5. 銀光と大剣
連なる山々に挟まれた道の上で、ぼくはガラードと向かい合う。
大声を上げひとしきり笑った後、ガラードはニヤリと顎を上げてこちらを見やった。
「さて」
万華鏡模様の瞳がギラギラと光る。ただ目が合っただけなのに、巨大な怪物にすれすれまで顔を近づけられたような重苦しい迫力を感じ、恐怖に後ずさりそうになる。
けれどガラードの視線はすぐに他の魔族たちに移った。それどころか――。
「……え?」
「話の続きと行こうじゃねェか、下っ端ども!」
武器である鉄の筒を向け、さらに魔力を込めて光らせた。
「くそっ」
カビの胞子の塊みたいな魔族がじりじりと後ろへ下がる。鉄筒の先は明らかにその魔族を捉えていた。
「そ、そこにサーネルがいるんだっ、今はそっちが優先だろっ」
「ははははは! 分かっとらんなあお前さんは!」
「何っ?」
「ワシがこの場でサーネルを殺すことなんざブラムスは望まねェ! せっかくのでかい『戦力』なんだからなァ! はっははははははは!」
「何を言って……」
「もう一度言うぞ。移民は止めるな。『戦力』の集まる町も襲うな。いいかァ下っ端! こいつァ魔王様直々のご命令だ! 逆らうってこたァ、ワシら全ての魔族を敵に回すと同義と知れェ!」
鉄の筒全体が強い輝きを帯びる。よく見ると以前とは形が違っていた。初めて会った時に見たものは筒の先が膨れ上がり蜂の巣のように穴が開いた、いわばバルカンのようなものだった。
筒の先が大きくなっているのは同じだけど、今光っているものは大きな穴が一つのみだった。
そこからあの強烈な輝きが放たれれば、カビの魔族たちはひとたまりもないだろう。彼らは悲鳴を上げ、一斉に命乞いを始めた。
「わ、わかった! わかったよ!」
「頼むからそいつを下ろしてくれぇ!」
数十を超える魔族がそれぞれに喋りだすものだから途中からは何と言っているのかまともに聞き取れなくなった。
ガラードは鉄筒の輝きを消し、何度目か豪快に笑った。
「がっはっは! 素直なのは良いことだ! しょうがねェ、今回のところは警告ってことで見逃してやるかァ! ――分かったらとっとと失せろ!」
「ひっ、ひぃぃ!」
ガラードが鉄筒から低い音を轟かせると、魔族たちは我先にとその場から逃げ出した。こちら側にそれを追う者はいない。誰がどう見ても今警戒すべきは――。
その時、ぼくの横を尋常ならざる速度で通り抜ける影があった。
「ガラードォォォ!」
四メートル級の大剣を振りかぶりマイスが飛び出していた。ガラードは即座に鉄筒を構え、銀色に輝く熱線を放つ。
剣と光が衝突し強烈な衝撃が大地を揺らす。剣にぶつかり二つに分かれた光は、人々をぎりぎりのところで避け、はるか後方を焼き焦がしていた。
「誰かと思えばマイス! お前さんかあ! はっははは! なんだお前さん生きとったのかあ! 相変わらずしぶとい小僧だァ!」
笑うガラードにマイスは咆哮で応える。足を強く踏み込みすさまじい強引さで大剣を振るう。銀の光は呆気なく切り裂かれ、ガラードは大きく飛び退いた。
「ぐはははは! 馬鹿力も相変わらずと来やがる! ブラムスにやられた傷は癒えたらしいなあ!」
どうやら彼らには面識があるらしい。不思議はない。魔族を切り伏せて回る人間側の勇者とも言えるマイスと、多くの魔族を従え魔王からも信を置かれるガラード。むしろ一度も出会わない方が不自然なくらいだ。
重要なのはガラードに余裕が見えることだった。マイスの実力を知りながら焦りの気配が全くない。分かってはいたことだけど、一筋縄でいく相手ではなさそうだ。
ともかく今すべきなのは。
「皆さん! 今すぐここから離れてください! ここはぼくたちが何とかします!」
