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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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10. 埋め尽くせ

 触手の形を成した結界が群れとなって迫る。


 避けられない。離れているぼくとミィチはともかく、他の皆は――。


「ご無礼、どうかご容赦を」


 マイスがいった。


 足で地面を踏みつける。瞬間、大地が驚きで飛び上がるように揺れた。


 マイスの除くその場の全員が身を跳ね上げられ、例外なく転倒する。


「ほう」


 感心したような声を漏らし、コードガン女王は背中から倒れる。触手は全てがあらぬ方へと飛んでいき、すぐに霧散して消えた。


「ぐえー!」


 いち早く起き上がったティティとケイティがプリーナとノエリスをくわえ上げ逃げ出す。ツワードはマイスによりぼくのほうへ投げられた。


「おっとととっ」


 腕を数本生やして何とか受け止める。ツワードがほっと息をつくのが聞こえた。


「魔族以外に危害を加えるつもりはなかったのですが、加減の許される相手ではないようですね」


 コードガンは歩み出て、町を守る結界の穴をふさぐ。そうする間も彼女の周囲には黄色い膜のような結界が浮遊していた。


「骨が折れる程度の負傷は覚悟してください」


 今度は弾丸のごとき速さで結界が伸びた。マイスの肩をまっすぐに打ち、


「ぐぅっ!」


 そのままぼくに突き込まれた。胸にとてつもない衝撃を受け、息もできないまま弾き飛ばされる。


「ラージュ!」


 プリーナが叫ぶ。


「ご……はぁっ」


 地面を何度も跳ね転がったところでぼくは血を吐いた。でも何とか無事だ。生やしてあった腕が盾になり致命傷は防げていた。


 胸を押さえると皮膚まで抉られているのが分かった。魔術による傷だ。あと少し深ければ危なかった。


 なんて力だ。まさか女王がこんなに。


「ラージュさん! 上です!」


 ツワードの声にはっとして視線を上げる。


「――」


 絶句した。


 天から振り降ろされた神の拳のような――さっきまでとは比べ物にならないほど大きな結界が、孤立させられたぼくへ向かい落ちてきていた。


 体が見えない力に引っ張られる。きっとミィチの魔術だ。


 けど、間に合わない!


 覚悟を決めて迎え撃とうとした時、結界が真っ二つに割れた。


 マイスだ。大剣をび出し結界を両断したらしい。


 二つの塊が落ちた衝撃で再び大地が跳ねる。ぼくは引き寄せられている途中だったから無事だった。代わりに着地がうまく行かず地面を転がってしまったけれど。


 マイスは平然としている。それともう一人。コードガンも倒れることなくなっていた。今度は足元に結界を張っていたようだ。


 つまり、またすぐ攻撃が来る。


 けどそれはマイスが許さなかった。大剣を手にした彼は一直線にコードガンのもとへ跳ぶと、幾重にも立ちふさがる結界を一突きで通り抜け、その鼻先までたどり着いた。


「驚きました。我が結界を切り裂く者がよもや人間にいようとは」


 大剣が迫ってもコードガンはひるまない。王の風格を減じることなく堂々と構えている。


 その眉が、わずかにあがった。


「む? あなたは魔術を使っていませんね」


「…………」


 マイスは何故か答えなかった。


「なるほど。そういうことでしたか」


 女王は何やら頷くと、氷の瞳でマイスを見据えた。


「気が変わりました」


 白い髪を揺らし、ふわりと宙へ浮き上がる。実際は結界を上手く動かしているようだけど、悠然とした立ち居振る舞いもあいまって聖なる力か何かで飛んでいるように見えた。


 コードガンは微笑をたたえる。一瞬友好の印と期待した。


 けど。


「――あなたも始末します」


 次には数えきれないほどの触手結界がマイスに襲いかかっていた。


 四方八方どころではない、上からも下からもあらゆる方向からマイスの身が殴りつけられる。


 右に吹っ飛び左に吹っ飛び、その先からも結界が叩きつけられ、振られた箱の中のスーパーボールみたいにバウンドさせられる。ぼくたちが声も出せなくなるほどの光景をコードガンは涼しい顔で見下ろしていた。


 大剣で防御する暇もない。マイスは無防備な体勢のままなぶられ続けた。はっとしたぼくたちが動き出そうとした時、天から稲妻のように結界が落ち、マイスごと大地を貫いた。


「マイスさん!」


 衝撃だけでぼくたちは吹き飛ばされる。


 何が起きているのか分からない。目の前の光景が信じられなかった。


 マイスのあまりの強さに人類最強を疑わないできたけど、それを決められるほど他を知らなかったのだと思い知らされる。そして今は彼女の強さがぼくたちに絶望を呼びこんでいた。


