表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
快適な異世界生活  作者: 釣り師
1/3

転移。

 雷は嫌いだ。


 怖いのではない。


 嫌いなのだ。


 大学に向かう道を歩きながら、雨雲と一緒に運ばれて来たそれを。


 ゴロゴロと音を立てるそれを睨み、俺はそう思った。


 大体、雷が好きだって奴の方が圧倒的に少数派ではないだろうか。


 子供の頃、初めて買って貰った自転車が嬉しくて一日中乗って遊んでいた。


 その日は、急に降り出した雨のせいで慌てて家に入ったので、せっかく買って貰った自転車は外に出しっぱなしだった。


 それがいけなかった。


 夜にはゴロゴロと音をたて雷が鳴っていた。

 

 ドカーンっと一際大きな音がしたのを未だに覚えている。

 

 翌朝、自転車は真っ黒な姿に変わり果てていた。


 子供の頃から大好きな祖母がいた。


 祖母は既に他界してしまっているが、小学生の頃は夏休みに祖母の家へ泊まりに行くのが恒例となっており、毎年とても楽しみにしていた。


 ある年の夏休み。


 祖母の家は全焼した。


 雷が直撃したのだ。


 たまたま祖母と一緒に買い物に出ていた為難を逃れたが、自分の家が燃えるというのは相当なショックのようで、祖母はそのまま入院してしまい、俺の夏休みの楽しみもそれ以降無くなってしまった。


 この前も好きな異世界物のアニメを見ていると、どこかの電柱に雷が落ちてどこをどう伝わって来たのか、俺の住むボロアパートのモデムさんとPC様がお亡くなりになられた。


 レポートも、アニメも、何もかも無に還ってしまった。


 人生で、これほど雷の被害にあっている人は、そう多くはないだろう……少なくもないだろうが。


 降り出した雨に悪態を付きながら傘を開く。


 「雷なんて嫌いだ。」


 そう声に出した時、視界は真っ白になり身体は浮遊感とともに光に包まれ……俺の意識はそこで途切れてしまった。





 うっ……くっ……何が、起こったんだ……?


 俺は……倒れているのか?


 顔に触れる感触は固く冷たい。


 頭もまだうまく回っていない。


 意識はまだぼんやりとしている。


 視界は……だめだ、強い光のせいだろう。


 目を開けてもぼやけていてよく見えない。


 体を起こそうにもすぐには無理そうだ。


 うまく力が入らない。


 耳は……少し聞き取りづらいが大丈夫そうだ。


 「―――?―――!?」


 何と言っているかわからないが、誰かの話し声が聞こえる。


 まだ体はけだるく重いが、とにかく起き上がらないと。


 親指から小指まで順に動かし、握りこぶしを作ると力を込める。


 よし、動く。


 少しづつ体を起し、ゆっくりと立ち上がり周りを確認する。


 ぼやけていた視界も何度か瞬きするとピントが合い、周りが見えてきた。


 倒れていたときの感触から何となく想像はついていたが、床は綺麗に整えられた石が敷き詰められている。


 部屋は広く、子供が鬼ごっこで遊べそうな広さだ。


 周囲に目をやると四方の壁も石造りで、等間隔で焚いてある松明が部屋を明るくしている。


 まるでアニメか古い物語に出てくるお城のようだ。


 出入り口は扉が一ヶ所だけ。


 部屋の中心に書かれているのは魔法陣だろうか?


 本物なんて見たことがないので憶測でしかないが、アニメでは何度も見たことがある。


 魔法陣を囲むようにして、揃いの茶色いローブを着てフードで顔を隠した人達が数人立っている。


 皆、魔法使いっぽい雰囲気がある。


 そして、その魔法陣の中心に倒れていたのが俺である。


 夢か?


 それにしては意識ははっきりしている。


 これは……まさか……!


 夢にまで見た異世界転移か!?


 「―――?―――、―――?」


 恐る恐ると言った感じで、魔法使いっぽくローブを頭まで被った一人が話しかけてきたが、何を言っているのかさっぱり分からない。


 そもそも魔法使い風の人の言葉に聞き覚えがない。


 ある程度の国の言葉は、現代人なら聞き覚えくらいあるだろう。


 しかし、今話しかけられている言葉はまるで記憶にない言語なのだ。


 「誰か言葉のわかる人はいないんですか!ここは……ここはどこですか

!」


 部屋に日本語が響き渡るが、魔法使い達は聞き覚えのない言葉で騒ぐだけだった。


 本当に異世界みたいだ。


 意識ははっきりしている。


 古典的な方法だが、頬をつねってみる……痛い。


 夢ではない……はず。


 確かに現実のようだ。


 しかし、まだ光で目が眩んだ隙きに何者かに拉致されて可能性も……無いな。


 まず俺を誘拐してもメリットが無い。


 つまり、消去法によって導き出される答えは異世界転移しか無いのだ。


 消去法に喧嘩を売っているような結果だが、知らない場所、知らない言語、目が覚める前の確かな記憶。


 魔法陣に魔法使い風の人達。


 状況証拠だけで答えを出すなら”異世界へ転移した”となってしまう。


 ならば仕方がない。


 俺は、ひょんなことから異世界へと転移してしまったのだ。


 ほら、有名なあの人も言っているだろう?