移民たちに呼びかける。まずは彼らを遠ざけないことにはまともに戦うこともできない。ガラードの放つ熱線は人々を守りながらの戦いにおいて厄介この上なかった。
「避難は私たちが先導します! 皆さんついて来てください!」
ツワードとノエリスはそういってケイティを走らせる。人々がマイスを知っていたおかげだろうか、皆あっさりと従ってくれた。倒れた人たちも彼らの力だけで運べるようだ。
「た、助かりました! あなた方がいなかったら今ごろ……!」
ぼくたちをここへ連れてきた青年が頭を下げる。青年もすぐに去り、ぼくとプリーナ、ミィチとティティが残った。
「むしろオレたちが来なけりゃさっさと逃げられたと思うけどな」
ミィチがもっともな呟きを漏らしたけど、今はそこにこだわっている場合じゃない。たとえマイスが人類最強であろうと、彼一人に任せてのんびりできるほどガラードは甘い相手ではないのだ。
「ガラード! お前はここで仕留める!」
人々の避難を確認したマイスが再び突っ込む。鉄筒を構えられた瞬間横に跳び、目にも留まらぬ速さで相手の背後に回り込んだ。
大剣を振り下ろす。同時にガラードも前方へ跳びあがった。けどわずかに遅れた。四メートル以上のリーチを誇る鋼の剣は確実に敵の脚を捉え、斬り落とす。
「ぬおおおおっ? ワシの脚ィィィ!」
ふざけているような悲鳴を上げながら、ガラードは空中で身を縦回転させる。真っ逆さまの体勢でマイスへ向け銀の光を放つ。
「! 待てっ」
光を防ぎながらマイスが叫んだ。
それは攻撃であると同時に逃走手段でもあった。ガラードの身は地をまき散らしながらぼくたちの上を越え、山の方へ飛んでいく。
「逃がすと思うか!」
ぼくたちが反応するより圧倒的に早く銀の光を跳ねのけ、マイスが跳躍した。なおも放たれ続ける巨木のごとき光の線に沿い、剣を構えて突撃する。けれどガラードが鉄筒を傾けると光にその身を捉えられ弾かれてしまった。
「マイスさん!」
「サーネル! 行って!」
プリーナが宝剣を振って空間に穴をあける。ぼくは飛び込み、マイスの落ちてくる地点に躍り出た。胴体から数本の腕を生やして巨体を受け止める。
「何をしている! やつを追え!」
言いながら地面に転がり落ち、マイスは再び跳躍した。明らかにいつもと様子が違う。あんなに焦りを露わにする姿は初めて見た。
今の一瞬でガラードは山の中に消えていた。直後、彼のいると思われる場所に雷が落ちる。
「『扉』?」
推測通り、空間の裂け目が出現した。ほとんどは木々に隠れているけど、ほんの一部、頭の部分だけ見えている。だからそれが閉じ切ってしまうところもはっきり確認できた。
マイスの体が山に突っ込んだけど、既に裂け目は消えている。彼に追うことは不可能だ。
ぼくは慌てて向かおうとして足を止める。深追いは危険だ。おそらく『扉』の先は魔王城。ガラードと魔王、ついでにハイマンまでをも同時に相手取ることになりかねない。それは最も愚かな行為だろう。
ほっと息をつく。ひとまず危険は去った。あの様子なら仲間を引き連れて戻ってくるようなこともないだろう。
厄介な敵が孤立しているところを取り逃がしたのは惜しい。だけど今の遭遇で確かめられたこともある。汗をぬぐいながらぼくは考えた。
やはり魔王は待っている。人間側の戦力が揃うのを。
よほど歯ごたえのある戦いに飢えているらしい。移民を止めないのも戦力を削らないのもそのためとしか思えなかった。
……それにしても。
「びっくりした……」
こんなところでガラードに遭うなんて誰が予想しただろうか。大して魔力も体力も使わなかったけど、気力はだいぶ持っていかれた気がする。とてもしんどい。
地面に座り込みそのまま背中をつく。ほんの少しだけその場で休憩することにした。