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第二話 レベル百の見た光景

 フィビリオは虚しくなった。上限に達した以上はこれよりもう強くならない。

 十歳の頃からレベル上げに夢中になり、気が付けばレベル百だった。


 レベルが上がるのが、何よりも楽しかった。

 楽しいからレベルを上げ続けた。レベル上げこそが人生だった。


 その、レベル上げ人生も終わった。

(俺はこれから何を目標に生きていけばいいんだ)


 喪失感が胸に溢れる。心に空いた穴を埋めようと故郷を目指した。

 実家に帰ると白髪になった弟のフランコが、フィビリオを悲しげに見て感想を口にする。


「兄さんは、若いままだね。まだ、三十代の姿だ」

(老けたなフランコの奴。まるで俺だけが時間に取り残されたようだ)


 フランコの視線に居心地の悪さを感じつつも、見えない父と母の安否を尋ねる。

「冒険していたら、若返る機会があったからな。それで、父さんと母さんはどうした」


「母さんと、父さんは十年も前に亡くなったよ。今までどこに行っていたんだよ」

 両親が亡くなった事実はショックだった。


「すまん、その、強くなることに夢中だった」

 フランコは冷めた目でフィビリオを見ていた。


「兄さんが凄いのは認めるよ。兄さんが悪い奴らを倒したおかげで世界は平和になったのかもしれない。でも、もう少し家族を大切にしてもよかったと思うよ」


 実家はもう弟の夫婦の家になっており、フィビリオの家ではなかった。

(俺は家族たちとも別の時間を生きたのか。もう俺は異邦人だ)


 フィビリオは遺産を受け継ぐ権利を放棄して、妹と弟に託した。

 レベルが百にはなった。だが、気が付けば、フィビリオに帰るべき家はなかった。


 墓参りをして両親に詫びて、故郷の村を出た。

 一人でレベル上げに費やした人生には友も恋人もいなかった。


 金はあるので、道楽を始めることもできた。事業だって興せる。

 コネもあるので、士官や後輩の育成で就職もできた。


 だが、どちらもやる気が起きなかった。

(レベル上げに費やした人生に後悔はない。だが、俺はこのまま、終わっちまうんだろうか。それは何だか寂しすぎる)


 酒場で侘しく杯を重ねる。若い冒険者が輝いて見えた。

(俺はもう、五十だ。今更、仲間を集めて冒険に出かける歳でもない。それに、いくら冒険を続けても、俺のレベルは、もう上がらない)


 フィビリオは何といってもレベルが上がらないのが辛かった。

 半ば酒場で抜け殻になっているフィビリオの向かいに女性が座る。


 女性は金色の短い髪をして、赤い唇が印象的な、白い肌の三十くらいの女性だった。

 服装は青いローブと質素だが気品が感じられた。


「何だか、腐っているようね。鍛錬を怠っても上がったレベルは下がらないわ。でも、腕は鈍っていくものよ」


 フィビリオは自嘲気味に語る。

「誰だいお嬢さんは? 俺に説教して。俺はこれでもレベル百だぜ」


 女性は飄々とした態度で答える。

「知っているわよ。私よ。武神よ。人間の時はこの姿なのよ」


 大して驚きはしなかった。言われればどんな剣豪よりも立派な佇まいがある。

「武神か、復活したんだな。でも、戦わないぞ。あんたに勝っても、もうレベルは上がらない」


 武神は呆れた様子で語る。

「相変わらずレベル馬鹿ね。そんな、フィビリオに面白い話を持ってきたわ。レベル百より上の世界に興味があるかしら」


 関心はあった。だが、武神の話は疑わしかった。

「無理だ。成長の神にも教えられた。この世界のあらゆるものは、神を含めてレベル百一以上にならない、と」


「何事にも例外はあるのよ。創造神であれば、限界をさらに引き上げる業が可能なの」

 興味が出てきた。酔いも醒めた。


 つくづく、自分がレベル上げ馬鹿だと思う。だが、やりたいことをやりたいだけやりたい。こうして、酒場で腐っているより数段は増しだ。


「詳しく聞かせてもらえるか」

 二人で密談部屋に行くと、武神はマス目が百個あるカードを渡して語る。


 武神は微笑んで教えてくれた。

「私が頼む仕事をこなしてくれれば、そこにスタンプを押してあげるわ。百個貯まったら、レベルの上限を開放してもよいと創造神が請け合ってくれているわ」


 神様の依頼でも問題なかった。おおかた、何かを倒す仕事なら不可能はない。

「シンプルなルールは好きだ。それで、俺に何をさせたいんだ? 誰を斬ればいい」


 武神は素っ気ない態度で頼む。

「悪の組織に親玉の代わりとして、現場に出向いて代行で仕事をしてほしいのよ」


 意外な依頼だった。

「何だって? 神様が悪人を助けるのか?」


 武神は表情を(しか)めて確認する。

「貴方はレベルを上げるために、多くの悪を倒したわよね」

「善人を倒してレベリングするより気分がいいからな。それに、悪人なら倒しても後腐れがない」


 武神は苦い顔で説教する。

「それがいけなかったのよ。悪ばかりを倒し過ぎたためにアルダノートの善悪のバランスが崩れたわ。悪の組織のトップが忙しくなり、休みが取れなくなったのよ。このままでは、悪なる存在のワーク・バランスが崩れて、首領格が倒れるわ」


(悪の組織なら、要らないだろう)

「なら、悪の組織は仕事を縮小すればいい。身の丈にあった悪事ってやつだ。借金と同じだよ」

武神はやんわりと否定した。


「組織は急に縮小はできないのよ。役所と同じよ。それに、どんな悪事をやるかまで、いちいち介入していては、神様の評判が落ちるわ」


「何か、矛盾した内容を説明していないか」

 武神は控えめな態度で頼んだ。


「とにかく、今世界では悪の首領やボス格に休みを取らせる必要があるのよ。だが、休んでいる間に組織が倒れてはたいへん。そこで、決して倒れない悪役代行がほしいのよ」


「でも、俺は組織のマネージメントとか、計画立案とか苦手だぞ。この歳まで、剣を振るうか、魔法を覚えるかばかりだ。経営とは縁遠い場所にいる」


 武神はにこにこした顔で口説く。

「大丈夫よ。悪の組織のトップなんて、生産性が低くて拘束時間が長いだけ。複雑な仕事は幹部がやるわ」


「でもなあ、組織のトップかー、今までやった経験ないからな」

「難しく考える必要ないわよ。どうせ、期間も短いんだもの。座っているだけの簡単な仕事よ。ただ、善なる存在には負けては駄目よ。トップが不在の中で組織がなくなるのだけは避けてね」


(悪人を助ける仕事は嫌だが、さらに上を目指すためなら仕方なしか)

「全ては上限解放のため。わかった。やるよ。人生の大半をここまで費やしてきたんだ。こうなりゃ行けるところまで行ってやるよ」

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