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第十一話 代わりの決断

 一日が経過する。冒険者も侵入してこないので暇な時間ができる。

 昨日見た街の情景が頭に浮かんだ。


(街は確かに、(ひど)い状況だった。だが、滅ぼすしかないのだろうか? 誰かを斬って街が正常化するなら、考えてやってもいい。だが、現状では斬らねばならない人間は一人二人では済まないだろうな)


 街に何人の善人が残っているのかが気になった。ある程度は残っているのなら、武神を通じて神様たちに再考を願いでてもよかった。だが、出会ったまともな人間は一人だけ。なら、一人を街から逃がしたほうが話が早い。


(神様も悩んだんだろうか? だとしたら、俺のようなレベル馬鹿が悩むより、よっぽどいい結果が出るのかもしれない)


 フィビリオは、もやもやした気持ちのまま過ごした。

 ヘルフリートが帰ってくる日が来た。


 昼食を終えて出立の準備を整えると、武神が転移魔法でやって来る。

 武神は渋い顔をしていた。


「フィビリオ、約束を破って街に行ったわね」

 隠す気はなかったので、正直に告げる。


「俺は街に行っていない。ただ、魔術・クリエイト・アバターを使って、分身を飛ばした」

 武神はぷんぷんと怒って叱る。


「また、そんな屁理屈を()ねて。見たでしょう。あの町の惨状を」

「見たけど、焼き払うのはどうも納得がいかないな」


「あの街の病理は根深いわ。簡単には治らないのよ」

 街の状況を知っただけに、完全な弁護はできなかった。


 ただ、アーク・マディスは故障している。なので、延期になると、ぼんやりと思った。

 知らんふりをしておいたほうがよいと思った。なので故障は隠す。


「そうか。厳しい決定だな」

 武神は冷たい顔で、素っ気なく告げる。


「なら、制御室に行くわよ。アーク・マディスを落下させて街を潰すわ」

「何だって? 話が違うぞ。ヘルフリートがアーク・マディスを使って街を焼き払うって話だろう?」


「ヘルフリートは昨日の内に亡くなったわ。過労による心疾患よ。今まで気が張っていたから()っていたけど、気が緩んだら、ぽっくり逝ったわ」


 ヘルフリートが完全な悪人だと思えなかったので、少しばかり心が痛んだ。

「そうなのか。もっと早くに休ませてやれたら、治療にも行けたろうに」


「それで、早朝に会議が持たれたわ。だけど、やはり、アーク・マディスで街を焼き払うってなったわ。でも、ここに来てアーク・マディスの故障が判明したのよ」


(ばれたか。でも、アーク・マディスを街に落とす決断には反対だ)

 武神は厳しい顔で話を続ける。


「だから、壊れているのなら落下させよう、と話が出たわ」

 期せずしてフィビリオは、人間代表として意見を言わねばならなくなった。


「待った。落下させる決断はまずいぞ。アーク・マディスはマディアラス文明の英知の結晶だ。下手に残ると、地上に与える影響が大きいぞ」


 武神が眉間に皺を寄せて質問する。

「どういう意味よ? 何が問題なの?」


「マディアラス文明の遺産は人類を大いに進歩させる。だが、急激な進歩は千年前に起こしたマディアラス文明と同じ過ちを人類に引き起こす。そうなれば、五千人の死者では済まない」


 武神はフィビリオの考えを否定しなかった。

「面白い意見を言うわね」


「誰も俺と同じ指摘をしなかったのか?」

 武神がそっけない態度で、内情を打ち明ける。


「急な開催だったから、いつも会議でグタグタ言う知識の神や法の神が来られなかったからね」


(ご意見番の神様がいないって、まずいだろう。頭の良い奴って、何かを決定できなくても、こっちの見落としを指摘してくれるんだよ)


