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雑談とか

日本一のブラック会社に認定された居酒屋チェーン店に入社した僕は、トラックに跳ねられるとあの世で美しい天使に出会い、閻魔様に地獄行きを宣告された。

作者: ACT

 日本一のブラック会社に認定された居酒屋チェーン店に入社した僕は、噂に違わぬ労働基準法を無視した宗教経営に、心身ともに破壊されていた。


 99社の採用面接すべてに落とされて、自信を完膚なきまで破壊されて弱っていた僕に、100社目に受けたこの会社の合格通知は、まさに天から垂れた蜘蛛の糸のようだった。


「でも登った先は更なる地獄でしたとさ……」


 深夜1時。

 終電で帰路に着いた僕は夜道を歩いていた。

 精神と肉体の限界が近いことが自分でもよくわかっていた。

 

 だが明日も8時から労働がある。

 遅れたらチーフという名の鬼から恫喝される。

 一般人の僕にそれに耐える精神力が備わっているわけもなく……。


 どこか遠いところに逃げたい。


 そう考えた僕の目の前が猛烈な光に包まれる。


 ──太陽? でも二つある。まさかこの光は……ライ……。


 ドンッ、と凶悪な衝撃が全身を貫くと、朦朧とした僕の思考は完全に停止させられた。




「……もしもし……もしもーし?」

「う……う……ん?」

「よかった。目を覚ましてくれましたね。この指が何本かわかりますか?」

 

 呼びかけの声に僕の意識は覚醒した。

 倒れて横になる僕の目の前に突き出された二本のしなやかな指。

 その指の持ち主が心配そうに眉根を寄せながら僕に問いかけた。


「……二本……です」

「よかった。意識は戻ったみたいですね」


 ほっと一息吐くと、女性は豊満な胸を撫で下ろした。


「僕は……一体何が……?」

「トラックに跳ねられて死んだんですよ。覚えていないんですか?」


 ……思い出した。


 僕は二つの光──ライトを点灯した大型トラックに衝突された衝撃を思い返して思わず全身が震えた。

 自分の体を抱きしめるように両肩を掴むと震える体が収まるのを、目を瞑って耐えた。


 そんな僕の右肩にそっと暖かい彼女の手が置かれた。

 やがて震えが止まると僕は顔を上げた。


「……ありがとうございます。もう大丈夫です」

「それはよかったです」


 彼女はそういうと優しく微笑んだ。

 僕はそこで初めて周囲を見渡した。


 周囲は何もない白い空間だった。

 病室だと思っていたが、ここはどこなのだろうか?