 ”不可能なものを除外していって残ったものが、たとえどんなに信じられなくてもそれが真相なんだ”ってね。


 自分もこうなりたいと。


 夢にまで見た異世界への転移。


 あれ程憧れた異世界アニメの主人公達。


 しかし、いざ自分がその立場になるとこんなに恐いものなのか。


 わくわくドキドキなんてするわけがない。


 あるのは不安だけだ。


 魔法使い風の人達の意図が見えない。


 まず、言葉が通じない!


 知っている異世界アニメに言葉の壁なんか無かったぞ!


 「――?―――!!」


 「―――!?―――??」


 魔法使い風の人達が俺に話しかけてくるが何を言っているのかさっぱりだ。


 俺も俺でえー?とかあー?しか言っていないので、あちらさんもさっぱりなんだろうが。


 「―――!!」


 怒号の様に大きな声が部屋中に響くと、魔法使い風の人達は声の主にその場で跪いた。


 今までざわついていたのが嘘のように、部屋の中が静かになった。


 ゆっくりとした足取りで俺に近づいてくる声の主は、見た目40代くらいだろうか。


 赤みがかった茶色の長髪をオールバックにして髭を生やし、目つきは鋭くこちらを射抜くように見ている。


 顔全体の堀は深く、明らかに日本人ではない。


 元の世界で言う白人系の顔立ちである。


 着ているローブは紫色で、所々装飾されている。


 魔法使い風の人達が着ているものより、明らかに上等な物のようだ。


 何となく貴族の様な雰囲気があり、魔法使い風の人達の態度からお偉いさんの様だ。


 貴族風の男は俺の前まで来ると、片手で俺の胸ぐらを掴んで前後にぐわんぐわん揺らしながら怒鳴り散らしてくる。


 まるで一昔前のヤンキーにカツアゲされているようだ。


 それを見た魔法使い風の人達が慌てて止めに来るが、俺は突然の事になすがままである。


 貴族風の男は、魔法使い風の人達に説得され俺を乱暴に投げ捨てると、魔法使い達に何か言い残し部屋から出ていってしまった。


 俺は投げ捨てられた勢いで倒れてしまい、もう何がなんだかわからないでいた。


 いきなり現れた男に胸ぐら掴まれて、怒鳴られて、振り回されて、投げられて。


 意味が分からない。


 俺の想像してた異世界物のイメージとはかけ離れている。


 俺の思考が現状に追いつかず混乱していると、今度はぞろぞろと魔法使い風の人達が集まってきた。


 今度はなんだ!さっき何か言われていたが、まさかこのままボコボコにってのはないよな。


 ヤンキー漫画に置き換えてみよう。


 番長みたいなのが一喝した後、子分に言い残す事と言えば!


 「お前ら後は好きにしていいぞ。ただし、徹底的に痛めつけてやれ。」


 あり得る。


 いきなり人の胸ぐら掴むヤクザな人だ。


 十分、あり得る。


 俺はそんな想像をして顔を青くし、とっさに体を丸くして防御体勢を作る。


 魔法使い風の人達は俺の気持ちなどお構いなしに何やら話しかけてくる。


 口調は優しいようだが何を言っているかさっぱりである。


 何度か話かけられたが何も答えず、ただ体を丸くして怯える俺に業を煮やしたのか、数人掛かりで引きずり起こされると、抵抗虚しく両脇を抱えられ、まるで連行される犯人の様にどこかに連れて行かれるようだ。


 そうして連れて来られた部屋は……客室だろうか?


 少なくとも犯罪者を勾留する部屋にはとても見えない。


 先程まで居た場所は地下にあったようで、ここに来るまでに階段を上ったり、鉄で出来た厳重な扉を開け、更に上り、今度は取っ手のない不思議な扉を通ると、赤い絨毯が敷かれた如何にもお屋敷の廊下みたいなところに出て、更に歩かされてやっと着いたのがこの部屋だ。


 途中通った赤い絨毯の廊下には等間隔で天井から床までの大きな窓があり、そこからぼんやりと月明かりが射し込んでいた。


 多分、今は夜なのだろう。


 時間などはわからないが月明かりといい、窓の向こうが真っ暗だったのといい、多分今は夜なのだ。


 そもそも時計ってあるのか?


