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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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8. 我らの希望に喝采を

 やわらかな風に木々がざわめく。川のせせらぐ涼やかな音と共に、人々の活気に満ちた声が流れてきた。


 広大な森に囲まれた石造りの都市では、圧倒的な数の――魔族すらも恐れて寄り付かないであろうほどの人々が、それぞれに日々の生活を営んでいた。


 広場では市場が開かれ、道端では絵描きや芸人が道行く人を笑顔にする。彼らの目には力があり、希望があった。


 それを見守るのは金色の空。彼らがそれを見上げることはあれど、「おや」と目に留めることはない。


 その正体は何物をも通さぬ完全強固な結界である。都市を囲む森の、そのさらに外に広がる巨大な町を丸ごと包む黄色い膜。それを『かご』に見立て、外の人々はいつしか、その都市を新たな名で呼ぶようになった。


かごの町』、と――。




 ケンペラード王国、首都ネアリー。通称『かごの町』。


 その国の女王にして大魔術師ともうたわれるネアリーは、多くの戦士、魔術師を従え首都の外へおもむいていた。


 魔術で強化された馬たちの足は速い。結界は首都の十倍を超える範囲を包み込んでいたが、その端にたどり着くまでそう時間はかからなかった。


 ネアリー女王は結界を出る手前で馬を止め、広がる草原の先、地平線に視線を走らせる。


「間に合いましたか」


 流れるような純白の髪を揺らし、氷のように冷たい眼をわずかに細める。


 地平線の向こうに影が見えた。


 人だ。人が両腕を振りながら走ってくる。


「んひひひっ。やっほ~! 待っててくれた~?」


 大きく広げられた腕は時おり雲に触れ、わずかに散らせていた。


 わずか――そう見えるのは、触れた腕のほうがあまりに大きすぎるからであろうけれど。


 それは巨人だった。ただの大男や大女ではない。地に足をつけながら雲に手を届かせる、巨神がごとき大女だ。


 紫がかった髪を一本の三つ編みにした巨人は、少女のようなあどけない顔に目いっぱい笑みを浮かべて、結界の手前でぴたと立ち止まった。大地が抉れ激しく土煙が舞うも、それらは結界に阻まれる。


「あー、ごめんよ~。つい普段のノリで。ま、結界あるし平気っしょ?」


 よく見ると巨人の足は謎の泡に包まれている。


 煙が晴れると、一人の男が同じく奇妙な泡に包まれて現れた。


 あおい瞳を持つ金髪の男は、結界をはさんでネアリー女王の前に立つ。


 女王の引き連れてきた者たちの誰かが、ごくりと唾を飲んだ。


 ネアリーが微笑を浮かべる。直後、黄色い膜の一部にぽっかりと穴が開いた。


「よく戻りました。――結果は」


「は。滞りなく」


 答えた男の後ろで、巨人がゆるく握った手を地面に下ろした。開くと中から無数の泡が現れる。


 それらはゆるやかな動きで地面に落ちると、音もなく割れた。


 中に入っていたのは空気だけではなかった。


 千を超える泡の中には――人間が一人ずつ保護されていた。


「着いた……のか?」


「わっ、な、なんだあの黄色いのっ?」


 巨人の足元はいつの間にか解き放たれた人々であふれ返り、空気の揺れを肌で感じられるほどのざわめきを生み出していた。


 ネアリーは氷のごとき瞳をわずかに見張り、背後を振り返る。


 しかして高らかに宣言した。


「移民は成功した!」


 女王の声をきっかけに大歓声が巻き起こる。


 そう。巨人が運んできたのは移民だった。尋常ならざる巨体を用い、大量の移民たちを連れてきてくれたのだ。


 叫び、笑い、泣く。これまでも多くの移民を引き受けてきたかごの町だが、今回、その意味の大きさはまるで異なる。


 言うなれば革命だ。革命的な一歩を人類は確かに踏んだのだ。そう、女王と人々は考えていた。


 巨人が都市をってから今日に至るまで、まだ三日と経っていない。それこそが『意味』だった。


 これならば移民を確実かつ急速に進められる。いつ次の戦争が始まるか分からない今の状況において、戦力の集結は何をおいても優先すべき事項だ。


 四つ――男が言ったのは村や町の数だ。一度にそれだけの人々を連れてこられたのならば、残り全ての移民を完了するのにそう時間はかからないだろう。


 大陸中の人々を集めるといっても、既にずっと前から進められていた話だ。加えて多くの国々は敗戦の際に残る八つの国へ逃げ込んでいる上、残る人々はおおよそが大きな街に集められている。言葉の通りに大陸中を走り回る必要はないのだ。


