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第三十一話 塩専売局

 クラウスが旅立った翌日、屋敷を訪ねてくる男がいた。

 男は四角い顔で、年齢は四十前後。艶のある黒髪に立派な顎髭を生やしていた。恰好は商人がよく着る黄色のワンピースを着ていた。


 フィビリオは、男の立ち姿から、商人ではないと一目で見抜いた。

(さっそく、塩専売局の密偵が来たか)


 商人は愛想のよい顔で挨拶する。

「こんにちは私は乾物商を営むもので、ラスムスといいます。商売の話がしたくて来ました。クラウスさんは、おいでですか?」


 フィビリオも愛想のよい顔を作って答える。

「クラウスは家族旅行の最中です。しばらくは戻りません」


 ラスムスはにこにこしながらお願いしてきた。

「それは残念だ。いたら是非とも挨拶をしたかった。同じ乾物商人のボリスさんの紹介で、新規で取り引きを開始したかったんです。商品とか工房は、見せてもらえないでしょうか?」


(断って強制捜査となるより、素直に応じたほうが時間を稼げるか)

「商品はただいま作っていないので、お見せできません。ですが、工房ならお見せできます。とはいっても、私は魚の燻製を作った経験がないので、本当に見せるくらいしかできないのですが」


「見せてもらえるのですか。それは嬉しい」

 フィビリオは工房の鍵を開けて中を見せた。


 ラスムスは感心しながら質問する。

「これは素晴らしい。ちなみに、この施設の燻製の生産量は日産どれくらいですかな」


「さあ、詳しい数字は、わかりません。でも、あの燻製装置は魚四十枚を四段で燻製できるので、一度に百六十枚。それが四機あるので、六百四十枚は作れると思います」


「一日に二回、燻製装置を作動させれば千二百八十枚。燻製一枚に塩を二十五g使うとして、一日に使う塩は三十二㎏ですか」


(さっそく、塩の話題に入って来たね)

 気にしない振りをして、相槌を打つ。


「計算上は、そうなりますね」

「燻製の作成時に魚に着いていた、余分な塩はどうしていますか」


 これは、わからない。なので、想像で答えておく。

「さあ、わかりませんね。たぶん、取っておいて、次に使うんでしょう」


 ラスムスは自然な態度で、工房にある大釜を指さす。

「そうでしょうか? あそこに大きな釜がある。あの大釜で塩を水に溶かした上で、水分を飛ばして回収しているのではないでしょうか?」


(なるほど、回収できる塩は回収して、次に魚を塩漬けにする時に使っているわけか)

 危ない質問なのではぐらかす。


「指摘されれば、大釜を使っているのかもしれませんね。でも、私は見たわけではありませんから」

ラスムスは柔和な笑みを浮かべて、話を誘導する。


「塩はどこに保管されていますか? できれば塩の味も見たい。なにせ、燻製品にとって塩は命ですから」

「ええと、塩はどこかな?」と探す。


 すると、ダイモンテが天井から降りてきて、工房の隅にある大きな一つの袋を示す。

 ダイモンテの姿はラスムスには見えていないのか、ラスムスは気にしない。ダイモンテの力によって隠されている塩の大量の袋も、気には止めない。


 フィビリオがダイモンテの示した袋の前に行った。

 袋は紐で閉じられていた。紐を開けて中を見ると白い粉末があった。


 舐めると塩だった。

「塩がありました。これですね」


 ラスムスが塩を少量嘗める。

「国産の良い塩ですね。ところで、塩の袋がこれ一つしか見当たりません。袋は二十㎏のもの。これが今は半分しかない。一日で三十二㎏を使うなら塩が不足しているようですが」


(もっともな指摘だな。これも、はぐらかしておくか)

 フィビリオは適当に答えておく。


「工房を動かす時には、塩の搬入を待ってから製造を始めるんでしょう」

「なるほどね。であるなら、塩の帳簿もあるわけですな」


(おっと、来たね。これは結構、重要な質問かもしれないね)