「それ、まずいって。俺のような奴でも気づくんだ。頭の良い神様なら、この危険性に気付くって。もう一回、知識の神を入れて、アーク・マディスを落とす是非を問うべきだ」


 武神は渋った。

「でもねえ、これまでもヒラスカの街の処遇については話し合われたのよ。それで決めたのよ。人間たる大魔導士のヘルフリートに判断を任せよう、って」


(状況が変わったなら、判断も変えてくれよ。ここで、マディアラス文明の遺産が地上に残れば、百年で世界が焦土と化す危険性がある)


「わかった。なら、俺が悪の大魔導士代行として、判断する。ヒラスカの街をアーク・マディスで焼き払う計画は、ありだ。だが、アーク・マディスを落下させる計画は環境面から判断して、なしだ」


 武神はむっとした顔で抗議した。

「ちょっと、何を独断で決めているのよ。神の判断に人間が口を挟まないで」


「勝手に判断しているのは、どっちだ。俺は人間で、剣士であり、大魔導士だ。かつ、今はヘルフリートの代行だ。ヘリフリートが死んだ今。俺は神々の決断に(のっと)って、街を滅ぼす権利は俺にある、と主張する」


 武神が目を見開いて怒った。

「馬鹿な言葉を言わないで。お飾りは、お飾りらしくすればいいのよ。神に逆らうなんてもっての他よ」


「逆らう気はない。俺はヘルフリートの代行として正当な権利を主張する。異議あらば、法廷で戦うぞ」


 武神は頭の痛そうな顔で、吐き捨てるように発言する。

「法の神って知識の神に次いで苦手なのよ。あの二人の議論って、聞いているだけでいらいらする」


「なあ、頼むよ。アーク・マディスを使うのと、落とすじゃ結果が、まるで違うんだよ。もう一度、知識の神か法の神に、決定は正しいのか聞いてきてくれ」


 武神は気乗りしない顔をして、言い争いを避けた。

「いいけど、法の神は正義の神と仲良しよ。街を守るとは思えないわ」


「神の決定には従う。だが、俺は、疑問点をそのままにしない男だ」

「フィビリオも(こだわ)る男ね。いいわよ。法の神の聞いてきてあげるわ」


 武神は一度、消えた。だが、五分で戻ってきた。

(何だ、やけに早いな。会えなかったのか。それとも否決か)


 武神は苛々した態度でヒステリックに述べる。

「法の神の奴、フィビリオには権利があるって主張したわ。異議申し立てを認めたわよ。アーク・マディス落下を差し止める仮処分をすると言い出したわ。ああ、もう、面倒臭い事態になったわよ」


「そう、かりかりするなよ。誤りを事前に正せてよかっただろう」

 武神は事態の成り行きに頭を抱えていた。


「これで、議論が振り出しに戻ったら、どうするのよ」

「議論が今後どうなるのか、俺は知らない。だが、言い出した責任があるので、俺はしばらく、ここで悪の魔導士代行をする」


 武神がきっとフィビリオを睨んで命令する。

「だから、後がつかえているって、教えているでしょ。次の仕事に行ってもらうわ。スケジュールの遅延は問題なのよ」


「わかった、なら俺が封印魔術のミレニアム・シールで制御室を封印しておく。もし、俺が掛けたミレニウム・シールが解ける奴が来たら、その時はその時だ」


「レベル百の魔法剣士が掛けたミレニアム・シールを解除できる存在なんて、神かそれに近い存在だけよ」


「俺のミレニアム・シールを破れるほどの力を持った存在だ。そいつが善か悪かは知らない。だが、そいつなら、きっと最良の決断をしてくれる」


「随分と他人任せなのね」

「でも、馬鹿な俺が判断するよりはいいだろう」


「いいわ、さあ、次に行くわよ」

 武神がフィビリオを急かそうとするので、待ってもらう。


 フィビリオは魔術でスタンプ・カードを取り出す。

「忘れないうちに押してくれ」


 武神は不機嫌な顔でスタンプを取り出す。

「押したくないけど、約束だからね」 

 武神は力を込めて、スタンプを一個、押してくれた。

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