11. 発覚
なぜ女王が剣をおさめたのか。その理由はすぐにわかった。
「あなたのうわさは耳にしています、サーネル・デンテラージュ。魔王と敵対し彼の配下とも争っているとか。うわさの真偽もこちらで調べさせていただきました」
ぼくが魔王と争っているから。理由はしごく単純なものだった。
「いま最大の脅威は魔王です。協力関係は結べませんが、いま戦力を削り合うのはどちらにとっても不利益にしかなりません。ですので、いまは引きます」
けれど味方になってくれるわけでもないらしい。魔王を倒せば敵に戻る。女王の言葉はそういった意味も含んでいた。
共に魔王城に乗り込むのがこちらの作戦だ。はいそうですかと簡単に終わるわけにはいかない。かといってこの場で粘ればまた争いになりかねなかった。
「困ったわ。どうしたら女王様に納得してもらえるのかしら」
走るティティの背に乗りながら、プリーナが気落ちした様子でつぶやく。結局ぼくたちは一度引き下がり、ネアリーから離れることとなったのだった。
「無理だな」
ミィチが短く断言する。他の者たちも何も言わなかったけど、きっと同じ気持ちだった。
移民を保護して連れて行けばいい人だと信じてもらえるかなあなんて甘く考えていたけど、相手は一国どころか世界を守る身。逆の立場で見れば信用の材料になるわけもない。
「だからといって諦められないわ! ねえラージュ!」
「まあ、移民が終わるのはまだまだ先だし……解決策はゆっくり考えよう」
気休めのような言い方になってしまったけど、まだぼくたちには時間の余裕がある。今はそれにすがって次の道筋を探すしかない。
ちなみに――。全く関係のない話だけど、ミィチ以外もぼくをラージュと呼ぶようになっていた。サーネル呼びはやっぱり違和感があったらしい。特にツワードとノエリスは仇の名で呼ぶことに抵抗があったようだ。
「にしても速いな。おまけに快適だ。快適すぎる」
ぼくの後ろでミィチがいう。今はプリーナとぼく、ミィチの三人でティティの背に乗っている。詰め詰めで本来なら快適とは言い難いはずだけど、ここしばらくは歩くことの方が多かったからそれに比べれば確かに楽なものだった。
「これなら補給場所にもすぐにつけるわね。今日はそこで落ち着きましょう」
プリーナが言ったのはその名のとおり、コードガン女王が用意した移民用の補給地点のことだ。首都ネアリーを中心に東西南北に点在しており、人の出払った土地を利用し簡易的な町として機能していた。
移民を守るためそこにもある程度戦力は集まっているのだけど、その多くは女王の命令で動き、その許しがないことには味方に付いてはくれそうになかった。
「いやあ、昨日は驚きました! まさかあれほど大きいとは!」
仲間たちと興奮ぎみに話す衛兵を目にしたのは、補給地点に着いてすぐのことだった。
四人でテーブルを囲み軽い食事を摂る衛兵のうち、童顔の青年が大げさな身振り手振りをしながら語っていた。
「話には聞いてましたが実際目の前にするととんでも……」
「お、おい」
最年長らしい白髭の男がぼくたちに気づき、何故か青年を止める。こほん、と咳払いをしてわざわざ腰を上げた。
「おや。君たち、首都へ入ったんじゃなかったのかね?」
「ぼくたちは彼らを送り届けただけなので」
てきとうに誤魔化しておく。あれだけ人数がいてよく顔を覚えているものだ。マイスやミィチは目立ちやすいせいだろうか。
「ところで何の話をしていたの? ずいぶん盛り上がっていたみたいだけれど」
「は、はて。何だったかな」
プリーナが興味津々に尋ねると、白髭は気まずそうにあごを触った。どうやら話をそらしたかったと見える。
「多分昨日のあれだろ。オレたちも見たぜ。な?」
「え?」
ミィチが視線で頷けと言ってくる。よく分からないままこくこくと首を振った。
「あ、あー。あれかぁ」
「おお! あなた方も見ましたか!」
絶望的に白々しい声を出してしまったものの、童顔の青年には全く疑われなかった。しかしその横で白髭が片眉を上げた。
「ん? 待ちたまえ。君たち昨日は……」
