末してくれる。魔術・アート・オブ・グレート・サンダー」


 大きな稲妻が集団の中心に落ちた。

 雨に濡れた状況が災いしてか、軒下にいたフィビリオを除く全員が感電して倒れた。


 雨も止んだ。

(あれま、手加減したけど、全員が倒れたな。これでアンデットを呼び出せば目的達成だけど、これ、やばいな。街側の戦力がほぼないから、金を取られた上に、皆殺しがありえるな)


 さて、どうしようかと思うと、先頭にいた女性が、むくりと立ち上がる。

(一人、立てるのがいたか。ここは一撃を受けて撤退するか)


 向かってくると思ったが、女性は武器を抜かず、すたすたと近づいてきた。

 女性はきっとフィビリオを見ると抗議の声を上げた。


「ちょっと、話と違うわよ。武神の話じゃお金で解決するって話でしょ」

 女性の顔を見ると、神々しいオーラを感じた。今は何かの神様が降臨していると悟った。


「仰る通りですが、あの流れで金を払うって展開には、ならないでしょう」

 神様はさらに食って懸かった。


「何を言っているの? 武神から何も聞いてないの? 要求された金額と現金輸送用の馬車は、すでに準備できているのよ」


 何の話も聞いていなかった。正直に答えようとする。

 大きな墓石の陰から半分だけ姿を出した武神が見えた。


 武神は苦しそうな顔をして、『ごめん』と書かれた光るホワイト・ボードを持っていた。

(何だ、ごめん、って? これ、武神の連絡ミスか? ここは、取り繕ったほうがいいのか?)


「いや、その、すいません。ちょっとやりすぎた」

「もう、気を付けてよね。ちゃんと台本通りに動きなさいよ。本当にレベル馬鹿なのね」


「それで、どうしましょう」

 神様は方角を指示して命令する。


「いいわ。あとは私が冒険者と兵士の記憶を操作するわ。貴方は現金輸送用馬車に乗って逃げなさい」

「はい」と答えると、武神は墓石の裏に、こっそり隠れる。


 神様が指示した方角に行くと、二頭立ての馬車があり、武神がいた。

「武神よ。これ、どういう経緯なんだ?」


 武神は微笑んで誤魔化す。

「午前零時と午後十二時を間違えたのよ。計画の実行まで、まだ二十四時間はあると勘違いしたわ。いろいろあったけど、お金が入ったから、いいでしょ。スタンプも二個押しするから」


(やっぱり、武神のミスか。でも、ここで言い争うのも醜いな)

「スタンプを押してくれるならいいけど。何か釈然としないな」


 フィビリオは魔法でスタンプ・カードを呼び出す。

 武神は二個スタンプを押してくれた。


「さて、この金を、教団幹部が待つ場所に運ばないとな」

「ちょい待ち」と武神は引き止めると、馬車の後部扉を開ける。


 武神は身長の三分の一ほどもある大きな袋を二つ取り出す。

 中身が金貨ならかなりの重量になるが、武神は軽々と片手で持った。


(さすがは神様だな。一袋で数十㎏以上あるだろう。その袋をパンの入った籠のように楽々と持つ)

「何しているんだよ。これは教団に送る金だろう」


 武神は堂々たる態度で主張した。

「いいのよ。どうせ、税金の掛からない金でしょ。なら、税金の代わりに私が一割抜くわ。九割でも充分よ」


「悪人に渡る金を掠め取るなんて、良い根性しているな」

「信仰は人を動かすわ。でも、お金も人を動かすのよ。さあ、ぐずぐずしないで行きなさい」


 教団幹部と落ち合う場所に行く。幹部の六人が待っていた。

「アジトは落ちたが、金は奪えるだけ奪ってきた」


 身分の低い幹部が馬車の後部扉を開け、袋の中を確認する。

「これは、みんな金貨だ。アジトが落ちたのは惜しかったけど、これだけの金があれば、組織は再起できる。いや、前より大きくできる」


(誰かが中抜きしているとは思わないか、邪悪だけど人がいいんだな)

「よかっただろう。さあ後は、バルトルトが戻ってくるのを待とう」

 だが、日が昇っても、バルトルトは戻ってこなかった。

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