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世界を救えば別だよね?  作者: 白沼俊
四. 人魔激突の章
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7. ラムプルージュの伝説

 翌朝。


 どん、と骨付きの肉が山のように盛られた皿が、豪快に置かれる。


「こ、こ、これは……!」


 思わず体が震えてしまう。それほどの光景が目の前にあった。


 パン、スープに果実にチーズ、すり潰した穀物や山菜料理、そして何といっても肉、肉、肉! 骨付き肉に肉団子、ハムに焼き鳥にベーコンと様々な料理が並んでいる。そのどれもが漫画みたいに山盛りにされていた。


「お、おおおおいおいおい! 何がどうなってんだよこの豪華さは! おおおおお!」


 あのミィチが目を輝かせて叫んでいる。拳を握り締めて雄たけびを上げている。


「ええ、ええ! 本当に! こんなご馳走みたことないわ!」


「そうでしょうそうでしょう。かく言う老いぼれも見たことがありませんわい」


 プリーナさえ手を叩いてはしゃいでいる。ぼくたちの反応に村長らしい白髭の老人はにこにこと満足げに笑い、何度もうなずいた。


 ちなみにぼくは相変わらず包帯と戦化粧をそのままにしているけど、やっぱり変な眼では見られない。マイスにばかり注意が向いている感じだった。


「これ、本当にぼくたちが食べていいんですか?」


 恐る恐る尋ねる。昨日ぼくらは彼らの危ないところに駆けつけはしたけど、実のところ救ったわけではない。寝る場所を借りられただけでもありがたかったのに。


 村長はにこにこ顔を崩さずに両手をすりすりと握り合わせた。


「どうかどうかご遠慮なさらず!」


「だそうだぜ」


「ご厚意感謝します」


 ミィチとマイスは早速ご馳走に手を付ける。するとミィチは骨付き肉を持って立ち、村長の口に軽く当てた。


「せっかくだ。いっしょに食いなよ」


「ふぁごっ、で、ではお一つだけ」


 小柄さを感じさせない流れるようなあざやかな足さばきだった。……毒見させたのかな。


 これほどのご馳走、なんだか申し訳ない気分になるけど。無理に断り続けるのも後味が悪い。


「じゃ、じゃあぼくも。いただきます」


「お言葉に甘えさせてもらうわ」


 ぼくとプリーナが続くと、ツワードとノエリスも村長に礼を言って食べ始める。あまりに豪華すぎて半分も食べられなさそうだったけど、大食漢マイスの活躍もあって見事に間食。人生で一番とはっきり言えるほどの満腹感を味わった。


「ふぅ……ご馳走様でした」


「――食べましたな?」


 ぼくたちの食事中ずっとにやにや見守っていた村長が白いあごひげをつまみ、親切に確認してきた。


「ええ! 最高の料理だったわ!」


「すごく美味しかったです」


「そうですかそうですか。ご満足いただけたようですな」


 口々に礼を言うと、村長はよりいっそう笑みを深めていく。けど何故だろうか。ツワードとミィチだけ頬を引きつらせている。


「ところでお一つ、お頼みしたいことがあるのですが」


「おいお人好しども。食っていいって言ったのはそいつだからな。そこだけは忘れるなよ」


 ミィチが口をはさむ。


「え? それはそうだけど」


「頼みごとっていうのは何かしら?」


 プリーナが話を戻す。その問いに村長は目を光らせ、急にテーブルまで詰め寄ってきた。


「我々は今日より『かごの町』……ネアリーへ向かうつもりです。ただ、また昨日のように魔族に襲われることも考えられます。相手の戦力によっては我々だけでは太刀打ちできないこともありましょう……そこで! どうか勇者様方にご同行していただきたいのです!」


「勇者様?」


 そういえば昨日の青年もそんなことを言っていた。誰のことかは考えるまでもなさそうだけど――。


 ぱん、とプリーナが手を合わせた。


「ちょうど良かったわ! わたしたちも同じことを考えていたの!」


「……なんですと?」


 村長が目を丸くする。


「わたしたちもネアリーに向かうつもりだったから。護衛ができればちょうどいいと思っていたのよ」


 プリーナの言った通りだった。それにあわよくば、彼ら自身も味方になってくれればいいとも思っている。味方が欲しいというのは、何も戦力ばかりに限ったことではないのだ。


 人の繋がりが信頼を生み、そこから新たな味方を得られることだってあるかもしれない。かごの町に行っても敵対視される可能性すらあるぼくにとって、信用と信頼は死活問題だった。


「も、元々そのおつもりだったのですね……なんとも慈悲深い」


 村長が涙目になる。何故かちょっと悲しそうに見えた。そして何故かミィチが愉快げに笑った。


「気になっていたのだけれど、勇者様っていうのは何のこと?」


 プリーナが問うと村長はいきなり目を見開く。


「何をおっしゃられるか!」


 ギラギラと目を輝かせて早口でまくしたてるように語り始めた。


「あなた様のすぐおそばにあらせられるではありませぬか! 勇者と呼ばれるにふさわしいお方など他には考えられませぬ!


 何物をも恐れぬ堂々たる佇まい、大樹のごとき巨剣を使いこなす技量、魔族であろうと易々と両断する問答無用のお力――そしてあの名高き英雄ラムプルージュの名を受け継がれたともなれば、勇者様と呼ばずして何とお呼びしましょうぞ!」


 ここまで特徴を挙げられその名まで口にされれば、この場に分からない者はいない。自然と視線がひとつに集まり、それを受けた『勇者』――マイス・ラムプルージュその人は、珍しく苦笑を浮かべた。


「ずいぶんと高く買われたものです」


「ははは、ご謙遜けんそんを! あなた様のお力は本物にございましょう。この老いぼれ、人様を見る目だけは確かと自負しておりますゆえ」


 マイスは無機質な黒い目で上機嫌な村長を見返す。無言でまっすぐ見つめるものだから睨んでいるようにも思えたけど、それに答えたマイスの声は、依然いぜん敬意を忘れない柔らかなものだった。


「私はそれほど大層なものではありません。むしろ人よりにごっているとすら言えるでしょう。ですが剣としてであれば、必ずやあなた方のご期待にこたえてみせましょう」


 その言葉に村長は顔を目いっぱい晴れ渡らせ喜んだ。その様子を見ながらぼくは、ひそかに首をかしげていた。


 人よりにごっている……それはどういう意味だろう?


 プリーナも不思議に思ったのか、小首をかしげてマイスの横顔を見ていた。


「ねえマイス。英雄ラムプルージュってなあに? 名前を受け継いだってどういうこと? なんだかわくわくする響きだわ! 詳しく聞いてもいいかしら!」


 全然違う話だった。まあそっちも気になっていたけど。


「むむ! ご存じありませんとな! ならばこの老いぼれめがお話しいたしましょう!」


 村長がまた早口になって語り始める。それはどうやら、マイスに超重量の大剣を授けた大魔術師に関する数々の伝説のようだった。英雄の出生から話し始めたので、これはなかなか長くなりそうだ。


 濁っている。その言葉の真意は気になるけど、それはまた別の機会に聞かせてもらうことにしよう。なんとなく踏み入りにくい気配もあるし。


 英雄譚えいゆうたんを聞きながらマイスの横顔をふと見ると、彼はほんのわずか、真っ黒な目を細めていた。


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