「いやあ本当にすごかった! 正直巨人といってもせいぜいが大木くらいの大きさと思っていたのですが、まさかまさか! 雲に手が届くほどとは!」
「へえ。巨人ね。魔術師か何かか?」
「そうですそうです! 移民に協力してくれている……あ」
口を滑らせたことにようやく気が付いたのか、青年はぴたりと身振り手振りを止める。
隣で白髭がため息をついた。
「全くお前というやつは……」
呆れたように言うと、切り株のような椅子に腰を下ろしぼくたちを見回した。
「いいかね。このことはくれぐれも口外しないように」
白髭はそう断って、渋々ながら話してくれた。
「とはいえ話すことはほとんどないのだ。移民に協力してくれている巨人がいる。それ以上でもそれ以下でもない。やり方も大きな体を活かして数百人規模の人間を持ち運ぶという単純なものでね。移動も徒歩らしい。
しかしそれでも速いのだ。巨人の協力で移民の進みははるかに早まっている」
「……!」
白髭の衛兵が簡潔に付け加えたその情報は、ぼくたちにとっては魔族の奇襲より衝撃的なことだった。一様に驚きを露わにし、ぼくは思わずテーブルに手をついていた。
「早まったって! どれくらいですか!」
「ど、どうしたのだね。吉報なのは分かるが……」
「教えてください! どれくらいなんですか!」
戸惑う衛兵たちを気遣う余裕などあるはずもなかった。移民の完了とはすなわち、戦争の始まりを意味するのだ。
「聞いている話では、あと二十日もかからぬ見込みとなっているが」
「――そんな」
早すぎる。とてもじゃないけど、それまでに魔王を倒せるだけの戦力を集めるなんてできっこない。
数百人規模の人間を高速で動かせる、なんて都合のいい魔術は望むべきもない。ぼくたちはそう考えていた。だけどどんな世界にも常識外れな人間というのは存在するらしい。
崩れ落ちそうになるぼくに困惑しつつも、白髭は話をつづけた。
「ともかくだ。移民を邪魔されないために、協力関係について魔族に知られることは避けたいのだよ。巨人を目にした者は既に数多くいるだろうが、それと移民とをすぐ結び付けられることがないようにしたいのだ。分かるかね?」
そう問われても答える者はいない。代わりにプリーナがはっとして、テーブルに身を乗り出し奥に座る白髭に詰め寄った。
「いま巨人はどこにいるのっ? あなたたちは知っているんでしょうっ?」
「落ち着きたまえ。知ってどうするのだね」
「決まっているわ。会いに行くのよ!」
そうだ。巨人に会わないと。移民を止めるんだ。二十日で終わるというのは今のままのペースで進めたらの話でしかない。巨人の協力を失えば、きっとまだ数か月以上の猶予はできる。
「会いに行くだと? 巨人は見世物では」
「いいわ。彼に聞きます!」
プリーナは詰め寄る相手を童顔の青年に変える。彼は手前側に座っていたから、ほとんど胸ぐらをつかまれるような形で迫られることになってしまう。
「教えなさい! 巨人はどこ!」
「ひっ?」
その背中を掴み、引き離したのはミィチだった。
「落ちつけよ。まさか足で追いつくつもりか? 相手は雲に手が届くなんてレベルの巨人だぜ」
「分かっているわ! でも追いかけなきゃ!」
「その必要はない、とおっしゃりたいのですね?」
ツワードがいった。
「ああ。オレたちはただ待ってりゃいい」
そこまで聞いて、ようやくぼくも気が付いた。巨人は移民する人々を運んでいるのだ。首都で待っていれば、巨人は必ず現れる。
「そういうことね! さすがミィチだわ!」
褒められて照れたのか、ミィチは低い鼻をひくつかせる。
「すみません、突然やってきてお騒がせしました」
「巨人のことは内密にするよ」
ツワードが頭を下げる。ついでにノエリスが付け加えた。
「邪魔をしたな。ゆっくり食べるといい」
マイスが最後に言って、ぼくたちはその場を辞そうとする。
それを白髭の衛兵が呼び止めた。
「待ちなさい」
振り返るぼくたちに、じろりと鋭い視線をぶつける。心を見透かさんとするように、しつこいくらいに瞳の奥を覗いてきた。
「君たち、巨人を止めるつもりじゃなかろうな?」
「――まさか」
こんなことで今さらどきりとはしない。ぼくは表情を変えず、ごく当然のように答えた。