「すみません。ここはどこの病院でしょうか?」

「ここは病院ではありませんよ」

「………………え?」


 トラックに跳ねられた人間が病院以外に行く場所があるのだろうか。

 いや、一箇所だけあるな……そこは……。


「先ほどお伝えしましたよね。あなたはトラックに跳ねられて死んだんですよ」

「………………ああ。覚えてますよ。すみません。少し混乱していました」


 確かに僕は混乱していたようだ。

 時間が経って、だんだんと自分の『死』を自覚できてきた。


 もう抗えない、既に決定した事実なのだと。

 僕はもう一度、周囲を見回してから彼女に問いかけた。


「あの……だったらここは天国ですか? まさか……あなたは天使?」

「はい、私は天使です。魂の水先案内人をしています。あなたをお迎えに参りました」

「それはわざわざ……ありがとうございます」


 こんな美人に案内してもらえるなんて、なんて運がいいんだ。

 だいぶ不謹慎だが、そう考えれば少しは救われる気がした。


 彼女は僕に背中を向けると遠くを指差して、


「この先に閻魔様がいらっしゃいます。そこであなたが天国と地獄のどちらに旅立つか審判を受けてもらいます」


 といった。


「閻魔様……本当にいるんですね。ははは、面接にはいい思い出は全くないんだけれど……」


 僕は膝に手をつけて立ち上がると、ふらふらと彼女が指差した方に歩き出した。

 その隣を彼女が寄り添うように歩いてくる。


 腕がぶつかるくらいの距離に少し緊張する。

 それを誤魔化すように僕はどちらに行けそうなのか尋ねてみた。


 彼女は「申し訳ありません。存じないのです」と困り顔で微笑んだ。

 まるで一流企業の受付嬢みたいだなと少し感心した。




「ここです」

「……?」


 彼女はそういうと、足を止めた。

 僕も足を止めるが、周囲には誰もいない。

 彼女にどういうことか尋ねようとした瞬間、


「よく来たな」


 突然、頭に男の低い声が響いた。

 目の前に煙のようなものが吹き出ると、その中から眼鏡をかけた青年が姿を現した。


「私が閻魔だ」


 鬼のような形相の持ち主か、ビルのような巨躯の持ち主が現れると思っていた。

 だが僕と変わらない身丈にも関わらず、その姿を前に僕の体は震えていた。


「さて、私は多忙だ。さっそく君の審査結果を報告させてもらおう。結果は……」


 僕は思わず息を飲んだ。

 誰かに自分を審査してもらうなんて、学校の入学試験を除けばこれで101回目だ。


 99回、不合格を告げられた嫌な思い出が頭をかすめる。

 僕を喜ばしてくれるイメージがまったく浮かんでこない。


「…………地獄行きだ」


 ああ、やっぱり。

 僕は予想通りの結果に「はい」と俯きながら小さく返答した。


『今回はご縁がなかったということで』。

 そんなフレーズが脳裏を掠めた。


 だが今回は、もう新しい審査を受ける必要がないのが救いなのか。

 僕の口から乾いた笑いが零れ落ちる。


「……そんなに穢れた魂には見えませんけれど?」


 隣で黙っていた彼女が閻魔様に問いかけた。

 閻魔様は眉根を寄せた。

 彼女の問いかけはおそらく予想外だったのだろう。


 彼女は水先案内人、案内が仕事のはずだ。

 審査に口を出す立場にはないはず。


「あの……、天使さん。ありがとうございます。でも大丈夫です。結果は……受け入れますので。その……不合格にはなれているので。ははは……」


 僕は自嘲気味に笑った。

 だが彼女の顔は想像していたよりも真剣だった。


「あの……脅すつもりはないのですが、地獄って文字通り、あの『地獄』ですよ? 鬼や血の池や針の山の話を聞いたことはありませんか?」


 彼女の真剣な眼差しを受けて、ぞくっと、僕の背筋に悪寒が走った。

 僕は自分の置かれている状況を、まったく理解していなかったのかもしれない。


 今ようやく事態の深刻さに気がついた。

 コレは会社の面接じゃないんだ。落ちる先は……地獄。

 それも落ちるのは……他の誰でもない、僕だ。


「…………!」


 僕は思わず閻魔様を凝視した。

 閻魔様は落ち着いた様子で、明らかにこちらを見下していた。


 判決は下された。

 さっさと消えろ。

 私は忙しい。

 お前に構っている時間はない。


 そう彼の目が雄弁に語っている。

 何度も何度も同じような目を見てきたから、この僕が今更それを読み間違えるはずもない。


「…………チャンスをください!」


 僕は思わずそう叫んでいた。

 閻魔様は胡乱げに眉根を寄せると、


「チャンスとは?」


 といった。


「もう1回、ちゃんと生きるので、審査はその時に再審査としていただけませんか!?」

「は? お前はもうすでに死んでいるのだぞ?」


 閻魔様と視線が交差する。

 ここに来て、ずっと見下していた視線が。

 同じ高さで、交差する。

 なんでもいい。喰いつかないと……!

 

「……僕の審査を告げる時に、変な間がありましたよね」

「…………」

「迷っているんじゃないですか? もしくはギリギリ不合格だったんですよね?」

「………………」

「………………」


 互いの視線が交差する。

 だが先に視線を外したのは……閻魔様の方だった。


「……ああ。そうだ。お前は天国に行ける程度には善行を積んでいるよ」

「…………!」


 僕は嬉しくて彼女の方を思わず振り向いていた。

 そして、彼女もとても嬉しそうに微笑み返してくれた。

 閻魔様は少しバツが悪そうに頭を掻きながらいった。


「だが生憎と天国は今、とても込み入っていてな。故に審査が少し厳しくなっているのだ」

「でも天国に行けるのに地獄に落とすのは……」


 僕の抗議の声を遮るように、閻魔は手を上げると、


「勘違いするな。ギリギリ『不合格』でもあるのだ。お前は」

「…………!」


 閻魔様がはっきりと宣告した。

 状況は何一つ変わっていない。

 結局、僕は『不合格』なのか?

 でも……、ここで諦めるわけには……!


「でもですね──!」

「だからお前の言う再審査の提案。了承してやろう」

「僕は────え!?」


 僕は閻魔様の言葉に思わず固まった。

 閻魔様は僕の隣にいる彼女に向けて顎を動かすと、


「というわけだ。そいつを元いた場所に戻してやれ」

「わかりました」


 と指示した。彼女はその言葉に頷くと僕の手を握った。


「…………え? その……本当に?」

「ええ。貴方の提案通りになりましたよ。よかったですね」


 彼女は優しく微笑むと、僕を握る手と逆の手を目の前にかざした。

 すると何もない空間が円状に切り取られた。

 その内側には夜の都会の街並みが映し出されていた。

 そこは僕が住んでいた街だった。


「忘れないでくださいね」

「え?」


 彼女が僕に向けていった。


「さっきの気持ちです」

「……はいっ! ありがとうございます!」


 僕は彼女に頭を下げてお礼をいった。

 彼女が手を振るその後ろで、閻魔様がいった。


「おい、お前。再審査は基本的に厳しめだからな。ちゃんと生きないと……」

「大丈夫です。任せてください」


 僕は力強く返答すると、閻魔様は「ふん」と鼻で笑った。

 少し上機嫌に見えるのは気のせいではないと思いたい。


 切り取られた空間に足を踏み入れると、コンクリートの感触が足に伝わった。


 夜の街の冷えた空気が全身を包み込んだ。

 帰ってきたんだ、と僕は思わず叫びそうになった。

 背後から彼女の声がした。


「それでは私の案内はここまでです。またのご利用をお待ちしております」


 その声に僕は後ろを振り返ると、……そこには誰もいなかった。


 静寂に包まれていた夜の街並み。

 僕は左手首に巻いた腕時計に視線を落とした。

 時刻は深夜の2時を過ぎていた。


 視線を上げて月が浮かぶ夜空を見上げると、とりあえずこれからのことを考えてみた。


「……まずはムカつくチーフに辞表を叩きつけるだろ。生活費は……バイトでもするか。それから……」


 最初に就職活動で面接した会社にまた挑戦してみよう──そう決めると、僕は履歴書を買うため、夜のコンビニに向かった。


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