 であれば、すぐだ。そう遠くないうち人類側の戦力は揃う。


「あ、あのぉ……ウチも入れて欲しいんすけどぉ。ウチめっちゃ頑張ったんすけどぉ?」


 女王は三つ編みの巨人を見上げた。


「ってか喋れし! もっと褒めろやい! 褒めてくれなきゃ泣くからねウチ。本気だかんね? ……おーい。ねえ聞いてる? あの? ホント無視とかやめてね?」


「――ははっ」


 女王は思わず笑う。冗談のような巨大さを誇り、冗談のように駄々をこねる。けれどその巨体がもたらす恩恵は本物だった。


 彼女こそ希望だ。人類が魔族に打ち勝つ唯一の――ネアリーは声を上げ、人々の歓声をさらに大きなものにする。


 人類はまだ戦える。魔族になど負けてはいない。


 そうだ、叫べ、見上げるのだ。希望の誕生を祝福しよう。


 我らの希望に喝采かっさいを――!




          *




「はっ……はっ……」


 ざわめく人ごみをかき分け、赤毛の少女は走る。ネアリー女王の前から下がる金髪の男――少女の主人のもとへ。


「ロワーフ様!」


 主人の前にたどり着くと、少女は糸のように細い目を大きく見張り声をかけた。


「お体にはさわりありませんかっ? あたしにおつかまりください。今すぐ町へお運びしますからっ」


「エラリアか。そう心配することはない、元々危険がないよう余力を残せるようにしてあるのだ」


「でも、お体が震えていますっ」


「寒いだけだ。衰弱しているわけではない。何度も話したであろう、魔力の枯渇で命を落とすことはない」


 そう言われてもエラリアは安心できない。体の方に問題がなくとも心は確実に疲弊していく。けれどそれによって主人――ロワーフ・ワマーニュの心が折れるなどあり得ないということも十分に承知していた。


 エラリアに見上げられ、ロワーフは覇気のある凛とした瞳に笑みをたたえる。


「だが、そうだな。運んでもらえるか。今夜は早く休むことにしよう」


「は、はいっ」


 エラリアは主人の袖をつかむ。首にかけた緑色の宝石を光らせると、主人と共にその身がふわりと浮き上がった。そのまま二人で町の方へ向かう。その間も人々は巨人に喝采を捧げ続けていた。


 ロワーフたちマリターニュの者がネアリーにやってきたのは、今からたった三日前のことだった。彼らの町で移民の日が決められたのはほとんどその直前のことだ。もっとも、ずっと以前から移民の話自体は伝わっていたから、皆それぞれ準備は完了していた。


 その日取りが急激に前倒しとなったのは、巨人とロワーフの協力にある。


 巨人に移民たちを運ばせる話は前からあったという。しかしそれを成すには激しく振動に耐える人々と、険しい道を駆ける巨人の脚を守る魔術が必要だった。そこで彼の魔術が役立つ。


 ロワーフは泡の魔術を操る。これは包んだものを衝撃から守るというものだったのだ。


 彼らはすぐに決断した。明日戦争が起きるかも分からない状況で、無駄にできる時間などなかった。


 そしてマリターニュの人々を運び、そして今日――さらにより多くの人々を集め、連れてくることに成功したのである。


「ロワーフ様はすごいです。これできっと、たくさんの人が命を救われます」


巨人かのじょがいてこそ出来ることだが……ここは素直に誇っておこう」


 久しぶりに目にした少女の笑顔に、ロワーフも微笑んで頷く。


「この移民は領主としての最後の仕事だ。必ず成し遂げて見せよう」


「はい。それが終わったら、きっと今度こそ」


 エラリアは夢想する。きっと訪れるであろう未来のことを。


 少女の脳裏でさらさらとした金の髪が揺れる。二束に結んだ髪を垂らしたその人は、碧い瞳で少女に笑いかける。父親譲りの凛とした眼差しで、まっすぐにエラリアを見つめてくれる。


 そうだ。移民が終わったら。


 もう一度彼女に、会える――。


 失われたはずの幸せな未来を思い描き、エラリアはそっと目を閉じた。


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