 土煙が晴れる。大地はすり鉢状に凹み、そこに生えているべき草花の姿はない。潰れちぎれているどころか、跡形もなく消失していた。


 凹みの底に赤黒い染みができていることを予測し、ぼくは息を飲む。おそるおそる視線を移し、目を見張った。


「これは、少々自信を失いますね」


 コードガンが苦笑する。


 数多あまたの結界による攻撃を彼は防御しなかった。剣で守るどころか身構えすらしなかった。


 どうやらあれは、その必要がなかったかららしい。


 マイスは掠り傷一つない体で、当然のように立っていた。


「こちらに敵意はありません。どうか剣をお納めください」


「できません」


 それでもやはりコードガンは引かない。そしてもちろんマイスも諦めなかった。


「我々は魔王を倒すべく戦力を集めているのです。望みはそれ以外にありません。町へは足を踏み入れないと約束しましょう」


「戦力はこちらが集めます。我がネアリーへ足を運んだならば、どちらが効率的かお分かりになるはずですが」


「ならば我々を戦力に加えていただければと」


「それはできません」


 堂々巡りだ。今ここで粘っても女王が譲ることはなさそうだった。


 けどこの状況……女王一人で、ぼくたちが本当に敵だったらどうするつもりなのだろうか。いくら強いとはいえ不用心すぎるんじゃ……。


 などと考えていると、女王が大地に降り立った。


「さて。話し合いをする気はありません。こちらも次の手を打たせていただきましょう」


 女王の背後に闇がにじみ出る。


 それは黒い外套に身を包んだ影のような人だった。暗くぼやけて性別も背格好も曖昧あいまいなその人は、左目――否、宝石を光らせる。


「! みんな、あれを見ちゃ――」


 気づいた時には遅かった。


 体が動かない。喋ることすらできなくなっていた。


 コードガンが視線を落とす。


「こちらは効きましたか。よい前例を得られました」


「こ、れは……」


 最悪の事態だ。


 さっきまでどれほど攻撃を受けても平然としていたマイスまで硬直している。彼は頑丈だけど何に対しても無敵というわけじゃない。現に魔王の魔術に敗れているのだから。


 光を見せるだけで発動する魔術――希少な力らしいけど、ネアリーにおいて希少さは問題にならない。絶対に気を抜いちゃいけない状況だったのに。


「とはいえ私ではあなたを倒せませんね。では、そちらの少年から片付けるとしましょうか」


 女王の視線がぼくへ移る。どきりと心臓が跳ね、冷たい嫌な汗が全身を流れ始めた。


 まずい、まずい――。唾を飲むこともできず焦りに瞳を震わせる。


 一歩ずつ、変わらず堂々とした足取りで近づいてくる。氷のような眼差しに全身が凍てつく。




 それが急に、見えなくなった。




「――はっ、それで勝ったつもりか?」


 視界が暗い。頭に何かかぶせられたようだった。


「詰めが甘いぜ。そんなモン、見なけりゃどうってことないだろ」


 ミィチの声だった。こうなると予測して光を見なかったのだ。


 視界をふさがれぼくの体も動くようになった。


「ラージュ! 『埋め尽くせ』!」


「――了解!」


 魔術で体を軽くする。そうしてぼくは、重さのない腕を大量に生やしその場を埋め尽くした。


 腕の群れはすぐ巨大な圧力に弾かれる。多分結界だろう。腕はコードガンたちに届かなかった。


 でも構わない。腕は既にマイスたちの『視界』を埋め尽くしたはずだから。


 何度目か大地が揺れ、聞いたことのない誰かの悲鳴が響いた。マイスが影の人を叩いたのだろうか。


「今のは――もしや」


 コードガンが何かつぶやきながら空中へ上がる。伏兵を失い逃げたのだ。


 そう思って見上げると、女王ははるか上からぼくに視線を返した。


「小さき魔族。あなたの名をお聞かせください」


「……サーネル、と言います」


 戸惑いを隠せないままにぼくは答える。


「やはりそうですか。ならば」


 女王は間をはさみ、威厳をもってこちらを見下ろした。


「いいでしょう。ここは引きます」


「……え?」


 わけがわからなかった。


 彼女の言葉に偽りはない。突然に剣をおさめ、再びやわらかな笑みをたたえるのだった。


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