 この世界でこれが昼だと言う可能性もあるが、無いと信じたい。


 部屋に入れられると、魔法使い風の人の一人が部屋の調度品や何に使うか分からない桶や花瓶の様な物を指さしながら何やら説明してくれている。


 が、何を言っているのかさっぱりである。


 もう少しジェスチャーか何か付け加えてほしい。


 適当に相槌を打ちながら部屋を見渡す。


 部屋の中も薄暗く、窓から射し込む月明かりが唯一の光源だ。


 客室に入ると、すぐ右手に木製の扉があり、短い廊下のようになっている。


 廊下を抜けると今いる部屋に出る。


 部屋は広く、少なくとも元の世界で住んでいた6畳のボロアパートの部屋よりはうんと広い。


 10畳……いや、もっと広いかもしれない。


 その広い部屋には丸いテーブルと椅子が2脚、ベットや棚などが設置されている。


 入り口の対面の壁に窓がありガラスが嵌め込まれている。


 廊下の窓に比べれば小さな窓だが、部屋を明るくするには十分な大きさだ。


 床には絨毯が敷いてあるが、壁は石?レンガ?わからないがそんな感じだ。


 入り口を背にして右奥に大きなベットがあり、入り口の壁沿いに棚が並んでいる。


 一通り説明を終えた魔法使い風の人が「おやすみ」なのか「おとなしくしていろ」なのかわからないが一言残して部屋を出ていってしまった。


 もしかしたら着いて来いっと言った可能性もあるので、俺も部屋を出ようと扉を開けると腰に剣を下げた兵士が横に立っていた。


 兵士は魔法使い封の人から俺に言葉が通じないと聞いていたのか、聞き覚えのない言葉を話しながら左手で俺を制止し、右手で部屋に戻るよう指を指した。


 しっかり監視付きと言うわけだ。


 俺は兵士に敵意が無いことを示す為、お辞儀をしておずおずと部屋の中に戻った。


 さて、あてがわれた部屋や今の兵士の様子からしてそう悪い扱いではなさそうだ。


 少なくとも客人くらいの扱いでは無いだろうか。


 アニメの異世界物と違い、言葉の壁があったり、いきなり怒鳴られたりしたもののとりあえず一安心……なのかな?


 とにかく今はわからないことだらけだ。


 ベットに飛び込むと俺は眠りにつくまで、今の状況とこれからどうするかついて考えた。


 まず、転移、もしくは召喚の目的である。


 有名なアニメ作品の様に、いきなり荒野からスタートしてなんやかんやレベルが急上昇したり、目の前にリンガ屋のおちゃんの前に立っていたってわけではない。


 魔法陣や魔法使い風の人がいた事から、あきらかに人の手によって、意図的にこちらの世界に転移させられている。


 あの貴族っぽい男の態度から俺を狙って呼んだわけではないだろう。


 たまたま俺だったってことなのか。


 それとも他に召喚したいものがあって、間違って俺なのか。


 後者の場合、俺の立場は非常にまずいのではないか?


 どちらにせよ何か目的があるはずだ、それを確かめないと。


 次にこの世界の文明レベルだが、元の世界と比べたら大昔ということしか俺にはわからない。


 電気、ガス、水道と言ったライフラインは期待できないだろうな。


 部屋の明かりが松明とか、ろうそくな時点で電気は無さそうだ。


 同じ理由でガスも無いのだろう。


 電気とガスならガスランプが先じゃなかったか?


 大正ロマンの蒸気ロボットの作品がそんなだった気がする。


 水道はまだわからないな。


 よく異世界物で”町並みは中世くらいかな”なんて説明が書いてあるが、俺が中世レベルがどんなもんか知らないので何とも言えない。


 水道が無いとすればトイレとかってどうなっているんだろう。


 しかし、これから何を確かめるにも最大の難関は言葉の壁だ。


 説明を求めたところで言葉が通じなければどうもしようがない。


 だが同じ人間、人類なのだからジェスチャーでなんとか意思の疎通を図りながら言葉を覚えていくしか無いだろう。


 さっきの兵士みたく、「行け」「戻れ」みたいなのは案外伝わるもんだしな。


 そしてこれは絶対に確かめなければならない。


 そう、魔法の存在である。


 もし、魔法が使える世界ならば俺も魔法が使えるのか。


 魔力的な物は存在するのか。


 これは是非確かめなくてはならない。


 魔法使い風の人は確かにいたが、魔法を使った所を見たわけではない。


 魔法が存在する世界ならば、何らかの形で見る機会はあるだろう。


 そんなふうに夢を広げながら横になっていると、外から雨音ともにゴロゴロと雷の音が聞こえ始めた。


 本当に。


 雷なんて嫌いだ。


 ため息混じりにそう思いながら、俺は眠りについた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