 ダイモンテがラスムスの横で頷く。


「もちろん、ありますよ。塩は大事な原料ですから」

 ラスムスは塩についてだけ訊くのは不自然だと思ったのか、魚の燻製装置について質問してから帰って行った。


 ラスムスを送り出し、工房の中でダイモンテと話した。

「さっきのラスムス、塩専売局の人間だな」


 ダイモンテが真面目な顔で同意した。

「間違いないね。ラスムスはクラウスが完全に黒だと思っている。クラウスがいないと知ったから、フィビリオだけでも捕まえようとするね」


「そうか。でも、俺は簡単には捕まらんぞ」

 夕方になると蒼い制服に身を包んだ、背の高い帽子を被った役人がやって来た。


「私の名はトーマスだ。クラウスから私の名前を聞いてないか?」

(こいつが賄賂を受け取っていた役人のトーマスか)


「少しは聞いていますね。クラウスさんと、とても懇意にしているお役人様だとか」

 トーマスは困った顔で打ち明ける。


「実は少々まずい事態になった。高等管理官のラスムスが、明日ここに査察に入る」

(ほほう、さっきの商人は高等管理官だったのか。指揮官自ら乗り込んでくるとは、やる気満々だ)

「それで、どうしろと?」


 トーマスは切羽詰まった顔で頼んだ。

「このまま、ここの倉庫に塩がある状況がばれると私の立場上、非常にまずい。だから、今夜中に塩を移動させたい。協力してもらえるか?」


(これは、完全に罠だな。こうして、こっちが慌てふためいて塩を動かしている時に踏み込んで捕まえる気だな。その手には乗らない)


 フィビリオは真意を隠して申し出た。

「わかりました。夜に塩を移動させましょう」


「では、夜中に」

 倉庫に行ってダイモンテと話をする。


「トーマスがクラウスを裏切ったぞ。今日の夜に塩を運び出させて、俺を現行犯で逮捕する気だ」

 ダイモンテが渋い顔をして意見する。


「小役人の悲しい性分だね。それで、どうする?」

「夜中には、土嚢を塩だと偽って運び出す。あんたの力で土嚢の中身を塩だと誤認させる工作は可能か?」


「この敷地内にある間は可能だね」

「よし、わかった。トーマスには悪いが騙されてもらう」


 その夜、遅くに屋敷のドアをノックする音がする。

 ドアを開けると、トーマスが十人の部下と二台の荷馬車を連れて待っていた。


 また、集団透明化の魔法で隠れる三十人の存在にフィビリオは気づいた。

(やはり、塩を運び出すところを狙って、現場を押さえる気だな)


 トーマスが緊迫した顔で訊く。

「さあ、塩を運び出そう。塩はどこだ」


「おっと、その前に断っておきます。運び出す品は塩じゃない。土嚢って状況にしてください」

 トーマスは急いでいた。


「わかった、いいから早くしろ。見つかっちまう」

 倉庫の扉を開けて、土嚢の前に連れて行く。


「さあ、土嚢を運び出してください」

 十人が二十袋を運び出したところで、魔法の強烈な光にフィビリオは照らされた。


 姿を現した三十人の集団から大きな声がする。

「塩専売局の者だ。塩の違法貯蔵の現行犯で逮捕する」


「待ってくださいよ。お役人さん、これは土嚢です。塩ではありません」

 出現した役人が荷馬車を調べる。


 役人が後ろに控える青い制服に身を包んだラスムスに報告する。

 ラスムスが他の役人に指示を出すと、動きが慌ただしくなる。


 むすっとした顔のラスムスに嫌味を込めて言う。

「どうやら、土嚢とわかってくれたようですね」


 トーマスが蒼い顔をしてフィビリオに食って懸かる。

「塩は、塩はどうしたんだ?」


「何を言っているんですか、トーマスさん。川の氾濫に備えて土嚢を貸してくれと頼んだ人間は、トーマスさんでしょう。ですから、私はきちんと土嚢を用意したんですよ」


 その後、倉庫内を一時間に亘って塩専売局の役人が捜査した。

 だが、ダイモンテが魔法で隠した塩は、見つけられなかった。


 ラスムスはトーマスを冷たい視線で見る。他の役人に「連れていけ」とトーマスを連行するように指示を出した。


 ラスムスは、フィビリオをきっと睨むと部下を引き連れ、帰って行った。

(とりあえずは乗り切ったな)

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